レイン対魔王(6)

 レイン・シュドーと魔王による世界の覇権、自身の存在を巡る決闘は、いつ果てるとも知れない様相を見せていた。レインが斬れば魔王が防御し、魔王が攻撃すればレインはそれを弾き返して自身の攻撃に変換し、しかし魔王はものともせずそれらを吸収し無効化する――気づけば戦いは、互角と呼んでも過言ではない姿に変貌していた。それは、レイン・シュドーにとって非常に有利な、そして勝つために当然経なければならない流れであったのだが、同時に心の中では信じられない、いや敢えてその戦況を信じない、という思いもあった。


「ぐっ……!!」

「ああぁっ……!!」


 自分の実力が魔王と同等になった――そう捉え、喜ぶのは簡単だろう。だが、今この場で一度有頂天になればあっと言う間に魔王によって引きずりおろされてしまい、立ち直れないまま敗北の道を歩んでしまうのは必至だ。だからこそレインは、自身が魔王と互角に戦っている、という現状を自ら否定しようとした。その方法はいたって単純、ただその様な事が頭に浮かぶのを避けるため、懸命に魔王に立ち向かうのみである。

 ただ、そんな中でも、レインにはどうしても魔王の戦い方や態度が少しづつ変わり始めているようにしか見えなかった。今から何日、いや何か月も前からずっと続いている、まるで息切れのような動きに加えて、確実に魔王の動きがいつになく乱雑になっているような気がしたのである。確かに、レインが放つ攻撃を魔王は確実に退け、例え彼女が放った漆黒の雷が命中したとしても――。



「……!!」

「ほぉぉぉ……ぬああああああっっ!!」



 ――強烈な魔術の跡をあっと言う間に塞ぎ、漆黒の衣装に与えたはずの破れをすぐに無効化して戦況を呆気なく振り出しに戻してしまう力は決して衰えていなかった。だが、そもそも今までレインが見てきた魔王の戦い――大量のレインからの攻撃を難なく退けたあの戦いや、人間に味方をして勢力を広げようとした裏切り者の魔物を粛正するための決闘では、魔王は自らの体に一切傷を負うことなくすべての攻撃をかわしたり無効化したりしながら対峙し続けていたはずである。しかし今はむしろレイン・シュドーからダメージを受ける事を前提にした戦い、よく言えば自分への被害をものともしない戦法だが悪く言えばとても乱暴なやり方を続けているように思えた。それだけ余裕である、と見せびらかしたいのか、それとも――様々な考えが頭をよぎる中、その答えを見出すため、レインは魔王の仮面を文字通り粉砕すべく懸命の攻撃を続けていた。



「……流石に……やるわね……」

「既に5872回目だ……その言葉が貴様の口から出るのは」

「それだけ……私もあなたもしぶどいって事よ、魔王……」



 ならばそろそろ『決着』をつければどうだ、と暗に敗北という楽な解決案を教える魔王の勧誘を当然断ったレインは、再度剣を、魔王の仮面を一直線に勝ち割ろうとした。だがやはり今回も魔王が創り出した剣によってその攻撃は阻まれ、漆黒のオーラ同士が交わり噴出し続ける中、双方とも剣の位置を下方に卸さざるを得なくなった。そしてそのまま互いの唸り声とともに自らの力を込めた武器を押し合っていた、その時だった。何度も何度も感じ続けていた、魔王に対する妙な感覚――警戒とも憎しみとも、尊敬とも畏怖とも違う心が、レインの中から湧き出してきたのである。



(また……!?本当になんなの……この心は……!?)



 戦う自分自身とは別に設置した冷静な心を使っても、その答えはずっと割り出せないままだった。『安心感』という言葉が一番近いかもしれないが、それよりも更にレインの心を落ち着かせるような、この緊迫した戦いとは不似合いの感情であった。それが何故この場に出てしまうのか、もう何度目になるか分からない疑問を抱いた彼女は、剣のぶつかり合いから足蹴りを互いに避けたり受け止めたりする戦いに変化していく中、ついレインは弱音のような事を考えてしまった。


 終わりが見えない戦いの中、ここまで魔王の考えが理解不能になるなら、せめてもう何人か、別のを宿すべきだったかもしれない、だがこうなった以上仕方が――。



(……別の…………!?)



 ――冷静に物事を判断し続けているレインの心の中で、絡まっていたが突然ほどき始めた。もしこの解釈が正しければ、あの感情は間違いなくレインにとって安心感以上のものである、と。だが、彼女にとってそのほどかれた糸の正体は到底受け入れられるものではなかった。今まで何度も自分自身を欺き、騙し、翻弄し続けていた漆黒の存在が無表情の仮面の中に隠しているであろう本性がそんな訳はない、と先に答えを出してしまっているかのように。そんなレインの心の中で始まった動揺は、すぐさま戦局にも影響し始めてしまった。



「きゃあああっ!!!」

「……ふん……つまらぬ事を考える余裕でも見つけたか?」



 勝つためにはつまらない事にでもしがみつくのが自分の戦いだ、と魔王の皮肉に噛みついたレインであったが、内心その言葉に若干屈服されかけてしまっていた。レインが頭の中に思い浮かんでしまった事は確かに彼女自身にとって非常につまらないことであり、同時に目を背けてしまいそうな事であったからかもしれない。だが、それでも胸の中に示されてしまった『答え』のような一節は、どこまでもレイン・シュドーの心に纏わりついて剥がすことはできなかった。魔王の動き、魔王の息遣い、そして魔王の言動――あらゆる事が、まるでその答えを補強しているようにしか、レインには見えなくなってしまったのだ。



(……違う……違う……いや……そうじゃない……!!)

「はああああああっ!!」



 心の中で渦巻く思いをぶつけるかの如く動き出したレインの剣は、またも魔王の仮面をかち割る事無く宙を切り、すぐに再生することができる魔王の左腕を根元からぶった斬る事しかできなかった。そしてそこから反撃に転じ、至近距離からの光のオーラの槍でレインの腹に穴を空けた魔王の様子は、レインにとってあの特別な感情を覚える要素に満ちていた。まるで苦悶するような声、オーラを放つまでの仕草、そしてすぐさま無効化した先程の傷から消失したそのオーラの残りかすの感覚――確かにそれらは間違いなく魔王そのものであったが、同時にレインには『別の何か』のように思えてきたのである。

 まさしくそれこそが先程心の中で割り出した答えである、と言う事は理解できるし、レイン自身もはっきり読み取ることができた。だが、それを受け入れる事ができるかどうかについては別問題だった。この思いを正しいと考えた時点であらゆる物事を受け入れられる事ができる、そんな例えすら思い浮かんでしまうほどに彼女にとっては苦しみを増大させる要因になっていたのである。



「……うぅ……ぐぅぅっ……!!!」



 そして、その思いを心の中だけに留めておくと言う行為も、とうとう限界に達してしまった。



「……何なの……何なの……何なのよ、魔王!!!!!!」



 レインの口から放つ響きとなって飛び出したその言葉は、答えもないまま虚しく荒野の中に拡散し、やがて消失していった。


 最早どれくらいの月日が経つかもわからない戦いの中、数限りなく精神も体も新品に置き換え続けていたレインでも、ここまで疲れが蓄積することは無かった。肉体ではなく、様々な思いが入り混じる中に受け入れがたい答えまで乱入してしまったレイン・シュドーという『精神』そのものが、冷静な心をも巻き込み疲労困憊の様相を見せてしまったのである。そして、彼女は少しづつ目頭が熱くなっていることに気が付いた。まるであの時――レインと魔王が初めて出会い、初めて戦い、そして初めて完敗を喫したあの時が勝手に再現されているかのように、彼女は感じてしまった。一切のヒントも与えないまま彼女の前に立ちはだかり続ける魔王の漆黒の姿も含めて。



 また、負けてしまうのか。『魔王を倒す』という思いを果たせないまま。

 いや、そんなことは無い。『魔王を倒す』のは自分の使命であり決意だ。



 だが、その心を持ち続けて挑み続けた結果が、魔王が何を考えているかすら掴めないまま、互いに体力を消耗しあうだけのいつ果てるとも知れない戦いであった。いや、もしかしたら魔王は消耗している振りだけをしているに過ぎない――このような考えを何千何万、何億回繰り返した事だろう。このままでは、本当に自分と魔王は永遠に戦い続けるだけになり、世界の覇権など放棄したも同然の状態に陥ってしまう。魔王の正体も、あの思いも、そしてあの答えは本当に正しかったかどうかすら分からないまま。


 一体、どうすれば良いのか。




「……はぁ……はぁ……ふぅ……ふんっ……」



 しばし中断していた戦いを再開するかのように、レインはずっと下げ続けていた頭を上げ、もう一度じっと立ち続ける魔王の姿を見た。何度見ても、つい畏まってしまうほどの不気味さと異様さ、そして不思議な安心感を放つ存在だった。



「……ねえ、魔王……」

「……なんだ?レイン・シュドー」


「……私たち、何日間戦いを続けてるんだっけ……」


 そのような概念でこの決戦を図るなど愚の骨頂、戦いの勝敗が決まるまで、例え何度日が昇り沈もうとも『1日』だ――魔王の自信にあふれた言葉に、レインも同意した。確かに、どちらかが勝たなければ新たな時は始まらないからだ。だが、レインはある決意を固めていた。考えるのを放棄するほどの時間をかけて戦いを進めても、自分と魔王の『勝敗』が決まらないのなら――。



「……魔王、私決めた。私、この1を終わらせない。これからも、ずっと」

「……何?」



 ――『勝敗』を決すること自体を、放棄すればよい、と。


 その心をはっきり伝えた時、レインの耳に飛び込んできたのは、今までのような鼻で笑う尊大な態度でも、レインを咎めるような冷たく暗い言動でもなく、という言葉でも通用するかもしれない、魔王の言葉であった。当然、この時点で魔王がレイン・シュドーが何を言いたいか読めているはずであった。敗北を認めると言う事ではなく、『魔王を倒す』と言う今までずっと長い間抱き続けていた勝敗を決する要素を放棄する、という意味で述べたのだ、と。そして、なぜそのような考えに至ったのかも魔王は当然知っているはずだ、そうレインは考えていた。


 だが、明らかに魔王はレインの言葉に戸惑いを見せているようにしか感じられなかった。



「……昔、ゴンノーが言っていた……私は魔王に『絶対に勝てない』って」

「……だから、何だ」


「だから、私はもう貴方に『勝つ』なんて思わない。勝たなくてもいい……」

「……貴様……今までの戦いをすべて無駄にする気か……?」


「違う!!」

「……!」


 そうでなければ、レイン・シュドーの言葉に押されるような素振りなど、見せないはずだから。


 そして、その勢いのまま彼女ははっきりと告げた。

 魔王の顔を覆い隠す、その無表情の仮面を剥ぐ――これが、たった1つの目的である、と。



「……貴様……」

「負けるのならもうそれでいい。私が消されても構わない。でも、絶対に貴方の『心』だけは暴いてみせる!」



 長い長い、どこまでも続く戦いの果て、レイン・シュドーがようやく辿り着いたのは、長い間積み重ねてきた自分自身の思いそのものを裏切り、騙すような決意であった。そしてその言葉通り、決して後悔などしていなかった。ここまで来た以上、決着をつけるにはこうするしかない、という覚悟もあった。

 しかし、流石のレインもこの時点では予想していなかった。



「貴様……貴様ぁ……舐めおってえええええ!!!!」



 その決心こそが、一生に一度しか見れないであろう魔王の怒りの叫びを引き起こすであり、そしてこの果てしなく続いた決戦の終わりを告げるものであった事を……。

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