レイン、決戦(8)

 純白のビキニ衣装のみを纏い、剣術や魔術を自在に操るレイン・シュドーの新たな戦いは、魔王と言う途轍もない存在への敗北の歴史でもあった。


 そもそも彼女にとって最初の戦いは、たった1人で世界の果てに赴く形で挑んだ魔王との絶望的な最終決戦だった。その圧倒的な力に敗れ去っただけではなく、仲間をすべて失ったという現実を嫌と言うほど突き付けられた彼女は、屈辱的な敗北を喫したのである。その後、魔王に拾われるような形で次々に増え始めたレイン・シュドーは、魔王の元で様々な魔術を習得し、魔王の指令に従う形で世界征服の準備を進める事となった。世界を純白のビキニ衣装で埋め尽くさんとする新たな侵略の過程においても、レインは魔王の指示から逸脱した行為を許されず、本人たちも許さなかった。

 そして、その状態で物は試しと挑んだ魔王との第二の戦いもまた、一切傷を負わす事が出来ないまま再び圧倒的な力を見せつけられ、一撃で敗北したのである。


 それに加え、レインたちにとって『敗北』に等しい感情を植え付け続けていたのは、魔王の指示があまりにも的確過ぎる事だった。じっくりと時間をかけながら様々な魔術を習得したり、何重も罠を張るように準備を行ったり、人間世界を侵略する際も敢えてじわじわと攻め続ける――どれも一度はレインたちが本当にこれでよいのか、と怪訝な思いを抱くものだった。しかし、最終的にはどれも正しい結果となった。基礎を軽んじずにじっくり鍛錬を続ける事でレイン・シュドーは光と闇、双方のオーラを自在に操るほどの力を持つようになり、人間たちをじっくりおびやかす事で彼らの愚かさや哀れさをたっぷりと味わう事が出来たのだ。

 

 勿論、それらの事に関してレインが感謝を抱かなかったわけではない。実質自分を利用しているだけのような立場や意志を見せ続けている魔王であったが、それでも人間たちから散々に利用され、かつての仲間たちからも愚か者としか扱われていなかった自分をここまで有効に活用してくれる事に対しての嬉しさがあった。

 だが、それと同時に彼女の心にはいつも悔しさがあった。例え今は魔王と『協力関係』にいたとしても、いつかは魔王に打ち勝ち、本当の平和を作り出して見せるという強い意志を持っていた彼女であったが、どれほど鍛錬を積み重ねればよいのか、どれほど自分を増やし続ければ勝算が見えるのか、全くわからなかった。答えなどあるはずがない事は承知の上であったが、それでもレインには魔王に勝てないかもしれない、焦りがほんの僅かだけ生まれていた。




 そして、その思いがまるで溢れ出すかのように――。


「「「「「うわあああああ!!!」」」」」

『『『『『『『『『あああああああああ!!!』』』』』』』』』』


 ――彼女たちは言葉にならない叫びと共に、目の前に立ちはだかる上級魔物ゴンノーに襲い掛かっていた。

 レイン・シュドーが懸命に攻略としていたゴンノーの本拠地、そしてゴンノーによって奪われたレインの要素は、魔王の介入により呆気なく崩壊した。レインはおろか、その持ち主であったゴンノーが戦っているほんの僅かな間に、魔王は無数に広がっていたレイン・シュドーを何の躊躇もなく壊滅させ、彼女たちを無尽蔵に生み出し続けていた施設を、この世界の果ての大地諸共一撃で吹き飛ばしてしまったのである。

 また今回も、全ての手柄を魔王に奪われてしまった。自分たちの奮闘を一瞬で亡き者にするかのように、魔王はその凄まじい力を見せつけ、レイン・シュドーをいいように扱っているだけ、生きるも死ぬも自分の掌であるかのように示した。それが、レインが心なしか抱いていた劣等感、焦燥感に火をつけたのかもしれない。

 

「「「「「ぐっ……!」」」」」

『『『『『レイン……なかなかやりますね……!』』』』』


 先程までずっと無数のレイン・シュドーと1対1、五分五分の勝負を繰り広げていたゴンノーが、全員揃って次第に押され始めたのだから。

 とは言えそれだけで簡単に敗れ去るほど、魔王と一応は互角の勝負を続ける事が出来たゴンノーの実力は甘くなかった。猪突猛進を通り越して闇雲に攻撃を繰り返すレインの不規則な戦い方を見抜き、紙一重で交わしながらも反撃を繰り返したのである。そして、その攻撃の1つ1つもまた、先程までレインとつばぜり合いを続けていたものとは異なる姿を現していた。まるで一撃そのものに様々な思い――特に『やり場のない怒り』を込めているかのように。それも当然だろう、ゴンノー側もまた、レイン・シュドーと同じような事情を抱えていたのだから。



「「「「「はああああっ!!!」」」」」

『『『『『……そこまでして、勝ちたいですか!!』』』』』


 その直後、ゴンノーの口から出た言葉から、あの本の少し耳に入っただけで気持ち悪くなりそうな、余裕の表れでもあるあのねちっこく嫌らしい響きが消え去った。トカゲ頭の口から聞こえたのは、一直線にレインの心を突き刺すように鋭く、そしてどこか怒りや悲しみを堪えるかのような音であった。

 しかし、ゴンノーの予想に反し、レイン・シュドーは手を緩めることがなかった。一瞬でも手を緩めれば、その隙にいっせいに反撃に持ち込みたかったようだが、今にも大粒の涙を流して泣き出しそうな顔をし続けるレインは、ただがむしゃらに目の前の敵を攻撃するだけで精一杯だったのかもしれない。魔王という絶対に勝てない相手にただ従い続け、人間たちを裏で操らんとする裏切り者の魔物・ゴンノーを倒すという指名だけで動いているようにもゴンノーは見えただろう。この魔物が創造し、人間たちの世界の中で無限に増やし続けた、あのダミーレインのように。

 しかし、そんなゴンノーの言葉を一切無視しながら、レインは猛攻を続けていた。


「「「「「「「うわあああああああ!!」」」」」」」


 だが、涙を絶叫に変え、悔しさを怒りに変えるかのごとく続く攻撃は、次第に正確さを失い始めていた。何とかゴンノーが放つ漆黒のオーラなどの攻撃は受け止め続け、汗がにじみ続ける純白のビキニ衣装への打撃は防ぎ続けていたものの、剣はゴンノーに先を読まれて抑え付けられ、魔術も時たまゴンノーのそばを掠め、別の自分に当たりかける事態が出始めたのである。


 その様子を見たゴンノーは、周りの自分を見渡しながら何かを考え、同時に頷いた。

 そして、無数のゴンノーは同時に飛んできたレインの魔術を、自らの右手を犠牲にしながら受け止め、それを再生しつつ目の前に迫ってきたレイン・シュドーの頬に――。



「「「「……!」」」」



 ――硬い骨のような手で引っぱたかれたという傷を負わせた。

 心ではなく、その美しい肌に対して直接的な打撃を被ったという事実は、レイン・シュドーの動きを一時的に止めるには十分すぎる威力があった。そして、そのままゴンノーたちはもう一方の腕を使い、レインの首を抑えながらゆっくりと持ち上げた。冷静な心を取り戻す暇も与えられなかったレインの顔は、窒息もしてないのに一瞬青ざめ、そしてすぐに赤くなってゴンノーの骨のような腕を引き離そうと必死の形相になり始めた。


「「「「「ゴ……ゴンノー……!」」」」」

『『『『『ほう……逃げ出そうとする心は取り戻せましたか……』』』』』


 正直、今の状況ならゴンノーはレイン・シュドーに対して圧倒的に優位な立場に躍り出て、彼女を追い詰める事が出来ただろう。だが、ゴンノーは敢えてそのような事をしなかった。自分の命を奪い、自らが手に入れた『レイン・シュドー』の要素――レインたちの努力も空しく魔王によってわずか数撃のうちに塵と化してしまったものを取り戻そうとしていた存在の顎を、まるで愛でるかのようにそっと撫でたのである。そのような行為を行った対象や、その行動の意図が読めないという恐怖に包まれ、鳥肌が立ちかけたレインであったが――。


「「「「「…………何のつもり……?」」」」」



 ――荒い呼吸を何度か繰り返す事で全身に襲った嫌悪感を何とか逃し、はっきりとその意図を尋ねる事が出来た。

 そしてその直後、レインの首を押さえつけていたゴンノーの手の力が突然緩まった。そして、そのままレインたちはそれぞれの自分の目の前にいるトカゲ頭の魔物の顔をじっと睨みつけた。不思議とそこからは、先程までの強烈な嫌悪感ではなく、ただ目の前にいるのが自分とは異質であり、人間たち同様にレイン・シュドーに変化させるべき『愚か』で『憎い』存在と言う思いが湧いてきた。

 まるで互いの隙を探るかのように、全てのゴンノーと全てのレインはじっと互いを見合った。漆黒の衣装に身を包んだ異形の魔物と、純白のビキニ衣装と健康的な肌を露出する美女に覆われた空間が延々と広がり、風の音すら一切しない時間がしばし続いたのち、先に口を開いたのは――。



「「「「「「……レイン・シュドー。貴方に、尋ねたい事があります」」」」」」

「「「「「「……何?」」」」」」


 ――魔王の事を、どう思っているか。

 彼女の心そのものを標的とするような、上級魔物ゴンノーの言葉だった。


 その響きは、レインが今まで一度も聞いたことがないものだった。醜悪さ、不気味さが抜けたゴンノーの声は、常に冷酷、だがまるで気にかけるような言葉を投げ続ける魔王のものと似ているようで異なる、レイン・シュドーの弱った心を大量の薬を使って癒すような、奇妙な味わいだった。だが、全てを任せるような良い心地でもなかったが、だからと言って悪い心地という訳でもなかった。まるで全ての心を自白させるかのような魔術をかけられたような、不思議な気分になったのである。

 そして、レインははっきりとゴンノーに向けて自らが抱える気持ちを告げた。魔王の力は絶大、自分たちでは敵わないかもしれない。だからこそ協力関係を維持した上で、魔王と共に世界を征服しようと動き続けている――それが、この自分、レイン・シュドーである、と。そして――。



「「「「「「……最後には、必ず魔王を倒してみせる。これだけは、絶対に譲れない」」」」」」



 ――心に沸いた悔しさを、まるで負け惜しみのような言葉と共に吐いた。しかし、必ず自分自身の一歩先を進み続ける魔王をいつか自らの後ろへと引きずりおろして見せる、と言う強い意志は本物だった。だからこそ、レインは何度失敗を繰り返そうとも、どれだけ悲惨な日々を過ごそうとも、懸命に勝利に向けてもがき続けていたのだ。

 その大事な心を一瞬忘れかけていた彼女は、ゴンノーに促されるように告げた自分自身の言葉によって、ようやくたわわな胸の中の落ち着きと、根拠があるかどうかわからないが自らの原動力となる自信を滲ませた笑顔を見せる事が出来た。


 そんな彼女に対し、ゴンノーは揃ってあのトカゲ頭を笑顔のように歪ませ、彼女の笑顔に合わせるような態度を取った。当然それを見たレインはすぐ笑顔を解除したのだが、彼女の耳に入って来たのは真っ当さと意外さを兼ね備えた、やはり奇妙な言葉だった。


「「「「「「……そうですねぇ、私も、貴方と同じ考えです」」」」」」

「「「「「「……どういう意味……って言いたいけど、そうよね、ゴンノー……」」」」」」

「「「「「「ええ、私もまた魔王を憎んでいました……ふふ……」」」」」」


 レイン・シュドーにのみ執着しようとする魔王は、今や孤独そのものだ。このまま魔王に任せっきりにしておけば、やがて世界は魔王たった1人しか存在しない世界になってしまう――そのような危険性がある、とゴンノーは今までにないほどの饒舌さ、そして不気味さが全くない言葉でレインに語りかけた。まるでその1つ1つに、レイン・シュドーの心を鷲掴みにするような魔術が秘められているようだった。心に訴えかけるゴンノーの技に、レインは反論することなくじっと相手の顔を見続ける事しか出来なかった。


 そんな彼女に対し、ゴンノーはある決定的な言葉を告げた。ある意味では、自らとレイン・シュドーは、同じ志を持つ者だ、と。

 かつてその言葉に秘められた真意を徹底的に拒否しようとしていたレインであったが、今回の反応は全く異なっていた。まるで熱に浮かされているように、ゴンノーの顔をじっと眺め、全身から力が抜けるような不思議な管区を覚えていたのである。


 そして、ゴンノーは一斉にトカゲ頭の口を開いて、同じ言葉を述べた。


「「「「「「「レイン・シュドー。改めて告げます。一緒に手を組み、魔王を倒しませんか?」」」」」」」



 純白のビキニ衣装の美女の答えは、口元に浮かべただった……。

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