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 ゴトンゴトンと電車がレールの上で揺れる。ちょっと暑いね、と仁岡が少しだけ窓を上げた。窓側に座る仁岡と駒浦に、勢いよく風が当たった。

「うわぁ……爽快感の演出にしては激しすぎるよ、みゆきちゃん」

「う、うるさいわね。じゃあ、自分で閉めてよ!」

 ……元気な奴らだ。

 ふと目を上げると、柚希も同じタイミングでこちらを見ていて、駒浦たちの茶番に二人で笑った。

 ……まあ、たまにはこういうのも、悪くない。




 温泉宿は、降り立った無人駅から歩いて二十分のところにあった。地図を持つ駒浦を先頭に、その地図を覗き込むように仁岡がその隣を歩き、俺と柚希が並んでその後を追う。のんびりとしたペースだった。

「ここだ、このスーパーを通り過ぎて、坂を上るのかな?」

「地図でなんで坂があるって分かるのよ」

「ほら、この旅館の玄関写真のアングル見なよ。坂がないとここの地面はこうは写らない」

「……本当だ」

 この二人が喋りすぎるから、という訳では全然ないのだけれど、勢いに圧倒されている感は否めない。俺の元々重い口が、今日はさらに重く感じてしまう。

「二人とも……」

 柚希も、たまに口を開きはするが、

「……楽しそうだね」

 なんだか独り言のようにうやむやになって終わってしまう。俺は少し、申し訳ない気持ちにさえなっていた。

「……なんか、わりぃ」

 不思議そうに首を傾げる柚希。

「いつもみたいに話そうと思ってはいるんだけど、できねぇんだ。『いつも』が分からなくなっちゃってさ……。

 俺、こういうの初めてなんだよ。その、なんだ、友人と泊まりがけで旅行……みたいなのがさ」

 友人と言えるような仲なのは、駒浦だけだが。

「ううん、いいの。私もちょっとまだ、緊張してるみたい」

「つまらない思いは、させたくないんだけど……」

「結構楽しんでるわよ?」

 柚希がそう言って微笑みかけてくれた。それだけで俺は幸福感に包まれてしまうんだから、やっぱり少しおかしいよな。

「到着だ! ほら、二人とも急げよー」

 駒浦が立ち止まって手をこまねいている。俺たちは歩調を早めた。




 旅館は個人が経営していて、少し大きな民宿、と言った風だった。部屋はもちろん男女で分かれていて、他に団体はいなかった。

「ほぼ貸し切り状態なのね」

 明らかに仁岡は嬉しそうだ。何かしでかす予定でもあるのだろうか。

 駒浦が部屋の鍵を受け取り、一方を柚希に渡した。

「部屋に荷物を置いて、少し休むことにしよう」

 今の時刻は昼の十一時。小腹も空いたがまずは足を伸ばして座りたい。

「じゃあ、十二時頃にロビーに集合ってことで」

 女子たちと別れて、俺はポケットに入っていた計画書を確認する。休憩時間も含めてほぼ駒浦のタイムテーブル通りだ。俺の隣でへらへら笑って手を振る男をまた、すごいと思ってしまった。




 部屋は畳ばりで、い草の薫りがほのかに部屋に染み込んでいた。

「一泊二日、朝夕食付きでお風呂は温泉。これで一人六千円切っちゃうんだから、我ながらいいとこ見つけたよ」

「その格安な分交通費がついたけどな。……俺もこういうところは嫌いじゃない」

 宿泊鞄をドサッと置いて、座布団に腰を落ちつける。季節も夏に入ろうとしている。少し、汗がにじんでいた。

 ふと、女子部屋の方が気になる。柚希は、あのハイテンションな仁岡とどんな話をしているのだろうか? そもそも、会話は成り立っているのだろうか? ……不安だ。

「みゆきちゃんはああ見えて、気遣いのできる子だ。面倒なことにはならないさ」

 こいつはテレパスか。それとも俺の表情は口ほどにものを言っているのだろうか?それは嫌だな。

 じゃなくて。

「お前、仁岡のなんなの?」

 駒浦らしくない、会話のテンポが一瞬崩れた後、

「……小学校からの幼なじみ」

 という返事が返ってきた。それはそれは。

「お前の過去を知る者、か。そりゃあ面白いことが聞けそうだな」

 俺の冗談に、駒浦は軽く鼻で笑っただけだった。おや、と俺が思うよりも早く、がぁっ、とも、だぁっ、とも判然としない短いうなり声があがった。

「疲れた! 寝る! 十五分前になったら起こしてくれ!」

 叫ぶように言い残して駒浦は寝転がった。何なんだと思っているうちに、寝息も聞こえてくる。……何なんだよ、本当に。

 そういえば、どうして仁岡がこの旅行に参加することになったのかも、まだ聞かされていないんだが。

(まあ、どうでもいいか)

 それより、柚希に渡すプレゼントはどこで買おうか。昼飯ついでに、どこか寄れるような所はあるだろうか? 聞こうとしても、頼れる駒浦はもう夢の中だ。計画書には……書いて……あったかな……?

 ……眠いな。

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