レイン、決戦(2)

 今日に至るまで、純白のビキニ衣装のみを身に纏うかつての女勇者レイン・シュドーは、数え切れない戦いの日々を過ごしてきた。勇者だった頃は世界を蹂躙せんと大暴れを続ける魔物を相手に懸命の戦いを、魔王と協力関係になった後はこの世界を愚かさで染めようとする人間を相手に圧倒的な戦いを、そしてここ最近は人間達の味方となって無尽蔵に現れ続ける厄介な存在であり救うべき哀れな模造品であるダミーレインを相手に互角以上の戦いを続けてきた。しかし、彼女達はそれと並行してもう1つの戦いを常に続けてきた。自分達の傍にいる、世界で最も美しく麗しい、純白のビキニ衣装のみを身に付けるかつての女勇者、レイン・シュドーの大群である。


 鍛錬と言う形で日々自分と向き合い続けてきた彼女達は、単に自らの剣術や魔術を磨くのみならず、自分と言う存在を相手にしても一切容赦せずに戦いを挑む事で自らの恐れを知らぬ心を磨き、そして戦う相手であるレイン・シュドーにより美しい自分を見せ付けると同時に相手から同じように放つ美しさを堪能するという、快楽に満ちた時間を過ごしてきた。だからこそ、そのような快楽を感じないダミーレインには、力及ばなかった頃には苦々しい悔しさを、十分戦える力を身につけて以降は哀れさを感じていたのかもしれない。


 だが、大量に押し寄せ空中をも埋め尽くすレインの大群を、より大量の数を持って覆い尽くそうとする、魔物軍師ゴンノーが送り込んだ刺客に対しては、それらとは全く違う感情をレインは感じてしまった。



「「「「あ、あ、あ……」」」」

「「「「「……どうしたの、かかってこないの?」」」」」



 辺りの空間そのものを振動させるかのごとく響く美しい声の大合唱が、四方八方からレインを襲った。それだけでも、つい先程まで臨戦態勢を整えていたレインの心を揺さぶるのには十分すぎるものであった。彼女達を取り囲んでいるのは、どう見てもダミーレインとは全く異なる存在――レイン・シュドーそのものだったからである。


「「「「……貴方達は……」」」」

「「「「何者なの……?」」」」


 恐る恐る尋ねたレインたちの質問は、あまりにも初歩的なものだった。当然、世界の果ての地表から次々に沸きあがるように数を増す『レイン』たちは一斉に呆れの溜息を返したのだが、それほどまでに彼女の心を崩しかけていたのには理由があった。レインの記憶にある『ダミーレイン』と言う存在は、姿形こそ1つに結った長い黒髪、純白のビキニ衣装、健康的な肌にたわわな胸と全く彼女達と同じであったが、その中身は本物のレインに向けられた憎悪以外の感情は全て封じられ、人間に味方をする魔物ゴンノーや、それと共謀する最後の勇者トーリス、そして2人を何の疑いも無く信じ続けている人間達の言葉に一切反論せずに従うと言う道具のような――いや、下手すれば人間達が愛用する道具よりも酷い扱いを受ける存在であった。それ故に、レインにとってダミーは救うべき対象、哀れさの象徴だったのである。

 だが今、各地から集まったレインを取り囲む『ダミー』だったはずの存在には、明らかに強い意志が宿っていた。目にはレインと全く同じように光が宿り、表情にも感情の微妙な移り変わりがはっきりと見て取れた。その体に纏っているオーラも、自分達と同様漆黒と光双方を織り交ぜたものになっている。なにより、ダミーよりもお肌のつやや胸の張りが明らかに自分達本物のレインとほとんど見分けがつかないほど似通ったものになっている。目の前にいるのは、完全に自分と同じ存在だったのである。

 それでもなお彼女が敬愛よりも動揺を抱くこととなったのは、そこにいる自分と完全に見分けがつかない存在が、明らかに自分達とは『何か』異なるという違和感であった。その恐怖のような感情を纏めた言葉が、目の前の自分に名前を尋ねるという旗から見ればしょうもない光景だった、と言う訳である。


 そんな自分達を呆れた表情で見据えた目の前のレイン・シュドーは、再び空間全体を響かせるように一斉にその名前――レイン・シュドーという言葉を告げた。そして同時に、彼女達は自分達が何故この場にいるのか、どうしてレインたちを囲んでいるのか、まるで自己紹介をするかのように声を揃えて言った。


 私達の存在意義はただ1つ、世界に真の平和をもたらそうとする『ゴンノー』に協力するためだ、と。



「「「……そうか……」」」

「「「「そういう事ね……」」」」


 その直後、僅かな間だが抱いてしまった、恐怖や動揺など目の前の存在に対して尻尾を丸めるようなレイン・シュドーの感情は、一瞬にして消え去った。確かに目の前のレイン・シュドーは、その目的は勿論頭のてっぺんからつま先、そして胸の大きさまで何もかも全く自分達と同じ存在であり、その心もまた彼女達と同格であった。その証拠に、いつでも戦闘態勢に入れるにも関わらず、この世界の果てをどこまでも埋め尽くすレインたちは誰一人として戦いに突入せず、相手の出方をじっと待っている状態を維持し続けていたのである。

 だが、そのような感情までが同一のレイン――ダミーレインだったはずの存在にも、たった1つだけ大きな違いがあった。本物のレインが協力関係を維持し続けているのは、世界の覇権を再び狙おうとする全ての魔王の頂点に立つ魔王である一方、その本物の周りを何万何億重にも取り囲み続けるレインたちは、その魔王に反逆し人間を影から利用しているゴンノーに対し、何の違和感も抱かないまま協力体勢を取っている、と豪語したのである。あの憎たらしい笑みや耳障りな声を鳴らす、トカゲ頭の不気味な存在に。

 そして同時に、レインはあの時自分達から奪われた『レイン・シュドー』の要素を、ゴンノーが何に使ったのかはっきりと察する事ができた。ある程度は予感していたものの、いざこうやって目の前に突きつけられると、胸糞悪いものがあった。



「「「「よくそんな事が言える感情を持ったわね、ダミー」」」」

「「「「ふふ、お褒めの言葉、ありがたく受け取るわ、偽者さん」」」」


 レインの売り言葉にしっかりと買い言葉を返す事が出来るその柔軟な心は、間違いなくレインが持つ心の要素であった。だがあの時、彼女がかつての仲間と最後の決戦を繰り広げた直後、乱入したゴンノーはその要素そのものを奪い取り、計画を最悪の状態で終わらせたのである。その結果が、目の前にいるもう1組のレイン・シュドーの大群であった、とレインは推測していた。それも、完全に確信を抱くほどの段階で。

 そうなれば、彼女たちがすることはたった1つしかない。目の前にいる、完全に自分と同じ存在に擬態している彼女たちを打ち破り、救い、相手に奪われたレイン・シュドーの欠片を取り返す事だけだ。とはいえ、それ以前に戦う以外の選択肢は残されていなかったわけだが。


 そして、相互の理解が完全に不可能だと同時に悟ったレインたちは、改めて一斉に戦いの構えを示した。先ほどの動揺のせいで一度崩れた体勢をもう一度立て直し、いつでもオーラによって強化された剣で相手の体を貫けるよう準備を整えた。それは、先ほどまで舐めたような態度を見せつつも自分たち同様敵対する相手への礼儀を崩すことがなかったもう1組――魔物軍師ゴンノーと共に戦う決意を抱くレインたちのほうもまた同様だった。

 


 やがて、無数の黒、肌色、白に埋め尽くされた空間は、しばしの沈黙に包まれた。風も遮る無数の肉体は緊張のあまり僅かながら震えつつも、じっとその時を待ち続けた。

 そして、無数の耳の中に『無音』が響いた瞬間――。



「「「「「「「「「「はああっ!!!」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「はああっ!!!」」」」」」」」」」


 ――空間を揺るがすような大音響の掛け声と共に、レインたちは目の前に立ちはだかる自分へ向けて攻撃を開始した。



~~~~~~~~~~


 そんな無数のレイン・シュドー同士の戦いを別の場所からじっと眺め、そして顔を嬉しさで歪ませる存在がいた。


『ふふふぅ……始まりましたねぇ……♪』


 レイン・シュドーが最も憎み、レイン・シュドーが最も尊敬する、トカゲの頭蓋骨のような異型の頭部からすべての存在をあざける様な耳に障る笑い声を響かせる、人間を影から操る裏切り者の魔物、ゴンノーである。しかし、すべての空間を埋め尽くしながら決戦を始めたすべてのレインたちは、この魔物がどこにいるのか一切関知することができなかった。あの時――魔王と協力関係を築いていた方の彼女が、かつての仲間と最後の決戦を繰り広げた時に築いたような、空間そのものに自分の思い通りになる場所を割り込ませるという『異空間』を作り上げ、そこから高みの見物を洒落込もうとしていたのである。


 勿論、その理由は単にレインたちの攻撃を一切受けない安全地帯にいる、というだけではなかった。確かにこの空間には、世界の果てで激闘を繰り広げている純白のビキニ衣装の美女たちが決して入り込むことがないように、魔術の力で強靭なのようなものを備えている。勿論、レインに力及ぶ事がない人間など他の存在も、この場所を一切関知することはない。だがたった1人だけ、ゴンノーの防御もものともせずこの場所に割り込むことが出来る存在がいる事を、この魔物はよく知っていた。

 そして予想通り、進入する気配を一切見せないまま、新たな影がに加わった。



『……おや、相変わらず無愛想なお顔ですねぇ♪』

「……ふん」


 腹立たしいほどに表情豊かなゴンノーとは対照的に、銀色の仮面と全身を包む漆黒の衣装の中にほとんどの感情を隠し続けている、かつてゴンノーに裏切られた経緯を持つすべての魔物を司る存在、『魔王』である……。

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