第6章・3:レインが光を手に入れるまで(3)

レイン、転機

 光のオーラを蹴散らしたり跳ね返したりするのではなく、光のオーラを『利用』してしまう――魔王が告げたその意味を求め、レインは日々鍛錬を行い、浄化と再生を繰り返し続けていた。自らの心構えや光のオーラに対する意識の変化など、彼女たちは少しづつ魔王が出した問いの答えに近づく手がかりを見つけ続けてはいたものの、未だにそれらが真の意味に繋がる事はなかった。


「「「うーん……」」」


 そして、その日の鍛錬が始まる前も、レインたちは地下空間で互いに顔を合わせ、悩んでいる表情を見せ合った。


 自分をもっと増やしたい、と言う心を強く意識する事で、魔物を問答無用で浄化し仮初の命を奪いつくしてしまう『光のオーラ』を耐える事は出来るようになった。激痛に耐える強い信念を持ち続ける事で、体中に受けた浄化を無かった事に出来るようになったのである。だが、それはあくまでその場しのぎに過ぎなかった。何度自ら再生を繰り返し、浄化を打ち消したとしても、絶え間なく続く魔王からの攻撃を前にしては結局限界が生じてしまい、敗北してしまうのである。


 そして、レインはある考えに至り始めていた。もしかしたら、自分たちが行っている行為自体が間違いなのではないか、と。


「「「確かに私の体は……って考えてたけど……」」」

「「「……ううん、戻るんじゃなくてんじゃないかしら……?」」」

「「「「別の何か……例えば……」」」」


 例えば何がレイン・シュドーの体で起きているのだろうか――その答えさえ分かれば、文字通り命を懸け続けた鍛錬の価値が見出せるかもしれない、と彼女たちは確信していた。だが、未だに彼女たちは回答を見つけ出すことが出来ずにいた。

 そんな現状に対して焦りは勿論あった。魔王に見透かされる危惧や狼狽する姿を他の自分に見せたくないという意地、そして声に出さずとも全員同じ心を持つ者として同じ考えを持っているだろうという確信から、表立ってその事を口に出す事はなかったものの、これ以上立ち止まって入られないと言う思いが、レインたちの全員に宿っていた。

 もしこのまま自分たちが何もしないままずっと時が過ぎれば、自らと同じ姿で生まれてきてしまった存在たちがさらに人間や勇者、そしてあの憎たらしき軍師たちにこき使われ、無駄な命が次々に生み出されてしまう事となる。瓜二つの存在を何としても救いたい――以前まで無かった気持ちを、レインたちは抱いていたのである。




 とは言え、その瓜二つの存在ことダミーレインが、レイン・シュドーに対する脅威である事には変わりなかった。


 自分をもっと増やしたいという欲望も兼ね、今日の鍛錬に向かう1000人の自分を新たに創り出した時、彼女たちとは別のレインが突然地下空間に現れた。全員とも体は砂埃や煤に包まれ、顔は笑顔だがどこか悔しげな感情を滲ませていた。

 一体何が起きたのか、詳細は語らずともレインたち全員が察していた。今日もまた、彼女たちが征服していた人間たちの村がダミーレインによって奪還されてしまったのである。


「「「最近かなり少ないと思ったら……」」」

「「「……あぁ、そうか……随分減ったのよね……」」」


 つい口から出てきた言葉を、レインたちは自分たちの中で改めて考え直した。

 ここ最近、確かにダミーレインによってレイン・シュドーの町が襲われ、一方的な敗北を喫するという事は少なくなってきた。だがそれが意味するのは、ダミーレインがレインたちを襲撃する必要が少しづつ減ってきた――すなわち、レイン・シュドーの勢力がかなり押されており、人間たちの世界から遠ざけられていると言う事である。状況はレイン側が日々不利になり続けてばかりだったのだ。


 そして気づけば、レインたちが征服し続けている町や村は、両手を使って数える事が出来る状態にまでなってしまっていた。幸い、レイン・シュドーを日々生み出し続けているレインツリーやレインプラントが並ぶ森や山は魔王の創り出した見えない壁によって厳重に守られているものの、生み出されたレイン達は毎日少なくなった場所に押し込まれる状態だったのである。


「「「7つ……8つだっけ……残りの場所は……」」」

「「「数は関係ないと思うけど…」」」

「「「結局不利なのは私、それは変わらないから……」」」

「「「それもそうね……」」」


 漆黒のオーラの力を駆使して空間を歪めれば無限に土地は広がるが、だからと言ってレインたちの気持ちは満たされない。世界の1箇所だけではなく、世界の全てを自分自身の手で平和にしなければ、魔王の軍門に下り強くなり続けている意味が無い、とレインたちは考えていた。

 そして、彼女たちは今まで以上に決意を新たにした。絶対に『光のオーラ』を自らの体に身に付け、この状況を打開してみせる、と。



 ただ、その『今まで以上に決意を新たにする』という行為を、レインはこれまで何十回と行い続けてきた。その度に彼女たちは自分たちの心を改め、心機一転鍛錬に望んでいった。だがその結果はいつも同じ、魔王やレイン自身が満足するまでには至らなかったのである。その事を魔王もよく知っていたからこそ――。


「「「また『無駄』に気合を入れ直しましたね、レインさん♪」」」


 ――今は亡きレイン・シュドー最後の仲間、ライラ・ハリーナの口を何千何万何億と借りながら、レインを貶すような言葉を飛ばしたのかもしれない。

 自分同士で励ましあって鍛錬に望むというのは確かに1つの策ではあるが、『自分同士』だからこそ甘えが生じてしまうという弱点もある。特に今回の対象は情け容赦を完全に放棄させられた哀れなダミーレインたちであり、どんな甘えも通用しない。だからこそ、魔王は日々彼女の仲間の姿形を無数に模倣しながら彼女の非を責め、厳しい言葉を投げ続けていたのである。しかし、それは決して魔王がレインたちを完全に蔑んでいると言う訳では無い事は、もうレインたちもしっかり承知していた。


「「「……まあね、魔王」」」

「「「「でも、今日はどうなるか分からない」」」」

「「「「「そういう事よ、魔王」」」」」


 どうしても苛立ちは出てしまうが、彼女たちは真に怒るべき相手をしっかり認識していた。ライラ・ハリーナの姿をしてレインの命を日々奪い続ける魔王でも、レインと同じ姿をして彼女の場所や尊厳を日々汚し続けるダミーレインでもなく、それらを止める術を身につけないままの自分自身である事を。


 決意の笑みを今日も見せつけた1000人のレインに合図を出した直後、彼女たちの周りを幾重にも取り囲むライラに変身した魔王の大群は、一斉に巨大な光の球を作り、彼女たちに投げつけた。それも1度ではなく、ライラの体よりも大きい球体を次々と投げつけ始めた。

 それを見たレインたちは、一斉に目を瞑り、精神を集中させながら無数の光の球――彼女たちの体を浄化させてしまう力がある『光のオーラ』を受け止め始めた。全身の激痛に耐えながら、レインたちは必死に自分自身が増え続けていく様子を頭で描きながら浄化に抵抗し続けた。そして1000人の体が消える直前、彼女たちの傍にもう1000人の新たなレイン・シュドーが現れ、消え行く自分から託されるかのように再び『光のオーラ』に立ち向かっていった。

 だが、その新たなレインたちも結局は光の中に消えていき――。



「「「「「「「はぁ……はぁっ……!」」」」」」」



  ――同じ事を15回繰り返した所で、1000人のレインたちは地面に膝や尻をつけ、これ以上続けられない事を魔王に示さざるを得なくなった。本日最初の鍛錬は、普段と全く変わらない形で終わってしまったのである。

 どんな風に心機一転したのか、と楽しそうに嫌味を突きつける魔王の声を聞き流しながら、1000人のレインは皆で顔を合わせた。精神的な疲れが現れたのか、全員ともどこか落ち込んだような表情であった。『増える』事が光のオーラを意のままに利用する重要な鍵であるという事は判明したのだが、そこから先から進めないという状況がいつまで経っても変わらない事を、改めて突きつけられた事もあった。

 一体何が違うのか、何か別の要素が必要なのか――姿形も考える事も全く同じ純白のビキニ衣装の美女たちは、無言で顔を見合わせ続けた。そして、傍にいる別の自分たちと目線を合わせ、同じ内容を悩んでいる事を互いに確認した。


 まさに、その時であった。


 突然、1000人のレインたちは何かに気づいたかのようにはっとした表情を見せた。あまりにも突然浮かんだ『閃き』だったために言葉で表す事は難しかったのだが、幸いレイン・シュドーにそのような必要は無かった。全員とも全く同じ事を考え、全く同じタイミングで表情を変え、そして全く同じ確信に満ちた顔を作り出す事が出来るからである。

 

「……ほう?」


 魔王もそれに気づき、興味深そうな声をかけた。その表情の要因が、先程自分が1000人のレインの疲れを癒した事とは別であるのは明白であった。

 だが、魔王の言葉を聞いたレインたちは、その響きに期待と嘲りが混ざっている事を知っていた。今までも同じように様々なきっかけを掴んでも、それを形にする事が出来ないまま続いていたのだから当然だろう。しかし、それでもレインははっきりと魔王に告げた。


「「「「「「期待していて、魔王」」」」」」

「「「「「「今度こそ、決めてみせる」」」」」」


 正直のところ、レインたちの心に自信はあまり宿っていなかった。だが、心の中で生まれたこの閃きが、大きな力になり得るものだと言う確信だけはしっかりと持っていた。非常に単純明快、基礎にあたるようなものだが、だからこそ非常に重要な『想い』――それこそが、彼女たちの心に突然現れた、光のオーラを意のままに利用するための鍵であった。


「……ふん」


 いつもの通り、レインの想いなぞ興味が無いと言わんばかりの声を出しながら、魔王はレインたちの前から姿を消し、何億人ものライラ・ハリーナの姿になって再びレインたちの周りを囲んだ。そして――。


「「「お言葉に甘えて、その『期待』たっぷりと見せさせて頂きますよ、レインさん♪」」」


 ――彼女たちの行動を楽しみにしているような声を、四方八方から投げかけた……。

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