レインとレインとレイン

『ふふふぅ……どうしたんですかぁ、そんな顔して?』

「「「「「「な、な……なんで……!?」」」」」」



 あの時倒したはずの存在が、何故この場に突然現れたのか――世界中全てを覆い尽くしながら繰り広げられていた勝利の宴は、一転して無数のレインたちによる驚愕と憤りに満ちた場へと変貌してしまった。当然だろう、彼女たちの明るいムードに割って入るかのように、かつて彼女たちが激闘の末にこの世界から消滅させた裏切り者の魔物ゴンノーが、まるで何事も無かったかのように悠々と現れたのだから。しかもゴンノーの背後、世界を果てしなく包み込む空は、一面レインと全く同じ姿形をしながらも、その瞳やオーラから全く心も意志も感じさせない文字通りの生きた人形であるダミーレインが数限りなく覆い尽くしていたのだ。ゴンノーに支配されるという忌まわしい状況から救ったはずの存在が。


 

((((((((……いつでも来なさい……ゴンノー……!!)))))))))

 


 奇襲とも呼べそうな非常事態に最初は愕然としたまま動けなかった現在のレインだが、耳に響く気持ち悪い声を聞いているうち、次第に体の中に闘志が湧き始めた。確かに今の状況――現在のレインと未来のレイン、2組のビキニ衣装の美女が戯れ、安堵しきった状況は、自分たちに敵対する存在からすると襲い掛かるのにうってつけだったかもしれない。しかし何度襲い掛かろうともレイン・シュドーは決して諦めない。たとえ何度蘇ろうと、ダミーレインをどれほどの数だけ連れてこようと、必ず倒してみせる、という思いを共有しあった彼女たちは一斉に剣を創造し、空中に浮かび続ける魔物に向けてかざした。文字通り、一触即発の空気が流れ始めた――。



「「「「「「……あれ?」」」」」」



 ――そんな時、現在のレインはある事実に気が付いた。ゴンノーとダミーレインの出現に対し、臨戦態勢を取り始めていたのは世界中を覆い尽くすレイン・シュドーの半分、すなわち闘いの日々を過ごし続けていたである事に。そしてもう半分、これまでずっと『魔王』の衣と仮面を着ながら暗躍を続けていたレインの大群は、この光景に対して一切の警戒心も持たないまま、笑顔でのんびりと眺め続けていたのである。あれほどゴンノーという存在を敵対し続けていたはずの魔王が何故のほほんと構えているのか、その真相に現在のレインが気づきかけた時、それを見計らったかのように未来のレイン=『魔王』だった存在はゆっくりと立ち上がり、嬉しそうな声をゴンノーやダミーレインにかけた。いくら『ゴンノー』とはいえ、もうこれ以上レインに意地悪をし過ぎない方が良い、と。




『ふふふぅ……それも、そうですよねぇ、魔王に?』


『そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』そうですね……♪』…



 気持ち悪い響きはそのままだが、明らかに敵意が一切ないにこやかな声色に変わったゴンノーや、自分の強い意志や美しいものを愛でる心を持つレインと同じ目の輝きや笑顔を作り始めたダミーレインの様相を見た、現在のレインの予感は確信へと変わった。この世界を思いのままに動かし、真の平和へ導くために暗躍し続けていた『未来』のレイン・シュドーは、魔王1人だけではなかったと言う事に、彼女は気づいたのである。


 やがて、未来のレインに促されるかのように、ゴンノーは骨でできた頭や漆黒の衣装をそれぞれの手で握り、一思いに払いのけた。

 そこにいたのは、純白のビキニ衣装の美女を長年脅かし、世界のすべてを混乱に陥れ続けていた厄介で恐ろしく、そして憎たらしき裏切り者の魔物ではなく――。



「こんにちは、レイン♪」

「こんにちは、レイン♪」こんにちは、レイン♪」こんにちは、レイン♪」こんにちは、レイン♪」こんにちは、レイン♪」こんにちは、レイン♪」こんにちは、レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」…



 ――長い黒髪を1つに結い、たわわな胸と滑らかな腰を純白のビキニ衣装で覆い、程よく鍛えた美しく健康的な肉体を存分にさらけ出す、この世界に満ちる美しく艶やかで麗しい存在、レイン・シュドーであった。



「わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」わぁ……!!」…


 

 そして、現在の彼女たちは空から次々に舞い降り始めた新たなレインを快く受け入れた。元から彼女で覆い尽くされていた地上であったが、更に押し寄せる彼女の肉体によって完全に埋もれ、辺りは健康的な肌の色と黒、そしてビキニ衣装の色で塗りつぶされていった。しかも、喜びと心地良さから響き渡る快楽の声に応えるかのように、ダミーレインから元に戻った彼女も含め全てのレインが去ったはずの空中に新たな『未来』のレインが次々に姿を現し、地上と全く同じ声と色に染め上げていったのである。

 人間は勿論、忌まわしいゴンノーも恐るべき魔王もない世界には、レイン・シュドーが恐れる脅威は一切存在しなかった。彼女たちは思う存分自分を味わい、自分を慈しみ、そして自分を愛し続けた。完全なる勝利を収めたという余韻を楽しむかのように。


~~~~~~~~~~~


「「「「「「「「えっ……!?」」」」」」」」」


 今度は数十日にも渡って続いてしまったレイン・シュドーによる戯れが再び落ち着き、世界中のすべてをびっしりと覆い尽くす純白のビキニ衣装の美女がたわわな胸を揺らしながら思い思いの体勢を取り始めた頃、『現在』のレイン・シュドーは過去に起きた出来事に関する新たな種明かしを披露させられていた。あの憎たらしき魔物ゴンノーもまた、彼女をより強く、より美しくするために『未来』のレインが用意した、敵という役割をこなす存在であったという事を。


 

「「「「「そう、『魔王』と『ゴンノー』は敵対しているようにみえて……♪」」」」」

「「「「「「「本当はとっても仲良しなのよ……」」」」」」」

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「ねー♪」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」



 一斉に声をそろえながら可愛らしい声を世界中に響かせるのは、『魔王』の役をこなしていたレインの集団と、『ゴンノー』と名乗り人間世界で暗躍し続けていたレインの大群であった。平和そのものである遥か未来から愚かさと醜さが渦巻く過去へ戻り計画を実行に移す際、魔王による侵攻が何らかの形で失敗したり現在のレイン=魔王に従いながらも虎視眈々と倒す機会を狙っていた頃のレインに何らかの不都合が生じたりするなどの事態に備え、敢えて魔王と敵対し人間に味方をする存在として、『ゴンノー』と言うもう1人の魔王に匹敵する存在が生み出されたのである。


 そして、レインがずっと気持ち悪さや憎さを増幅させていたゴンノーの言動も、全てわざとそう感じるよう狙って仕掛けたものだった。魔王以外に乗り越えるべき壁が存在しないかつての世界に、レインは勿論人間をも巻き込み世界そのものを引っ掻き回す存在は必要不可欠だったのである。それも、憎たらしい、倒したい、とレインがどこまでも強く思うほどの強烈な存在が。



「「「「「「それが……ゴンノーだったって事……」」」じゃあ、ダミーも……!!」」」


「「「「「「レインや魔王が失敗した時の『予備』だったのよねー、レイン」」」」」」

「「「「「「「そうそう。必要ないってのはわかってたけど、念のため、ね?」」」」」」」


「「「「「「「「「なるほど……ふふ♪」」」」」」」」」



 例え成功する事がほぼ確定していてもなお念に念を入れ、用心に用心を重ねながらじっくりと計画を遂行する、そんな自分自身の注意深さと丁寧さに、ますますレインは自分の才能に惚れ惚れする事となった。そして同時に彼女は、ダミーレインに絡んで非常に懐かしい人物の名を聞く事となった。この無数に湧き出るレインを模した存在の素になったのは、未来の自分自身ではなくこの時間の流れと共に生き続けている『過去』の自分、それも無限に湧き出てくる自分自身の塊であるという事実を、ここで初めて知ったのだ。そしてその『塊』の由来となった人物こそ、全身の筋肉を贅肉に変え、文字通り贅沢を貪りつくしていたかつての力の勇者、フレム・ダンガクである、と。


 あの時、まだ人間に宣戦布告すらしていなかった頃のレインは、無限に自分が溢れ出るその塊の力に魅了され、一瞬我を失いかけていた。そのせいで、この肉の塊は魔王に没収され、快楽に溺れるのはまだ早い、という内容の釘も刺されてしまった。しかしこの塊はそのまま消去される事なく、魔王から直接ゴンノーへと譲渡されたのである。そしてこれが、ゴンノーが人間に味方をするというを始める合図でもあった。

 その様子を、未来の自分の記憶の一部を共有する形で確かめた現在のレインは、改めて未来の自分、そして『ゴンノー』に感謝の意を伝えた。確かにあれほど憎たらしい、倒したい、この世界から消し去りたい、と思った相手はいなかったが、逆にそのような相手が存在し、幾度となく敗北と屈辱を味わう羽目になった事で、レインは自分の未熟さを知り、『光のオーラ』という新たな力を習得する事が出来たのだ。それに、よく考えてみればダミーとは言えゴンノーが人間たちをうまく言いくるめてくれたお陰でレイン・シュドーはあっという間に世界中に浸透し、元から滅びる運命だった人間たちを更に堕落させてくれたのも事実である。何から何まで、ゴンノーは現在のレインのために尽くしてくれたのだ。



「「「「「「「「「「なんか……私、凄い嬉しい……!」」」」」」本当に嬉しい……っ!!」」」」」




 レインの中には、自分の運命が別の自分に左右され続けたという事実に関して、愚かで自分勝手で我がままで情けない人間たちが抱きそうな戸惑いや悲しみ、憎しみの思いは一切存在していなかった。代わりに心に満ちていたのは、自分の傍にいつも『レイン・シュドー』がいた事、彼女たちが自分のために世界中を動かし続けていた事などに関する温かさや楽しさ、そしてどこまでも溢れ続ける嬉しさだった。彼女が勇者として目覚めた時から、既に世界は『レイン・シュドー』という存在によって征服されていたのだから。


 つい零れ落ちそうになった無数の現在の彼女の嬉し涙をそっと拭き、その柔らかい頬を左右から当ててきたのは、つい先程まで『ゴンノー』やダミーレインに成りすましていた未来のレインであった。そこまで喜んでくれるのはこちらも嬉しい、ずっと長い間あの憎たらしい衣装を着続けた甲斐があった、とレインたちに笑いをもたらしつつ、彼女たちは一斉に気になる事を述べた。むしろ、礼を言いたいのは自分たちのほうである、と。



「「「「「「「「「……えっ?」」」」」」」」」


 

 現在のレインたちが一斉にきょとんとした表情になるのも無理はなかった。確かに間接的ながらもダミーレインの素体として自分自身を提供したのは事実だが、それ以外にあの憎き魔物に協力した覚えはない。一体どうしてそこまで嬉しそうな表情で感謝をするのだろうか――不思議がる『過去』の自分の表情を楽しむかのように少し眺めた後、未来のレイン=ゴンノーやダミーレイン役を務めた者たちは現在の彼女たちにある記憶を分け与える事にした。遡る事遥か昔、全てのダミーレインと全てのレインが世界の果てで激突し、世界の果てを彼女一色に染め上げながら壮絶な戦いを繰り広げた頃のものである。

 

 そして、無数の自分に囲まれながら現在のレインがその出来事を教えてもらった直後――。




「「「「「「「「「「「「「あぁ……そうか……そういう事!!!」」」」」」」」」」」


「「「「「「ふふ、ようやく思い出したわね、レイン♪」」」」」」

「「「「「「そういう事よ、レイン♪」」」」」」



 ――彼女たちは、ある大きな真実を今まで忘れていた事を思い出した。いや、正確に言うと彼女たちはその記憶を敢えて封印し、魔王との決着が終わり全てが真の平和で満たされるこの時まで敢えて忘れ続けていたのである。とっくの昔にレイン・シュドーは裏切り者の魔物軍師ゴンノーの正体を認識していた事を。そして、それを知った上で、彼女はゴンノー=未来の自分自身に、快く協力していた事を……。

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