第7章・3:レインが一つの決着を見るまで(3)

レイン、監視

 世界を真の平和に導くためにどうしても経なければならない大きなイベントに向けてレイン・シュドーが日々鍛錬を続けている一方、別のレイン・シュドーたちも大事な任務をこなしていた。魔王からの指令を受ける形で、元勇者であるキリカ・シューダリアと弟子2名の行方を日々監視し続けていたのである。勿論、それ以前から彼女を重要人物としてその動向を密かに追い続けていたレインであったが、魔王はそれよりもっと決め細やかにでキリカを監視するようレインに告げたのである。



((((((……また動き出したわね……))))))


 

 監視対象の3人の周りを、何重にも囲むほどの規模で。


 各地の町や村から追い出されたであろうダミーレインが点在する草むらの中にある道を無表情で歩き続けるキリカたちの傍には、純白のビキニ衣装のみを身に纏う本物のレインが前後左右どころか空中にも何千、何万と佇み、彼女の歩みに合わせて動き続けていた。レイン本人からはまるでキリカが無数の自分を従えているような光景のようにも見えたが、キリカに従う2人の弟子はその異常な光景に全く気づいていない様子だった。当然だろう、かつて魔術の勇者と呼ばれていたキリカを凌ぐ力を利用して、レインたちは自らの姿が自分や魔王以外からは確認できないようにしていたのだから。

 確かに、これならキリカが何を考えているか、どう動くのかは嫌でも分かる。今は亡き勇者、ライラ・ハリーナの故郷に彼女達がたどり着いたとき、レインはキリカに最初で最後の戦いを挑むと言う計画を立てている以上、彼女の動向は必ず見守らなければならない。それでも、これではまるでキリカを「警備」しているようだ、とレインたちは考え、魔王にその思いを告げていた。だが、意外にも魔王はあっさりこれを認めた。ただし理由はレインたちの中で考えろ、と一切言わないまま。


(((……レイン、周りの様子は……?)))

((((今のところ大丈夫……ダミーも私の事に全く気づいていないように見えるわ))))


 幸い、レインには魔王から出された課題を簡単に解くことができるほどの知識や経験があった。キリカを狙っているのは自分だけではない、自らの計画の障害となるものはあらゆる手を使ってでも排除する事を暗に宣言した軍師ゴンノーが途中で横槍を入れてくる可能性がある――これが答えである事を、レインは確信していたのだ。

 今のところ、世界各地で行っている彼女の偵察行動や監視活動がダミーレインに見抜かれるという事態は起きていなかった。だが、ダミーが自分自身とほぼ互角、いや全く同じ力を有している事が明らかになった以上、わざと自分自身を見逃している可能性は捨てきれない。そのため、レインは何万もの目を光らせ、キリカのみならず周りにも注意を張り続けたのである。

 そして、その対象はダミーレインばかりではなかった。


((((……それに、ゴンノーが怖いのよね……))))

((((((魔王よりは弱いかもしれないけど、あの性格だし、ねぇ……))))))

((((((((全てを騙し続けるトカゲ頭、ねぇ……))))))))


 魔王を裏切り、トーリスを引き込み、挙句世界中の人間を虜にし続ける――全てを掌の上で動かすかのごとく様々な策略を練り続ける軍師ゴンノーの本性を垣間見たレインにとって、その実力はある意味未知数のものとなっていた。あの時魔王に圧倒されたのも、今振り返ると演技の可能性がぬぐえない、と彼女は危機感を強めていたのだ。しかし、だからと言って疑心暗鬼になり過ぎるのもまたゴンノーの掌の上で踊らされるきっかけにされてしまう可能性がある――かなり難しい状況だが、それでも自らの目標を目指すべく、レインは自らの考えを強く信じながら、監視活動を続けた。


 そんな中、彼女はキリカが時々弟子たちとは別の方向に顔を向けている事に気がついた。しばし目を左右に動かした後、悲しそうな顔をして再び前を向き歩き続ける――そのような行為を何度も行っていたのだ。まるで自分が誰かに監視されていることに気づき、それを確認するような行為であったが、少なくとも今のキリカの魔術の属性、そして実力ではレイン・シュドーの行動を見抜けるわけは無いことを彼女達は知っていた。ならば何故このような行動を取るのだろうか――。


(((……キリカらしいわね……)))


 ――その理由は、すぐに察する事ができた。キリカたちが放浪の旅に再び出た頃合いを見計らったかのように、彼女達の信頼を完全に地に堕ちさせるような出来事があれば、何者かが自分達を監視している事に嫌でも気づくだろう。ただ、そんな彼女を四方八方あらゆる場所からじっと眺め続けているレインたちの眼には、キリカが自分たちに気づいているようには見えなかった。驚く様子も無ければ貶す様子も無く、ただ周りを見渡す度に悲しそうな顔になっていたからである。


(((気づいていない、か……)))

((((勇者だった頃はあんな顔全然しなかったよね))))

(((((でもそれもそうか……あの頃は、キリカも私もしていたから……)))))



 今となっては、その活躍によって救われる存在も、助けられる人々も存在しない。レイン・シュドーはただレイン・シュドーのためだけに動き、キリカ・シューダリアもただキリカ・シューダリアのために動く――変わり果てた者たちを思い、レインたちは一斉に溜息をついた。


 そして同時に彼女達は、もう後には引けないという事実を噛みしめた。

 恐らく、明日か明後日にはキリカたちの一行はに一番近い、まだレイン・シュドーによって征服されていない小さな村に辿り着くだろう。そして彼女たちはそこで最後の覚悟を決め、決戦の地へ向かうだろう。ようやく訪れようとする時を、決して無駄にしてはならない――真剣な顔で見合ったレインたちは、改めて監視対象を何重にも取り囲みながら歩き始めた。



 

 だが、この時レイン・シュドーは誰もある事実に気づいていなかった。

 彼女達の視線はずっとキリカの方だけを向き、自分達に全く気づいていない事にのみ集中し続けていた。確かに、他の事に気を取られず監視対象をつぶさに見続ける事は重要かもしれない。だが、それと引き換えに、彼女はある可能性を考える事を忘れていたのだ。ダミーレインが、レイン・シュドーとほぼ同等の存在である、と言う事は、すなわち――。



~~~~~~~~~~~



「ほほぉ……なるほどぉ♪」



 ――レイン・シュドー同士で自分達を感知できないようにする魔術も使えてしまう、と言う事にもなるのだ。


 ぞろぞろとキリカの後を追うレイン・シュドーの大群の外側に、彼女と全く同じ姿形――健康的な肌に純白のビキニ衣装をしつつも感情が全く無い瞳を宿した美女達がさらに大群となって取り囲んでいた。まるでキリカと本物のレインの逃げ場を全て塞ぐかのように、何百万、何千万人ものダミーたちもまた監視を続けていたのである。そして、ダミーが見たり聞いたりしたあらゆる事柄は、ここから遠く離れた世界最大の都市に佇む軍師ゴンノーの元に、余す事無く届けられていた。

 ゴンノーにとっても、まさに理想の展開だった。誰一人としてその暗躍に気づかないまま動き続けているからである。



「だぁれも知らない……ふふふぅ……面白い事になってきましたねぇ♪」



 自分の思いがつい口に出てしまうほど、ゴンノーは非常に嬉しい気分に満ちていた。ダミーレイン以外誰も入る事の出来ない個室の中だった事もあっただろう。

 そして、しばし悦に浸ったゴンノーは、その顔をトカゲの頭蓋骨のような異形からしわまみれの老婆へと変え、部屋を後にした。その笑顔の裏には、世界で何が起こっているのか、自分達が何をしているのか、一切疑問に思わないまま翻弄され続ける人間達への嘲りの念がたっぷり込められていた。しかしそれと同時に――。




(レイン・シュドー……魔王……楽しみにしてくださいねぇ♪)




 ――迫り来る戦いの時に対する嬉しさもまた、存分に秘められていたのである……。

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