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 お互いの顔が離れて、体温が夜風に撫でられた。甘酸っぱい沈黙は、二人の苦笑いでふっと解けた。

「そういえば神社で、みゆきちゃんと何か話してたでしょ」

 そして急に現実に引き戻される。

「あ、いや、あれは……何でもないよ」

 何の後ろめたいこともないのに、躍起になってあれこれと言い訳を考える俺を、柚希は上目遣いで見つめてくる。

「こ、駒浦のこと聞いてたんだよ!ほんとに、それだけだから!……で、仁岡が、あいつのこと好きなんだって……」

 言ってしまってから口をつぐむ。焦りすぎて要らないことまで口走ってしまった。しかし柚希の表情はそんな俺の焦り方とは対照的に、何かを心得たようだった。

「……もしかして、知ってたのか?」

「みゆきちゃんが私に話す訳ないじゃない」

 そりゃあ……そうだ。

「ほら、望道たちが寝坊したとき、みゆきちゃんが『いい加減、人を待たせるのはやめてよね!』って言ったの覚えてない?あの言い方、少し変だなって思ってたの。

 みゆきちゃんが駒浦君に好意を寄せてるっていうのは、見ていれば分かる。そして二人が幼なじみだってことは駒浦君から聞いてた。そこでそのセリフなら、この二人何かある、少なくとも、みゆきちゃんの方には絶対何かある……そんなことくらい、分かるわよ」

 柚希が恋愛論というか、他人様の事情を語るところはいやに新鮮で面白い。ついついにやけてしまった。

「柚希……物理以外の話するの、似合わないな」

「何が言いたいのよ」

 柚希に肘で軽くどつかれた。こういうときの笑顔の、普段に似つかわしくなくあどけないところがまた、たまらなく愛くるしい。




「ああ……いい旅だったねぇ」

 ガタンガタンと電車は線路を踏んで走る。ボックス席の向かいに座る駒浦が、しみじみとした口調でそう、つぶやいた。

「同感だ」

 女子二人組は昨日の疲れが取れきれていないようで、電車に乗り込むや否や眠りに落ちてしまっていた。

「ふああ……俺もちょっと寝かせてもらおうかな」

 肩に乗る仁岡の頭を気遣いながら、駒浦は軽く腕を組んで目を閉じた。

 この二日間の旅に思いを馳せる。仁岡に会えた。駒浦を知った。柚希を近くに感じた。今までに過ごしたことのない時間だった。これを「余暇」という言葉で括りたくないくらい、よかった。……あ、洒落になってる。

 こんなに身近にいながらも、未だに俺は柚希の過去や駒浦の過去の百分の一も知ってはいない。それはまだ少し俺の心を痛めるけれど、二人はその過去を乗り越えて、もしくは乗り越えようとして、今俺の目の前にいるんだよな。

 ガタンと車両が縦に大きく揺れて、柚希の頭が俺の右肩の上で少しバランスを崩した。単調な寝息はしかし変わらず、眠りから覚めてしまった様子はない。向かい側に目をやると、眠っている二人の顔はなぜだか幼い雰囲気を纏っていた。

 駅に着いたら、俺が三人を起こしてあげないといけないんだろうな。宿では仁岡に起こしてもらったんだ、それくらいしてやってもいい。

 夢の中でさえもこの旅を楽しんでいる三人と俺を、銀色の電車は街へゆっくりと運んでゆく。

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