レイン、変装

 ダミーレインに対する最初の反撃で、反省点は多かったもののレイン・シュドーは文字通り圧倒的な勝利を収める事が出来た。無事奪還に成功した『村』を元通りレインが住むのにふさわしい場所に改築する作業を行う一方、一部の彼女たちは世界の果てにある『本拠地』へと戻り、作戦が成功した事を伝えようとした。

 ところが、見慣れた場所へと瞬間移動した彼女たちを出迎えたのは、あまりにも異様過ぎる光景であった。そこには一切の笑顔は無く、ただ光が無い眼で自分たちを無表情で見つめる存在――『ダミーレイン』にしか見えない女性たちがひしめき、一斉に彼女たちを取り囲んでいたのである。


「「「「「「「「「「……え……!?」」」」」」」」」」」


 一体どういう事なのか分からない戻ってきた10人のレインは、唖然とした表情を作ってしまった。難攻不落、人間やダミーレインは勿論、あの魔物軍師ゴンノーですら侵入が許されないはずの場所に何故あの哀れさと憎らしさを併せ持つダミーたちがずらりと勢揃いし、自分を出迎えたのか、と。しかし、その理由を尋ねても、ダミーと思わしき存在は一切微動だにしないまま、レインをじっと見つめ続けていた。そこからは、憎しみも哀れみも一切感じられず、ただ彼女たちを取り囲む事のみに精神を集中させているような雰囲気を醸し出していた。


 そして、大量の『ダミー』たちは一糸乱れぬ動きで右手を高く掲げた。その掌から少し上の空間に、少しづつ眩い球のような物体が現れ、次第に大きくなり始めた。10人のレインはすぐさまそれがあの『光のオーラ』である事を見抜いた。既に自分たちに対する効果は一切無く、むしろ自分を大量に増やしてくれる便利な存在に変わり果てている力であるが、レインたちはそれとは別の危機感を抱いた。光のオーラを自由自在に使えるという事は、相手はまさしくダミーレイン張本人ではないか、と。もしそれが真実ならば、戦況が大きく変わり、下手すれば自分たちの存在すら危うくなってしまうからである。


 ところが、光の球が『ダミー』の顔と同じほどの大きさにまで膨れた時――。



((((((((((……あれ……?))))))))))



 ――レインは、その『光』に違和感を感じた。

 確かに、このように巨大な光の球を作り敵に向かって放つのが、光のオーラを攻撃に一番用いやすい方法であった。ダミーレインもこれまで散々その攻撃をレインに浴びせ、彼女を追い詰め続けていた。だからこそ、10人の彼女はあの光の球が、今まで何度も味わっていたものとはどこか違う事に気づいたのだ。

 その正体が球から漏れ出すオーラの柔らかく暖かい感触である事に気づいた時、彼女たちは大量のダミーに似たこれらが何者であるか、ようやく気づく事ができた。



((((((((((……そう言う事ね♪))))))))))



 強張った口元に笑みを見せた10人のレインは、無数の『ダミー』に似た存在が光のオーラを発射する直前を狙い、一斉に漆黒ノオーラを使って数を増やした。そして、その全員がダミーと同じ姿形をした者たちの傍に駆け寄り――。



「「「「「「「「「「レイン!!」」」」」」」」」」」」


 ――その体へ思いっきり抱きついた。それと同時に、ダミーレイン――いや、ダミーレインそっくりの姿になっていたのレインたちも一斉にその変装を解き、満面の笑みで彼女たちを迎えたのである。

 遅ればせながら、レイン・シュドーたちの『本拠地』に、作戦成功を祝う笑い声がこだました。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「「「「「「「「「「もう、レインのバカー!バカー!!」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「ごめんごめん、レイン♪」」」」」」」」」」


 全員の記憶を共有し、完全に同じ存在となる前に、遠くの村から帰還したレインは本拠地にいた自分たちの肩を殴った。勿論怒りや憎しみを込めたものではなく、甘えと嬉しさ、そして不安から開放された安心感を示すような柔らかい拳であった。何故あのような悪戯を思いついたのか、理由を知る事が出来たためである。

 作戦を実行する前、レインは別の自分たちに『光のオーラ』に関する鍛錬を託していた。既に実戦には十分投入できるほどにまで身につけてはいたのだが、まだ自分の力で気軽に光を操る段階までには至っておらず、彼女の中では不十分だったのがその理由であった。そして、戻ってきた彼女たちを出迎えたのは、その『光のオーラ』を自在に使うダミーレインに変装し、彼女たちを驚かそうとした本物のレインの大群であった。つまり、それが意味するのは――。



「「「「「「「それにしても、おめでとうレイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」…

「「「「「「「こちらこそおめでとう、レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」…


 ――『光のオーラ』を自分の物として利用できる段階にまで達した、と言う事である。


 一度レインの誰かが習得すれば、使い慣れている漆黒のオーラを利用して記憶や経験を共有し合う事で全ての彼女がその実力を身につけることが出来る。既にこの本拠地にいる何億何兆ものビキニ衣装の美女たちは、全員とも漆黒と光双方のオーラを自在に操る存在になっていたのだ。そしてこの力を他のレインたちに披露すると言う段階で、敢えて記憶の共有ではなく『ダミーレイン』そっくりに成り済まし、ちょっとだけ驚かせてみよう、と考えたのである。とは言え、あくまで変装なので本物のダミーのような無機質な雰囲気までは真似することは無かった。本物のレイン・シュドーだ、と言う事がすぐばれるようにするのも目的であった。

 

「「「「「結構驚いちゃった……今思うと何とも無いけどね♪」」」」」

「「「「「「でも確かに演技でもない話よね……こういうのが不謹慎って言うのかな?」」」」」」


 愚かな人間たちは、このような事をやっては日々楽しんでいるのかもしれない。

 今後はこういった悪戯はよそう、と彼女たちは結論付けた。


 そして、ここに至るまで本当に長い道のりだった、とレインたちは改めて振り返った。ダミーレインの前に屈辱的な惨敗を喫した後、魔王から命じられたのは命そのものを削り取るような凄まじい鍛錬であった。何度も何度も敗北を繰り返し、何度も何度も死と生を体験し、人間たちが次々に堕落し世界が平和からどんどん遠ざかるのを悔しがりながらも必死に彼女たちは奮闘し続けた。その壮絶な日々が、ついに報われようとしているのだ。



「……それまで何度世話を焼かせたか、全く……」


 そんな彼女たちの輪の中に現れたのは、普段通り無表情の仮面から嫌味混じりの言葉を放つ魔王であった。とは言え、ここに至るまでレインはずっと魔王に頼りっぱなしになっていたのは間違いなかった。強くなるために毎日鍛錬を受けるのは勿論、光のオーラへの耐性を身につけた後は魔王自身にも大量に増えてもらい、数限りない『闘技場』を使って効率的に鍛錬を行うようになっていたのである。

 レイン・シュドーの最終目的は、そんな魔王を自分の手で倒す事であった。勿論、勝利に酔いしれていたこの時も、その目標は決して忘れてはいなかった。だが、それと同時に彼女は地上の人間から消えかかっている『礼儀』をしっかりと覚えていた。どれだけ憎んでいる相手でも、恩を感じればしっかりそれを伝える事を。



「「「「「「「「「「ありがとう、魔王」」」」」」」」」」



 普段ならそこで鼻息のような音だけを漏らしその場を後にする魔王であったが、今回はいつもと違った。礼を言われるほどの筋合いは無い、と言いつつも、感謝を伝えたいのなら今後も油断する事無く次々に自分たちの領地を奪還するように、と告げたのだ。口調こそ命令するようなものであったが、レインにはどこか彼女たちの背中を押す激励のような響きにも感じた。


「「「「「「「そうよね、まだ1箇所しか取り戻してない……」」」」」」」」」

「「「「「「「「今後もよろしくね、魔王」」」」」」」」」


 世界を真の平和に導くべく、新たな一歩を踏み出した自分たちを魔王はどのような思いで見つめているのか、それを知るだけの力はまだレインには無かった。今後も漆黒の衣装と無表情の仮面に包まれた謎多き存在に従い、時に助けられる日々を過ごす必要があった。だが、決意に満ちた彼女の瞳は、はっきりと栄光の未来を見つめていた……。

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