レイン、反省(後)

 最後の技の撃ち合いの末、ついにレイン・シュドーは裏切り者の魔物・ゴンノーを打ち破る事が出来た。これまで幾度となく彼女を苦しめ、何度も悔し涙を流させたトカゲ頭の憎たらしき存在を、彼女は自らの手でこの世界から消し去る事に成功したのである。だが、その勝利をレインたちは素直に喜ぶ事は出来なかった。世界の果ての灰色の空を埋め尽くす彼女の下に広がっていたのは、彼女以外の存在によって跡形もなく粉砕されたゴンノーの本拠地の成れの果てである、抉り取られた黒き大地であった。


 そして、静かにその地に降り立った彼女たちのの中に介入したのは、ゴンノーと言う存在を追い詰めた張本人である、魔王であった。


「「……魔王、ね……」」

「「「うん、今回も最後に良い所を取ったのは……」」」

「「「「魔王だったわね……」」」」


 とは言え、今回のゴンノーとの戦いにおいてはそれも当然だし、自分自身が不満を抱くのは道義に反するかもしれない、と言う思いも彼女の中に残っていた。そもそも今回ゴンノーがはっきりと挑戦状を突きつけたのは自分たちではなく魔王であり、あくまでも自分たちはその決戦の中で自分たちの屈辱を晴らすという形で『協力』する、と言う立場で参戦したという事実があった。だが、実質的にはこれまでと全く変わらず、魔王に従い攻撃を行うという『配下』として戦うという形になってしまった。最初はレインたちもその事を敢えて考えずに戦い、相手のレインと激闘を繰り広げたのだが、その中で乱入した魔王が自分たちよりも遥かに凄まじい力を見せつけた事、それをゴンノーからはっきりと突かれた事で、レインは自分たちの置かれた立場を改めて思い返す事態になったのである。


 そして、彼女たちの考えに追い打ちをかけるように、魔王は呆然と立ち尽くす彼女の心にはっきりと伝えた。まるで彼女の心にある迷いを言い当てるかのように。


 

 別にレイン・シュドーたちがこの惨状を気にかける必要などない。これは自らが行った行動だ。

 貴様らが無理に気揉まずとも、こちらの勝利は決まっていた。


 

 一見すると、困惑の色や焦燥感に苛まれていたレインたちを慰め、そこまで焦る必要はないと励ましているような言葉であったが、そのやけに優しげな文章の中に、彼女は明らかな挑発、嘲笑の気持ちが込められている事を察していた。彼女たちが全力を出し切らざるを得ないほど苦戦したと言う事実を、ただ緊張していたり気揉んでいるだけだ、と簡単な言葉で表現し、さらに彼女たちがわざわざ介入せずだらけて過ごしていただけでも、ゴンノーは十分倒せた、と魔王ははっきりと告げたのである。

 その言葉を聞いたレインは、消滅する前にゴンノーが遺した呪詛の効果を早速受ける羽目になった。例えこの言葉に苛立ち襲いかかろうとしても、最後の壁として立ちはだかる魔王の前には今の所勝ち目など絶対にない。倒す事など不可能だ。


 結局彼女に残されていた選択肢は、普段通り魔王からの指令を受け、それに従う事だけであった。



「「……でも、考えてみると変よね……」」

「「「うん……」」」


 そして、その通りに動き世界の大半の町や村を1日で手中に収めたレインたちは、改めて『魔王』と言う存在を考え直した。どう他人から横槍が入ろうとも、レイン・シュドーが最初に抱いた思い――魔王を『倒し』、世界を真の平和に導くと言う考え方は変わらない。だが、その相手である魔王と言う存在がいったいどのようなものなのか、少しづつレインたちには分からなくなっていたのである。



「「「結局私をどうしたいんだろう……」」」

「「「「そうよね……何度も考える機会はあったけど……」」」」

「「「「「その度に全然分からなかったし……」」」」」

「「「「「「全くね……。私を鍛え上げたいのか、単に手駒にしたいのか……」」」」」」


 彼女を重要な戦力とみなしているのは間違いないかもしれないが、その理由がレインを純粋な気持ちで鍛え自分に及ぶ存在にしようとしているのか、それとも無限に代わりが生み出せる最強の武器として使用するためなのか、どちらにも取れる事がレインを悩ませた。

 特に、魔王が今までレインを陥れるような行動をほとんど取った事が無い、と言う事実がその疑問を生じさせる上で一番大きな要因となっていた。彼女に魔術を教えたのも、レインに増やし方を伝授したのも、この世界中に彼女をはびこらせる計画を告げたのも、皆魔王だ。昨日もあの後、反論できないまま黙り込んでしまったレインたちに対して、魔王は全員ともダミーレインになり済まし、その上で定められた町や村へ帰還したうえで人々を全員『レイン・シュドー』へと変えるよう指令を与えた。敢えて特定の町や村だけは残し、ここから先じっくりと彼らが苦しむ様子を楽しめるようにする、と言う魔王は勿論、レイン自身へのも含めて。


 ゴンノーがかけた同情の言葉と同様、魔王のそのような指令はレインにそれなりの安心感を与え続けた。今までもずっとそうであった。だが、それと同時にレインたちは魔王に敵わない、と言う意味を込めた巨大な杭を心に打ち込まれたような感情も覚えてしまった。



「「「これから先……どうするべきなんだろう」」」

「「「昨日も考えたけど……やっぱり魔王の指示に逆らう?」」」

「「「「でも、それで魔王に敗れたら意味無いわよね?」」」」

「「「「ですよねー……結局、現状維持しか無いのかな……」」」」



 事前に魔王によって打ちのめされていたとはいえゴンノーは最終的に数で圧倒する事が出来た相手だが、その魔王は数と言う概念が通用しない相手。どれだけその対策を考えようとも、結論はいつも同じだった。魔王に『勝つ』ための強さを求め、毎日の鍛錬を欠かさず続けながらも、魔王の指示に従い動き続ける事だ、と。

 自らが選んだ結論とは言え、会議場にいる全てのレインは、最終的にいつも通りの考えに至ってしまった事に対する僅かな悔しさを示すため息をついた。




 議長のレインも含めた全員が机に肘を乗せ、掌に顔を乗せながらどこかふてくされたような、不満や悔しさを見せるような顔をし続けたまま、しばしこの巨大な空間は沈黙に包まれた。だが、それは突然彼女たちが何かに気付いたような顔を見せ、全く同じタイミングで顔を叩き、そして思いっきり顔を振って会場の中に漂っていた暗く重い雰囲気を断ち切った。どんなに倒れようとどんなに涙を流そうと、泥水飲んででも這い上がれるだけの根性と執念が無ければ、まず魔王に敵うだけの力は身につかないという事を、レインは思い出せたのである。


 そして、議長のレインは他のレインたちに、ここからはなるべく明るめの話を進め、その中から今後に向けた前向きな目標を定めよう、と提案した。勿論他の彼女たちも全く同じ意見だった。


「「「まあ、魔王の掌の上って言うのはやっぱり悔しいけど、世界の大半をレインにしたのは事実だもんね」」」

「「「「そうよね……この町もぜーんぶレインにしちゃったんだもん♪」」」」

「「「「「ついにやったよね、レイン♪」」」」」


 そう、どういう形であれ昨日のうちに世界にいる愚かな人間たちの大半が、1つに結った長い黒髪に健康的な肌、そして純白のビキニ衣装で身を包んだレイン・シュドーへと変わり、真の平和へ向けて大きく前進したのは確かだ。例えそれが外部からの圧力が絡んでいるとは言え、レインたちにとって喜ばしい事であるのは何度考えても間違いなかった。落ち込み続けていても仕方が無い、と考えた彼女たちは、そちらの方の嬉しさを重点的に考えようと決めたのである。

 特に彼女たちにとって大きな成果となったのは、この世界で最も大きい町――世界中の愚かな人間たちが日々ゴンノーやとーリスに従い続けている情けない場所が、これからはレインの思うがままに過ごす事が出来る楽園になると言う事かもしれない。この会議のために『代表』を生み出した別のレインたちは、中で行われている会議を覗き見したり覗き聞きしたりするついでに、麗しく逞しい自分自身の感触をたっぷり味わうため、会議場をレイン・シュドー一色でぎっしり覆い尽しているのである。まさにずっと彼女たちが待ち望んでいた光景が、無限に広がるこの部屋の外に広がっていた。


『あ、レイン♪』おーいレイン♪』聞こえてるわよー、レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』レイン♪』…


 そんな大量のレインたちが自分たちの名を呼び、共に会議に参加していると言う喜ばしい事態を、彼女たちは感覚を共有し合う事で確かめあった。会議場の建物の輪郭すら分からないほどに何重にも渡って覆ったビキニ衣装の美女の様子を心に思う存分焼き付ける事で、代表者役を務めるレインたちはさらに喜びを噛みしめたのである。



「「レインがこんなにいるなんて……何度感じても嬉しさしか湧かないわね……」」

「「「本当よね、私がいつでも傍にいるなんて♪」」」

「「「「ふふ、まさしく1って事よねー♪」」」」

「「「「「流石レイン、上手いこと言うわね♪」」」」」


 そして、ようやくレインたちの心から先程までの重苦しい思いが払しょくされた所で、彼女たちは昨晩経験したある出来事について語り合う事にした。


 ダミーレインに扮し、世界中の町や村に侵入したレインたちは、この町にも例外なく押し寄せた。何万何億、元の数よりどれだけ多くとも愚かな人間たちは喜びの中で全く気にしないだろう、と言う魔王の言葉通り、無表情を維持し続ける彼女たちの大群を人間は全く違和感を持たず歓迎し続けた。そして、自分たちがその嬉しさで飲み食いしている一方、ダミーたちにはお裾分けほどの料理を与えるだけだった。

 魔王にどうあがいても勝てない、と言う悔しさを先程以上に抱いていた昨日のレインたちは、同時に人間たちの愚かさや哀れさも存分に感じていた。ダミーたちがどれだけ懸命に戦おうと、彼女たちを生きた道具として見続ける限り喜ぶのは人間たちだけなのだ、と。悪い意味で、人間たちの堕落ぶりはどう観察しても飽きる事は無かったのだ。


 しかし、そんな中でもたった1人だけ、彼女が例外であると信じていた人がいた。


「「「良かったよね、レイン。ずっとあの人の事、覚えていて」」」

「「「「本当よね……でも、絶対に会わないといけないって思ったし」」」」


 どれだけ世界が混乱に陥ろうとも、どれだけ人間たちが堕落の一途を永遠に辿ろうとも、その人だけは決してその中に加わらない、いや加わることが許されていない事をレイン・シュドーは知っていた。世界を束ねる立場にある者であると言う立場故に、世界で起きている情勢に直接介入をする事が出来なかった、と言う事実も含めて。  

 だからこそ、彼女はその人だけには全ての真実と伝えたい、と考えていた。この世界で最後に残された、完全に信用出来る人、そして本当の意味でこの醜く汚れた世界から救ってあげたい、と思えた人に。



「「「……私、絶対に忘れない」」」

「「「私もよ、レイン……」」」


 レインは今後に向けて新たな決意を固めるため、昨晩この会議場の一室で起きた出来事をもう一度思い返す事にした。

 世界を束ね、世界に支配され続けてきた、世界で最後に残された聡明な人間である女性議長との最後の会話、そしてレイン・シュドーにとって最も長い夜を……。

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