レイン、死生

 朝昼晩絶え間なく新たなダミーが生産され、純白のビキニ衣装の美女が心から見せる満面の笑みで無限の行列を作り続ける場所が『世界の果て』なら、その彼女たちが瞬間移動で向かった目的地もまた『世界の果て』にあった。


 今や何十、いや何百桁にまでその数を増し、更に思いのまま増え続けているレイン・シュドーであったが、それでもなお無限に続くという『世界の果て』の荒野を覆い尽くすまでには至らないままだった。地平線の向こうに広がる灰色の大地はどこまで続いているのだろうか、『世界の果て』と言うのは本当に存在しているのだろうか――たまにレインたちは考える事があった。だが、幾ら頭の中で思い描いても、無数の自分たちと思いを共有しあっても、結論が出ることはなかった。どれほどまで増えても自分たちを内包してくれるこの空間は、まるで見えない壁のごとくその真実を覆い隠していたのである。


 それでも、レインたちは暫定的な結論には辿り着くことが出来た。

 今の自分たちの力では、まだこの世界の全てを見る事は不可能、もっともっと無数の自分たちと共に鍛錬を続け、数だけではなく力を増さなければならない、と。世界の果ての謎よりもさらに身近で、そしてさらに強固な『壁』となって立ちはだかる、魔王を倒すための鍛錬のように。


 そんな様々をほんの僅かだけ異なる2種類の心に秘めながら――。


「はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」はあっ!!」はっ!!」…



 ――その日もレインは、『世界の果て』の地下にどこまでも広がる闘技場の中で、ダミーレインと剣を交わし合っていた。


 レインの肌よりも白い色の砂埃が舞うのも気にせず、銀色の武器を自分の体の一部のように操る彼女たちの衣装は、普段とは少し異なるものになっていた。いや、正確には元々レイン・シュドーはこの衣装――純白のビキニ衣装に加え、肩には防御用のアーマー、背中に剣を入れるための大きな鞘、足には長い丈の靴と白い靴下を装着していたのである。だが、ゴンノーを打ち倒して以降、彼女たちはこれらの装備を敢えて身に着けず、健康的な肌のうち胸や背中の一部、腰回りと股間を白い布で覆う以外はほぼ全裸に近い格好で過ごしていたのである。この恰好のレイン・シュドーが、一切無駄がなく最も美しい姿である、という思いもあったが、それに加え敢えて無防備な姿で居続ける事で、非常時に対してより瞬時に対応できるよう日常生活そのものを鍛錬に活かすという目的があった。

 しかし、こういった闘技場で行う戦いを意識した鍛錬は例外だった。ここで繰り広げられる剣と剣、そして魔術と魔術のぶつかり合いは、まさしくを再現したものだったからである。



「「「「いつもの事ながら、なかなかやるわね……」」」」

「「「「「当然よ……私だって貴方だもん」」」」」


 正確には違うけどね、と補足を入れる一方のレインの言葉に、もう一方のレインはくすりと笑って対応した。だが、他愛もなさそうな会話の中でも彼女は目の前の自分に対する警戒心を解かなかった。確かに目の前を始め、空中を含めた辺り一面を埋め尽くしたレインたちは揃って同じ外見、同じ表情、そして同じ美しさを持つ存在なのは間違いない。だが、その『心』の形にはほんの僅かだが違いがあった。それは彼女自身でないと分からないほどの微小な差異であったが、それによりどちらのレイン――レイン・シュドーもダミーレインも、互いの心を完全に読むことが出来ない、次にどのような行動を取るかすべて把握しきれない、と言う状態にあったのだ。

 まさにそれこそが、レイン・シュドーの望む鍛錬であった。自分とは別のと切磋琢磨しあえるなんて、どんなに嬉しい事だろうか、と。


 だからこそ、彼女たちは真の意味で一切の容赦をしなかった。


「「「はあっ!!!」」」

「「「「「ぐっ……はっ!!」」」」」

「「「「「「「はっ……はあっ!!」」」」」」」


 今までの彼女なら、幾ら隙があろうとどうしても自分の美しい肌を傷つける事に対して躊躇の心が湧く事が多かった。それを示すかのように、同じ心がある相手の自分はすぐに剣を動かして防御の体制を取ったり、魔術の力を駆使してその部位を頑丈にしたりして攻撃をはねのけていた。そして、攻撃した側のレインたちも、それを望んでいたかのような安心感を抱いていた。


 だが、この鍛錬を行っているレイン・シュドーたちにある躊躇の心は、若干薄くなっていた。


「「「「しまった!!!」」」」


 攻撃を除けるタイミングを見誤り、純白のビキニ衣装に挟まれ程良く割れた姿を露にする美しい腹筋の部分に隙が出来ても、彼女は一切容赦しなかったのである。例え、その一撃によって――。



「「「「「もらった!!はああああっ!!」」」」」

「「「「「「あああああああああああっ!!!!」」」」」」」


 ――世界で一番清らかで美しく、魔王やゴンノーなどの実力者以外誰にも傷つけられる事がなかったレイン・シュドーの健康的な肌に、大きくどす黒い穴が貫通してしまったとしても。



「「「「「「「「「「「あ……が……あ……っ……」」」」」」」」」」



 大きな悲鳴と共に、鍛錬を続けていたレイン・シュドーの半数がその動きを止めた。自らの油断が招いた代償を示すかのように、相手の自分自身によって創り出された穴からは鮮血のような漆黒のオーラが次々に飛び散っていた。

 だが、そのような凄惨な光景を目の当たりにしても、もう半数のレインたちは全く狼狽も心配もせず、ただ真剣にその様子を見守り続けていた。かつて魔物軍師ゴンノーの不意打ちを受けた時には、何が起きたか理解できずただ困惑するだけだった彼女たちであったが、そのような感情すら抱かなかった。それどころか、致命傷ともいえる傷を負った自分を見て、笑みすら浮かべていたのである。



 勿論、そこには『命』を賭ける有意義な勝負を楽しめているという満足感もあった。愚かで脆弱な人間たちならあっという間に命を失ってしまいそうな戦いであるが、こうでもしなければ容赦なくすべてのものを破壊しつくそうとする魔王に立ち向かえる度胸や勇気、そして技の数々を習得する事は出来ないからである。だが、それとは別に、レインたちには『期待』や『高揚感』といった感情が沸き上がっていた。

 今のレイン・シュドーは、例え死んでも生き返る、決して明日を掴むことを諦めたりはしない――その事を自覚していたからである。


 それを示すかのように、静寂に包まれた闘技場の空気が一斉に揺れ動き始めた。

 辺りに飛び散り、空間の中で浮かび続けていた無数の漆黒のオーラの粒が、まるで脈打つかのようにその姿を変え始めたからである。次第に粒は大きくなり、歪み、色を変え、美しく変貌し、そして――。



「「「ふふふ♪」」」」


 ――長い黒髪を1つに結い、純白のビキニ衣装のみに包まれたたわわな胸を揺らし、生きる喜びを示すかのような笑い声をあげる、新たなレイン・シュドーの姿に再生したのである。辺り一面、あらゆる場所に飛び散った、『血』の代わりに彼女の体に流れるオーラの粒が、ひとつ残らず、全て。



「あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」…



 そして、あっという間に空間全体を黒と白、肌色で覆い尽くすほど増えに増えたレインたちに囲まれるかのように、先程まで動きを止めていたレインたち――自分の美しい腹を貫かれた事で、辺り一面に何千何万もの新たな自分の基となるオーラの粒を飛び散らせた彼女たちも、その穴を自力で塞ぎつつゆっくりと笑顔を見せ始めた。

 今のレインは、例え自分の体に高濃度のオーラを纏った剣が突き刺されても、命が奪われるどころか逆に大量の自分に増えてしまう体質に変貌していたのである。


「「「「やったね、レイン!!」」」」

「「「「「無事成功したわね!!」」」」」」

 

 その事がしっかり実証された煌びやかな光景に、攻撃した側のレイン・シュドーたちが微笑みを見せる一方、その周りでたくさんの笑顔を見せ続けていたレインの声は次第に苦笑へと変わっていった。確かにこうやって自分がから限りなく遠ざかっているという嬉しさは堪能できたが、それでも若干の動きの差により一打浴びせられてしまったのは間違いない、もっともっと鍛錬を積んでいくつもの状況を把握すべきだった、と言う反省の念からである。


「「「「参りました、ダミーの私……♪」」」」

「「「「「「大丈夫よ、レイン♪」」」次に生かせば良いんだから♪」」」


「「「「「えへへ……」」」」」」



 それでも、今回の鍛錬でも良い成果を得る事は出来た、と闘技場の中のレインは一斉に語り合った。隙を突かれ、腹を刺されてから辺りに飛び散った自分の基と共に蘇るまでの時間が、以前の鍛錬――別のレインと別のダミーレインが行ったものよりも短くなっていたからである。確実にレインは魔王を倒せるであろう手段を身につけていたのだ。命がかかった死闘でも、決して死ぬ事がないという、愚かな人間たちから見れば意味が分からないであろう体質によって。



「「「「『次』の鍛錬でもっと時間が短くできるかな……?」」」」

「「「「「そうね、まだまだ時間が長いもん。まずはとにかくすぐに復活する事が先決ね」」」」」

「「「「「「うんうん、能力を調節するのはその後でもできるし」」」」」

「「「「「「「まずは、死なない事が先よねー」」」」」」」


 死んでも死なない死闘なんて、なんだか変な響きだ、と一斉に笑いあった後、レインたちは記憶を統一した上で闘技場を後にすることにした。

 真剣ながらも楽しく喜ばしいこの鍛錬だが、一度相手とこうやって分かり合えてしまうと、新鮮な心で挑むことが難しくなってしまうと言う欠点があった。だからこそ、彼女たちは数限りなく鍛錬の相手、ダミーレインを創り出せるように細工を加えたのである。


 そして、今回の『死闘』も笑顔で終わらせることが出来、開始時よりも何千倍もの数に膨れ上がったレイン・シュドーたちは――。




「「お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」お疲れー♪」……




 ――新たなを迎えることになるであろう、大量のビキニ衣装の美女からの激励を受けたのであった……。

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