レイン対魔王(7)

「があああああああっ!!」

「はっ!!たっ!!はあああっ!!!」


 純白のビキニ衣装の美女、レイン・シュドーが発した覚悟の言葉で、膠着状態に陥りダラダラと続く事態になってしまった戦況は激変した。冷静沈着、常に冷酷に状況を見定め、的確な助言を行い、どんな時にも感情をほとんど露にしないと言う、これまでずっとレインが抱いていた魔王に対するイメージが、一瞬で崩れ去ったのだ。

 銀色の仮面の中にこそ未だに真の思い、魔王の本当の姿は覆い隠されていたものの、明らかにそこから聞こえる声は怒り、それも触れてはならないものに触ってしまった時のような形相を思わせるものだった。辺りの空気を破るような轟音を響かせながら、魔王はレインが放つ攻撃をすべて受け止め、時に弾き返し、その仮面を剥ぎ取ろうと模索するレイン・シュドーの行為を次々に妨害し続けていた。まるで、その中にあるに決して触れさせないようにするように。


 

(……そっか……そうだよね……) 


 

 レイン・シュドー以外の空間も巻き添えにするかのように土砂降りの如くオーラの矢を降り注がせる魔王の行動から、明らかに冷静さまで失われ始めているように感じたレインは改めて蘇った冷静な心で、何が起こったのかを考え始めていた。

 これまで、人間を含めこの世界に住むすべての知性を持つ者たちは、皆『魔王』という存在を倒すことばかりに執着していた。勇者たちにとっても世界を脅かす魔王という存在は決して許されるものではなかったし、その肩書を捨てて以降もレインは魔王を超える、魔王という存在を倒すという事が、世界に真の平和をもたらすことだと信じ切っていた。だが、現実に存在する魔王はそれらの甘い考えをことごとく退け続けた。


「ぐうううう……がああああっ!!!」

「くっ……だああああああっ!!」


 人間たちは当然魔王に勝つことなく敗れ去り、魔王に楯突こうとした裏切り者の魔物ゴンノーも魔王によって消滅させられた。そしてレイン自身も、魔王相手にいつまでたっても決着をつけることができず、今のように無数に創造したオーラの球を互いにぶつけ合うなどの行為を延々と続けさせ、ただ無駄に時間が流れる事態を生み出してしまった。まさにそれは、かつてゴンノーがレイン・シュドーに与えた最後の捨て台詞――魔王は絶対に倒せない存在である、という言葉を字で表したような有様であった。


 だが、『魔王に勝つ』という思いそのものを放棄した今はどうだろうか。



「貴様……その考えを捨てろ!!」

「捨てれるわけない……これが私の『戦い』なんだから……」

「ほざけ……貴様はまた醜く愚かな『人間』に戻る気か!?」

「今更戻れるわけないでしょ、魔王……」



 魔王の仮面を剥がすためだけに戦うレインの前にいるのは、自分を倒しに来る者を敗北に追い込むことを楽しむと言う目論見が崩れたかのように冷静さも冷徹さも無くし、ただ皮肉や罵倒を吐き続ける漆黒の存在であった。当然魔王はレインの心――世界の命運なんてどうでも良い、自分の好奇心を満たしたい、と言う非常に自分勝手で我儘、そして純粋な思いを見抜いているはずである。そして、このどこまでも愚かで醜い存在をこの場から消し去っても、レイン・シュドーと言う存在は幾らでも『無』から再生を続ける事が出来る。当然その『無』を消し去ろうとも、更に新たな『無』から彼女は蘇るのだ。そう、あっと言う間にレイン・シュドーは優勢になっていたのだ。


 しかし、当然ながらその余韻に浸れるほど魔王は狼狽してはいなかった。



「ならば貴様の醜い体を切り裂くに限る!!」

「ぐっ……!!」



 次々に放たれる漆黒のオーラの刃の嵐は、流石のレインでも再生に手間取るものだった。『複数人』ではなく『1人』の状態に戻るという意味だが。

 それでも、彼女には今の状況を考える余裕があった。再生し続ける片っ端から彼女の体を分解し続け、中途半端に『無』の状態に還さないという少々面倒なこの攻撃の中にもまた、レインはあの特別な感触を見出していたのだ。



(……全然違わない……これ、正しいかもしれない……)



 『魔王を倒す』、魔王と言う存在をこの世界から消失させる、という考えの下で戦い続けていた僅かだけ過去の彼女は、ずっとその感覚を否定し続けていた。もしそれを受け入れてしまえば自分の今まで戦ってきた全ての事象が無駄になってしまう、そんなナイフを突きつけられるような思いまで湧き上がるほどだった。だが、今の彼女は自分の意志で敢えて今まで戦い続けていた意味を全否定し、この果てしない荒野の中に棄てた。だからこそ、レインは少しづつ自分の中で見つけていた答えを受け入れ始めていたのかもしれない。


 しかし、それでも彼女にとって、そのはあまりにも刺激的すぎるものだった。


「だああああああっ!!!」

「ぐあああああああ!!!」


 大量のオーラの嵐の中で見つけた隙――普段の魔王なら絶対に作らないであろう抜け道を潜り抜けたレインは、そのまま魔王に自らの剣を突き立てようとした。



(……ううん……駄目……!このままだと、私……!!)



 魔王が自らの剣を変貌させて創り出した魔術師を思わせる杖に遮られ、それに動じた一瞬の間に杖が変貌した鞭に足を縛られ、そのまま地面に叩きつけられてしまう――最後の予想こそ、地面に叩きつけられる直前に自身の体を瞬間移動させ、魔王からいったん遠ざかったうえで今度は自分から光のオーラの刃の嵐を魔王に向けて発射するという形で自ら崩れさせたものの、それ以外の魔王の行動はすべてレインの予想通りだった。しかも、彼女が思い描いた動きまで寸分違わないまま。



(……やっぱり……でも……!!)


 それでも、レインは確信を持てなかった。当然だろう、その予想が正しいかどうかを確認するには、まるで自身の怒りと憎しみを示すかの如く、やけに大げさな動きで彼女の放ったオーラの嵐を捻り潰した魔王の仮面を剥がす、もしくは粉砕しないといけないのだから。

 そして、そんな彼女の中で描いていた思いもまた魔王に読み取られてしまっており――。



「……ふざけるなあああ!!」



 ――ますます魔王を叫ばせる要因になった。



 それでも、レインは怯む事無く魔王に立ち向かっていった。確かに冷静さこそ失い始めていた魔王であったが、それでも攻撃の手は緩まず、むしろ更に激しくなった。幾度となくオーラの渦が生み出され、無数の光の刃がレインを襲い、更に彼女の肉体をつぶすかの如く大量のオーラの球体も飛び交う、まさに足の踏み場すら与えられない戦場が生み出されていた。だが、今のレインにとってそれらはほんの僅かな時間のみの足止めに過ぎなかった。あっと言う間に距離を詰めた彼女は、再度魔王にその剣を向けたのである。



「今度こそ……今度こそ……!!」

「『今度』は貴様には訪れん!!」

 

 

 あと少し、もう少しだけレインが魔王のオーラに競り勝っていれば、彼女の自慢の剣が魔王の仮面を横一文字に切り裂いていたかもしれない。だが、それはあくまで終わった後の結果への悔いに過ぎない考えであった。またもその一撃は魔王に塞がれ、結局今回も勝敗は振り出しに戻ってしまったのだから。


 

「はぁ……はぁ……」



 流石に今回ばかりは、レインも口から疲労を示す声を漏らさざるを得なかった。しかし当然ながらここで彼女が諦めたわけではなかった。魔王の正体を知るまでは絶対にこの決闘を終わらせる訳にはいかない――そう考え、改めて立ち上がりながら前方にいる標的に狙いを絞るよう睨みつけようとした。その時だった。

 彼女の前にいたのは、間違いなく『魔王』だった。最早飽きかけているほど何度も見ている、あの漆黒に塗りつぶされた恐るべき壁であった。だが、変わらず尊大な態度を見せ続けようとするその姿、その佇まい、そして振りかざした剣の構えは――。



「……あっ……」



 ――レインの目から、一筋の水の流れを生み出すのに十分すぎる程の『力』に満ち溢れていた。悔しさでも憎らしさでもない、『嬉しさ』に近い感情だった……。

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