まさしくユートピア

@chris4403

銭湯の思い出

「鹿児島の魅力は?」と聞かれると「美味しい食べ物ですね」と答えることが多い。黒豚のしゃぶしゃぶや、地鶏のたたき(刺し身)は特に絶品。全国的にはメジャーではないけど、鹿児島ラーメンも存在感がある。あと忘れちゃいけないのがさつま揚げと焼酎ね。この組み合わせはテッパン。きびなごの刺し身も捨てがたいけど、鹿児島というよりは九州というくくりに入りそうなので、遠慮がちにオススメ外においておこう。独特の円卓で楽しむそうめん流しや、かき氷の白熊など、挙げていくとキリがない。

鹿児島の美味しいものは、もちろん鹿児島以外のところでも食べることができるが、やはり地元で食べる料理は一味違う。本来の鹿児島の味を楽しんでもらうために、死ぬまでに一度は鹿児島へ訪れてほしいと思う。


とはいえ、鹿児島は暑い。


鹿児島の魅力をしゃぶり尽くすには、特に夏をおすすめしたいのだけれど、夏場の日差しの強さは、慣れていないとかなりきびしい。日本特有の湿度も相まって、観光しようと、ちょっと街中を歩くだけで、全身汗だらけになってしまう。


また、ご存知のとおり鹿児島では桜島が噴火し、火山灰が降ることがある。風向きの関係で、夏場は市内に向かって降ることが多い。夏場に降る火山灰は、汗でじめついた肌にはりついてしまうので、大変心地よくない。外遊びをする子どもたちが、腕の肘の内側に灰の線をくっきりつけている様子は、鹿児島の人ならおなじみの光景だ。


そこでおすすめしたいのが、鹿児島の「銭湯巡り」である。


鹿児島には多くの銭湯があり、そのほとんどが「温泉」となっている。市街地のすぐそばにある桜島のマグマの影響なのかもしれない。「銭湯イコール温泉」というのは当たり前だと思っていたので、大学生のときに県外に出てそうではないことを知ったときは「温泉じゃない銭湯があるんだ」と正直驚いた。入浴料も一律390円で大変リーズナブル。昔はもっと安かったのだけど。


私がよく通っていたのは、武岡温泉に寿康温泉、はらら温泉、薬師温泉。どれも実家や祖父母の家の近くにある銭湯だ。


そんな市内のあちこちにある銭湯(温泉)に、子供の頃からよく入っていた。鹿児島に住んでいる私の両親は、昔から銭湯が大好きで、行きつけの銭湯にほとんど毎日通い、1時間から2時間ほど入浴している。長いときは3時間も入っていることがあった。


「そんなに長く入って、中で何をしているの?」と聞いたことがある。そのときに聞いた母の銭湯でのルーチンワークを記しておく。


まず最初に洗い場で髪と身体を洗う。特に身体は、アカスリを使ってゴシゴシこすり、入念に垢をこすり取る。こすった後が赤くなっていたので今思うと身体にわるいんじゃないかと思うのだが、人体の不思議で母の肌はいつもつるつるしていた。じっくり洗った身体で、湯船に入り温まる。ほどよく温まったら、水風呂に入り一気にシメる。そうめんの茹で方のようだが、キュッと汗腺が締まる感覚が心地よいらしい。この熱いお湯と冷たい水に交互につかる交互浴が最高に気持ちが良いそうだ。この交互浴を数回繰り返した後、サウナに入る。サウナでじっくりと汗をかいたら、水風呂の水で汗を洗い流し、もう一度水風呂でシメる。このサウナと水風呂の行き来も数回繰り返したら、もう一度身体を洗う。

このパターンを満足行くまで何度も何度も繰り返すそうだ。途中疲れたら、風呂桶を枕にして寝るらしい。

これで最大3時間も銭湯に入っていられるというのだから呆れてしまう。


もちろん、無言で入浴しているわけもなく、銭湯にはそこで出会ったおともだちがたくさんいて、井戸端会議を楽しんでもいるのだった。

一度家族で旅行に行ったとき、お土産を選んでいたら、母が「銭湯仲間に持っていくお土産を買わないと」と言っていたので驚いた。そこまで生活に密着しているのだから、地域における銭湯の存在感が窺い知れる。


と、母に呆れている私も、鹿児島に住んでいた頃は、よく父と銭湯に通っていた。


父のすべての所作に苛立っていた思春期の高校生のときも、それは変わらず。父に対する複雑な感情を持ちながらも、銭湯には一緒についていった記憶がある。


洗い場では、父の背中を流すのが私の役目だった。

周りにいるいわゆるお風呂ともだちから、父は「息子さんに背中を流してもらえていいですなあ」と声をかけられ、満更でもない表情を見せていた。

私自身が三児の父となった今、当時は分からなかった父の気持ちがよく分かる。


私が県外に出て久しいが、実家に帰省した際は、父と私と私の息子たちとみんなで銭湯に行くのが定番になっている。


父の背中を流すのは、私の役目ではなく、今や孫たちの役目だ。


「お孫さんに背中を流してもらえていいですなあ」と声をかけてもらう様子も、満更でもない表情も、昔と変わらない。


背中を流す役目は譲ったのだけれど、気が向いたときには、私が父の背中を流すことにしている。そんなとき、父は決まって「孫たちはまだ力が弱いね」と言う。

そう言って本当は息子の私に背中を流してほしいという照れ隠しだろうな、と思いつつ、九州男児らしい父の言葉に少しだけ嬉しく思う。

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