第90話
――☆──
数日が経過して、ようやく俺もこの国での自分の振る舞いや言動の安定する方向性と言うものが見えてきた。
そのおかげでマリーやアイアス達と会う事がなくても精神的な安定も出来てきたし、当初の忙しいくらいに予定が詰まっていた日程も落ち着いてきている。
ただ、言動そのものの多くは部屋を出れば……いや、部屋を出る前から大分規制されている。
立食会以降、挨拶で出会った人達との遭遇が大幅に増えたからだ。
それは喜ばしいことと言うよりも、むしろ疎ましいほどである。
囁く様な幻聴が度々聞こえてくるが、人格──いや、性格障害から来るモノだと斬り捨てた。
あれほどしつこく部屋を訪れていたマリーですら部屋に来なくなった。
寂しさもあったが、むしろ対人関係による精神磨耗を癒すには部屋でボッチの時間が多くて助かっている。
それに、何だかんだとまた訓練──運動が出来るので発散も出来ているし、そこに関しては付き合いなんかは考えずに済む。
「そろそろ、ミラノ達へのお土産とか考えないとなあ」
満足に外出できておらず、このままじゃ買って帰ると言った手前嘘吐きどころか裏切り者になってしまう。
……アリアは俺が屋敷に居る間には回復しなかったし、せめてもの罪滅ぼしくらいはしたい。
「すみません」
「はっ、何でしょうか」
「ヘラ、様のところに行きたいんですが」
部屋の傍に控えている人にそう声をかける。
ただの人が英雄に会いたいとは何事だと思われたかもしれない。
しかし、相手が俺の事をマジマジと見つめると「直ぐにご案内します」と言われてしまった。
「此方へ」
「あぁ、その……。お伺いとかたてなくて大丈夫なんですか? 言っておいてなんですけど」
「ヘラ様から直々に、会いたいと仰られた場合案内するようにと言いつけられておりますので」
マリーとかと会うと難色を示すくせに、ヘラは良いのか。
まあ、ヘラはこの国に居る英雄だもんな。
その英雄が良いと言ってるのだ、それに難色を示すだけでも問題になるだろう。
「あ、よくいらっしゃいました」
そして、大分長い距離を歩かされた先にヘラの部屋がある。
俺たちは来客用の迎賓の場所で寝泊りし居住している訳だが、彼女はこの国の重鎮のようなものだ。
部屋自体の大きさは変わらないが、部屋の内装だけを見ると……数こそ少ないものの質はさらに良さそうに見えた。
「ヤクモ様をお連れしました」
「有難う御座います。何か有れば呼びますので、本来のお仕事に戻って下さい」
「はっ」
そして俺をここまで案内してくれた相手も去り、俺はヘラの部屋に招きいれられた。
すぐさまメイドさんらしい人物が来客の為に準備しようとするが、ヘラがストップをかける。
「何の御用でしょうか?」
「あ~、っと。ちょっと、そろそろ帰った時の為にお土産でも幾らか見繕いたいなって思って。それに、この国に来てからまだ街並みや外を見てないし、たまには民衆の生活が懐かしくなると言うか……」
じゃっかんしどろもどろになってしまうのは、この前夢で見た成人指定な内容を思い出してしまうからだ。
それでも会えないと言う訳ではないし、まだ言葉に詰まるのは素の自分に近いからまだ良い方だと思う。
俺の「この人コミュニケーション能力低いわ」という態度を前にして、ヘラはクスリと笑うだけだった。
「つまり、外出をしたいという事ですね?」
「まあ、そう言うことかなと」
「それはいつ頃?」
「特には決めてないけど……」
空いている時ならばと思ってメモ帳をポケットから取り出した。
今日は午前中は暇だし、今から外出しても良いし後日に回しても空白はまだある。
挟み込んでいたペンを抜いて、それで頭を掻いているとヘラがメモ帳を覗き込んできた。
当然英語と日本語で書き殴ったものを理解できる訳が無く「あや?」と首を傾げていた。
「何が書いてあるんですか?」
「今日から、とりあえずの滞在期間末までの行動予定。誰と何をするか、何時何処に行くのか~とか」
「それで、空いてるんですか?」
「空いてるといえば空いてるし、空いてないといえば空いてない……。何かしらの予定の前後に他の人の予定が大体突っ込まれてて、二日に一度自由な時間があるかどうかって具合」
「はぁ~、人気者ですね」
「さあ、どうかな……」
時々、連中の表情が仮面に見える事がある。
好意的な顔をした仮面を貼り付けていて、その裏では虚な目をして此方を見て居るような。
……考えすぎかも知れないけれども、好意的過ぎて逆に疑いたくなる。
SNSやネットを見れば分かるが、フィルター越しで人間と言うのは排他的及び攻撃的になる。
じゃあリアルなら大丈夫かといえば、そんな訳が無い。
表では良い顔をして、裏では悪口を言っていたり疎んでいたりと忙しい。
父親が、職務上一番疲れるのは隙を見せないことと、相手を探らなきゃいけない事だと言っていた。
だから長男として、息子として父親の弱点や弱みにならないよう努めて来たが……辛い。
俺は個人で招かれたように見えるが、ヴィスコンティに所属している事やデルブルグ家の者としても見られる。
故に、変な言動も出来ないし、それこそ疲労や苦痛を感じたとしても表に出せないのだ。
高校時代からの仲間や、自衛隊時代の同期ですらこんな頻繁に接触してこない。
となれば、威力偵察のように俺が何かしらのボロを出さないか探っている……という考え方も出来る。
俺とヘラがメモ帳を覗き込んでいると、扉がノックされる。
来客かと思って振り返ると、返事を待つ事無く開かれた扉の向こうにマリーが顔を覗かせている。
なんだか疲れているようで、覇気も元気も無さそうだ。
マリーの少しばかり憔悴したような顔が俺を見て、予想外の相手を見たように驚いていた。
「ありゃ、もしかして……俺は邪魔した? マリーとの予定が有ったのなら出直すけど」
「ああ、いえ。なんだかマリーの体調が優れないみたいで、その相談に来たんですよ」
「そういやマリー、この国に来てから体調が優れないって言ってたもんな」
到着してから、タケルやファムもなんだか万全じゃないとか、優れないとかぼやいてたな。
主人から遠く離れると魔力の供給面で不安定になるのだろうか?
いや、それだとアイアスとロビンが元気である事と矛盾するか……。
海水? にしては余りにも遅すぎるし、毒とかを疑うには国柄と発生時期が矛盾する。
とりあえず扉の所で棒立ちになっているマリーを部屋に入るように促して、席につかせる。
そして彼女の顔や熱の有無、瞳孔や脈拍をとりあえず測ってみたが衛生で学んだ知識的には異常を見受けられなかった。
「……大丈夫か?」
「あぁ、うん。私は──」
普段よりもハッキリしない口調で何かを言おうとしたマリーだったが、その目は俺を見ていない。
俺の後ろ……姉であるヘラを見ているようで、俺の出る幕では無いなと察する。
「妹を心配してくれて有難う御座います。けど、大丈夫ですよ。外出の許可は直ぐに出しておきますので、誰かに声をかけてその旨を伝えていただければ案内をつけますから」
「あ~、有難う? 悪い? その……マリーが来るとは知らなくて」
「いえいえ、知らなかった事を咎めるだなんてそんな意地悪な事はしませんよ」
そう言われて若干気は楽になり、ヘラは直ぐに傍にいたメイドさんに今の話を通すようにと言ってくれた。
……となると、後回しにするよりは直ぐに出かけたほうが予定が詰まらなくて楽になる、か。
「ありがとう。それじゃあ直ぐに出ようかな? 後回しにして断れない予定を突っ込まれたら嫌だし」
「分かりました、ではそのようにしますね」
「有難う」
どうやら直ぐに出るという俺の言葉にすら対処してくれるようだった。
何処まで気前が良いのだと思いながら、同行者がどのような人物なのかを気にかけてしまう。
……この前中庭で手合わせをして、結構差を見せ付けるように尊厳を踏み躙った相手とかだったらどうしよう。
気まずい事この上ないし、遠慮して自由がなくなりかねない。
考えるのは後にしよう、今はマリーの調子が悪いのだから長居してその処置が遅れるのは宜しくない。
だから俺は最後に声をかけてから出ることにした。
「マリー。具合が悪かったら無理しなくて良いし、ダメだと思ったら言ってくれたら出来る事はするから」
「そんな、なんで──」
「……国に帰るまでがお仕事だし、一緒に居た俺にも責任はあるしな。それに、困った時はお互い様、じゃないか?」
お互い様だろと、断じてしまえたら格好がついただろう。
しかし、それをするには傲慢にもなりきれず、敵ではない──むしろ味方に近い相手だからこそ竦んでしまった。
俺の言葉をどう捉えたのかは分からない。
ただ、マリーの目が俺を見て揺れているのが分かった。
細かく、思考している人の──悩んでいる人の目だった。
「私は……」
「こう言ってる事だし、心配かけちゃダメだよ。うん、心配してもらえるだなんてマリーは幸せ者だね~」
「ッ──」
ヘラが場を明るくするようにそう言ったが、それがマリーには棘のように刺さったようであった。
やはりこの場に居るのは良くないと、俺は出来る限り早めに退去する事にした。
「それじゃあヘラ、マリーを頼むよ」
「はい。後でまた」
後で……また?
どういうことだろうと思いながら、俺は部屋を出て行く。
最後にチラリとマリーを見たが、やはり具合が良く無さそうで、俺から顔を背けると項垂れていた。
生身の人間とは勝手が違うし、変に踏み込むのは難しい。
だからこそ、無力なのは嫌だなと思った。
部屋に一度戻り、控えていた相手に「許可を貰ったので、外出したいんですけど」と言うと既に話は通っていた。
何て迅速さ、外出申請書に班長から小隊陸曹~と印鑑を貰いまくって、許可が下りるかどうか冷や冷やした自衛隊生活とはワケが違う。
時折真っ当な理由により申請が却下されたり、その日の訓練内容や体調不良によって泣く泣く外出を自分から取り下げることもあった。
いやはや、懐かしいなあ……。
自衛隊時代を思い出しながら城門まで案内してもらうと、どうやら人が来るまで待って欲しいとのことだった。
案内人が来るらしいのでそれだろうと待っていると、パタパタと小走りでヘラがやってきた。
「はあはあ……。すみません」
「ん? 何か手違い? あるいは、すれ違い?」
口頭一番に謝罪され、もしかして案内人の都合がつかなかったのだろうかと考える。
許可が下りるのと人員の手配は別問題で、上手い具合に見つからなかったのかも知れない。
そう考えていると、彼女は幾らか呼吸を整えると綺麗な笑みを浮かべた。
「いえ、私が同行します。ですが、妹の相手をしていて遅れてしまいました。待たせたでしょうか……?」
「──いや、待ってないよ。ちょっと……そう、音楽流してた所だし」
ポケットに突っ込んでいた手で、待っていないアピールの為にウォークマンを操作して音楽を再生した。
首に提げているヘッドホンからゲームのBGMが再生され、僅かながら漏れて聞こえてくる。
それを聞いたヘラが少し安堵したように見えた。
「そうですか、よかった……。待たせてしまったかと思いました」
「俺はいいけど、マリーの方は大丈夫なのか? こう……具合が悪そうに見えたけど」
「出来る事はしました。けれども、それで治るかどうかは分かりませんし、私達の肉体って生身じゃないので。何かしらの影響が生じているのかも知れませんね」
「タケルとファムも調子悪そうだったし、何か有ったのかな。アイアスとロビンは大丈夫そうだし、別に使役者との距離だとか海水とかってワケじゃないだろうし──」
色々考えてみたが、アイアスやロビンは普段通りで、タケルやファム、マリーの調子が悪いのに何か共通点は無いだろうかと考えてしまう。
創作のように、或いは推理ゲームのように色々と思考を巡らせるが、分かりやすい一つの事柄にしか思い至らない。
「ヘラと一緒に先に来たことくらいしか思いつかないからなあ……」
俺たちは船で放り出されて遅れてやってきた、それに対してヘラたちは救命艇によって早めに国にたどり着いた。
海水が実は身体に悪いというのなら俺も影響を受けているはずだし、あとは二度ほど戦闘をしているがその際にマリー達は負傷していないので傷口からの感染という事もありえない。
「この国自体が、何か特別なのかねえ。アイアスとロビン達も入国した当初は具合が悪かったとか」
「いえ、お二人とも元気なままですよ? なにかあるのかも知れませんが……」
そう言ってヘラは「すみません、お役に立てなくて」と謝罪してきた。
俺は慌てて「いや、ヘラのせいじゃないよ」と言う。
……勝手に考え込んで、勝手に疑って、その巻き添えで謝罪させるだなんて宜しくない。
早急に思考を振り払うと、仕切りなおして話題を変える。
「で、ヘラと一緒に外出……と。城の人たち大丈夫?」
「あはは、大丈夫ですよ。ちょ~っと色々有りましたけど、納得してもらいました!」
「そ、そう……」
――責任重大と言うか、これで外出中にヘラに何か有れば俺は処刑されても文句言えなくなる。
出来れば「チェンジで」と言いたいが、それはそれで角が立ちそうだし……。
大丈夫か? 大丈夫かもしれない? 大丈夫だろう? 大丈夫に決まってる──。
自分を無理矢理納得させると、覚悟を決めるように息を吐いた。
「それじゃあ、宜しく頼むよ」
「はい、頼まれました!」
だなんて、聖母のような笑顔で請け賜られると悪い気はしない。
久しぶりのシャバに出ると、なんだか肩の力が抜けた気がして気が楽になる。
自分が何かしらの肩書きを背負った個人ではなく、雑踏に存在する名も無き人々の一人に紛れ込めたようで安心だ。
……自信が無い、責任を回避したがる、注目されるのを嫌がる。
こればかりはどうしようもない。
「さて、どうしましょうか? 何か目処でもありますか?」
「本を買いたいかなって思ってるんだけど、大丈夫かな」
「本、は~……手持ちは大丈夫ですか?」
「それなら大丈夫」
国が変われば貨幣や通貨も変わるだろうかと考えていたが、どうやら金は何処でも共通らしい。
ならアーニャに貰った支度金でどうにかなる。
俺の返事を聞いて「分かりました、案内しますね」とヘラが先導してくれる。
遅れないように、斜め後ろあたりについて歩いていく。
「──……、」
しかし、俺が並び立たないようにするとヘラがゆっくりと並んでくるし距離を詰めてくる。
俺は心臓が軋む思いをしながら再び斜め後ろくらいに位置取ろうとすると再び並ぼうとしてくる。
「あの」
「ん!? な、なに?」
「一緒に歩くの、そんなに嫌ですか?」
「い、いや?」
「じゃあ何で並んで歩いてくれないのでしょうか?」
「だって、ねえ?」
城から離れて暫くすると、俺が「英雄じゃなくてただのパンピーになれるぜ、やっほい!」と思っていたのが甘い考えだったと理解する。
民衆の目に触れると、ヘラが大分知名度が高く覚えの良い人物だと理解する。
馴染みのある、民たちにとって身近な相手とでも言うのだろうか?
挨拶や声が次々に飛んできて、今度は俺と言う存在が異物と化して場違いに思えてしまったのだ。
「城から出ればただの人に戻れると思ったけど、そっか俺じゃなくてヘラのことを考慮してなかったな……」
完全に独り言だった。
むしろ海外育ちが多い分、ボヤキと言うものが多い傾向にある。
だから、この言葉を発してから”失言”だと理解する。
理解した所で、銃口から出た弾丸は戻ってくれる事は無い。
ヘラは一秒、二秒と言葉の意味を自身へと浸透させていってから反応を示した。
「あの、もしかしてお邪魔……でしたか?」
「いやいやいやいや。大丈夫ですよ? ただ、こう……注目されるのがダメでさ」
「注目されるのが?」
「自信が無くて、だから沢山の人がこっちを見てると、自分のどこかが変なんじゃないかって考えちゃってさ──」
自信が無いから数多くの目線にさらされると緊張する。
その目を通してみた自分が変じゃないか、おかしくないかを考えてしまう。
表には出さないけれども心の中では笑っていたり、侮蔑や嘲笑すらしているかも知れない。
問いたいし、訊ねたいけれども言葉として出したものが全てとは限らない。
俺が居るから何でもない顔をしているだけで、居なくなれば悪い事を言うかも知れない。
俺の知らない場所で、俺の居ない場所で。
それを考えてしまうと、自衛隊と言う組織は俺にとって一番安心できる空間だった。
全員が仲間であり、三六五日二十四時間寝食を共にし、訓練から任務に至るまで一緒なのだ。
真面目にやれば評価された、良い事も悪い事も部隊内で巡っては怒られたり褒められたりする。
多少裏があったとしても、そんなものは一緒に追い詰められて、一緒に苦しんで居れば透けてくる。
相手が自分の事を理解し評価をするように、無色透明な”どこかの誰か”では無い上官・先輩・同期・後輩が出来上がる。
名前のある個であれば”その他大勢”では無くなる、だからこそ仲間である皆の目線を浴びようが、晒されようが堂々としていられる。
「知らない人に注目されるのは、どうにも苦手で」
「ははぁ、そうなんですね~。じゃあ、皆さんが見てなければ良いのですね」
そういった彼女が何をするのかと思ったが、周囲に「すみません、この方は注目されるのが苦手みたいなので」等と言い出した。
その瞬間に胃が雑巾絞りをされ、ねじ切れるような錯覚を覚えた。
結局それはそれで自分の恥を周囲にさらしただけではないか。
血が上ったかのように頭が暑くなる。
それは怒りなのか羞恥なのかは分からないが、この瞬間にも赤面しているのでは無いかと気になってしまう。
ヘッドホンを外して服に備えられているフードを目深に被った。
少なくとも左右や背後から顔を見られることも無く、正面からでも此方の目から下しか見えないだろうと幾らか安堵する。
「もういいから、俺が妥協するから……。これで勘弁して欲しい──」
「けれども、それだとお顔が見えません」
「落ち着ける場所では外すから」
「なら、早くお店とかに行かないといけませんね」
そう言ってもらえると非常に助かる。
ヘラが「すみません、すみません」と言いながら案内してくれるのだが──。
その際、心臓バックバクで視界も制限されていたせいで彼女が俺の手を掴んで引っ張るのを察知できなかった。
掴まれてしまった以上、それを無理に振り払う事も出来ない。
導かれるままに、俺は本屋まで行く事が出来た。
フードを外して様々な本を眺めていると……こう、ラノベやハードカバー等が懐かしくなる。
今や携帯などでネット小説も見られず、電子書籍もDLしてある分しか読み返せない。
そんな事を考えながら、ついつい自分の楽しめそうな本を眺めてしまう。
しかし、ヘラが近づいてきて俺が何の本に注目しているのかを見始めたことで、連鎖的にカティアの事を思い出せた。
お土産、お土産を買いに来たんだっての。
「どんな本を探してるんですか?」
「ん~、そう言えば好みとか分からないんだよなぁ……。一人、俺が出てくる前に寝たきりだった子も居てさ、病気がちだったみたいだし、少しでも楽しめるようなものが有れば良いかなとは思ってるんだよね。例えば、楽しい物だったり、或いは寝床に居ても出来る裁縫とか、異国の魔法に関しての書籍でも良いかも知れない」
そう言いながら、アリアの事を思い浮かべる。
……彼女のクローンとして誕生したのがアリアであり、今の今まで身体が弱く病気がちだったのは無理にコピーしようとして身体に後遺症を残していたかららしい。
それを治した所で今度は今まで病弱だった分体力や能力的に劣っている事は間違いないので、リハビリが大変だと思う。
そんな事を考えながら俺が本を選ぼうとしていると、ヘラが一冊の本を取ってくれた。
丁度いま語った裁縫の本で、どうやら中級者向けの内容らしかった。
「なら、こういった本は良いかも知れませんね。少なくとも……何かあった時に背中を見つめる事しかできない、その事で責任を感じるかもしれませんし。身体が弱くてそのお礼で悩むのであれば、襟巻き等を編んでもらうのも良いかもしれないですし」
「──そっか。そうだな」
一瞬「いや、俺防寒着と防寒対策は十分なんで」と言い掛けてしまう。
しかし、そこであえて有る物を無いかのように語り、隙を作っておく事で相手が「役に立てた」と思える方向性を作っておく事も大事かなと思った。
……そう考えると、カティアの為にも何でも自分でやるんじゃなくて、何かしら小さなことでもやってもらった方が存在意義や居る意味になるかもしれない。
そう思いながら、アリアには裁縫を、ミラノには異国の魔法に連なる本を、カティアには何が良いかを迷いながらも創作話を買うことにした。
アルバートやロビンにも何か買っても良かったかも知れないが、アルバートは本を読むイメージが無いので酒類を買う事にする。
ロビンは本を読むだろうけど、それよりは……何と無くだが、ナイフだとか弓を買ってみるのも良さそうだと思えた。
「アドバ……じゃなくて、助言有難う」
「いえいえ、お役に立てたかどうか……。あとは、小さなものとかも見ていきますか? 女の子だったら服飾だとか、或いは持ち物や部屋に飾って置けるようなものも良いかもしれません」
「そう、だなぁ……」
腕時計を見て、まだ時間があるのを確認するとお願いする事にした。
一件でも多く、或いは一つでも多く、一個でも多くの種類のお土産があると良いかもしれない。
それに、こうやって巡っている間にも、学園のミナセやヒュウガの事も思い出したし、公爵や公爵夫人にも何か買った方が失礼じゃないだろう。
幸い、金と運搬に関してはチートでどうにかなる。
……チートの癖に使ってるのがばら撒きってのはどうなんだろうなと思ったが、これも自分の為の投資に違いないと黙る事にした。
ヘラの案内は高級そうな所から庶民染みた所まで、言ってしまえば幅広く様々な種類を見せてくれた。
鍛冶・装具も見ることが出来たし、ミラノに専用のナイフとかフォークも良いんじゃないかとか買ってみた。
カティアには髪を束ねるリボンだとか、髪留めとかも買ってみたりして。
色々と充実した時間を過ごす事が出来たと思う。
「──……、」
そして、最後に支払いを済ませて手にしたものをストレージに突っ込んだ。
ヘラも見慣れたようで、目の前で俺が買ったばかりの品物をどこかに消し去っても何も言わないで居てくれた。
「今買ったのは誰用ですか?」
「マリーに、かな──」
俺は今日。いや、この国に来てから調子が悪いと言っていた彼女をヘラに任せて逃げた。
その贖罪と言う名の自己満足で、俺は無駄な出費をしている。
もみ上げ……かどうかは分からないけれども、彼女の長い髪に似合いそうな物だ。
長い髪を常に靡かせて、いざと言う時に色々な意味で邪魔になるだろうと思ったのだ。
「初めて会ったときは髪の毛を引きずってたし、今でも大分長いままなんだよな。けど、振り向いたりする時に戦いの最中だと顔にかかるし、掴まれて引っ張られたりすると危ないから」
「ふ~ん……」
ヘラは俺の返答に対して、そんな反応を示した。
それがどういう意味なのかは分からないが、なんだか余り宜しくない気配だけが伝わる。
興味が無い、面白くない、ツマラナイ時の返事だと直ぐに察知する。
根拠や理由の無い恐怖ではなく、どういった事を恐れているのかは有る程度目処がついている。
宜しくない、大変宜しくないと俺は回避方法を脳内で模索する。
①姉妹なのに妹だけ貰えて自分には何も無い
②案内しているのに今のところヘラが享受できている利益が無い
③何かしら目的があったのだろうが、その目的を達成するような収穫が無い
④俺ばかりが今の所利益を享受し、彼女に対して俺が何も与えていない
⑤せっかく神聖フランツに着たのに、ヘラの相手をするよりもこの場に居ないマリーのことを気にかけている
さあ、どれだ?
色々なゲームをやってきたはずだ。
その中には全年齢版や成人向け含めて、フラグ建てを失敗すればバッドエンドだのゲームオーバーだのを経験するゲームだって沢山有った。
そうじゃなくてもBADコミュニケーションやノーマルコミュニケーションだのと言う、その場や相手に対して適切な反応が出来るかどうかと言うのもある。
ここで安易に相手に尋ねるのもマイナス評価になりうるし、時間をかけすぎてリカバリーに失敗しても回収失敗になる。
ヘラ、マリーの姉。
髪の色や目の色等は全く違うが、マリーが外見年齢を若返らせるまでは背丈や体躯は似通っていた。
聖職者のような格好をしており、人の為に尽くしたり支援や援助を好む。
杖を使用した魔法の行使をし、マリーが時間や手間の削減を重視したのなら、彼女は魔法を持続させ長期間や長時間の魔法行使に長けている。
……指だしグローブを装備しており、後方支援に見えるがマリーよりも素の身体能力自体は高め。
ただし、訓練や経験が浅いらしいのでその力を使いこなせていない。
部屋の中を思い出してみるが、待遇や地位的な関係からか豪華な品はあっても質素だとか倹約と言う表現が似合っていた。
と言う事は高価なものだとか流行だの風靡には余り興味は無いのかもしれない。
有ったのは……本、が多かった気がする。
後はお茶とかをよくご馳走になったし、お菓子……とかをよく出してくれていたような。
「──案内してもらうだけってのも悪いし、ヘラにも何か感謝を示したいんだけど何が良いかな」
物の数秒で、何とか「これくらいが妥当じゃね?」という案を叩き出した。
脳内では干物妹のような連中が円卓会議を終了し、全員で喜びを分かち合っている。
フル装備、背嚢四十Kg、六十Km行軍、その後に敵陣地奪取からの陣地構築、敵の反抗への備えと防衛戦、他部隊が来るまで維持及び偵察任務や不寝番だのと出来る限りの任務を付与された七日連続の状況を突破したときと同じくらいの負担である。
やっぱ他人……というか、女性って苦手だ。
だがしかし、この選択は間違いではなかった──と言うよりは、正解だったようだ。
ヘラは先ほどの反応が嘘のように、困りながらも嬉しそうな顔をして見せた。
「え? やだな~。なんだか催促したみたいで……。ですが、善意を無にするのも悪いですし、受け取りますね。それで、何をいただけるのでしょうか?」
どうやら喜ばせたというよりは、期待させてしまっているような気がしないでもない。
ここで下手なものを言い出せば落胆させてしまうのは間違いない。
リア充等はこういう事をスンナリとやってのけるんだろ?
ヤバイよ、リア充。そら勝てませんわ、コミュニケーション能力に全振りですわ。
仲間だとか親友・友人と言う踏み込まない関係よりも難度高いよ、無理ゲーだよ。
脳内で祝杯をあげている干物妹のような生物を再び円卓につかせ、急いで何が良いかを考える。
消費物か、非消費物か。
高価なものか、安価なものか。
道具か、装飾品か、日用品か、書籍か。
存在する事で重くならないか否か。
変なものを買ってしまうと「重っ」と思われてしまう。
それは相手と自分との関係と贈与物の価値が見合ってない事になる。
だから「消費するものは軽いし、処理に困らないものは好まれやすい」と言えるのだが……。
マリーに買った物をヘラは知っている、それも加味しないと「つりあってない」と言う現象まで招きかねない。
もう……もう、やだ、助けて──。
「……あ」
ハッと、良い物があったと思い出す。
今しがた出てきたばかりの装飾のお店で、ヘラになら似合いそうな物があったので急いで引き返した。
まだあるだろうか? 無くなってないで欲しい。どうかまだ残っていてくれ。
そんな思い付きと焦りが綯い交ぜになって、嫌に脂汗がべたついた。
しかし、どうやら今度ばかりは神が俺に味方してくれたようだ。
聖書の神様有難う、今度お祈りと感謝の言葉を言わねばなるまい。
何だっけ、母親がこの花のお世話をしていたのを思い出す。
オトメ……何だっけ。
結構良い花言葉を持っていた気もするが、全くと言って良いほどに記憶から引き出せなかった。
そして当然だが、コイツはコイツで高い。
生花の髪飾りらしく、その上花自体が珍しいのだとか抜かされた。
当然俺には交渉スキルも無いし、適正で適切で妥当な価格を提示出来やしない。
それ以前に、支払える金額な上にプレゼントだというのに値切るのもバカらしいので言い値で買う事に。
本数冊分の値段がして、これまでの旅の中で一番の出費となってしまった。
ただ、こういった生花と言うのは成人式などで使われるけれども、枯れる物だ。
久しぶりに付呪を行使して『この装備品は劣化しない』と言う状態にした。
焦りすぎだし、視野が狭くなってるし、そもそも何でこんなに支出を強いられてるのか分からない。
正常な判断が出来てないと分かっていても、正常とはどれくらいの基準なのかも分からないままに一人迷走した。
そして支払いを終えてから、ヘラが追いついた。
「置いてかないでくださいよ~」
「や、ゴメン……。けど、これが一番良いんじゃないかなと思って、無くなってたらどうしようかって不安になってさ……」
そう言いながら、ヘラの前に翳しながら似合うかどうかを確認してみる。
彼女の金髪でサラリとした髪、ベールに針で刺す事も出来るしベールを脱いで髪に留める事も出来る。
その色合いは色濃すぎず、白とピンクの儚さと主張しすぎないささやかな香り。
千重咲きで、厳かだとか慎ましいという彼女の役割や身なりにはギリギリ許容される物じゃないだろうかと考える。
「これくらいしか思いつかなかったけど……」
俺の感性で言えば「似合う」と言うしかない。
けれども、これも俺の価値観での話であり、相手がオッケーするかどうかは別の話だ。
邪魔なら部屋に置いておくだけでも良いし、重くは無い上に値段自体は語るべくも無い。
マリーと同じ髪飾りなのでダブっているが、差別化自体はちゃんとしている。
安直で貧相な発想だと笑いたければ笑うが良い。
完全に苦しみから逃れる為に、現在知りうる情報や見てきたものの中から選んだだけでしかない。
逃げた、逃避だ、回避しようとした、逃れようとした。
それを自覚しているからこそ、俺が手にしている物をヘラが見つめて時間が過ぎるほどに自信が無くなっていく。
死ぬなら死ぬ、生きるなら生きるで早く決めて欲しい。
嬲り殺し、晒し者のようでかなり辛い。
しかし、此方も──今年の運を使い切ったんじゃないだろうか?──上手くいった。
ヘラは満面の笑みを浮かべると、本当に嬉しそうにしてくれた。
……その笑みが演技じゃないかと、顔の筋肉や目尻の動きといったコールドリーディングを遺憾なく使ってしまったくらいだ。
あまりやるなと怒られたが、人の顔色を窺うなと注意した一尉の小隊長はここには居ないのだ。
「これを、私にですか? わぁ、うれしいなあ……」
「そ、そう?」
「はい!」
ヘラが「嘘じゃないです!」と言わんばかりに頷いて見せた、両手もギュッと胸の前で握り締めている。
その拳が一瞬「あ、顎下からの昇龍拳かな?」と警戒したが、違ったようで何よりだった。
ただ、喜んでくれてるのはいいけれども彼女は受け取ってくれない。
何故だろうかと思っていたら、彼女は笑みを浮かべたままにとんでもない事を抜かす。
「付けてくれませんか?」
……え、ナニを? ゴムを?
現実逃避が脳の中を占めたが、即座に「状況判断しろ」と自衛官の自分がケツを蹴り上げる。
手に髪飾りを持っていて、相手が付けろと言うのなら髪飾りを付けて欲しいと言う意味に決まっている。
――女性の髪なんて幼い頃の妹の髪くらいしか触った事無いぞ!?
しかし、ここで戸惑ってまた不機嫌そうにさせてしまうのも宜しくないので、覚悟を決めるしかない。
「これさ、その被り物に刺しても良いし、髪の毛に留める事も出来るんだけど──」
「じゃあ、似合うと思う方をお願いします」
……どちらが良いだろうか悩んだが、俺はヘラにベールを外してもらう事にした。
そして母親に「気安く女の子の頭を触っちゃいけないよ」と言われたのを思い出しながら、多分──初めて異性の頭に触れている。
「Nice and easy, nice and easy...《落ち着け、落ち着けよ……》」
伝わりもしない、自分の為の言葉を吐き出しながら「さっさと終われ」と言う思いと「失敗しないように丁寧に」と言う思いとで板ばさみになる。
そういった場合、自分を除外して相手の為を思えば一番機が楽になる事も理解していた。
震えがちな手は大人しくなり、嫌な汗を出し始めていた手が空気で冷やされ始める。
妹の髪にリボンを結わえる事に比べれば、なんとも楽勝だ。
「Phew...《ふぅ……》」
「どうですか?」
「We...あぁ、えっと。もう大丈夫。ただこれつけると被り物が出来ないけど」
俺がそう言ってるのを聞いているのか聞いていないのか、彼女は自分の姿を見られるものを探す。
そして彼女は自身の姿が見える川の方まで向かっていった。
橋の上から川を見下ろすと自分の姿が薄っすらと見える。
それを見ながら彼女は少し位置を調整して、満足する位置を見出すと再びこちらに向き直った。
「有難う御座います! けど、これって枯れちゃうんじゃ──」
「それは大丈夫。付呪で枯れないようにはしてみた、けど……実際どれくらい効果が有るかは分からないから、気休めくらいに思ってくれれば良いかな」
靴に付与した『足音低減』等はうまく作用しているらしく、アイアスやロビン、マリーなども驚いてはくれるくらいだ。
それに加えて「足音を立てずに歩け」とか散々やらされているわけだし、技術と経験的な物もあるのだろうが。
少なくとも期間は分からないにしても、効果自体は見込めるのでそこは心配していない。
「……やっぱ被り物につけた方が良かったかな」
「いえいえ、趣味で着ている服ですし。別に何かしらの意味があって絶対に被り物をしなきゃいけないというわけじゃないですから」
「その服って、昔から?」
「そうですね。私の身体が弱かった頃、世界が魔物によって奪われつつある時──私は戦う事も、お手伝いをする事も出来ない子でした。だから、せめて妹だけでもと思って、神様にお祈りすることにしたんです。だから、この格好はその頃からの付き合いですね」
そう言えばそんな話をしてたな。
マリーといい、ヘラと言い……ミラノとアリアに似通った場所が多い。
ただ違う事があるとすれば、ミラノはマリーほど魔法に長けてはいないし、アリアは神頼みをする事は無かったという点だろうが。
それ以前に、魔物によって世界が侵略されてないので前提が違うのだが。
「それに、この服は多分私のした事……してきた事にあっていたと思うんです。皆さんのお手伝いをして、怪我をした人を治して、手遅れだったとしても──せめて安らかに、看取ってあげる事が出来ましたから」
「……独りじゃない、か」
「そうですね。多くの方が死を受け入れていました。戦う人たちは、命令されればその通りに動いて、一体でも多くの相手を道連れにして、引付けて死ぬ覚悟をしてました。けれども、それだけじゃ良くないと、出来る限り私は亡くなられた方を弔い、看取り、ご家族やお知り合い、親しい方々にその最後をお伝えするようにしてましたので──この服は、良い選択だったと思います」
そりゃそうだろう。
米軍でさえ仲間の回収を生死問わず頼む、死んでも家に帰ることが出来る。
俺はお前を見捨てない、だからお前も俺を見捨てないでくれ──。
その結束が、安心感が戦意や士気に繋がる。
何もしなくても魔物によって滅びるのなら、何かをすることを選んだ。
ただ、そうだとしても……恐怖や懸念、思い残し等はあるだろう。
それを、彼女は解消しようとした訳だ。
そう言えば俺は……誰にも、看取られていなかったな。
決して小さくない事柄だが、考えてしまうと胸がうずいた。
ミラノ達を助け、ミナセとヒュウガを助けた時の俺は独り殺される事になった。
マリーを救った俺は、出血しすぎてその体調じゃ役立たずもいい所だと深夜に自殺した。
どちらも独りだった、独りきりだった……。
「なんて、私が自分で思いついた訳じゃないんですけどね」
「そうなんだ」
「名前も思い出せないあの人に、私が自分の役割や仕事に疑問を抱いている時に言ってくれたんです。『誰も、見捨てはしない。それだけで皆が戦っていける』と」
そう言われて、俺は夢の中やマリーの召喚術で見かけた一人の女性を思い出した。
綺麗な白い髪を靡かせ、穏やかな表情をした剣士だった。
咄嗟に呼び出されたその人物と突如相対する事になった時、俺は咄嗟の行動全てを潰された。
迎撃、回避、反撃……。
地面にうつ伏せで押さえつけられ、腕も拘束されて胸部に圧を加えて呼吸をマトモじゃなくされた。
剣士の癖に剣を投擲してきた「どうせ」と軽んじていたが為に、「武器は道具でしかない」と言う相手にいいようにされてしまったとも言えるが。
「あの人は、優しい人でした。優しすぎるとも言えました。自分が頑張ればその分仲間の負担が減ると考えていて、アイアスさんが囲まれたり前線が突破されて私達が危うくなると、どんなに自分が消耗してでも助け出そうとしてくれました。そしてやる事をやったらその長い髪を靡かせて、また自分が戦うべき場所へと消えていってしまうんです」
「……まるで戦乙女とでも言うような戦いぶりだな」
「本人は『戦いが生き甲斐で、自分にはこれしかないから』と言ってましたけどね」
「戦いしかない、か……」
それは俺にも言えることだ。
「何が出来ますか」と問われると、自信を持って答えられる事は「銃を持ち、脅威を排除し、敵を殺す事」だろう。
言葉は要らない、説明も納得も理解も必要ない。
ただ敵を倒し、誰かを守る。それだけによって信用や信頼と共に自分の存在理由を満たせる。
それを考えてしまうとヴィスコンティに残りミラノの傍に居るという考え方はそちらに符合する。
戦いによって、力によって己を証明する。
逆にこの国にいる事を選んだとして、それは戦い以外の道を選んだ自分と言う考え方も出来るだろうが──。
この前の、嫌な夢を思い出す。
白昼夢とも言えるあの幻覚はあまりにも生々しく、マリー達英雄の大半が死亡する大惨事だった。
俺は戦争犯罪人とも言える首領であり、ヘラは……それに加担した事で共々処刑された。
「──ま、俺もそこらへん他人に何か言えるほどじゃないしなあ」
「この国のこと、嫌いですか?」
「嫌いとか以前に……」
どうしようか考えた。
このままずるずる引きずっても仕方が無いので、俺は曝け出す事にする。
夢の中でミラノの妄想に吐き捨てられたのだ、言葉に出来たのだ。
なら、現実でも言えるはずだ、出来るはずだと。
「俺は──今の、ようやく独りぼっちじゃない関係を捨てたく、無いんだわ」
「──……、」
「最初はそりゃ、嫌な事だって有ったし、むしろ今も自分のした事で自分の首を絞めてるって自覚はある。それでも、少しは……何だろうな」
言いながら、ドンドン恥ずかしさから首や顔が暑くなってくるのを感じる。
恥ずかしい、のだろう。臆病だから、内心を吐露するのを。
「慣れて、きたんだよ。ミラノと言う主人と、彼女を中心とした人々とも……安心、出来るような人間関係が、出来てきたんだ。俺──独りぼっちだからさ、家の外で、本当の人と知り合えたから」
ネットと言う海は広大で、互いの名前や出自などを気にする事無く意気投合さえ出来れば付き合っていける。
逆に、意気投合していたといえども現実での出会いでは無いから切るのも冷めるのも容易い関係ではあるが。
「朝起きて、おはようって言ってくれる人が居る。食事の時に、いただきますと言ってくれる人が居る。何かをしていると、なにしてるの? と訊ねる人が居る。一緒に何かしようと誘ってくれる人が居る。生きた人と、俺は現実で関われてるんだ。自分が何も言わなければ声すら聞こえない家、朝起きてから夜眠るまで孤独と停滞の中で死んだように生きて、死んだように眠る……それと比べれば、失いたくないんだよ」
この世界に来る前の、片足を半ば引きずるような壊れた身体を持った自分を思い出す。
自衛隊と言う華々しい過去、陸曹教に行く事が出来た……少なくとも定年になるまでは国の為、国民の為に働く事ができるチケットも手に入れていた。
なのに、俺は除隊して、五年もの年月を家の中で思い出と共に沈んでいた。
気がつけば三十代間近、社会復帰など望める訳が無い。
他人の声なんて買いものに行くか宅配、ご近所付き合い等でしか聞かない。
生きた屍と言うのがピッタリで、もはや何もしないで浪費するだけの生活だった。
だから、今のこの状況は恵まれている。
だから、今の交友関係は恵まれすぎている。
……うん、そうだな。
「だから、俺はあの国で頑張るよ」
「自分の主人の為ですか?」
「いや、自分の為に」
そう、これは俺の為だ。
言い切った俺をどう思っているのかは分からないが、ヘラがそっと溜息を吐く。
「そう言われてしまったら、これ以上の勧誘は失礼ですね」
「その、悪い」
「いいえ、気にしないでください。招いた所で来る事のない、返事もない遠方の方だって今まで居ましたから」
「そっか」
「そうなんです」
若干ぎこちなくなった気もしたが、それも彼女が「それじゃあ、もうちょっとご案内しますね」と言った事で解消される。
ストレージにお土産が増えていく、その分俺の「皆が好きなんだろう、今の関係が心地良いのだろう」という疑念が、疑いようの無い事実として定着していく。
……支度金が無かったらどうしただろうかと考えてしまうが、今はそれを心配する意味は無い。
城に戻り、ヘラを見た人々がベールを被らずに髪飾りをしているのに目を丸くしていた。
それを気にする事無く、ヘラはまるで自分が良い事をしてもらったかのように笑みを浮かべて去っていく。
俺は部屋に戻りメモ帳を開いてこれからの予定と、それに見合った装備や服装を考えていく。
マリーに渡さないと、そう思いながら彼女と会うのは難しい話であった。
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