第11話
相対性理論の説明で分かりやすい説明を聞いた事がある。好きな子と一緒に居る時間は短く感じられ、熱いものに触れている時間は長く感じられるというものだ。
様々な授業に使い魔として混ぜてもらい、連れまわされながら色々と学んでいく。まだ上手く字は書けないものの、メモ帳片手に文章を読み解ける程度には何とかなっていた。
そして闘技場での戦闘訓練においてはアルバートがメインで俺に突っかかってきて手合わせをし、リョウやヒュウガがエレオノーラから逃れるように時折俺とも手合わせを求めてきた。
アルバートとの決闘紛いなあの時の必死な自分はどこへ行ったのか、一度経験と体験をした事でよりいっそう落ち着いた行動をできるようになっていた。
「こちらの人数が多くても、その行動によってはあまり効果を発揮できない時がある」
「それはこの前の我への当て付けか?」
「教材と言って欲しいね。んで、人数が多いことを武器にした戦いをすると言うのなら連携を密にしないと効果が薄まってしまう」
そして、様々なやり方を見たり状況設定しながら戦った先で俺は自分なりの講釈を垂れてみた。当然、冒頭に「これは自分の考えだけど」というのを置いてからだが。
「この前の戦いで四人がかりだったけれども、俺は勝てた。その最大の理由として俺が挙げられるのは”連携”というものが足りていなかったからだと判断する」
「ヤクモ教官~、連携が足りてなかったというのは?」
「あの時四人で俺を囲むところまでは良かったと思う。けれども、その後の攻撃の拙さが一人と四人じゃなくて、一人と一人を四回というだけの状態になっていたということ。
攻撃というのは点であれ、面であれ、線であれ”相手の空間を削り、切り取り、穿つ”という行為になる。剣を振り下ろせば縦に相手の空間を切ることになるし、突けば相手の空間を穿つことになる。
当然相手は回避し、防御し、或いは攻撃を受けることになる。回避は相手の空間掌握に時間がかかる、防御は空間の固定化が出来る、攻撃が当たればそのまま打撃を与えられるのは分かるだろう?」
「――つまり、”相手に暇を与えない”という手段を取れば良かったってこと、なのかな……?」
アルバート、グリム、ヒュウガにリョウが居るその場で、俺は自分なりに下手糞に戦いというものを説明する。個人対個人であれば相手を崩し、その崩れたところに攻撃を叩き込んでいくというのが主流になるだろう。
けれども複数居る場合、やり方は変わる。当然一人一人の役割が違えば戦い方は変わっていく。分かりやすい例えにするなら、機関銃手に敵の頭を抑えてもらっているうちに小銃手を一つ班ずつ前進させるとか、小銃手の二個班が交互に撃って機関銃手を前進させて結果的に敵陣乗り込み殲滅制圧を図るような感じだ。
或いは、陸での戦いにおいて出鼻を挫くか、撤退と再編成を図ろうとしている敵に対して航空機による打撃などと出来る事は計り知れない。
「この前の戦いだったら、二人がかりで足を止めて残りの二人で動けなくなったところを叩くか、或いは回避を誘発させるように点の攻撃を線にして繋げて、回避不可能なところに入れていくかだ」
「ふっ、簡単に言ってくれる。そんな事が出来ると思っているのか?」
「逆に、なんで数名規模で連携取れなくて軍隊規模で統率と連携が取れるのだろうかと俺は問いたい。
弓で遠くから敵を削り、槍で敵を牽制し、騎兵が全てを蹂躙し、歩兵が敵を追い散らす。地形とかを考えない場合、単独の兵科で勝てる戦いはそうそう無い。
……っていうのが俺の考えなんだけど、魔法使いが居ると大分違うものなのかな?」
「魔法使いの働きは各国で違うのでな。この国では大規模な魔法を叩き込み、兵を指揮するのが主流だ」
「僕らの国はどうだっけ」
「おいおい、リョウ。俺たちの国で魔法使いは前線で戦うのがモットーだろ。兵を率いて自らも敵に切り込んでいく。そして敵を前にして魔法を術技として叩き込みながら切り結んでいくのさ」
「――で、この中には神聖フランツ帝国とユニオン共和国の人は居ないっと。
けど、やってることは一緒だろう。兵士が自分を支えるのか、自分が兵士を支えるのかの違いだと思う。とは言え、実物の戦いを見たわけじゃないから想像の範囲を出ないけど」
「ふむ、難しいものだな……」
「言ってることは難しくないって。個人や数名での戦いでの立ち回りを習得すれば、集団戦や軍団規模での指揮の概略くらいは修められるって話。
ただ、さっき言った連携って奴が難しいんだろうなあ……」
アルバートとヒュウガが話している傍らでミナセが腕を組んで成る程なあと頷いていたが、直ぐヒュウガに「お前も、行く可能性あるんだから考えなきゃダメだろ」と言われて彼なりにムキになっていた。
ただ、魔法を伴った武技というのを見せてはもらったが、ゲームでよく見るような『特技っ!』とか『秘技っ!』みたいに見えるようなものが多かった。なんだよ、剣で魔力の塊で遠距離斬撃とか、剣で地面を擦ってやると地撃やら摩擦で火炎飛ばすとかやりたい放題だった。魔法使いの恐ろしさの片鱗を拝む事が出来たのは美味しい。
「僕だって一応、考えはしてるよ! ただ、それが身に付かないだけで……」
「いざとなったら参謀でも副官でも何でもやってやるから、せめて堂々と出来るようにしような?」
「うぅ……」
と、適当に教えたり教えられたりしながらも交友を深めて過ごす。最初は他の魔法使いたちは理解が出来ていないようだった、使い魔であるはずの男が公爵家の三男、そして不出来な魔法使いといわれてるミナセやらも交えて色々とやっているからだ。
アルバートは家柄的にも実力的にも上に見られている、それに比べてミナセとヒュウガは評判はあまり宜しくないので接点が見つからないのだろう、そもそも俺なんかこの前戦った上に負けたくせに何偉そうに講釈垂れてんだという話にもなるだろうが。
訓練と座学で半分半分の時間を使用し、時間が近づいたら終わった終わったと皆で出て行く。錬金術の授業もあるようで、既に存在するものから別のものへと変化させるという魔法に絡みつく重要なものとして行われているようだ。
だが、さすがに食事の時間などのミラノの傍に居ないといけない時はあまり勝手が出来ない。食堂では相変わらず床で飯を食っているし、先日の一件以来身体を清める時以外に厨房の傍にまでは近寄ってなかった。
「しかしミラノよ、地べたに座らせていると腰を悪くするのではないか?」
「……そんな言葉をあなたから聞くなんて思わなかった、どういう風の吹き回しかしらね」
そして、俺がアルバートと若干仲良くなったことでミラノとアルバートの接点も出来上がったようだ。言ってしまえば俺をダシにしてアルバートは堂々とミラノに近寄れるし、俺は同性の知り合いが居ると言う事で居心地の良さはあった。
ただヒュウガとミナセはエレオノーラという存在があるからかあまり昼は一緒になれない、少しさびしい。
「――アル、ヤクモに恩を売る」
「おぉ、そうだな。では我がそのみすぼらしい食事に一品添えてやろう!」
「ちょっと、私の使い魔をあまり甘やかさないでくれる?」
「だがミラノよ。食事の良し悪しは結果として戦いに響くぞ? それに、地べたに座らせる事で足腰に悪い影響を与え続ければいざという時に不調が――」
「アルバート、ちょっとウザいから黙って」
「うざっ――!?」
まあ、日常が楽しくなってきたのは確かだった。アルバートと親しくなったことで得られたメリットといえば、こっそりと酒を飲ませてもらえるということだろうか。この数年でどれだけ送られてきて、どれだけ溜め込んできたというのだろうか。日に何本かビンを空にしても全く困りやしないアルバートに、無限の飲酒という謎の語呂を思いついた、串刺しにでもなるかもしれない。
心残り一つを抱えたままに学び、運動し、食べ、眠る。そして平日最後の授業を終えた時にヒュウガが首に腕を絡めてきた。
「来たぞ、週末だ! というわけで、飲みに行こうぜ!」
「え、なに。どういうこと?」
「街に繰り出そうって言ってるんだ。普段はこの学園の敷地から出られないけど、週末は出られるんだよ」
「魔法使いとは言え人の子であるからな。このような場所に卒業まで閉じ込めるなど不可能であろう」
どうやら週末外出システムらしい、脳裏に当直室へと私服に着替えて身分証を携行して外出許可証を受領していた頃の自分を思い浮かべた。だが入退室要領が悪かったからと受領できなかったり怒られたりとかはしなさそうだ、その外の世界を見たこともどう入ってきたかも覚えていない門から魔法使いたちが疎らに楽しげに出て行くのをみてしまった。
「メイフェン先生から聞いたぜ~? この前酔って帰れなかったらしいじゃないか」
「自分の限界を超えて飲んじゃったからなぁ、次は大丈夫」
「それはどっちの意味でだい?」
「飲む量を抑えるという意味で。というか、そもそもミラノの使い魔という身分だから勝手は出来ないんだけど」
「バレなきゃ良いんだって。こそこそ~っと行って、シレ~っと帰ってくれば問題には――」
「……聞こえてるんだけど」
そして女性側も授業を終えてこちらに合流してきた。ミラノ、アリア、カティア、エレオノーラという面々が歩いてくる。それぞれ目的は違うだろうが、結果として”合流する”という点において一致しているのだ。
ミラノに見つかってヒュウガは苦笑しながらするりと離れ、俺はそのまま詰め寄られて耳を引っ張られた。
「いたいたいたた!?」
「この前気分悪そうに飛び出して、酒に溺れて戻ってきたのは誰だったかしら?
アンタ、勝手しすぎ」
「今俺断ってましたよね!? 勝手しちゃ拙いって言ってましたよね!?」
「キッパリ断りなさいよ! なんで『使い魔じゃなけりゃなぁ』みたいに気持ちは引きずられてるのよ」
「だって酒美味しいじゃん! しかもお誘いですよ? 友好を深めて繋がりが出来るチャンスでもありますじゃん!?」
「私欲を絶ちなさい!」
防御力が上がれば痛みが弱くなるなんてのは妄想だったんだ。耳を引っ張られ、抓られると滅茶苦茶痛い。抵抗するよりも手に引っ張られていったほうが痛みが少ないのでそうすると余計みっともなさそうだったが、向こうではエレオノーラにヒュウガが怒られてるし、こっそりと逃げようとしたミナセが雷撃で痺れて地面に転がっていた。俺たちは不幸な男三人衆かもしれない。
「ふはは、無様だな! では我は外に出るとしよう、ここは娯楽が少ないのでな」
「――コミック、買う」
「はっ、コミック!? なにそれ、そんな文化――いたたたた!? コミックあんの? マジで!?」
「……ヤクモよ、怒られながら興味を示すのは痛々しいのでやめろ」
そうは言われたが、コミックだぞ? 漫画だぞ? 絵画の一枚絵とかじゃなくて、連続性の有る絵が”コマ”として存在するんだぞ? そりゃ――
「ミラノ。俺、すっごい気になる! いたたたた!?」
「だから、私欲が強すぎるのよアンタは!」
私欲が強いとか言われますけど、そんなに欲張った記憶は無い。アルバートに誘われてタダ酒を飲んでいる以外では、地面で冷めた飯を食い、冷たい井戸水で身体を洗い、ミラノが肩が凝っただの足が疲れただの言われればマッサージし、お茶の準備をしろといわれれば用意し、朝は早く起きて夜は遅く寝ている。
食事に関しては最初文句を言いはしたが、缶飯に比べれば美味しいし分量も有る。生活に関しても行軍最中の大休止でゴロリと地面に転がるわけでもなく、雨風凌げて睡眠時間は固定でしっかりしている分まだ耐えられる。風呂も湯船だったりシャワーだったりできちんと身体を洗いたいけれども、入浴等なしで十一日連続勤務を体験しているからまだマシかなと我慢できるし、そもそもあれやれこれやれと言われる事に慣れきってしまっていた。
……牙を抜かれた狼とか、そんなレベルかもしれない。狼軍団の中隊旗が懐かしいや。
「だってさ、アルバートとかヒュウガとかミナセとかと関わって色々やる以外に楽しい事無いんだもんさ。
一番楽しいのが戦闘訓練時と授業って何? そんな真面目じゃないんですけど」
「その割には必死に独自言語でなにやら書き込んでるみたいだけどね。
アンタ、自分が言うより不真面目じゃないんじゃないかしら」
その言葉に、内心痛むところがあった。その理由は、行動の評価と結果が結びつかない自分の性質を俺が理解しているから。
たぶん、頑張っているように見えたり真面目なように見える事は多くある。けれども、その行動や態度に結果が追いついていない事が多々あった。だからそうやって良い評価を簡単に言って、俺自身にも若干の希望や期待を持たせるのはやめて欲しかったが――俺は、苦笑しただけに留めた。
「ヒューガ、悪いですが貴方の望みは叶えられませんわね」
「へ? 何でですか」
「今日は私が既にリョーと外出する予定を入れているのです、その付き添いに貴方が来なくてどうするのですか」
「ダメですかね?」
「ええ、ダメです。というわけで……ヤクモ、でしたわね。今日のお誘いは無かった事にして頂けるかしら」
「そうですね、ではヒュウガとミナセには今度誘ってもらいます」
丁寧な返答、そしてお辞儀はどう映ったかなとか考えていると「悪いな、また今度!」とヒュウガが謝罪してくれた。そしてエレオノーラとヒュウガ、そしてこっそりと影を薄めて逃走を図ろうとしていたミナセも見事捕まり引きずられて去っていった。ミナセと外出、ただし事後承諾って感じなのだろう。
アルバートも今回は別に用事は無いようで、グリムとさっさと行ってしまい、後にはミラノグループだけが残された。寂しさ、悲しさが胸を占める、こう――友達が遊ぶ約束をしていて、その友達と親しいはずだけど「入れて」と言い出せずに見送るような感じだ。
耳をさすっているとカティアがするりと近寄ってくる。
「実は、今日は街に出てみようという話をお二人がしていたのよ。
それをヤクモが、踏みにじりかけたからミラノはお怒りなのよ、分かるかしら?」
「はぇ、そうなんですか?」
「あぁ、もう。何で言っちゃうのかな……。ええ、そうよ」
「姉さんが態々『一応頑張ってるみたいだし、外を見せるついでに息抜きもさせないと』って考えてたのに、それを無駄にされそうになって怒ったんですよ」
アリアはミラノが恥ずかしいと分かってるのにネタバラシをして、ミラノがばらされた事で恥ずかしがり背中を向けた。なるほど、彼女なりに俺の事を考えてくれてたということか。
「――悪い。知らなかったとは言え、思いやりを無駄にしようとした」
素直に頭を下げると、彼女は背中を向けたままだった。ダメだろうか? そう考えていたらミラノは少しだけこちらを見る。
「準備してくるから、待ってなさい」
そう言って、ミラノは寮に向けて歩いていった。その歩き方とかを見るに怒っているのか、意地を張っているのか、それとも照れ隠しなのかは分からない。アリアもミラノの後を追って行ってしまい、後には俺とカティアだけが残される。
「準備って、何の準備をするんだろう。化粧? お色直し?」
「女性にそういう事を聞くのは野暮というものよ」
「ほんと、元猫とは思えないくらいに人間みたいなことを言うよな。見た目と言う事のレベルが合致してないって言うのは不思議だけど」
「そのあたりで困る事がないようにと、配慮されただけですもの。それとも、無知な子の方が宜しいかしら?」
「――どうかな。力になってくれるのはありがたいけど、誰かの面倒をみるというのはそれはそれで自己の存在を確立できるという考え方も有る」
「……どういうことかしら?」
訊ねられてからなんでもないと誤魔化し、近くに備え付けられたベンチへと腰掛けに行った。カティアもついて来て、チョコンと隣に腰掛ける。青年と少女、その響きだけならワクワクするのだが自分がその”青年”と考えると、とたんに気になるのが容姿だった。
――愛されなかったわけじゃない、不細工だの醜いだのと言われ無かったのは幸いなことなのだろう。ただ、別にイケメンと持て囃された訳でも何でもない、それどころか”何も言われない”のが自分だった。
その意味をどう捉えるべきかは分からないが、何も言われないほどに興味を持たれてなかったのではないかと思うと気持ちが沈んでしまう。
「そういや、アリアの使い魔ってことにして離れ離れだけど、調子はどうだ?」
「悪くは無いわね。それなりに頭を良くして貰ったおかげかしらね、授業を受けているだけでも『分からないと言う事が分かる』という思考が理解できるし、何故分からないのかが理解できるだけでも進歩でしょう?」
「まあ、そうだな」
「だから、分からない事は貴方の言うとおり質問してる、それでも分からない場合は何故分からないのかを分析してみてるわ。
魔法の扱いなら上手くなったかしらね」
「そっか、それならいいや」
カティアの言に嘘偽りは無いだろうと思い、それ以上の質問は無しにする。実際彼女はアリアやミラノによく魔法の使い方を教わったり、本を図書館から借りてきては色々学びながら質問をしている。俺も授業で分からない事を聞いたりはしているが、やはり本を読むのに手間がかかると言う事でカティアよりも遅々としてなかなか進んでいないのが現状だった。
「たぶんカティアのほうが字が読めたり分かる事が多いって事で、頼りにすることも多いと思う。
そのときはよろしく頼むな」
「あら、どうしようかしら。一つ頼られる度に何か要求しようかしら?」
「俺、借り塗れになるじゃないか……」
単純な奉公の仕方が武働きしか出来ない以上、俺には借りの返済手段が限られている。限られすぎている。自分の得意分野というか、まず役に立てる分野といえば戦いしかないのに、その戦いですらこの世界においては新しく教義を構築し直さなければならない。
戦うというのは、武器を使えて手足を動かせる事を指すんじゃない。己の扱う武器の事を理解し、相手の扱う武器の事を理解したうえで何をすべきか、何をしてはいけないのか等を取捨選択しながら戦う前から準備し、現在進行形で選んでいけることを指すのだ。
敵が銃撃しているのに身体を晒す馬鹿は居ない、敵が砲撃や迫撃をしてきたのに穴や塹壕に入り、障害物で身を守らない奴は居ない。
ただ、どんな攻撃が来るか分からないとしたら? 相手の攻撃手段が分からないとしたらどうだろうか。当然、銃という概念を知らない時代の人間に『矢より早く、連射の利く攻撃がばら撒かれる』という発想は無い為、瞬く間に蜂の巣になって殉教するしかないだろう。
今の俺は、その未開人に等しい。つまり殆ど役立たずということだ。それを聞いたカティアはクスクスと笑う、その様は外見年齢に見合わず淫靡だ。年下に搾取される展開、みたいな作品もあったなとか老け込んだ考えが浮かんでくる。
「借りが増えたら、何か好きな形で返済してもらおうかしら」
「お手柔らかに、尚且つ俺が”大丈夫”って思う奴で頼む」
「そう言えば、貴方の得意そうな戦いに関してはどのような感じなのかしら。
その幾らかは私にも真似できるの?」
「まあ、カティアに”戦闘教義”で分かった範囲を教えるのも良いけど。
逆に今までの中で”こうかな”って言う戦い方は思いついたりしなかった?」
逆の問い。俺は大分”向こう”での戦い方に引きずられていて、発想の粋が狭められている可能性が高い。だからカティアならこちらの世界に染まりすぎずに自由な発想で何かを思いついたりするのではないかと思ったからだ。プロの思考は、時折型に嵌まり過ぎて一般市民にすら負けることもあるという、それと同じだ。
カティアは瞬きを数度し、直ぐに幾らか考え始めた。
「魔法って、出すのが基本じゃない?」
「まあ、確かに」
「だったら、こうやって魔法の弾……かしらね。作って、ぶつけるのとか」
そう言って彼女はバスケボール程度の球体を作り出した。属性が何であるかは分からないが、何であれ周囲に影響が出るだろうと一瞬驚くがクスリと笑って「大丈夫よ」と言われた。
「……なに、これ?」
「前に貴方が物凄い爆発を起こしたときの話を聞いて、それを自分なりに参考にしてみたのよ。
私、見たとおり華奢で武器は扱えませんの。と言う事で、何か自分なりに役立つ方法を探した結果――」
「魔力を固めて武器にしてみた、と」
その若干の光を放つその球体を突いてみる、フヨフヨしていて打撃力はあまり無さそうだなと思った。そして彼女はその球体を放り投げると、空中で静止させて見せた。
「お?」
「コントロールがきくのよ。だから意表を突きながら戦えると、便利でしょ?」
「ちなみに、身体能力ってどうなってたっけ」
「見た目よりは少し上、くらいじゃないかしらね。貴方に比べればか弱いものよ」
「俺はどれだけバケモノ扱いされてるんだよ……」
「ええ、一人で八人をなぎ倒してあと少しで勝てそうな感じだったとか。
ボロボロになってて何やってるのか呆れたけど、大分話は違ったみたいね?」
「……三人くらいは銃で撃ちぬいただけなんだけどな」
俺がそう言うと、彼女は「銃? なにそれ?」とか言ってきた。知識に偏りが有るのかもしれない。それにしても、バケモノか……。
彼女は球体を自由に動かし、緩急つけて自由に操っている。早い時でもプロ野球選手の投げるボールほどには速度が有る、硬度があれば骨折すらありうるだろう。軌道の予測は難しく、その速度も自由自在と来たら回避や防御も難しいだろう。
「ねえ、この球体を取れるかで遊んでみる?」
「今? ここで?」
「どうせ二人が来るまで暇じゃない。それとも、下々の言う事は聞かない性質なのかしら?」
「バカ言え。そのかわり、とったら終わりだからな」
「じゃあ二人が来るまで捕まえられなかったら私の勝ちって事で。
それじゃ、楽しませてくださるかしら」
「喜んでっ!!! そのかわり、遠くにやったり手の届かない位置は禁止でっ」
カティアの出した球体を俺は捉えようと必死になった。高いところ、立姿で届く位置、屈まないと掴めない位置。右や左、正面や背後と本当に自由自在に動いていく。それを俺は”必死になって”追い回した。
「こんなに必死になって、球体を追い回すのは体育の授業でやった、野球の頃以来か?
くそっ、んにゃろっ!!!」
「あ、今の惜しいかも。と思ったけど、残念、近からず遠からずだったわね。
あっあっ、取られちゃう――な~んて、そんなのありえないけど」
カティアに弄ばれ、徐々に汗をかき呼気が荒くなり始める。バスケみたいに良い運動をしているみたいだと思いながらも、必死に球体を追い続けた。
しかし、どれだけ追いかけたところで球体が掠りさわりはすれども掴めそうにない。みっともなく息を切らし、肩で呼吸し、膝に手をついて疲れを”見せた”。
「いやぁ……、なんて、一方的。お猫様は、甚振るのが大好きで?」
「え? なんと言うか、こう。必死になって手が届きそうなのに届かない、希望を目の前にちらつかせて必死にそれに追いすがる姿って面白くないかしら」
「本人は地獄のような責め苦を、味わってるんだろうけどな……」
呼吸を整えるように深く息を吸ったり吐いたりと繰り返す、体が求める速度とその深さではなく、最も落ち着きが早くなる呼吸法で吸って、吐いて、心臓と呼気を落ち着かせていく。
「ほろほら、取らないの?」
「少し、休ませてくれ。息が……」
「こんなに近くに有るのに、手を伸ばす度胸も――」
無いのかしら。たぶんそう続けたかったのだろう。しかしカティアが俺の情け無さそうに疲弊し、呼気を深くしている姿に餌を与えたくなったのだろう。球体が”希望”として近寄ってくる、その希望が”最も近そうで遠い”と認識させられる眼前に来るのを予測して、全身で飛びつくようにして球体を抱きかかえた。
カティアの「あっ」という声、そして抱きしめた球体の存在を認識しながら落ち着くように一度だけ大きく息を吸い、吐いた。
「何で取れたの?」
「お前の性格とかから先読みしただけ。言ったろ、お猫様って。
俺が疲れて休んでると見せかけるために、本気で追いかけてみてからの~……って感じかな」
「ずるいのね……。あ~あ、勝てるかなって思ったのに」
「相手を騙して自分の有利な方向に持っていって勝つ、相手の嫌がることを沢山し、こっち元気で相手ヘトヘトそれが良いって言われてるから」
かつて上官に言われた言葉だ、曹長ともなれば数多くのことを知っているのだろう。今となってはその片鱗も理解できている気はしないが、それでも”相手の意図を挫き、戦闘の意志を破砕させる”という目的は理解している。緑本は除隊と共に破棄してしまったために細かい事は覚えていないが……。
カティアが残念そうにしているのを見て、俺は球体を手放す。その球体は少しばかり膨らんだかと思うと萎んで一瞬で消えてなくなってしまった。そして拗ねているような彼女を見て、どうしようかと悩んでいたら汗で幾らか湿った自分の服装に気がついて、手を比較的乾いてる箇所で拭ってからカティアの頭をなでた。
「ま、人間暦に関しては俺のほうが長いからな。――戦いって、強いか頭が回る奴、諦めない奴が勝つものだからな」
「……なにいっちょまえに良いこと言った、みたいな雰囲気を醸し出してるのよ、アンタ」
カティアを撫で、とりあえず良い方向へと話をまとめようとしたらちょうどミラノたちが戻ってきた。俺は汗をかいて息を乱している、対するミラノとアリアは外に出ても特別階級たる尊厳を損なわないような準備はしているようだ。たぶん服も着替えたのだろう、それを誰が洗うのか考えないのだろうか?
「ねえ、私に汗をかいた使い魔を引き連れさせるつもり?」
「いや、申し訳なく。ちょっと遊びに夢中になりすぎてね、負けたらなんでもいう事を聞かされるからってムキになった」
「……で、さっきの様子を見るにアンタが勝ったんでしょ」
「なんか勝った事を批難されてる気がするんですが」
汗だらけになったことが気に食わないのか、それとも変な勝ち方をしたのだと疑われてるのか。ミラノの態度は好意的ではなかった。アリアはクスクスと笑っているし、もう汗を乾かしてさっぱりして柔らかいベッドや布団で眠りたいくらいだ。
「臭わないわよね。歩いてる先々で振り返られるの嫌なんだけど」
「体は毎日洗ってる、服も適宜洗って乾してる。
――汗か、汗が臭うって言いたいのか!?」
そういえば汗の臭いは、毛穴に繁殖した菌の繁殖具合で決まると聞いた。つまり、毎日適切に汗をかいて匂いの元となる菌を排出してやれば汗が臭くなるという事は無くなるのだと言う。そう言えばニートになってから殆ど家から出ていない、つまり汗をかくことがほぼ無かったと言ってもよい。つまり、今の俺は汗が臭う可能性が――
「お、俺! 体洗ってきても良いかなっ!? 臭いばら撒いて嫌われてる事に無自覚なスカンクにはなりたくない!」
「”すかんく”って何よ、まったく……」
「まあまあ、良いじゃないですか。むしろ『八人相手に斯く戦えり使い魔、鍛錬に余念なく』って噂される方向で喧伝していけば良いじゃないですか」
「私は――っ。ただ、身だしなみに疎く周囲に悪臭を撒き散らす事が噂されたら、自分の使い魔すらちゃんと使役できないのかと言われるのが嫌なだけ!」
確かに正論だった。カティアとのコミュニケーションの手段を考えるべきだったかなと考えていると、彼女は少しばかり所在無さげに俯きかけていた。何時もは小悪魔な様子で、小ばかにしてるのかお高く留まってるのか分からない彼女だが、それでも――申し訳ないと思ってくれているのだろうか? 分からないが――
「いや、すまなかった。お留守番でもしておいた方が良いかな?」
「えっ――」
俺が自ら罰や反省として居残ろうかと提案する。これにより俺は外出という今回の行動で得られるはずだった恩恵全てを手放す事になり、ミラノやアリアといった庇護者の居ない状態で学園の内部に居残る事になる。
メリットとしては休む事ができる、狭い世界での自由が手に入る、落ち着いて何かをする事が出来るというものだ。そのかわり、新しい可能性や情報というものを得られないので対応や対処能力は高まらない、つまり何かが起きた場合に死ぬ。色んな意味で。
しかしミラノは目を閉じて苦虫を噛み潰したかのような表情を作ると、一つ息を吐いた。
「……今回は良いわ、ただ次回から気をつけること!」
「良かったですねえ、ヤクモさん」
どうやら今回は大丈夫なようだ。有難うと言い、その流れでカティアの頭を数度ポムポムと撫でた。そしてこれからどういう風に行動するのかを尋ねた。行動指針は明確になっているほうが助かる、最悪はぐれてもとりあえずどう動くのか分かっていれば合流できる。
「で、どう行くんだ?」
「内緒」
「え~……、隠さなくても良いんじゃない?」
「ダメよ、内緒なんだから」
「頼む、少しでいいから」
「絶対ダ~メ」
「アリア?」
「姉さんが内緒にするなら、私も内緒です」
「カティア――」
「私も内緒で」
「なんだよ、俺には味方は無しか!?」
結局、何も聞き出せないままに俺は門を潜り抜ける。学園の外はどんな世界が広がっているのか、イメージは出来てもワクワクした――少なくとも、コンクリートジャングルではないのだろうから。
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