レイン、意地

「「「「それではいきますよー♪」」」」


 光のオーラを用いた本日2度目の鍛錬も、1度目と同様にこやかな笑顔と愉快そうな声で始まった。しかし、その声の主――今は亡き勇者ライラ・ハリーナに変身し、身構える1000人のレイン・シュドーの周りを取り囲んでいた数億人の魔王――の掌には、その声とは真逆の殺意が満ち溢れていた。次々に膨らんでいく巨大な光の球が引き起こす『浄化』によって、魔王はレインたちを消し去ろうとしていのだから。


 そして、四方八方から光のオーラが形を成した物体が自らに向けて降り注ぐ直前、レイン・シュドーは一斉に周りに居るほかの自分の顔をじっと見つめた。普段のレインなら、そんなに見つめられると嬉しすぎると照れてしまいそうなほどの視線であったが、そのような気持ちは一切無かった。自分の周りに別の自分がいる、自分と同じ存在が日々増え続けている――そんな当たり前の事をもう一度確認するかのような思いが、レインたちの心を包んでいたのだから。

 だが次の瞬間、そんな彼女たちの思いを妨害するかのように、一斉に激痛が走った。


「「「「くっ……!」」」」

「「「はぁっ……!!」」」


 全身に力を溜めたり、歯を軋ませたりしながら、レインたちは強烈な痛みに耐え続けた。仮初の魂や魔物の体を消し去る光に自らの体が抉り取られていく感覚に抵抗するのと同時に、彼女たちは心の中で1つの思いを唱え続けた。レイン・シュドーをもっと増やしたい、この世界にレインたちをもっともっと増やしたい、いやこの場でもよいからもっと大量に自分を増やし続けたい――光のオーラに消滅させられ続けている状況に相反するかのように、彼女たちは自らの増殖を心から想い続けたのである。

 ここまでは、先程のものも含め、毎日のように行っていた鍛錬と全く同じものであった。その結果もまた、光のオーラに耐えられないままレイン・シュドーは浄化されて消滅し、その心を受け継ぐかのように新たなレイン・シュドーが1000人現れ、再び同じような道を辿るというものだった。そして今回も全く同じように――。


「「「「「「……!」」」」」」」


 ――光のオーラの前に、レイン・シュドーは2度目の鍛錬最初のを迎えることとなった。 


 だが今回は1つだけ、それとは異なる事があった。

 これまでの場合、レイン・シュドーは1人、また1人と次々に光のオーラに耐えられなくなり、それぞれ異なる時間に光のオーラの中へと消えていった。1人でも残っていればまた次に活かせることが出来るだろう、と言う考えが、レイン・シュドーの中にあったのかもしれない。しかし今回は、立っていた場所や光のオーラを受け続けていた部位に限らず、1000人のレインは一人残らず全く同じ時間に光のオーラの中に消え去り、そして新たな1000人の彼女が全く同じ時間に現れていたのである。


 ほんの些細な違いにも見えるであろうこの出来事であったが、レイン・シュドーの中にこれまでとはどこか違った想いが生まれていた。凄まじい光のオーラの激痛に耐えなければならない事もあり、じっくりその心を味わう余裕はほとんど無かったが、レイン・シュドーはほんの僅かながら『快感』を覚え始めていた。自分と全く同じ存在が、自分と全く同じ時間に命を落とし、そして全く同じように新しい自分を生み出している――普段あまりにも当たり前に感じすぎていたこの出来事が、凄まじい苦痛を和らげる薬のようにレインの心を包み始めたのかもしれない。


「「「ぐっ……!!」」」

「「「「「レイ……ン……!!」」」」」


 だが、その不思議なは、まだ彼女の中の革新には繋がらなかった。新しく生まれたレイン・シュドーもまた、1000人一斉に光のオーラの中に消え去り、そして三度新しいレイン・シュドーに鍛錬を託すと言う結果になってしまったのである。だが、ビキニ衣装の外見は勿論、記憶も完全に受け継いでいる新たなレインたちの心には、前回よりも一回り大きくなった快楽の気持ちがあった。


 少し目線をずらせば、そこには自分と全く同じように光のオーラに耐え続けているビキニ衣装の美女がいる。外見も記憶も思いも全く同じ別のレイン・シュドーが。そして、彼女たちと一緒に消え去り、そして4度目の誕生を迎えることも出来る。なんと美しく楽しく、そして喜ばしい事なのだろうか――。



「「「「「「あぁあああああっっっ!!!」」」」」」


 

 ――一斉に叫びながら光のオーラに消えていった彼女たちの心を、4度目の1000人のレイン・シュドーはより大きく受け継いでいた。他の自分と寸分違わぬ動きを行ったり声を出したりする事に対する楽しさや嬉しさを味わう余裕が少しづつ生まれていたのである。

 だが、それと並行して別の想いも生まれていた。他の自分と心を通わせ、全く同じ事をする楽しさを味わえるのなら、この凄まじい苦痛の中で消え去るよりも、このままずっと同じような事を続けていければもっと良いのに、と言う願望であった。非常に単純明快、基本的な欲求であったが、自らの命が呆気なく浄化されてしまう状況の中でそのような心を維持するのは非常に困難だった。しかし、何度も何度も蘇る事ができる今の自分自身ならば、その願望をより大きくする事ができるかもしれない――何度目かの消滅を迎える中で、レイン・シュドーは一斉にそう思った。


 そして、今回5度目となった1000人のレイン・シュドーは、その期待に応えるかのように心の中でその気持ちを強くしていた。


「「「「レイン……!!」」」」

「「「「「……うん……!」」」」」


 苦痛に歪み、今にも叫びそうな顔を必死に抑えながら、彼女たちは周りの自分たちに呼びかけ続けた。自分の声が四方八方から返ってくる度、まだレイン・シュドーが自分以外にこの場に999人いると言う幸せを感じ続ける事ができるのを確認し続けていた。だが、どれだけ精神が持ちこたえていたとしても、それを宿す体の方はまだついてこれない状況は続いた。笑顔を見せる余裕など無いまま、今回の彼女たちも前回と同じほどの時間しか耐える事が出来ず、そのまま消えてしまった。


 だが、彼女たちから後を託された6のレインたちは、その体の感触にも変化が生じている事を感じ始めていた。


「「「「……えっ……」」」」


 四肢や体内、筋肉、そして顔など自らの身体を次々に抉り取っては浄化していき、自分たちの命を奪い続けてきたはずの『光のオーラ』が、妙に心地良く感じてきたのだ。どんどん体が光の中に消えていくと言う状況にも関わらず、レインたちはこの無情な光に対する爽快感のようなものを味わい始めていたのである。一体どういう事なのか、と逆に不安になってしまった彼女たちであったが、それでも何とか互いに顔を見合いながら冷静さを取り戻し、自分たちが消え行く中で必死にこの状況の把握に力を注いだ。

 

 突如として無数のダミーレインに襲われたあの日から、レイン・シュドーにとって『光のオーラ』は耐えがたい苦痛、憎むべき力である期間が長く続いた。人間には全く効果が無いはずのこの浄化の光であったが、魔王と共に長く暮らし、漆黒のオーラを自在に使いこなせるようになった彼女たちにとっては猛毒に等しかったのだ。

 当たり前が当たり前でなくなった事、自分たちが人間とはかけ離れた存在に成り果てていた事を改めて実感した彼女たちは、魔王の言葉――光のオーラを排除するのではなく『利用』する、と言う真の意味を求めて奮闘し続けた。その中で、自分たちが日々大量に増えることの嬉しさや人間たちの愚かさをもう一度見直す機会も得る事が出来た。

 

 そして彼女たちは、あれだけ憎んできた『光のオーラ』そのものをもう一度受け入れる段階までたどり着こうとしていたのである――。


「「「「「……!」」」」」


 ――ただ、ついに見えた最後の難関を乗り越えるのは、この鍛錬で7に生まれ変わった1000人のレイン・シュドーに託された。

 人間を哀れみ、ダミーレインを慈しみ、そして『光のオーラ』をも自らに取り込もうとしているこの機会を逃す訳にはいかない。一段と輝きを増した攻撃的な『光』の中、レイン・シュドーは渾身の力を振り絞り、自らの体の消滅を抑え始めた。もっとこの場にいたい、もっと自分を増やしたい――その想いと共に、全身に漆黒のオーラを一気に流し込んだのである。当然ながら、魔物に対して絶対的な効果を持つ光のオーラの前には漆黒のオーラが敵うはずも無く、次々に体のあちこちから染み出ては蒸発し、眩い光の中に消えていった。しかし、それでもレインたちの体からは絶え間なく漆黒のオーラが溢れ続けていた。


「「「「「くうううううっっっ!!」」」」」

「「「「「「はああああぁぁあぁあっ!!」」」」」」」


 消滅する前に枯れ果てそうなほどに大声を出したり、消え去る前に割れそうなほどに歯を軋ませたりしながら、彼女たちは懸命に光のオーラに立ち向かい続けた。これ以上自分や自分、そして自分たちが消え去るのは見たくないと言う思いを心に埋め尽くしながら、彼女たちはこれが最後の勝負と言わんばかりの様相を見せ付けていた。しかし、それに呼応するかのように『光のオーラ』はさらにその輝きを増した。そちらがその気ならこちらも、とかつての親友の姿を借りた魔王が愉快そうに告げていたが、今のレインたちにそのような嫌味や陰口を聞く余裕など一切無かった。強さ弱さなど、今の彼女には関係なかったのかもしれない。



「「「「「「レイン……あああぁあぁぁあ!!」」」」」」」


 最早レインの体の大部分が光の中に消え、無事なのは頭だけと言う状況であった。だがそれでも1000人の彼女たちは懸命に自分自身が消えると言う焦燥感、自分の体が消えていくと言う恐怖、そしてこの鍛錬がまた失敗に終わるかもしれない、と言う心を抑え続け、まるで呪文のように自分自身の名を呼び続けていた。

 次々に身体が消え去り、意識すらも朦朧としていき、やがて破片のみが光の中に漂うような状況になってもなお、レイン・シュドーはずっと同じ思いを抱き、同じ言葉を叫んだ。


「「「「「「「「レイン……!!」」」」」」」

「「「「「「「「レインっ……!!!!」」」」」」」



 もうどれほど自分の体が残っているか分からない。視界にあるのは眩い光だけ、周りから聞こえるのは言葉かどうかも分からない雑音のみ。

 それでも生き残りたい、生きてもっともっと自分を増やしたい、世界で一番美しく麗しく、そして全てを平和に導ける存在――純白のビキニ衣装に身を包んだ美女、レイン・シュドーを、未来永劫無限に溢れ続けさせたい。

 もっともっと、自分が光の中に消えても、もっともっとレイン・シュドーが増えたい。永遠に自分が増殖していくのを楽しみたい――



「「「「「「「「「「「「「「「「「「「――!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」





 ――その時一体何が起きたのか、最初1000人のレインの誰も理解できなかった。


 光のオーラの中へ何もかも消え去り、言葉を述べることすら出来なくなっていた筈の自分たちの体が、まるで何事も無かったかのように元通りになっていたのだ。1つに結った長い黒髪も、背中に背負った名も無き剣も、そして豊かな胸や健康的な肌を包み込む純白のビキニ衣装も、何もかも無傷のままであった。先程のレイン達がまた失敗して新たに生まれ変わったのが自分立ちなのではないかと危惧した彼女たちであったが、すぐそれとは全く状況が違う事に気がついた。


 ずっと周りはあの眩い光に包まれ続けているにも関わらず、自分たちの身体に痛みも苦しみも一切感じないのである。


 一体どういう事なのか、と声を出そうとした彼女たちであったが、さらに不可解な事が起きた。顔を左右に動かして周りに居る999人の自分を見る事が出来るのに、口から一切声が出ず、さらに首より下の部位――手足、腰などが一切動かせないのだ。レイン、レイン、どうなってるの、と必死に周りの自分に訴えようとしたレインであったが、状況は全く変わらなかった。

 光のオーラを克服できたのか、それとも妙な段階に行き着いてしまったのか、何もかも分からない彼女たちの表情は、鍛錬の最中よりも不安げなものへと変わっていた。このまま自分たちはどうなってしまうのか、と怯えかけた、その時であった。


「「「「……!」」」」


 突然、1000人のレインたちの身体が一斉に震えた。その直後にレインたちの身体は自由を取り戻し、口から声も出せるようになったのだが、彼女たちは身動きをとることができなかった。

 ずっと恐怖や不安に包まれていた1000人の彼女には、自分をと言う思いも抱けないままであった。それなのにどうして突然、身体の震えと同時に――。


「「「「「「「「……え……?」」」」」」」」


 ――新たな1000人のレイン・シュドーが、目の前に現れたのだろうか。


 その疑問を抱き始めた直後であった。再びレインたちの身体が心で考えてもいないのに身震いのような動作を勝手に行い、さらに2000人のレインを新たに生み出したのである。そして、その事に驚く暇も無く、再びレインたちの身体が震え、新たに4000人のレイン・シュドーが現れ、さらにその直後にも再び8000人、16000人、32000人、64000人――。


「「え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」え……!?」」…


 ――増えたい、増やしたい、と心の中で一切思っていないにも関わらず、レイン・シュドーは次々にその数を増やし始めたのである。何も考えていないのに一体何がどうなっているのか、と悩む暇は一切与えられなかった。ほんの僅かな時間でも、その隙間を縫うかのようにレインの身体から絶え間なく新しいレイン・シュドーが現れ続けていたからである。


 そして、彼女たちの周りから光のオーラの輝きが消え去った時――。



「いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」いやああああ!!」…



 ――そこに広がっていたのは、増殖の制御が出来なくなったレイン・シュドーの大群が悲鳴と共に闘技場をぎっしりと埋め尽くす光景であった……。

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