レイン、不快

 魔王直々の鍛錬を始めて以降、レインは毎日のように人間たちの町や村へ忍び込み、偵察活動を行い続けていた。流石に以前のようにレインそのものの格好のまま人々に気づかれないようにするだけでは不十分なので、ビキニ衣装に包まれた自らの美しい姿をみすぼらしい旅人や老人、いかにも傲慢知己そうなおばさまなど様々に変え、各地で警備を行うダミーレインの目を盗むかのように人間たちの動きを観察し続けていた。


 普段なら、そのような偵察をするのは目標となる町や村に近い場所にある、未だにレインたちに征服されている町や村にいる彼女たちであった。大量に存在する自分自身を駆使すれば、各地の様子を見ることなど朝飯前だったのだ。

 だが、そのような場所はダミーレインの猛攻によって少しづつだが着実に減り続けており、最近は世界の果てにある本拠地から直接偵察に向かう事が多くなっていた。撤退した町や村のレインたちが合流し、大量のビキニ衣装の美女たちが暇を持て余していたのも大きいだろう。そして今回はそれらの理由に加え、魔王直々の命令や魔術を受けた事により、レインたちは直接本拠地から瞬間移動していったのである。目標となるのは、ダミーレインに対して違う動きを見せるいくつかの町であった。


「「「さて、と……」」」


 数名のレインたちが一斉にやって来たのは、世界の果てから離れた場所にある比較的大きな町であった。様々な商店が並ぶ道をせわしなく歩く人々は、突然現れたはずのレイン・シュドーに気づかないどころか、彼女たちの体をすり抜けてしまっていた。これこそが、今回魔王がレインたちにかけた魔術――ダミーレインの力を持ってしても、その存在に一切気付くことが出来ないようにすると言うものである。 


「……なんか変な気分ね、レイン」

「全くね、レイン……触れるのはレインたちだけだし」

「壁まですり抜けちゃうし、空気になった気分ね……」


 確かに偵察には非常に向いた魔術かもしれないが、地面や他の自分以外に何も触れることが出来ない事に対してレインたちはどこか不満そうな顔をしていた。色々な感触を自ら味わい、様々な人たちと語り合わないまま、ただ街の真ん中に佇んでいる状態がどこか落ち着かなかったのである。とは言えそのような不平不満を言っている場合ではない。早く行動を起こさなければ、自分たちの未来は無いのだ。

 そしてレインたちはあちこちに散らばり、各地の様子をつぶさに観察する事にした。



 彼女たちが訪れている町は、以前からレイン・シュドーを信仰する方向に傾いている場所であった。流石に聖堂で彼女を祭り上げるほどまでは至らなかったものの、彼女を模したあまり似ていない置物が売られていたり下手な肖像画が展示されていたり、場所によっては純白のビキニ衣装が洗濯物のようにぶら下げられたりしていた。

 当然ながら、そういった町ではレイン・シュドーの姿を模した新たな勇者・ダミーレインはすぐに受け入れられていた。


『こんにちはー』

「あら、こんにちはー」


「ここへ行くにはどうすれば良いんじゃろうか……」

『そこを右に曲がってください。そうすれば……』


 家や商店、並ぶ木々をすり抜けながら、レインたちは各地でダミーレインが人間のために様々な任務に就いている様子を目の当たりにした。あらゆる方向を見ても必ず最低1人は純白のビキニ衣装のみに身を包んだ美女が立ち、人々の相手をしていたのである。魔物から人々を守るという警備だけではなく、各地で人々を監視していたり道案内をしていたり、以前の兵士の役割を完全に彼女たちが担う格好であった。

 レインに対してはいつも生気が感じられない瞳を見せ、容赦なく殲滅せんと動き出すダミーレインであったが、人々に見せる姿は全く異なり、本物である自分たちが見せる笑顔とよく似た表情を人々に見せていた。事情を全く知らない者たちが見れば、その姿形はまさしく勇者レイン・シュドーそのものだったのだろう。しかもこの町は以前から彼女を崇めていた場所、ダミーレインたちを受け入れない訳は無かったのである。


『こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』こんにちは』…


 足音を揃えて次々に全く同じ声を発しながら列をなして道を進み何十人ものダミーレインを見ても、人々はそちらに注目するぐらいで驚きも慌てもせず、それどころか笑顔を見せる者までいた。大量のダミーたちが体をすり抜けていくという奇妙な体験をしながら、魔王の使用した魔術の凄まじさを経験しながらも本物のレインは複雑な感情を抱いた。普段自分が行っている行為に対して、どこか嫌悪感を抱いてしまったからである。だが、それを何とか自身の中で解釈しようとしたレインが出した結論は、ダミーレインをいつか打ち砕き、世界で最も美しい自分だけの世界を築いてこういった嫌悪感を一切感じない世界にする、と言う新たな決意であった。


『大丈夫ですか、おばあさん』

「はいよ、ありがとな」


 近くでおばあさんを介護するダミーレインを横に見つつ、本物のレインたちはさらに町をくまなく偵察し続けた。今やダミーの数はこの町の人口の半分以上もいるかもしれない、と直感で感じた時であった。1人のレインが、町の外から何かがやってくる事に気づき、他の自分たちに連絡したのである。そこから感じる気配は、周りにいるダミーレインと全く同じもの、しかも何千と言う大群であった。


 急いで町の中央にある広場に集まったレインたちの体は、次第にたくさんの町の人々によって埋もれ始めた。その多くが楽しみそうな顔で、残りの人々も様々な思いを抱えながら注目している一方、本物のレインたちは呆れ混じりの表情であった。町の人たちが持つ欲望の限りなさ、そして欲望に飲み込まれすぎて最早ダミーレイン中毒と呼べそうな段階にまで来ている彼らに、哀れさを感じていたのだ。

 そんな面々の前に、ダミーレインが足音を揃えながら並び立った。広場にずらりと列を成し、純白のビキニ衣装に包まれた胸を強調するかのような大量の彼女たちだが、ちょうど人々が集まる部分へと繋がるかのように中央だけ広い空間を創り出していた。そして、新たに現れた1人のダミーレインが、人々に向けて一礼をした後、語り始めた。


『皆様、お待たせいたしました。新たなレイン・シュドーが、この町を守るために加わります。今後とも彼女たちをよろしくお願いします』


 丁寧口調で人間に恭しく話すダミーに本物のレインが悪寒を覚えた時、突然広い空間が眩い光に包まれた。町の人々は目をつむらないと居られない明るさだが、レインたちにはその中で何が起こっているのかしっかりと見えた。この『光』は単なる演出、内部にやって来た新たな勇者にして――。



『はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』はじめまして』…


 ――町の人々の飽くなき欲望を満たす存在、数千人のダミーレインを迎えるためのものである事も、しっかり見通していたのだ。


 拍手喝采、興奮が人々を包み込む中、新たにやって来た純白のビキニ衣装の美女たちは、一斉に礼をしてその豊かな胸を垂れ下がらせた。柔らかそうな胸の心地が辺り一面を埋め尽くす中、本物のレインたちはその様子に背を向け、もう少し偵察をしたら本拠地へと戻ろう、と語り合い始めた。

 まさにその時であった。彼女達の元に別の町を偵察していたレインたちの報告が入ったのは。


(((……聞こえる、レイン?)))

「「「え、レイン、どうしたの!?」」」


 彼女たちが告げた内容は、驚くべきものだった。

 人間たちの味方を続けているはずの魔術の勇者、キリカ・シューダリアらしき存在が、別の町に潜んでいるというのだ……。

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