レインとゴンノー(前)

 魔王との決着、世界平和の達成、更に自信を裏切った勇者に対する復讐が完全に成し遂げられるずっと前、レイン・シュドーはその裏切り者の1人、魔術の勇者キリカ・シューダリアを倒すべく、専用の異空間へ彼女を誘い出した上で最後の決戦を繰り広げた。当然ながら既にその時点でレインの実力はキリカを遥かに凌ぐ段階に達しており、最終的に彼女はその実力のみならずキリカの心をも折り、完全に屈服させる形で勝利を勝ち取ることが出来た。そして、好きにしろと告げた勇者の願いに応えるべく、彼女を新たなレイン・シュドーに変えようとした、まさにその時だった。


「……!!」


 レインとキリカ以外、誰も入ることが出来ないはずであったこの空間に恐るべき異物――人間たちを堕落させ、レインを幾度となく追い詰め続けた、不気味なトカゲ頭の魔物ゴンノーが何の前触れもなく乱入し、純白のビキニ衣装から露出したレインの体を串刺しにしたのは。まったく予想もしていなかった事態に、キリカは勿論レインもどうする事もできないまま、腹に強烈な熱さや痛みを感じながら漆黒のオーラを噴出させ、やがてその意識もろとも全身が消失していった。それと共に、別の場所でこの決戦を見守っていた大量のレインたちの連絡も途絶え、それに代わってゴンノーが彼女たち、そして魔王を挑発し宣戦布告をすることで、世界の覇権をめぐる両者の最終決戦が行われる事となった。


 これが、ずっとレイン・シュドーが記憶していた『キリカとの最後の戦い』の流れであった。

 だが、その後に続くゴンノーとの戦いまでの過程に、レインがずっと忘れていた1つの大きな出来事があった。いや、正確に言えば相手との同意の上で、敢えてその出来事に関する思い出を完全に封印していたのである。




 時はゴンノーによる不意打ちによりレインの意識が途絶えてからしばらく経った後――。


「……はっ……!!」


 ――四方を壁に包まれた、見知らぬ部屋のベッドの中から目覚めた瞬間に遡る。



 彼女の視界に飛び込んできたのは、今まで何度も寝泊まりしていた世界の果ての本拠地とも、次々に征服し続けていた人間たちとの住居とも異なる、扉やベッドを除いて天井も床も壁も一面肌色に包まれた、異様な部屋の様子であった。やけに柔らかい毛布の中から抜け出した彼女がそっとその壁に触れた瞬間、掌に妙な温もりと安心感、そして不思議な気恥ずかしさを感じた。一体ここはどこなのか、そもそも異空間で戦いを繰り広げていたはずの自分がどうしてこの部屋にいるのか――壁に手を付けたまま、次第に混乱し始めたその時、突然部屋と外の空間を繋ぐ扉が開いた。そして、その向こうに佇んでいた存在を見た瞬間、レインは本気で腰を抜かしてしまった。当然だろう、何の前触れもなく現れたのは――。



『おやぁ、おはようございます、レイン・シュドー♪』



 ――幾度となく彼女や魔王を妨害し、人間たちをも手玉に取りながら不気味に勢力を広げ続けていた裏切り者、トカゲ頭に骨のような尻尾を覗かせ漆黒のみすぼらしい衣装に身を包んだ上級の魔物、ゴンノーその者だったのだから。

 床が弾力を帯びていた事もあってか、レインは尻や腰に痛みを感じることはなかったが、それでも気持ち悪い声をあげながらごく当たり前のように部屋に侵入してきた宿敵に対する動揺は隠せなかった。そしてその気持ちはやがて目の前の存在に対する大きな憎しみや怒り、憤りへと変わり――。



『……ちょ、ちょっと、なんのつもりですかぁ……!?』

「何のつもりじゃないわよ……なんであんたがここにいるのよ!?」



 ――白銀に輝く彼女の最大の武器である剣をゴンノーの首元に突き立てる行動へと駆り立てたのである。

 散々自分たちを苦しめた挙句、キリカとの戦いにまで割って入り、更にはこの異様な部屋の中に自分を閉じ込める、一体何を考えているのか――レインは次々に焦り混じりの怒りの言葉をぶつけた。世界の至る所にいるはずの別の自分自身とも一切連絡が取れない状況にあった事も、彼女の心に不安や恐怖がより湧き上がる結果につながった。そしてそんな心理状況に陥ってしまった彼女は、相変わらず悪寒の走りそうな気持ち悪い声で話し続けるゴンノーの様子が普段と異なることなど全く気づけなかった。レインの不意打ちとも呼べる行動に一切抵抗せず、ただ釈明を繰り返すだけだったのだ。


 それでも混乱しきったレインが、説明しないのならここで倒すまでだ、と動こうとした瞬間だった。



「……えっ!?」

「「「「「「「落ち着いて、レイン!」」」」」」」


  

 彼女の動きは、突然部屋の中に現れた7人のレイン・シュドーによって封じられた。

 手足も体もがっちりと掴まれてしまった彼女は、最初こそ自分自身によって作られた鎖から脱却しようともがいていたが、体中に当たる滑らかな腕、豊かな胸、そして純白のビキニ衣装から大胆に露出する全身の温かさを感じるうち、少しづつ落ち着きを取り戻していった。周りのレインが、ゴンノーが日々増やし続ける心なきレインの模造品であるダミーレインではなく、自分と全く同じ姿形、同じ心を持つ『レイン・シュドー』本人である、と理解した事も大きかった。


 そして、彼女は他の自分たちに囲まれながらそっとベッドの上に腰掛け、大きく息を吐きながら先程までの混乱を解き放った。

 とは言え、あくまでゆっくりと考える事ができる余裕が生まれ始めたというだけで、彼女の心は相変わらずたくさんの疑問に満ち溢れていた。特に同じレイン・シュドーにもかかわらず、宿敵であるはずのゴンノーをここで倒そうとしていた自分の行動を何故止めたのか、彼女は全く理解できなかったのである。



「……ねえ、一体全体何がどうなってるの……さっぱり分からない……」


 その様子を見た7人のレインは、豊かな胸を揺らしながら彼女を再び取り囲み、一斉に優しい声で分かりやすく状況を伝えた。自分たちは勿論、そこにいる魔物軍師ゴンノーも、決してレインに危害を加えるつもりはない、と。何故なら、この部屋にいる全員は、レイン・シュドーという存在の『味方』なのだから。

 


「え……味方……?」


「「「「そう、私たちは貴方をための存在……」」」」

「「「勿論、ゴンノーもね?」」」

『そうなりますねぇ……ふふふぅ♪』


「……はぁ……?」


 目の前で繰り広げられている奇妙な光景を、レインは完全に納得する事が出来ずにいた。彼女を自分の思いのままにしたい、レイン・シュドーを手に入れたいと断言し、ダミーレインを引き連れて幾度となくレインを苦しめ、壮絶な屈辱をも味合わせたはずのトカゲ頭の魔物が別の自分とにこやかに会話し、あの不気味な笑い声までレインの可愛らしい微笑みに合わせている。確かに双方とも嘘偽りなく心から分かり合っている事は理解できたが、何故そのような関係になっているのか、自分の知らない間に何が起きていたのか、いくら考えてもレインの中で答えは見つからなかった。そもそも、ゴンノーまで自分を助ける存在である、と言うのは、一体どういう事なのか。


「……ねえ!」


 そして、ベッドから再び立ち上がったレインは、勇気を振り絞って魔物軍師ゴンノーの傍へと近づき、そのトカゲの頭蓋骨のような顔に向けてはっきりと自分の抱いた最大の疑問を投げかけた。一体、貴方は何者なのか、と。



『……ふふふっ……そうですねぇ……』

「「「「「「「そろそろいいんじゃない、ゴンノー?」」」」」」」


 

 そんな彼女の要望を、7人のレインたち共々ゴンノーは意外とあっさり受け入れてくれた。

 それと同時にレインは、もう1つの疑問の答えも知る事となった。レイン・シュドーとゴンノー、敵対し命を奪い合うはずの存在たちがここまで和やかに分け隔てなく会話ができるのは、ある意味当然の事だったのだ。何故ならば――。



「……え……えっ!???」

「「「「「「「「……こういう事よ、レイン・シュドー♪」」」」」」」」



 ――そのトカゲの頭蓋骨のような『顔』や全身の衣装を脱ぎ捨てたゴンノーの中にいたのは、周りを取り囲むレインと全く同じ姿形、同じ声、そして明るい笑顔を見せる、新たなレイン・シュドーだったのだから。

 そして、8人のレインは驚きのあまり目を丸くしたまま微動だにしなくなったレイン・シュドーの周りに集まり、彼女の心をいやすような優しく美しい声で、この部屋に至るまでの全ての真実を語り始めた。ゴンノーと言う存在も、ダミーレインも、そして魔王でさえも、全ては『レイン・シュドー』という世界で最も美しく麗しい純白のビキニ衣装の美女そのものである、という事を……。

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