レイン、一服

「「「「……ふう……」」」」


 白と黒と健康的な肌色の分厚い層に覆われた『村』に、ようやく元の青空が見えるようになっていた。太陽の日差しも戻り、村は明るさを取り戻した。そして同時にこの場所も、元通りの状態に戻ろうとしていた――純白のビキニ衣装に包まれた女剣士レイン・シュドーによって占領されていた状態へと。


 村のあちこちを覆っていたダミーレインを数の力と余裕さで圧倒し、彼女たちをに変えてしまった後、レインはその数をこの場所に丁度良いほどにまで一旦減らす事にした。自分自身の数を減少させると言う行為は相変わらず慣れないものあったが、ぎゅう詰めになって何も出来ない状態よりはましだと考え、数万人程度にまで自らを少なくさせたのである。それと並行して、静けさと感情を同時に取り戻した、空間を何度も歪まされて地平線が見えるほどに膨れ上がってしまった『村』の周りにレインたちは一斉に漆黒のオーラを張り巡らせた。人間は勿論、ダミーレインも基本的に侵入できないようにするこの鉄壁の防御を作り出すのも、本当に久しぶりであった。


 そして、全ての作業が終えたところで、ようやく彼女たちは一息つく事が出来た。


「「「お疲れ様、レイン……」」」

「「「「すっっごい緊張したよねー、レイン……」」」」

「「「「「ほんとほんと……」」」」」


 先程までの戦いを振り返りながら互いの激闘を称えるレインたちの服装は、ビキニ衣装しか纏っていない襲撃時の格好とは異なり、肩のプロテクターや背中の剣、そして靴などを備えた普段どおりの格好に戻っていた。そもそも、自らが身につけた『光のオーラ』を利用する手段をダミーたちの前で披露するというこの作戦でレインはこのいつも通りの姿で挑もうとしていた。しかし、襲撃の指示を出した魔王は、それらを装備する事を禁じたのである。

 当然危険すぎるのではないか、とレインは一斉に反発したのだが、力も経験も優れた魔王の指示に逆らう事はできなかった――いや、正確には魔王の言葉を聞いて逆らう事をやめたという方が正しいだろう。敢えて無防備な姿を曝け出しながらダミーの攻撃を抑えつける事によってダミーに動揺を与え、自分たちも優越感をたっぷりと味わえるだろう、と理由を言われた上で、挑発的な言葉を述べられた事で、従った方がよっぽどましだ、と判断したのである。


「「「今までの努力は無駄だったのか、なんて」」」

「「「「ライラの声で言われちゃ」」」」

「「「「「黙ってられなかったよね……」」」」」


 不安に付け込んだかのような魔王の挑発に冷静さを一瞬なくしてしまった自分に反省したレインであったが、それ以上に魔王の一見突拍子もない作戦に対して衝動的に感じた不安に苛まれてしまった事への反省の方が大きかった。本当に大丈夫なのだろうか、と緊張して赴いた本番の戦いは、レイン・シュドーの圧倒的な勝利に終わったからである。途中でダミーレインが剣を振りかざして一斉に襲い掛かってきた際それを迎え撃つために元の装備を復活させたが、それ以外は純白のビキニ衣装1枚だけで相手に対して有利な立場に居続けられたのだ。


 ともかく、レインたちはついにダミーレインを『救う』事に初めて成功した。人間の味方となり自分たちを散々追い詰めた存在を倒すのではなく、何も反論できないまま人間たちにこき使われる哀れな存在を世界に真の平和をもたらす『本物』のレイン・シュドーに変える事で、自らの思うがまま永遠に全てのレインと仲良く楽しく暮らすことができるようにしたのだ。

 ただ、そのダミーレインから生まれ変わったレイン・シュドーがこの中の誰なのか、彼女たちは一切分からなかった。ダミーを自分自身の中に加える際に記憶も能力も完全に共有していたからである。しかしその一方、元からレイン・シュドーであった存在たちもまた、自らの一部にダミーレインの能力を受け継いでいる事に気がついた。どことなく体がふわりとする、オーラの濃度が少し強くなった気がする、など曖昧ながらもレインは自分たちの体の変化を感じ取っていた。


「「「これが、ダミーの力……って、そうか……」」」

「「「「そうよねレイン……あのダミーの力っぽいのを受け継いだって事は……」」」」


 あのダミーたちが口々にいっていた通り、彼女たちもまた『レイン・シュドー』ではないだろうか――本物のレインたちは、その事にも少しづつ気づき始めていた。単に相手をレイン・シュドーに変えても、基本的に自らが望まない限りは相手の記憶や能力は受け継がれなかった。汚らわしい人間たちの力を手に入れるのをレインたち自身が拒んでいたのもあった。しかし、ダミーをレイン・シュドーに変えた際、相手からも能力を共有しあうような事が起きていたのである。


 あの時は完全に舐めたような口ぶりをしていた彼女たちであったが、改めてダミーの強さ、そしてその存在の異質さを実感した。もしダミー側から同じような事をされれば、自分たちもダミーレインに変えられてしまうと言う事態が起こる可能性も捨て切れなかったのだ。ただ同時に、そのような凄まじい力を持ちながらも日々人間の欲望に左右され、荷物運びや雑用、身代わり、さらに快楽を紛らわせたるための事しか行わされていないダミーたちに対して、レインはより哀れな思いを強くした。


 もっともっとこの狂った世界から救わなければ、ダミーは無限にその犠牲となり続ける――。



「「「「「頑張ろう、レイン」」」」」

「「「「「「「……うん!」」」」」」」」



 ――改めて、レインは世界を平和にする事を誓い合った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 数万人になった彼女たちの大半は、この『村』に残りそこに住み着く事にした。ダミーレインや彼女の黒幕・魔物軍師ゴンノーによる万が一の襲撃に備えての警備もあるが、この場所を人間たちが住んでいた汚らしい光景から、レイン達が住むのにふさわしい整然とした美しい空間へと変えると言う目的もあった。勿論単に自分好みにしてしまう訳ではなく、村にある様々な建物や道から学ぶものがあればそれを吸収し、レイン・シュドーにふさわしい場所を作り出す礎にすると言う考えである。


 堕落し続ける人間たちとは対照的に、レインは日々様々な事を学び、より賢くより強くなり続けていた。

 そしてこの日も、ダミーレインに対して最初の反撃を行う事と並行して、遠く離れた別の場所でもう1つ重要な鍛錬を行い続けていた。


「「「どうなったんだろう、あっちのレインたち……」」」

「「「「『光のオーラ』ねぇ……」」」」


 あの時、ビキニ衣装1枚で敵陣に急襲をかけるという魔王の作戦にレイン達が不安を覚えたのは、自らの無防備な格好に加え、まだ自分たちが『光のオーラ』を利用するだけの器に達していない、と感じていたのが理由であった。確かに、最初に『光のオーラ』への耐性を身につけた際の数限りなき増殖に比べるとかなり自分自身を制御できるようになり、精神を集中させれば自らの増える数を自在に操る事ができるようになっていた。しかし、それでもまだ漆黒のオーラを用いた増殖とは異なり無意識の段階には達しておらず、また思い通りに発する事ができる漆黒のオーラのように『光のオーラ』を自由に操る事は出来ていなかったのである。

 幸い、そのような未完成の段階でもダミーレインを圧倒する事には成功したのだが、それでも不安だった彼女たちは、別の自分たちにそちらの方面の鍛錬を託す事にした。以前とは異なり、何万もの『闘技場』で一斉に鍛錬を行う事ができ、さらに幾らでもレインを送り込む事が出来る状況になっているため、自分たちが戻るまでには完成段階に到達しているだろう、と考えたのである。自分たちに解決を投げるような形になって申し訳ない、と謝った彼女たちに対し、同じレインとしてやらないわけにはいかない、と頼もしい返事をしてくれた事も大きかった。


「「「「本当に出来たのかな……って、大丈夫よね」」」」

「「「「「そうそう、レインがレインを信じなくてどうするのって話よねー」」」」」


 独り言のように言葉を互いに繋ぎあった後、数万人のレインたちのうち10人が元の場所――世界の果てに延々と広がる彼女の本拠地へと戻る事となった。あちらの自分の状況を確認した後再びこの町へ向かうと言う約束を交わしながら。



 そして、瞬間移動で遥か彼方の本拠地へ戻った10人のレインは――。




「「「「「「「「「「……え……?」」」」」」」」」」



 ――信じられない光景に、動けなくなった。



 彼女たちの周りを取り囲んでいたのは、確かにレイン・シュドーと同じ姿形――1つに結った長い黒髪、健康的な肌、そして純白のビキニ衣装の美女たちであった。

 だが、その表情は明らかに違っていた。感情を表さない瞳は、彼女たちがである事を告げるようであった……。

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