元自衛官、異世界に赴任する
旗本蔵屋敷
外章 元自衛官、人物一覧をメモする
元自衛官、ミラノに関して人物像を描く
自衛官にとって、名前と所属、階級等と言ったものは重要である。
相手が上なのか、下なのかで咄嗟に敬礼をするのか”してもらえるのか”を判断する事があるからだ。
少なくとも中隊長や同じ部隊の上官や先輩、そして雲の上の存在である幹部等に欠礼をした日には半殺し確定である。
なので、俺はそういった事柄で半死半生となってきた後輩や同期を見て、書き留めるのをここでも欠かさない事にした。
「ねえ、何してるの?」
俺がミラノを見ながらカリカリと手帳に何かを書き込んでいるのを見て、彼女は気づいたらしく声をかけてきた。
それに対して「ここに来てから出会った人や身近な人、重要な人の事を書き留めてるんだ」ど答えた。
彼女は関心したような声を出しながら、此方へと寄ってくる。
俺は咄嗟に手帳を閉じてしまった。
「怪しい……」
怪しくないって、神に誓うよ。
そう俺は言ったのだが、彼女は即座に俺を命令によって硬直させると手帳を奪い取った。
使い魔とは悲しい存在である。
命令されると本人の意志とは無関係に動きでさえ束縛されるのだから。
ペラペラと俺の目の前で手帳を捲る彼女、そして俺が記入をしていたページを見つけたらしく、じっくりと眺めていた。
「アンタ、絵が上手いのね。けど、文章は相変わらずここの文字を使ってないみたいだけど」
簡単な地形図の作成とかをしていたからだし、趣味で絵を描いていた時期も有った。
的確に対象の特徴を抑えて、脳に刻み込んでそれを描いてる。
そう言うと、彼女は「ふ~ん」と言いながらまだ眺めていた。
──描いていたのは、読んでいた本を腿に置いて両手でお茶を飲んでいる所だ。
半眼とは違うけれども、俺が「可愛いな」と思った光景を切り抜いたかのように描いていたのだ。
ただ、それを脳内光景にした所で、今度は特徴や髪型などといった細かい場所は脳に無い。
だから何度も何度も見比べて小さく書き足していく。
「それで、何て書いたの?」
人物紹介だよと俺は答えた。
名前とか、どういう人物かとか。そういうのを含めて、書き残して居るのだと伝える。
これから同姓だったり、同名の人に会うかもしれないのだし、相手のことを忘れないようにだ。
「中々感心な事をするのね。わざわざ書き留めるなんて」
──カティアにも見て貰うだろうし、情報を共有する為なんだ。
そこまで言ってから、俺は思いついたように口にする。
そうだ、自己紹介してくれよと。
「じこ、しょーかい?」
そうそう。自分で、自分の事を紹介するの。
もちろん、全部じゃなくていいけど、生きた情報を正確に書き記したいのだと伝えた。
「それじゃあ、前と同じように名前からね。
私の名前はミラノ。デルブルグ公爵家の長女、ミラノ・ダーク・フォン・デルブルグ。
魔法学園四年生、一四歳よ」
うんうん。
──家族構成も聞いていいかな?
「家族構成は──父さまと母さまが居て、双子のアリアね。
後は……使い魔なりたてのアンタかしら、それとカティ」
オマケでどうも。
そう皮肉を言ったけれども、彼女は聞いていなかったようだ。
「父さまは代々ヴィスコンティ国に仕える公爵家の一つの当主で、農業に力を入れている地域を管理してるの。
母さまは子爵家の人で、あまり二人とも昔を語らないけど──立派な母」
一四歳、目測148cmから154cm位の背丈。
現在、自分の主人をしていて、契約の力で逆らえない関係。
そして、俺の食事や住む場所と言う名の部屋の片隅、そして一応学習の機会や後ろ盾にはなってくれている。
カティ……俺の使い魔、カティアもまとめて受け入れてくれた、有る意味懐の広い人物だ。
ただ、個人的な裁量に関しては度量は大きいが、他人が絡むと途端に狭量になる。
アルバートとの戦いなんて思いっきり怒られたし、オルバに喧嘩売られたのだって俺が悪い事になってたし。
まあ、根っこは真面目で優しいのだろうけど、厳しいんだよなあ……。
「とりあえず、こんな感じでいい?」
ああ、うん。大丈夫。また情報が必要になったら頼むよ。
~ ☆ ~
マリーを救う為に死に掛けてから暫くして、俺はまた手帳を開いた。
俺がこの世界に来てから一月経過したくらいだけれども、大分状況や情報が変わっている。
これじゃあ他人が見た所で古い情報過ぎて分からない。
随時更新とはよく言ったものだが、休まなきゃいけないので暇潰しだ。
「そういえば、そんなのやってたわね。あの頃とは色々変わったけど、必要?」
必要必要。
状況が変わったんだし、その都度必要な情報は更新していかないと困るだろう?
まあ、コレまでの中でミラノが語っても良いと思える情報だけ書くから、頼むよ。
「──そう、ね。それって、刃物が苦手だとか、血が苦手とかも要る?」
全然大丈夫。むしろ、これから生きていく中でそれは絶対に覚えておかなきゃいけないことだし。
毎回毎回説明するのは疲れるでしょ?
「そうね。けど、意外ね。アンタがそんな気配りするなんて。いえ、意外じゃないか」
俺に関しては良いからさ、他に何か無い?
あ、クラインは後で聞くからパスで。
「ぱす? 後回しって意味だとしても、兄さまを後回しで良いのかしら……」
俺は使い魔じゃなくなったけど、ミラノは俺の主人だろ?
主人の主人は主人にあらずって言うし。
「そういうのなら良いけど。最近、魔法の勉強を始めたって位かしら。アリアと二人で、実用的な魔法を編み出そうとしてるの」
ふんふん。
「今は杖を出して、詠唱しなきゃいけないでしょ? 将来的には、その詠唱ですら無くして簡略化したいと思ってるわ」
等と言っているが、だいぶ暗中模索のようだ。
ただ、試作品で幾つか詠唱の簡略化や破棄をしているのに成功しているので、先人の知恵さえ借りられるのならミラノにとってはそう難しい事じゃないのかも知れない。
そう言いながら、デフォルメ絵とかバストアップのイラストも追加してみた。
当然プロには遠く及ばないけれども、コレでも一時期本気でやってたんだからな?
少なくとも本人は前回嫌な顔をしなかったので、大丈夫と言う事にしておこう、うん。
そういえば、マリーと仲悪いみたいだけど、何かあったの?
「っ、アイツの事を言わないでくれる? 魔法の勉強とかしていると、す~ぐ見に来るのよ」
うんうん、それで?
「初めて会った時はちゃんと挨拶もしたし、昔人類を救った英雄だから無礼な態度もしなかった。けど、あっちが失礼なの。ちょっと何かあると直ぐに色々言ってきて、しかも具体的にどうしたらいいか言わないし。ほんっと、最悪」
マリーと言うのは、今現在デルブルグ家で療養と言う名の軟禁状態──にすら見せかけた、主人への反抗から来る家出状態の英雄だ。
彼女に関しても後に触れるので割愛するが、ミラノは暫くグチグチ言っていた。
「そういえば、また絵を増やしてるのね」
グチを言い終わったミラノが、ふと冷静になって手帳を見ていた。
ん? んん!? 勝手に見ないでいただけますぅ!?
「なにこれ、ちっちゃくしちゃって……けど、よく描けてる」
あの、ミラノさん。見られてると非常に手が止まるんですけどね?
というか、奪わないで、返して!?
「これ、頁取っちゃダメ?」
ダメです! 頁とっちゃうと裏面に書いたものまでどっかいっちゃうから!
「はあ、ケチ。けど、ケチで思い出した……」
文句かな?
俺、ミラノのことケチって言ったかな……。言ったかも知れない、忘れっぽいから忘れたんだろ。
それで、なんですかね?
「騎士叙任、おめでとうって言うの忘れてたから、それもちゃんと書いておいてね」
──うん、そうだね。書いておこう。
口にはしないけれども、初めて褒められたような気がする。
けれども、普段厳しい表情しか見せない彼女がそう言った瞬間はまた綺麗だった。
これもまた絵にしておこう。絶対に見せられない、思い出の一つだ。
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