164話

     ~ テレサ ~


 首都に到着して直ぐに、ヤクモが行方知れずとなった。

 彼女が覚えているのは昼間に飲んで飲んで飲みまくって、そして起きたらオロオロしているマーガレットを見つけて事態を把握したと言う所だ。


「どこに行ってしまわれたのでしょうか……」

「ガウ……」


 マーガレットは心配そうにしており、ワンちゃんはそんな主人に付き添っている。

 一度ワンちゃんに後を追わせようとしたが、酒場の濃厚な酒の匂いが追跡を困難にしてしまった。

 濃厚すぎるアルコールの匂いに紛れ、染め上げられた匂いでは追跡が叶わない。

 結果、ワンちゃんもしょげてしまっている。


「参ったなあ……。アーニャちゃんが起きてれば居場所が分かるんだけど──」


 腐っても女神ではあるのだが、この世界の管理を任されているわけではないテレサ。

 居場所を探る事も出来なければ、足跡を追うにしてもそこいらの人間と同じようにしか出来なかった。


「なにか、至らなかったのでしょうか……」

「ううん、カレは勝手に動いたり出来ないようになってる。どこかに行く時も、律儀にその行動を教えなきゃいけない義務があるし、カレもバカ正直にそれを守ろうとしてくれる。つまり、何かあったのよ」

「何かとはなんでしょうか……?」

「さあ、よく分からないけどさ……。カレって、いっつもなにかに巻き込まれるじゃん? だからさ、また何かに巻き込まれて、それでどっかに居るんだと思う」

「それでしたら、尚更探さなければいけないんじゃ」

「ううん、マーガレットちゃんはワンちゃんと一緒に残ってて。状況が分からない中で、今度はマーガレットちゃんがワンちゃんと引き離されると大変だし。それにさ、帰ってきたときにカレを一番癒してあげられるのはキミだからさ」

「それで良いのでしょうか?」

「私はさ、そういったことは苦手だから」


 そう言って、テレサは宿を出る。

 しかし、右を見ても左を見ても獣人だらけのこの首都の街中で、もしかしたら隠れたり化けてるかもしれないヤクモを探すアテ等無かった。


「しょうがないなぁ……」


 もしかしたら門を通って出て行ったのかもしれない。

 そう考えて、彼女は出歩く。

 人間が歩いているという事で周囲から見られる事も少なくは無いが、執行者である衣服に身を纏っている事が分かると突っかかられる事も無かった。

 執行者、単身で傭兵のグループすら蹂躙して鎮圧できる人物。

 ある種の生物兵器のような扱いではあるが、テレサは向こうでの退屈を紛らわすようにそれを是とした。


 獣人の中を歩いて門に向かうが、そちらで組合を引き合いにしてダイチなる人物が出入りした形跡が無いかも確認する。


「あぁ、あの人間ですか。いえ、出入りしてないですね」

「死の山の方角に向かう人間はちょっと……」

「不毛の地に向かった人間なら見てないですよ」

「いやぁ、ここを人間が通ったら絶対直ぐに分かりますが」


 東西南北の出入り口、それらをグルリと回っては見たがテレサにとって芳しい情報は得られなかった。

 出入りするには何かしらの身分の提示や許可証が必要となる。

 部外者なのか、内部の人物なのか。

 何時までいて、どんな用件で来ているのか。

 何時から何時まで出かけて、それがどのような用件なのか。

 外部の人であれ、長期滞在をする場合は定期的に出頭して滞在費と状況報告をする事になっている。

 傭兵などが様々な仕事をしている事も踏まえ、安全面の為でもある。


「あぁ~ん、もう……。戦い以外じゃ何も出来ないよ~!!!!!」


 外見とは裏腹に経過時間のみで言えば二周りは長生きしているテレサ。

 だが、そんな彼女にまさか”人探しの知恵”等と言うものはまったく持って備わっていなかった。


「アーニャちゃん、まだ起きないのかな……。起きてたら居場所も分かるんだけど」


 そう言って、チラリと少しばかり遠く離れたアーニャを盗み見る為に空間を弄る。

 ほんの小さな穴の先では、身じろぎすらしていないアーニャがベッドで横たわっていた。

 息はしている、しかし反応が一切無い。

 眠り続け、一度も目を覚ますことがない。

 アレから数ヶ月経過し、幾らか痩せ細り始めている。

 それでも何とかなっているのは、口に何かを含ませれば飲食をしてくれるからであった。


「……つまんないな~」


 そして、テレサは愚痴を漏らした。

 一人ではなく孤独の多い女神としての生活、後輩の世界に来て遊びだしたが後輩もその世話になっている相手もいなくなってしまった。

 まだ彼女は個人での友誼を結んだ相手も居らず、話題性にも乏しい。

 怠惰な日々を送り続けてしまい、他人とどう接していいのか分からなくなっていた。


 彼女にとって後輩とは、自分が生きている証でもある。

 一人ではなく孤独の中で生きていくには精神を不安定にさせてしまう。

 何でも出来てしまう、そのせいで全てに価値が感じられなくなった。

 遊び倒しても、寝倒しても限界が来る。

 共有も出来なければ、変化も無い。

 日常に、不変に沈んだテレサを救ってくれているのはアーニャと……最近では、ヤクモがそうであった。


「ていうかさ~、問題の方が助走付けて殴りかかってきてるよね、カレ。普通に生きてるはずなんだけどなあ」


 テレサにとって、なぜこうも”不運なのか”という事が気になった。

 魔物が襲ってきた街にいる、まあいいとしよう。

 死闘に居合わせてしまう、それもありえない話しじゃない。

 陰謀に巻き込まれて対処しなきゃいけない、それも無い話ではない。

 付け狙われ、自分の組んでいたパーティーが散々な目にあうのも、どこかには転がっている。


 けれども、それら全てがBINGO大会のように列を成して現れるのは、さすがに行き過ぎなのだ。


「まあ、向こうでも運が悪かったっけ? カレ」


 そう呟きながら生前のヤクモの情報を思い返す。

 様々な”誕生した瞬間に決まるステータス”が存在する中、運だけは圧倒的に低かった。

 それこそ当人が言っていたように”成功は次の瞬間に突き落とされる少し前の期間の事”と言っていたように、ほぼほぼ苦渋の期間の方が多かった。

 その結果が、達成したり到達した事柄を”不幸へのキー”と認識してしまい、価値を見出せなくなったわけである。


 だから、テレサはヤクモの人格や性格がこの世界に来てからの成功で変化しない理由にもアタリをつけていた。

 なぜなら、助けても救っても……それは次の問題へと繋がるものでしかないのだから。

 達成感はなく、ただ次に襲い来る出来事の準備が終わったと言うだけでしかない。


「はぁ~あ……」


 テレサは徘徊するように流離っていたが、それにも飽きた。

 通りを歩く、めぼしい場所を訪ね歩く。

 それでも成果が無ければ彼女の中での出来る事は尽きたに近かったのだ。

 最後にと、自分たちが通った門の前までやって来た。

 特に考えがあった訳でもなく、そこを見て引き上げようとしただけの話だ。

 

 ただ、それが今回はアタリを引いた。


「もし。テレサ様ではありませんか?」

「ん~?」

「あぁ、やはり……。お久しゅう御座います」

「あ~、テレちんだ~!」


 門で不貞腐れるように佇んでいると、久しぶりに聞く声が彼女へと投げかけられた。

 そちらを見るとプリドゥエンやトウカ、マスクウェルが居たのだ。


「三人とも、どうしたの?」

「テレサ様こそ如何なさいましたか? ご主人様とはご一緒じゃないようですが」

「……それが」


 昼間に酒を飲んでいたら行方も告げずに、数日前に居なくなってしまったと。

 探してはいるのだけれど、見つからないと告げる。


「おかしいですね」

「おかしいって、なんで?」

「GPSでご主人様がこちらに居られるのを追って来たのですが、居ないのですか?」

「え、なにそれ」

「ご主人様の所有物に、私の追跡装置……的なものがあるのです」

「……宿に行きましょ。そこでゆっくりとお話しをした方が良いかも」


 長くなるかもしれない、もしかしたら聞かれないほうが良いかも知れない。

 テレサはそう考え、三人を宿へと連れて行く。

 

「たっだいま~」

「あ、テレサさん。お帰りなさい──」

「おや?」

「ありゃ、マーちゃんだ」


 部屋で待っていたマーガレット。

 そんな彼女は、テレサが連れてきた人物に幾らか驚く。

 おなじようにプリドゥエンやトウカもマーガレットが居る事に驚いていた。


「トウカさんに、プリドゥエンさん?」

「あぁ、マーガレット様。そちらは、以前の私で御座います」

「以前の?」

「話せば長くなりますが、このたび人としての身体に戻りました。こちらは私に付随する鳥のようなもので御座います」

「格好良くなられましたね」

「有難う御座います」

「それと、そちらの方は」

「僕はマクスウェルだよ」


 一通り挨拶をし、その上でプリドゥエンが部屋の確認などを行なってくる。

 幸いな事に割高とは言え同じ宿で部屋を確保できたので彼が戻ってくると、話を改めて行なわれる。


「それで、プリドゥエンさんはカレの居場所が分かるんだっけ?」

「ええ、そうですね。別れてから、暫くは如何すべきか我々は戸惑いました。しかし、私にとって仕えるべき相手を失うのは、正直……苦痛で御座います。私は己の意思でご主人様の所へ戻ると決めましたが、どうやら皆様同じ考えだったようで」

「ダイちゃん一人の問題じゃないじゃん? ダイちゃんは狙われてるのは自分だけだからって出て行ったけど、皆と一緒の方が良いと思うんだ」

「──そうなんだ」

「それにさ、一文無しでどうしたらいいか分からなかった私の面倒見てくれたもん。その分を返さなきゃ」


 トウカは自身に降りかかった出来事を「弱かったから」と、獣人らしく受け止めていた。

 その上で今度は失敗しない、今度は負けたりしないと奮起していた。

 同じようにプリドゥエンも、人の姿になって定着する前に戦闘をしたとは言え負けた事が気に入らなかった。

 だからこそ、同じ轍を踏むまいと色々と考えてきたのである。

 

「しかし、マーガレット様こそよくご無事で……。ここまで大変だったのではありませんか?」

「いえ、ワンちゃんが私を守ってくれましたから」

「ワンちゃん?」

「犬に守ってもらってもらえるって、それどんな奇跡?」

「窓の下に居ますよ? ワンちゃ~ん!」


 マーガレットが呼ぶと、ワンちゃんは一足で二階の窓まで飛び込んでくる。

 その巨躯をヌルリと室内に滑り込ませると、マーガレットにすりついて「ニャン」と鳴いた。


「これのどこが”ワンちゃん”なのさ!?」

「昔は小さかったんです。ですが、気がついたら大きくなっていて」

「これは虎、白虎っていうの!!! ていうか、僕達襲われないよね!?」

「大丈夫ですよ。ワンちゃん? この方たちはダイチ様の仲間だから、襲っちゃダメですよ?」

「ガウ」

「挨拶してください」

「──……、」


 ワンちゃんは一見すると獲物に飛び掛るかのように、前身を深く沈ませた。

 だが、その耳が垂れ瞼を閉ざしているのを見て『頭を下げている』のだと、プリドゥエンは理解した。


「いやはや、可愛らしいお嬢さんですね」

「ガウ」

「ご主人様を助ける際に力をお借りするかもしれません。その時はよろしくお願いします」

「……ニャン」

「て、手を噛み千切られるよ?」

「この子は優しいですよ、そんな事はしませんから」


 マクスウェルもオドオドしながらも振れるが、そもそも生身での体験など皆無である。

 触れただけなのに勝手に驚き、勝手にベッドの裏へと逃げ惑っていた。


「ねえ、執事さん。もうちょっと正確な座標ってわからない?」

「分かりますが、私には地理情報が御座いません。幸いな事に私は絡まれたりしませんが、それでも目立つのは幾らか避けたいと」

「なら、私と一緒に行きましょう。方角が分かれば案内できるから」


 そう言って、テレサとプリドゥエンが出ることになる。

 ヤクモは忘れているが、携帯電話にはAIのプリドゥエンが入っている。

 同期も出来る上に、プリドゥエン側から電源を切られさえしなければ色々と出来てしまうのである。

 普段は切っている筈のGPSが、プリドゥエンによって入にされているのであった。


「ずっと北の方に行くと居るようなのですが」

「ずっと北ね」


 店などが立ち並ぶ大通りへと来た。

 だが、プリドゥエンは首を横に振る。


「更に北です、テレサ様」

「北……」


 愚直に北を目指そうとした結果、あろう事か風俗通りに突っ込んでしまう。

 アーニャほど純情で素朴ではないにしても、理解できているが故にテレサは顔を赤らめる。

 そして、本当にここいらに居たのならぶん殴ろうと、裏でヒッソリとヤクモへの刑が加算される。


「北北西で御座います」

「北北西……」


 方角を呟き、出来る限り顔を上げないようにするテレサ。

 だが、所々から洩れる嬌声や、通りでニヤニヤしている男や娼婦が目に入ってしまう。

 彼女としては、さっさとそんな場所を抜け出したかった。


 そして裏通りを出ると今度は別の大通りへと足を踏み入れる。

 商店などは無いが、それはまっすぐに大きな建物へと続いている。


「テレサ様、あちらの大きな建物は何で御座いますかな?」

「アレは闘技場よ。獣人族は戦いや強さ、名誉を大事にしてるの。だから定期的にあそこで腕試しや、訳アリで奴隷になった連中が身分を回復する為に試合を行なってるの」

「試合、ですか」

「勿論、普通に死人や重傷者も出るような本当の試合。個人戦、集団戦、団体戦、想定戦とか色々やってるみたいだけど、今回は単純な個人戦と団体戦だけみたい」


 遠くに居ても歓声が聞こえてくる。

 その中では誰かが戦っていて、命すら賭して行なっているのだろうとプリドゥエンは考えた。


「もう少し、近づいてみましょう」

「え、なに。あの中に居るっていうの?」

「おそらく、そうかと……」

「何で?」

「分かりかねます」


 プリドゥエンにいわれ、テレサは二人で示されている場所へと近づいていく。

 当然中に入るわけには行かないが、外周沿いにも一周してみて出来るだけ正確な位置を割り出そうと試みる。

 その結果、闘技場の近くにヤクモが居るという事までは割り出せた。


「外からではこれくらいしか……」

「う~ん、困ったなあ。あとは入らなきゃいけないけど、私一人ならどうとでも出来るのに」

「では、私の分身をお連れ下さい。視界も、音声も、情報も全て同期できる存在です。それに、遠くに居ても声のやり取りができます」


 そう言ってプリドゥエンはかつて己が入っていた機械の分身を差し出す。

 幾つかの機能を搭載したままのその体は、当人が言うように遠隔操作できる代物である。

 ドローンのように偵察も出来るので、持って行けば良いと言う話だ。

 

「テレサ様であれば組合での強い立場が御座いますので、単独ならば面倒にはならないでしょう」

「ごめんね」

「いえ。目的さえ達せられれば、それで良いので御座います。それでは、私は到着したばかりですので、トウカ様と共に荷解きでも致しましょう」


 プリドゥエンは己に出来る事を果たすと、その場を去ろうとする。

 だが、少しばかり思い出したかのように立ち止まる。


「もし、一つだけ宜しいでしょうか」

「ん? なぁに?」

「ご主人様は、別れた後……どうでしたか?」

「──あのマーガレットって子が来てからは、少し良くなってきたみたい。これで答えになるかは分からないけど」

「いえ、そのお言葉だけで幾らか理解しました。それと、有難う御座います」

「え、なに?」

「テレサ様は考えて、その上でお答え下さいました。それだけで、ご主人様がお世話になったのだと感じました。私からも、礼を言わせてください」

「……別に、礼を言われるような事はしてないわ。私は……義務と、利益の為にそうしてるだけだもの」


 そういうと、テレサはプリドゥエンの分身を連れて闘技場へと向かう。

 もう試合は幾らか始まってはいるものの、それでも入場したがる連中は多い。


「おっと、嬢ちゃ──」

「なに?」

「あぁ、失礼。執行者様でしたか。何用で?」

「傭兵も幾らか参加してるのだから、その様子を見ておきたいのよ」

「……失礼ですが、これは──」

「分かってる。お互いに望んだ上で、命すら掛けてるってのは。けど、組合としては回復薬の備蓄を少しでも増やしておいた方が為になるのかどうか、そういったのを個人的に気にかけて来ただけだもの。席なんて要らない、入場できるの? 出来ないの?」

「銅銭50で」

「はい」


 テレサは入場料を支払うと、観客席へと向かう。

 既に座席は埋め尽くされ、立見席ですら人員超過状態である。

 それでも、彼女は入るのなら入るで状態を目の当たりにしておきたかった。

 自分の後輩が管理している世界の、様相と言うものを。


『さあ、今の試合は大分面白かったと思うが。降参したヤツを皆ァどうしたい? これからを期待するのなら親指を上に、英霊ファムの御前を穢したと思うのなら指を下にして見せてくれ!!!』


 武を競うとしながらも、見世物としても成立している。

 善戦すれば降参したとしても、あるいは勝敗が突きかけた所で勝者が試合の終わりを宣言しても許される。

 生きるに値すると認められれば、あるいは将来を見込まれれば明日を拝める。

 しかし、戦いの中命を落とすものも居れば、降参して無様な戦いぶりや失望により殺されるものも居る。

 

 テレサは、この世界で生きる事になった一人の男の事を考えた。

 戦争と言っても国家総力戦の時代は過ぎている。

 それでも、争いとは無縁だった。

 南米出身とは言え、まだまだ平和で治安のいい場所に居たはずの子。

 いくつか……色々な事もあったけれども、それでも事故や事件以外で”人の命が軽くなる事”とは程遠い人物だった。

 しかし、もうそうではない。

 

 軽くこの世界での行動をアーニャに内緒で盗み見てきたが、すでに数十名もの命を奪っている。

 必要に駆られて、あるいは誰かの代わりに。

 無意識の内に、誰かを守ろうとして。

 現代であれば一つとして許される事ではない。

 それでも、ヤクモは現代風に引きずり続けている。

 

 英雄だから光の世界を生きなければならない。

 民間人なのだから、学生なのだから手を汚す必要は無いと。

 異世界の価値観を理解しながら、現代風に生きる。

 そんなヤクモにとって、生き易く……生き難い世界だろう。


『さあ、次はお待ちかね! この前個人戦で大暴れしてくれた人間ダァ! 今回は仲間と連携しなきゃやってけネェが、果たしてどうなるかナァ!?』


 ゾルザル……ゾルが司会者として弁舌を振るっている、その中で鉄格子の開いた場所から獣人たちが現れる。

 テレサは背丈の問題から見る事が出来ず、しまいには「執行者よ、空けなさい!」と言って視界を確保した。

 そして、確保した視界の先に探していた男が居る。


「って、おい! ボッチにしないでくれよぉ!?」


 集団戦という、味方ではあるけれども次の試合では敵同士かもしれないという完全ランダム。

 その中で受けるのは”味方として振舞わない”という嫌がらせであった。

 助けない、助けさせない、援護しない。

 足を引っ張らないが、集中的に狙われても手を貸しもしないまま集団戦でオタオタしている。

 その様子を見て、テレサの中の緊張感は一気に解れる。


 なあんだ、いつものカレだ──と。


 つまりは、心配なんてする必要が無かったのだ。

 たしかに何かあったのかもしれない、窮地なのかもしれない。

 けれども”それだけでしかない”という事だ。

 

「ったく、仕方ねぇな……」


 同時に三名から攻撃されても逃げ惑い、機を見て攻撃をする。

 元々受身の性分であるヤクモには、防御と回避と反撃は特に長けている分野だった。

 自分が何をしたら良いのか分からない、何が正解なのか分からない、失敗したくないので動けない。

 そんな男でも、”相手のした事を成功させない為には何をしたら良いか”位は嗅ぎ取れる。

 だから、銃が無くても、剣技を修めていなくても”戦うこと”くらいなら負けないのだ。


『おっと、集団戦だぞ? 十人で戦ってるのに三人がニンゲン潰しとか恥ずかしくネェのカァ? だがダイチ、その三人をねじ伏せちまった! さあ、これでどうなるか分からなくなったぞ!!!』


 敵には敵をぶつければいい、相手のしたいこと同士ぶつければ良い、干渉し合わせれば良い。

 ヤクモの頭の中では、数学や料理、物理や裁縫等と言ったものが抽象的な計算となって目の前の出来事を受け入れていた。

 一人の攻撃を受け流す、ソイツのことを少しばかり蹴って同士討ちを誘発させる、その二人が障害となってタタラを踏んだ一人にのみ対処し、復帰する前に二人を潰す。

 

 テレサは、まるでスポーツの試合を観戦しているような気分にすらさせられた。

 血生臭く、死が当たり前だった試合の中でそれを拒絶する男が戦っている。

 己の被害は度外視し、試合が終われば自ら起こしに行く。

 そうやって、五つの試合を連続して行い──最終的に、勝ち残っていた。


『さあ、どうだぁ!? オマエさんら、少しヘルマン国の中にい過ぎて色々とベンキョー不足じゃないか? 集団戦は四日後に勝ち残った面々で決着だ。投げ銭したいヤツぁ今のうちに用意しといた方が良いぜ!!!』

「投げ銭とかどうでも良いから、飯と……休みをくれよ!」


 モルモット、愛玩動物。

 そんな言葉すらテレサの中では浮かんでいた。

 けれども、それは即座に否定された。


「ゾルザル! コイツにオレぁ酒を送りたいが受け付けてるか? 三人に狙われたときは正直ダメかと思ったが、上手い事全員叩きのめしやがった。やるじゃネェか!」

『おう、酒だな! 後で場所と時間を決めとくから持ってきてくれよな。他には?』

「じゃ、じゃあオレは美味い飯だ!」

「大分傷だらけで眠れネェだろ? 組合の回復薬を幾つかやるぜ!」

「いや、あの……。もう、帰りたい……」


 戦いを終えた本人は心底クタクタだと言わんばかりに尻餅をついた。

 そんな中、ヤクモに倒された相手や手を貸しすらしなかった獣人が肩を貸す。

 大分疲れてるのだろう、最終戦とは言え膝がカクカクである。

 それ以前に傷だらけになっており、途中からは取っ組み合いの殴り合いまでしていたくらいだ。


 見苦しい戦いだったかもしれない、そもそもそんなもみくちゃな決勝戦があってたまるかと思うかもしれない。

 だが、そもそも人間相手に”ステゴロで互角を演じる”という事が、そもそもおかしいと思われているのだ。

 大人が子供を相手にするようなハズのものが、いつの間にか同級生同士のケンカのようになっている。

 そもそも最初から人間がいると言う事がおかしいのだ。

 その人間が三人を撃退してもおかしいし、最終戦でステゴロのケンカをしてもおかしい。

 もはや観客からは、箸が転がってもおかしいと言うくらいに大番狂わせだった。

 

『よぉ~し、それじゃあ今日の集団戦は終了だ。よし、見たか? オマエら。ニンゲンニンゲンって嫌ってると、そのまま相手を知らない事に繋がる。だから、傭兵でもやって、ツアル皇国に行け! アソコならオレさまが世話になった場所でもある、オレタチの同胞があそこで戦ってくれてる。少しはニンゲンのベンキョーってヤツをしないと、あのヘロヘロのバカみたいなのが出てきたら勝てなくなるからな』

「ヘロヘロのバカ、かぁ」


 テレサの中では、予感のような確信があった。

 きっとゾルザルがどっかしらで関わっているのだろうと。

 ヤクモが引き連れられて去ったのを追うように、ゾルザルも消えていく。

 テレサは少しでもその足取りを追おうとした。


「おっと、これはこれは執行者殿じゃありませんか。このような所で何を?」


 しかし、後ろに下がりゾルザルの行方を追っていたテレサに声をかけてきた人物がいた。

 他の誰でもない、長であり父親である男だった。

 幾らか弛んだ腹を揺らしながら、彼女の前に立ちはだかるように立つ。

 ご遠慮願いたいのか、進ませるつもりは無さそうだった。


「──傭兵が数多く参加するという事で、組合でも回復薬や治療薬の類を用意した方が良いのかどうかを個人的に考えたくて足を伸ばしたのよ。別に貴方達の誇りを汚したり踏み躙るつもりはないわ」

「だと良いのですがな。ニンゲンによって厄介ごとを持ち込まれるのは御免被りたい。あるいは、獣人でも執行者になれるように取り計らってくれるのですかな?」

「それはニンゲンであれば誰でも出入りできないようにするという脅しかしら?」

「ニンゲンの作った仕組みには興味が無いのでね。もっとも、我々にも利があるからやってるだけに過ぎないが……。だが、執行者殿が、しかもニンゲンがこの国に何用で? 同類でも逃げ込んだかな?」

「もしそうだとしても、組合と執行者には守秘義務がある。相手が誰であれ、性別も国籍も生まれも育ちも関係無く、大罪人にでもならない限りは通告も通達もする必要が無いもの。それとも、獣人を追ってますと答えたら手を貸してくれるのかしら?」

「まさか。獣人は善良な同胞しか居りませんからな。万が一にでもそのような同胞がいた場合、煩わせる必要も無い」


 こちらで始末するとも、教えたりなんかしないという意味にも取れる言葉。

 女神時間のなかで出来うる限り色々と調べたり学んだりもしたが、目の前の男が首長になってからニンゲンに対して大分閉鎖的になった。

 

「──ひとつ、質問があるのだけど」

「なにかね?」

「貴方の子ご子息、ゾルザルが誰かを攫ったりしなかった?」

「これはこれは、普段自分たちが同胞にもしている事でしょうに。知らんね。それに、もしそうだったとしても、それを許した弱者にこそ問題がある。強ければ、許されるのだよ」


 テレサは目の前の男をじっと見つめていた。

 しかし、その男の言葉は事実なのだろうと考えた。

 権力や地位を背景になにかしたのかと考えたが、どうやらそうでもないようだ。

 実際にゾルザルは父親を頼る事無く己の範囲で行なっていた、故に父親の知る由も無いのだ。


「──それにしても、闘技場での試合は凄いわね。見ていてクラクラしちゃう」

「刺激が強すぎましたかな? 英霊ファムが、自らを鍛え同胞を鍛え、研鑽に励んだ事からここは始まっております。故に、身命を賭して戦うことは祖先たる英霊に報いる事でもあります」

「それにしては、かつてのように人間が居ないみたいだけど」

「そもそも、ニンゲンも我々を見くびって、あるいは魔法が効かないからと物怖じして来なくなったのが始まりですがね。……そろそろ失礼、息子に会いに行かねば。最近戻ってきたのでね、親子水入らずの時間を堪能したい」

「……それはお邪魔して申し訳ありません。私も直ぐに去りますので、普段から組合にご助力していただいている事に感謝しているとお伝えください」

「んむ」


 相手が去ったのを見計らってから、小声で分身へと話しかける。


「ねえ、ここから調べることって出来るの?」

『ええ、お任せください』


 テレサの疑問を払拭するように、プリドゥエンの分身はその場でステルスモードに移行する。

 手を伸ばせば触れられるが、不可視状態になっているので目視では見つけることが出来ない。


『それでは、テレサ様もお戻りください。宿で調べた事柄をお話ししましょう』

「分かった」


 集団戦が終わり、個人戦が行なわれだす闘技場。

 その中にヤクモが居ないだろう事を理解すると、彼女は宿へと戻る。

 宿ではプリドゥエンが、壁に向かって目から映像を出力していた。

 その光景には驚いているのと、驚いていないのとで反応は半々である。


『なあ、あと何回出場すれば良いんだ? 流石に幾らか疲れた……』

『慌てるなよ、キョーダイ。今日の試合じゃ、初めてオヒネリを貰えたじゃネェか。ほら、一杯ヤレよ』

『って、飲んでるし……』


 薄暗い地下牢のような場所の中、ヤクモは囚われていた。

 陰惨な光景を想像していただろうが、実際にはかなりの厚遇をされているようではあった。

 

『てか、お前。実は周囲に認めさせるってのを口実にしてないか?』

『はは、バレちゃあしょうが無い』

『って、マジかよ……』

『まあ、コレが済めば五分の杯を交わしてやるよ。今この国は、ニンゲンを排除したら確実にツムんだよ』

『それと自分がどう関係するってんだ?』

『ニンゲンにも良いヤツや、スゲーヤツが居るって認めてもらわなきゃ状況は変わらネェだろ? とはいえ、会ってみるまでは考えもしなかったけどな』

『……それ、お眼鏡に叶ってなきゃ殺してたって事だよな』

『当たり前だろ。同胞を殺されたんだ、たとえそれがどんなヤツであっても、先んじてオレがやらなきゃいけない。違うか?』

『お互い、面倒な事になっちまったなあ……』

「あの、どうしてゾルザルさんとヤクモ様は親しげにお話しをしてるのでしょうか?」

「あ、それ私も思った」

「てか、ヘンだよね。事情があるとはいえ変な首輪付けられて閉じ込められてるのにさ、な~んか自然体すぎない?」


 映し出されている光景、伝わる音声は全て自然なものであった。

 脅迫や、拘束、虐げられたりといった虚を覗き込むような光景を想像していた中、呆気にとられる状況である。


「これ、助ける必要あるの?」

「え!? だ、ダメですよ! まさか、放って置くんですか」

「だって、なんか……」

「想像していた状況とは全く違うようですな。こう、捕まって拷問を受けているとか、あるいは身を隠しているとか……」

「だよね?」


 どう見ても、お互いに悪い雰囲気を見せていないのだ。

 テレサは溜息を吐いてから、闘技場の中で戦わされている所も報告した。

 理由や事情は分からないけれども、望んでいないが仕方が無く戦っている様子だったと。

 それらを今のゾルザルの発言に絡めると、人間が活躍する事に何かしらの意味があるのかもしれないが……。


『というか、お前の取り巻き連中はどう思ってるんだよ。気に入らないんじゃないのか?』

『いや、もう既に半々だ。気に入らないとしても、オマエさんの戦いぶりはパチモンじゃネェからな。同じように対処できるのか~って聞きゃシマイよ』

『後どれくらい戦えば許して貰えるのかねえ……』

『最後まで戦えば、少なくともオレサマと戦えばその時点で”お墨付き”だから、それまでだな。だが流石はオレが見込んだ男だぜ。オマエは”ニンゲンにもこういうヤツがいる”って宣伝になってくれてるからな』

『はぁ……』

「今の話を聞いてると、何かしらの取引のような物があるように見受けられますが」

「あれじゃない? 襲撃だっけ? アレと何か関わりがあるんじゃない?」

「それだったら幾らか話は通るかもね。許してもらうという話と、嫌だけど仕方が無いって言うのと絡めるのなら、襲ってきた相手と繋がりがあると考えても変じゃないんじゃないかしら」

『とにかく、勝ち進んだら自分だけじゃなくて周囲の仲間にも手出しをしないように徹底して欲しいよな』

『それは約束する。そもそも、五分の杯って何か理解して無いだろ? キョーダイ』

『……言っとくけど、強制力や束縛の働くものは嫌だからな? 面倒くさいのは、絶対嫌だ』

『そう言うなって。手出し出来ないようにしてやるって事さ。傭兵としても、王子としてもその名前を背中に背負える。この国では小さくない意味を持つはずダゼ?』

『見返りがそれだけかよ……。この国に来ることで損しなくなるってのが利益って、この国に二度と来ないだけでも満たされるだろ? もうちょっと、何か無いのか?』

『逆に、なにが欲しいんだ? 金か? 女か? 地位か? 身分か? 何でも言ってミナ。オレに出来る事なら幾らでもやってやるゼ』

『……なら、ゾルの保護や保証が無くても国や街を出入りする時にお得意の商人みたいに優先して出入り出来たりする許可証でも呉れればいいや。勿論、自分が犯罪者になったりしたら無効に出来るようなヤツ』

『なんでそんな制限つけるンダ?』

『自分に言い聞かせたり、対外的に説明する時にも言い訳しやすいからな、それに、無効に出来るって事はこっちからも都合が悪けりゃ破棄できるって意味にもなるし』

『頭使うんだナア。だが、それくらいなら名前入りで押し付けてやるヨ。とは言え、オヤジが頭越しに潰しに繰るかも知れネェけど』

『どんなオヤジなんだ……』

『知りテェか?』


 映像越しの二人のやり取りは一定の硬さはあるものの、それでも不穏ではなかった。

 そのせいで余計に皆はどうして良いか分からなくなる。

 ゾルザルを押えれば良いと言うわけでもなく、ヤクモを救出すれば終わるという事でもない。

 しかし、だからといって闘技場で命を賭けさせて良い訳でもない。

 ヤクモ自身が人身御供として今の状況を解決する為に居残っている以上、行為を無駄にする訳にもいかないのだ。


「……さて、どうしますか? 私は後手の対策は必要かと考えますが」

「後手、ですか?」

「ご主人様が負けるとは思いません。個人戦、集団戦、団体戦問わずに勝ち抜くでしょう。ですが、それは”何も無ければ”の場合です。人間が勝ち進むのを良しとしない人々が観客の中に居て、一斉に乗り込んで血祭りに上げないとは限りません」

「つまり、約束が守られなかった場合の事ね」

「はい。ご主人様は良くも悪くも”約束”に対して何が何でも守ろうとする愚直な方です。個人間ならそれも良いかもしれませんが、これは種族間の問題も抱えています。成果を、能力を、合意を遵守する方も居るでしょう。ですが、それでも気に入らないと考える方が居る事を忘れてはなりません」


 プリドゥエンは、ゾルザルとヤクモ間の事に関しては言及しなかった。

 だが、それ以外の事柄で何かしらの救助の用意は必要だと言ったのだ。

 

「テレサ様なら言い分は立ちますので、闘技場の中でも大丈夫でしょう。ですが、私たちは人間ですので、合図や用意が必要かと」

「んと、そうね。けど、そうなるともしもの場合、獣人のお祭りを私たちが踏み躙るわけだから、強行突破しなきゃいけなくなると思うの」

「でしたら、私がワンちゃんと一緒にヤクモ様をお連れして外に出れば良いですよね? プリドゥエンさんたちはこう、別行動とか」

「大丈夫なのですか?」

「ワンちゃんはアレくらいの壁なら飛び降りても大丈夫ですから」

「ガウ」

「でしたら、その時は私とトウカ様で足止めと撹乱と行きましょう。テレサ様は組合の人間ですので、それらしい抗議の文言でも用意していただければ」

「分かった」


 粛々と話が進められる中、一人疎外感を感じているマスクウェル。

 しかし、マスクウェルにとって不死である事は別に何の意味も持たない。

 一つの概念として存在してはいるものの、だからといって戦闘面で何かが出来るわけでもないのだ。

 

「バカばっか……」


 そう呟きながら、預かっている腕に装備するパーソナルデバイスをいじくる。

 それから数秒すると、頭の中でもっと良い案がないかを考えている。

 なんてことは無い、暇つぶしでしかなかった。

 学術的、科学的、理論的な思考ばかりしてきたマクスウェルだったが、それ以外のことを考えてみるのは、手をつけなかった分野に手を伸ばすようで幾らか楽しそうではあった。

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