レイン、食欲

「「「「はぁ……あーあ……」」」」


 辺り一面を漆黒のドームに囲まれた草原を、生きる糧を求めて当てもなく彷徨い続けるかつての勇者、トーリス・キルメンのみすぼらしい様子を眺めながら、レイン・シュドーは一斉にため息をついた。自らの姿を魔術を使って隠し、自分以外には判別できないようにしながらこっそりついていく彼女であったが、一瞬ここで追跡をやめてしまおうか、と思うほど、彼に呆れかえったからである。


 どうしてこのような男が、勇者であり続けることが出来たのだろうか――改めてレインたちは不思議に感じた。確かに、あの決別の日よりも前のトーリスは非常に頼もしく、多くの人を魅了するだけの力と技、そして心を持っているように感じていたのは事実である。だが、それらが全て『勇者』と言う皮を被り、それを皆が認識することが出来る状況でしか発揮されない力であるという事実に、長らくレインたちは気づけなかったのだ。

 勿論、ここにいる彼女たちを含めた、現在のレイン・シュドーは全員揃ってトーリス・キルメンの本当の姿を嫌と言うほど認識していた。愚かな人々に自分を崇めるよう扇動し、地位と名誉を貪りつくした卑しい姿を。だが、落ちぶれてもなおその卑しさが変わらないどころか、ますます磨きをかけている事実に、彼女は呆れていたのだ。



「「少しだけ期待しちゃったんだけどね、レイン……」」

「「「やっぱり私から甘さは抜けないわね……」」」



 あの時、彼女たちが無尽蔵に増え続けるかつての仲間――キリカ・シューダリアの姿に変身してトーリスを迎え、丁重にもてなしたのは、各地で散々な目に遭い続けている彼の姿をその目で確認したいという好奇心もあったが、それ以上に彼が恐れをなして謝り通すという形での勝利を味わいたかったと言う気持ちもあった。これまで散々良いように権力の波に乗り、自分自身からあらゆるものを奪いつくしてきた男が、苦悩の中で懸命に謝罪するという情けない光景をたっぷりと味わえる、と言う期待も若干存在していたのである。

 だが、だけで本当に良かった、と彼女たちは改めて振り返った。どこまでも過去の栄光を引きずり、痩せこけて逆に健康になっていった肉体とは対照的にますます図体がでかくなるその誇りとやらを見る限り、到底謝らせる事など不可能である事を改めて実感させられたからである。


 しかし、レインたちはそのような暗い考えを引きずり続けるほど愚かではなかった。彼女はすぐに考えを改め、これも重要な成果である、と互いに確かめ合ったのだ。元からその構想も考えていたのだが、ここまで執念深いならトーリスにはとことんこの世界で生き続けてもらうのが一番だ、と。



「「「そうよね、レイン……♪」」」

「「「「ある意味、トーリスは最後の美味しいね♪」」」」

「「「「「全くね、レイン♪」」」」」


 

 腹を空かせ、道の真ん中に座り込んでしまったトーリスを見つめながら、レインたちは自分の考えを食べ物で例えあった。

 そして、一息ついた後、彼女たちは一斉に感じ合った。結局この世界に、真の勇者は2人しか存在しなかったのだ、と。


 トーリスは勿論、かつて最初にレイン・シュドーに変えた勇者、フレム・ダンガクも、女性たちを侍らせ自分の欲望に溺れる気色悪い男に過ぎなかった。彼女が今回の作戦で姿を借りたキリカ・シューダリアも、自分の利益のためだけに動き続けた結果、自分の身を亡ぼすという勇者にあるまじき末路を迎えてしまった。そして、レイン・シュドー自身も、『勇者』と言う肩書に踊らされていただけに過ぎないことを痛感していた。純白のビキニ衣装に今も人々が抱き続ける尊敬のまなざしも、結局は人間たちの利己的な思いの象徴でしかなかったのだ。


 世界の荒波に溺れながらも、その叡智を最期まで守り続けた女性議長、リーゼ・シューザ。

 最期までレインを信じ続けた浄化の勇者、ライラ・ハリーナ。



「「「やっぱり、この2人が『真の勇者』なのかもね……」」」

「「「「そうね、レイン……」」」」



 だが、最早この2人はこの世界に存在しない。1人は人間の持つ愚かさの前に儚く散り、もう1人はレインに全てを託し、彼女と1つになっていったからだ。

 改めて、レインは世界を真の平和に導く、と言う思いを痛感した。昔から何度も感じ続け、今や日常的な思いになっているからこそ、こうやってじっくりとその意義を見直す機会が必要だったのかもしれない。それを踏まえ、彼女たちは色々な意味で感謝を込め、トーリスにお礼の言葉を一斉に告げた。すっかり元気を取り戻した事を示す満面の笑みのレインたちの一方、トーリスは今後ずっとそのままであろう悲しさや悔しさ、怒りを織り交ぜた表情のまま、その場を後にした。勿論、周りを何重にも取り囲んでいる純白のビキニ衣装の美女の事など、全く気付くはずもなかった。



「「「……さて、ね♪」」」

「「「「そろそろ行こうか、レイン♪」」」」



 互いに声を掛け合った後、レインたちは一斉に別の場所へと移った。昨日せっかく用意したのにトーリスがあまり食べてくれなかった、漆黒のオーラによって創り出した美味しい御馳走が、新たに創造した村の中で彼女たちを待っているからである。

 贅沢な食事に慣れきり、その味を渇望し続ける『勇者』とは逆に、レインたちはどんな質素な料理でも楽しく味わう心を持っていた。漆黒のオーラも光のオーラも自在に操り、魔物とも人間とも異なる存在になっていた彼女は、世界中に今も残る人間たちとは異なり食べ物や飲み物をわざわざ取らなくても毎日楽しく暮らすことが出来るようになっていた。しかし、それでもレインたちは他のレインと一緒に食事の時間を過ごす事が楽しみとなっていた。今のような体になった事で、逆に彼女たちは食べると言う事の嬉しさ、楽しさ、喜びをこれまでよりもさらに味わう事が出来るようになっていたのかもしれない。


 

 そして、彼女たちが宴会場に到着したとき、そこは既に――。



「あ、レイン♪」おーいレイン♪」一緒に食べよう♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」…



 ――たわわな胸を揺らしながら笑顔で彼女たちを待っていた、何万何億、いや十数桁もの純白のビキニ衣装の美女によってたっぷりと満たされていた……。

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