レイン、採決

「「「「……リーゼ・シューザ……」」」」


 いままで経験した中で最も長い夜をじっくりと回想した、会議場に集まったレイン・シュドーたちは、もう一度自分たちの一部となった存在の名前を呟いた。それまでも彼女たちは幾多もの名だたる存在を自分の中に取り込み、より清らかで美しい存在に変え続けていた。だが、その名を持つ1人の女性――多くの人々から本名で呼ばれる事無く、ただ『女性議長』とだけ言われてきた存在、『リーゼ・シューザ』だけは例外だった。彼女を新たなレイン・シュドーに迎え入れる事で、レイン自身の方がより清らかに、そしてより美しい存在に変わったように感じたのである。


 ただ、今の所はまだかもしれない、と言う思いもあった。現に先程まで、せっかく昨晩あれほど語り合った内容を魔王と言う存在を思い出した事がきっかけでまたも話し合い、悩む羽目になったのである。何度も何度も同じ事を繰り返さないと、やはり自分は成長しないのかもしれない、と開き直りを含めた反省を、数千億人のレインたちは行った。


「「「リーゼは失敗ばかりだったって言ってたけど……」」」

「「「「謙遜しすぎよね……」」」」

「「「「「絶対私より頭が良さそうだし……」」」」」



 ただ、どれだけ彼女を褒め称えようとも、既にリーゼ・シューザと言う純白のビキニ衣装が非常に似合っていた女性はこの世界から永遠に姿を消したと言う事実を変える事は出来なかった。いや、レインの力をもってすれば自在に彼女を幾らでも生み出す事など造作でもないかもしれなかったが、敢えて彼女はそのような選択肢を捨てていた。自分たちの一部になる事を自分自身から望んだ存在をわざわざ再び呼び出すと言う愚か極まりない事など絶対にしたくない、と考えていたからである。それに、そのような事をするならば――。



「「「……超えるしかないわね、レイン」」」

「「「「魔王に並ぶ、もう1つの壁が生まれたって事ね……」」」」



 ――その壁を乗り越え、制圧するに限る。

 昨晩の出来事を思い返した事で、レインたちの心に再び闘志が戻って来た。既にゴンノーは滅び、残った人間たちを消し去るのは造作も無い。だが、彼らを消し去ろうとも彼女たちには数多くの試練が残されている。あの時はその恐ろしさをまざまざと感じ、ただ恐怖と悔しさしか湧かなかったが、心を落ち着かせて全てを顧みる事が出来た今なら、それらの試練もきっと乗り越えられると言う少々無謀な勇気をしっかり宿らせる事が出来る――彼女の心は、明日への希望に満ちていた。



「「会議やって良かったわね、レイン♪」」

「「「本当ね、こうやってレイン同士で言葉を交わして……」」」

「「「「レインの気持ちを確かめ合う事が出来る……」」」」



 この極意を体感できただけでも、ほんの少しは女性議長=リーゼに近づけたのかもしれない、とレインは感じた。しかし、すぐに彼女たちは揃ってこの思いを修正した。リーゼ・シューザが託したのは自分になる未来ではなく、レイン・シュドーになる未来のはず。目指すのは、レインが思った通りの『真の平和』なのである。自分のやりたい事をやり、後悔を残さないようにする。真の平和を目指す者の極意を、改めて数千億人のレインは柔らかい胸の奥に刻んだ。

 

 そして、レインたちが全員納得した所で、議長役を務めるレインが今回の会議で定まった事をもう一度纏めた。

 魔王を打ち倒すと言う目標はそのまま維持しつつ、どれだけ恐れを抱こうともそれをも糧として『真の平和』と言う目標に向かって突き進む、と言う今後のレイン・シュドーの方針を。勿論、賛成数千億、反対ゼロでこの議案は可決した。これから行う会議も、このような無駄のない円満な形になるだろう、とレインたちはこの結果を嬉しがった。彼女の描く未来像が、また1つ現実になった瞬間なのかもしれない。



「それじゃ、今回の会議は終わり!一同、礼!」

「「「「「「「ありがとうございました!!」」」」」」」



~~~~~~~~~~


「それにしても、レイン……」


 無事会議が終わった後も、レインたちはそのまま会議場で自分の数を増やしたり互いの感触を確かめあったり、思い思いの時間を過ごしていた。世界の大半を支配できたという喜びを確かめあいながら今後の決意と闘志をより深めあう中、一部のレインはある疑問を抱いた。結局、魔王の正体は何なのだろうか、と。


 正直なところ、レインは昨晩ある1つの仮説を立てかけていた。自らに尊敬の念を向ける一方、その言葉1つ1つに確実な説得力と威圧感を持っていた女性議長ことリーゼ・シューザこそが、世界の覇権を影で狙い続ける『魔王』の正体ではないか、と。あまりにも突飛な説だというのは彼女も薄々感じていたが、あれだけ世界に鬱憤を感じ続けていたのならば、その裏でやりたい放題してもおかしくないだろう、とつい感じてしまったのである。

 幸い、その疑念はすぐに払拭され、彼女は真の意味で信頼に当たる存在、そしてレイン・シュドーに並ぶほど麗しい女性であると言う事実が明らかになった。


「今思うと、『魔王』じゃなくて本当に良かったわね……」

「「でも、一応可能性としてはまだ捨てきれないのよね……」」

「「「ああ、そうよね……魔王の方が本体だったり……」」」

「「「「でもそれじゃ魔王の仮面の下は……?」」」」


 それならば、魔王の正体はいったい誰なのだろうか。この要件を今回の会議の中で重点に置かなくて本当に良かった、と会議場でたむろするレインたちは一斉に感じた。どのような可能性を考えても必ずどこかにおかしな点が存在している。全てを合致させる説を、彼女はどうしても思い浮かべなかったのである。

 そして、レインたちにある考えが宿った。魔王を打ち倒すと言うのが最終目標である事には変わらないが、その過程として『魔王の正体を暴く』、すなわち魔王が被っている無表情の仮面を壊すと言うものを入れるべきである、と。いちいち声に出して話しあわずとも、レインたちの思いは皆同じであった。何度も何度も挑戦しては失敗し続け、その度にいつでも待っていると挑発めいた事を言われ続けている以上、どうにかして魔王の正体を明らかにしないと勝利の鍵は掴めないのだから。


「そうね……まだまだやる事はいっぱいね」

「「でも、前よりは好条件になったわね」」

「「「そうよね……世界がどんどんレインに満ちていく光景が……」」」

「「「「ついに近づき始めたんだもの……!」」」」


 ここから先、自分たちに残されているのは右肩上がりの未来だけだ。そう思い、自分自身を奮い立たせたレインたちは一斉に立ち上がり、どこまでも広がる会議場内部の空間をぎっしり埋めつくしながら、皆で今回の勝利とこれからの活躍、そしてリーゼ・シューザ、ライラ・ハリーナへ捧げる思いを重ね――。


「それじゃ、打倒魔王と世界平和に向けて!おー!!」

「おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」…



 ――皆で一斉に勝鬨をあげた。


 やがて完全に解散し、各地の町や村に戻り全ての記憶を共有しあった後も、レインは気付かなかった。


 こう言うレインたちが集まる場所に必ず突如として現れ、様々な指示を投げ飛ばし、いくつかの質問に応えた後に忽然と姿を消すはずの『魔王』が、最後までこの会議場に姿を現さなかった事に。



~~~~~~~~~~


 そしてもう1つ、レインが全く気付いていない事があった。いや、こちらはわざわざ気付く必要など無かったかもしれない。



「……皆……どこにいるんだよ……」



 草原の中、運動不足で鈍った体を懸命に動かしながら、1人の男が彷徨っていた事を。


 彼の名前は『トーリス・キルメン』、人間たちから『勇者』として持て囃されていた最後の人物である。だが、ダミーレイン――になり済まして戻って来たレイン・シュドーと夜を過ごしたのを最後に、彼は誰からもちやほやされる事が無かった。正確には、ちやほやしてくれる『人間』が、どこにもいなかったのである。


「……なんでだよ……なんで……」


 自分の身に起きた出来事を、まだ彼は納得していない様子であった。何がどうなって自分は追い出されてしまったのかと言う事実そのものは理解できているのだが、そこに至る過程がさっぱり分からなかったのである。何せ朝目覚めた時、彼の周りにいた大量のダミーレインはおろか、住民もベッドも、果ては建物までもが忽然と姿を消してしまったのだから。慌ててダミーや人々の名前を呼んだのだが、その声は僅かな木が生えるだけの草原に消えるだけであった。まるで、昨日までの出来事が全て夢であったかのような感覚すら覚えるほど、トーリスの心への衝撃は大きかった。


「はぁ……」


 だが、こうなってしまった以上、彼に残された道は放浪の旅しかなかった。彼の持つ地位や名誉を大事に維持してくれる町や村へ入り、そこで暮らす事のみが、彼の希望だったのである。


 そして、付き人もダミーレインもいない状況の中、トーリスはたった1人、草原に伸びる一本道をため息をつきながら歩き始めた。

 ある意味彼を祝福するように聳え立つ、大量の黒い半球状のドーム――彼がかつて我がままを述べた末に見捨て、全ての地位と名誉を奪い去った存在、レイン・シュドーが無限に増え続ける空間へと変わり果てた町や村に取り囲まれながら。




 その日、世界の54が、レイン、そして『魔王』が支配する、平和な場所へと変わった……。

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