レイン、決戦(1)

 その日も世界各地はごく普通の朝を迎え、雲ひとつも無い空から照らす太陽の光は大地に暖かさを与え続けていた。だが、それを受けるはずの人々は、揃って希望と不安、応援と絶望、様々な思いが入り混じる状況と化していた。町や村1つが一睡も出来ないまま次の日になってしまった所もあるほどである。

 だが、それも仕方ないだろう。世界中の人々は、今日をもって自分達の未来、この世界の運命が決まってしまうと信じているのだから。しかも、彼らが一度も足を踏み入れた事が無いであろう、人間の住む世界から遥か遠く離れたところで。


 頭は良くても力が無い彼らは、いつもその過酷な戦いを他の力ある存在に任せていた。魔物のような恐ろしい存在に抵抗しても無意味だから、と閉じこもってばかりいた。それでも『勇者』が懸命に立ち向かい、魔物を逆に圧倒的な力で打ち破り続ける中、人々も僅かながら彼らに協力し、宿や食べ物の融通を利かせたりして彼らの生活を支援した。そして、大きな犠牲を払いながらも勇者達は魔王を倒す事に成功したはずだった。

 だが、その後訪れたつかの間の平和を貪っていた人々に降りかかってきたのは、より強大な力を得た魔王の復活だった。生き残った勇者の勢力も敗北を重ねる状況の中で、世界中のほとんどの人々は、その脅威に立ち向かう事を諦めた。中には無謀にも魔物を自分達の手で倒そうと考える者たちもいたが、やがてその僅かな勇気をもぎ取るかのように、人々を堕落させる決定的な存在が現れた。最強の勇者にして、純白のビキニ衣装という大胆な格好を破廉恥なものから人々の希望の証へと変えた存在、レイン・シュドーを模した人間型の何か――ダミーレインである。


 今、世界中の人々はそのダミーたちに世界の平和を完全に託していた。一切逆らう事無く自分達に従う存在を崇拝し、好き勝手に扱い、あれやこれやした挙句、さらに強くなった『魔物』に勝てないからとその扱いを乱雑にした存在に、再び全てを託したのである。しかし、ほとんどの人々はそれについて罪悪感を持っていなかった。この切羽詰った状況で、そのような反省の意志を示す考えを浮かべる余裕を持つ者など、どこにもいなかったのかもしれない。



 そんな限りなく堕落の一途を辿り続ける人間を、ある意味では尊敬し、そして本心では完全に諦め果てている者がいた。かつて人間の希望として最前線で戦い続けた存在であり――。



「「「「……」」」」



 ――今は、その人間達を絶望、そして真の平和へ導こうとする、純白のビキニ衣装のみを纏う美女の大群、レイン・シュドーである。

 世界の果てに広がる荒野や、空間を歪ませどこまでも肥大化させたあちこちの町や村から、レインたちは続々とある箇所へ集まり続けていた。前後左右は勿論、頭の上に広がる空間が健康的な肌色や結った長い髪の黒色、そしてビキニ衣装の白色で次々に埋もれていく光景を、彼女達は真剣な表情で眺め続けていた。あちこちから数限りなくこの場所へやってくる自分達の力を結集し、決戦に挑む覚悟を示すかのように。



「「「「世界の果て、ね……」」」」

「「「「こんな場所もあるなんて、思わなかった……」」」」


 人間達が住むことが出来るほんの小さな世界を取り囲むようにどこまでも続く大海原や命が1つも存在しない砂浜、そしてこの荒れ果てた大地のように、『世界の果て』はどれだけレイン・シュドーが魔術の力が増え続けようとも、彼女達が見た事が無いような姿を現し続けていた。そして今回、その『新たな姿』を見せたのは、無数のレインやそれらを率いる魔物の首領たる魔王に突きつけられた、決戦を挑みたいという敵からの意志表明だった。


 次々と集まり続けるレインたちは互いに感覚を共有し合いながらこの一帯をじっくりと観察した。あの時の挑戦状には、間違いなくここが敵の本拠地である、と書かれていた。自らが敗れ去る危険が高いにも関わらず、わざと外敵を自身の懐に招待するという非常に大胆なやり方をしてくれた相手だが、むしろそれがレインたちの緊張を高める結果となった。逆に言えば、相手は死に物狂いでこの場所を守る覚悟があるという事にもなる。それに、あの時の敗戦――敵が乱入していると言う事実を知らないまま戦いを続けた結果、と言う要素そのものが相手に奪われてしまったという最悪の事態を考えると、なにをされるか想像もつかなかった。


「「「「間違いなく、『ゴンノー』はあの力を……」」」」

「「「「ええ、好き勝手利用してるわね……」」」」


 やがて自分達に襲い掛かるであろう敵を打ち倒すのみならず、その力を取り返さないと完全なる勝利とはいえない――レイン・ツリーが生い茂る森での新たな自分自身の生産も、あちこちの町や村での新しい自分の創造も全て中止し、この戦いに望む覚悟を決めていたレインたちの数は、次第に落ち着き始めた。今、敵である裏切り者の魔物・ゴンノーが潜んでいるはずのこの場所に、現在存在するレイン・シュドーの全てが集結したのである。どれくらいの数なのかは、もうレインたちは一切把握していなかった。左右に広がる地平線の果て、前後に続く健康的な肌やビキニ衣装の波、そして空を覆い尽くす自分と全く同じ姿形をした存在の分厚い雲があるだけで、彼女にとっては十分だったのである。


 そして、一瞬の沈黙が流れたその時――。



『ようこそ、おいでくださいましたぁぁ~♪いぇいっ♪』



 ――今日限り耳に入れたくない非常に不快な声が、レイン・シュドー全員の心に響いた。まるで客人を歓迎しているかのような敵側の首領である魔物軍師ゴンノーの言葉だが、そこには貴方達との付き合いも今日で最後だ、と言わんばかりのねちっこい憎悪が滲み出ているようだった。


「「「「客に対してのマナーがなってないわね、ゴンノー」」」」

「「「「何のもてなしも無いなんて」」」」


 余裕綽々の声につい頭にきたレインたちは、まるで普段の魔王のように皮肉をたっぷりと混ぜた返事をした。だが、その本心はもっと凄まじい攻撃を予想していたのに拍子抜けした、と言う緊張するこの大量の自分自身を何とか奮起させようという思いもあった。あちらと同様、こちら側も全てのレイン・シュドーを投入するという絶対に負けられない戦いを強いているのだ。

 そして、しばしの無言の後、売り言葉に乗ってくるようにゴンノーは謝罪のような買い言葉を返してきた。



『これは先に、しておいた方が良かったですかねぇ、ふふふぅ♪』



 舐めたような笑い声が自分たちの神経を逆撫でするための策略であると察したレインたちは、じっと心を抑え、相手がどのような手で出ても良いように準備をした。いつでも体に漆黒のオーラや光のオーラを纏えるようにし、背中にある剣もすぐ取り出せるように構えた。相手は間違いなく自分たちと全く同じ姿形を持つ存在である。しかし、あくまで姿形だけ同じであって中身は一切の意志選択を取ることが出来ない、まるで操り人形のような存在。それを打ち砕かなければ、真の平和が訪れる事は無いのだ――そのような崇高な意志をたわわな胸の中に秘めながら、じっとレインたちは相手が動き出すのを待ち構えた。


 そして、一瞬の無音の時間が過ぎた後、突然レインたちを取り囲む地面が動き出した。地響きのような音ではなく、まるで何かが幕を突き破って出てくるような音を立てながら、大小さまざまな意志が転がる灰色の大地と言う『空間』そのものから隆起するかのように、人間と同じ姿をした存在が次々と顔を出し始めたのである。それが一体何か、どんな敵が飛び出してくるか、最早それはレインたちにとってわざわざ考えなくともすぐに当たる存在だった。

 ところが、彼女たちを囲むように現れたその『敵』を見た途端、上空を埋め尽くし続けていた大量の自分自身を含めたすべてのレインが、驚愕の表情を露わにした。


 確かにそこに現れたのは、間違いなく彼女の姿を完全に模倣した何か、ダミーレインだった。しかし、彼女たちを取り囲むように次々と出陣するダミーたちは、レイン・シュドーが知る魂を封じられたような紛い物ではなく――。



「覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」覚悟しなさい、レイン!」…



 ――悪を憎む輝きを瞳に持つ、そのものだった……。

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