レイン、決意

 ダミーレインの大群によって埋め尽くされ、ただ命令に従うだけの無言の圧力に押される形でより大量のダミーを世界に行き渡らせると言う形に終わってしまった今回の会議。それを、参加していた各地の代表者や議長たちとは別の目線から、じっと眺めていた者たちがいた。


「「「「……なにこれ……」」」」


 一斉に呆れ混じりの声を放った、のレイン・シュドーの大群である。

 未だに習得し切れていない『光のオーラ』の鍛錬を終え、地上で待つ何億何兆もの自分自身と合流しようとした彼女たちを、魔王は呼び止めた。地上で非常に愉快な動きが起きた、と告げたのだ。相変わらず口調は冷静沈着であったが、その言葉は明らかに楽しさ――それも誰かを嘲笑う下劣な楽しさを秘めたものであった。魔王に呼ばれれば向かうのは当然だが、それ以上にレインはそこまで魔王が楽しそうに言う理由が何なのか気になった。地下空間にたむろする何万何億ものレインたちもぞろぞろと集まってきたのを見計らった魔王が見せたこそ、あの訳の分からない会議だったのである。


「「「ははは……もう笑うしかないよね、レイン……」」」

「「「そ、そうだよね……」」」


 ここまでの愚かさを見せて貰えるとは思わなかった、と言う気持ちは、魔王もレインも全く同じであった。

 

 犠牲になった者の名前を好き勝手に利用したり、命の恩人のことをすっかり忘れたり、真実を見抜こうともしないまま平和を貪ったり、レインたちはこれまで何度も人間たちの情けなさに触れ、その度に世界を平和にしないといけないという使命感を滲ませていた。だが、自分たちに不都合な事があったからと言ってこんな形で『復讐』を行うほどに腐りきっていたとは、全く想像もしていなかった。様々な事情でダミーレインに代理を任せたと言うのはあくまでも名目であり、実際は自分たちの考えを強引に押し通すためわざと屁理屈を言って欠席した事など、レインには既にお見通しだったのだ。

 

 病気や用事など多種多様な理由をつけて欠席した代表者たちは何をやっていたのか、と気になった彼女たちは、念のためそれも魔王に見せてもらう事にした。魔王が自らの意志でレインにそのようなものを楽しそうに見せびらかしているのは非常に珍しい光景であり、この機会にたっぷり魔王の言う事に耳を傾けようと彼女たちは考えたのだ。そんな思いに応えるかのように、魔王は左手を前方に向けた。その瞬間、魔王の周りに集まったレイン・シュドーの脳裏に、一斉に同じ記憶が宿った。自分たちとはまったく別の存在からの視点から見た――。


『いやぁ、ここの地酒はやっぱりうめぇべな~♪』

『おーい、酒のついでにダミー一丁!いや百丁!』

『何言ってやがんでぇ~!』

『わたしももっとダミーが欲しい!!』


 ――自らの職務を放棄し、太陽が昇っている間なのに酒盛りをしている代表者たちの様子である。


 巨大な建物の中をビキニ衣装の美女が無表情で歩き回り、あくせくとさまざまな物を運んだり注文を聞いているのを尻目に、あちこちから集まった老若男女たちは、自らの立場を完全に忘れたかのごとく酒に酔いしれていた。自分たちの作戦――ダミーレインに全てを任せ、あの喧しい反対派や女性議長を黙らせると言う作戦の成功を喜んでいたのである。そして、彼らの傍らには静かに佇んでいる1人の老婆――いや、老婆の姿に変装し人々を欺き続けている上級の魔物ゴンノーの姿があった。あの一方的な会議に出席する自分とは別に、愚かな代表者たちの相手をする別の自分を用意していたようである。


『勿論、ダミーは幾らでも用意できますよぉ♪』

『よっしゃー!ありがてぇ!』

『喜びの酒!喜びの酒をもっと!』

『かしこまりました』かしこまりました』かしこまりました』かしこまりました』かしこまりました』かしこまりました』かしこまりました』かしこまりました』かしこまりました』かしこまりました』かしこまりました』かしこまりました』かしこまりました』…



「「「「「「「……あぁもう!!なにこれ!!」」」」」」」


 あまりにも酷すぎる光景に、レインたちは一斉に怒りを露にした。怠惰な人間たちに加え、ダミーとは言えレイン・シュドーと言う存在を蔑ろにする様子をまざまざと見せ付けられれば当然だろう。

 面白い光景だっただろう、と人間とレインを一気に嘲り笑うような魔王の言葉に、彼女たちは皆肯定の言葉を返した。勿論言葉通りの意味ではなく、このような胸糞悪い人間たちをこの世界から消し去る事が出来るのを考えると楽しい気持ちになる、と言う意味である。


 そして魔王は、今回このような非情な策を用意したのは、やはりゴンノーである、と語った。前日の会議の後、ゴンノーは数名の代表者たちから明日の会議をどうすれば良いかという相談を受けていたのである。流石に明日は女性議長の言う通り、真剣に『反対派』とやらの気持ちを聞かなければならないだろうが、それは非常に面倒かつ胸糞悪いもの。あの喧しく自分勝手な声を静める方法は無いものか、とダミーレインの発注元へ寄り縋ったのだ。


「「「なるほど……ダミーを身代わりに使ったのはそういう訳ね」」」

「「「「相変わらず腹立つわね、あの魔物……」」」」


 奴の動きは全て自らの掌の中だ、と告げた魔王であったが、続きを放すのをためらうかのように突然無言になった後、レインたちに問いただした。このような世界の動きを見て、何を思ったか、と。返ってきたのは、今までの彼女たちとはどこか違う答えであった。ダミーレインに対し、怒りや憎しみ以上にを感じたと言うのである。

 これまで、彼女はずっと自らの姿を模した存在に対し、苛立ちのみしか考えていなかった。人類に味方をする自らこそが本物のレイン・シュドーであると告げ、一切の慈悲も無いまま『光のオーラ』を放ち続け、レインを蹴散らし続ける存在を禍々しく、そして鬱陶しく思い、それを超えるべく必死に光のオーラを利用する術を学ぼうとしていた。だが、逆に言えばダミーレインは自分自身が人類に味方をする存在であると刻み込まれているがゆえに、どれだけ愚かで哀れな存在に成り果てようとも人類から離れる事が出来ず、ひたすら奉仕するしかないと言う事にもなる。どれだけ無謀な命令を与えられても、彼女にはそれに「逆らう」と言う選択肢は与えられてないのだ。創造主のゴンノーや勇者トーリスの命令となればなおさらであろう。


「「「なんかもう怒りを通り越して可哀想に思えてきちゃって……」」」

「「「「ダミーたちも正真正銘本物の『レイン・シュドー』にしてあげなきゃ、って」」」」

「「「「助けないと、って思ったのよ」」」」


 しかし、それならばあのダミーレイン反対派の女性村長の味方をすれば良いのではないか、と言う魔王の言葉に彼女たちは一斉に反論した。確かにある程度は自分と同じ思いかもしれないが、彼女は完全排除のみを望み、ダミーレインを押しのけて自分たちの領域を広げ、自らの名誉を高めようとしている、とレインたちは考えていたのだ。あれだけ追い込まれても必死に自分の考えを訴え続けているのは強固な信念があるのではなく、自分の考えを無理やりでも推し進めようと自暴自棄になって暴れているだけだ、とレインたちは自らの思いを述べた。


「ほう……貴様なりに考えたのだな」

「「「「まあね、世界の様子を見ることが出来た良い機会だし」」」」

「「「ありがとう、魔王」」」


 礼を言われる筋合いは無い、と相変わらず素っ気無い返事の魔王であったが、レインたちは今回このような様子を見せてくれたのは間違いなく魔王からの『好意』である、と受け止めていた。決して自分たちを甘やかし、楽をさせると言う目的ではなく、『光のオーラ』を利用する術を習得しようと相変わらず苦戦の連続である自分たちを鼓舞し、より強くさせるための刺激と言う目的だったのだろう、と彼女たちは解釈していたのである。

 そして、今回得た新たな思い――ダミーレインを憎むのではなく、ダミーレインを――を胸に、彼女たちは次こそあの鍛錬を終了させ、ダミーたちの元に向かえるよう決意を固めた。全てを自らの掌の中に収める存在である魔王を超え、完全なる世界の平和を目指すためにも……。

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