レインの襲来

 レイン・シュドーと魔王が日々勝利を収め、人間や勇者たちは敗北を重ねる。

 レインたちが復讐を達成し続ける喜びや自分が増える楽しみに浸り続ける一方、人間たちはいつ自分たちが滅びるか分からない状況に怯え、疲労困憊し、ただ恐怖に翻弄され続ける――。


「レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」…


 ――そんな状況に変化が起きたのは、あまりにも唐突な襲撃がきっかけだった。




「うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」…


 魔王たちの本拠地である『世界の果て』に広がる荒野から少し離れた「町」では、その日も大量のレイン・シュドーが笑顔で溢れ続けていた。風が吹き荒む荒野に近い事もあり、町の外は薄手の服だも寒い状況なのだが、巨大な漆黒のドームの中はいつも心地良い暖かさに包まれており、レインたちは純白のビキニ衣装のみに包まれた体を大胆に見せつけ、たわわに実った胸を心地よさそうに揺らし続ける事が出来ていた。そうでなくとも、彼女には漆黒のオーラを身に纏い、寒さなど外部の変化を受け付けない力を持つのだが。


 ずっと前に征服を果たしたこの場所は、既にそれ以前とは大幅に町並みが変わっていた。純白のビキニ衣装を身に付けた黒髪の美女に埋め尽くされるという光景の時点で常識からかけ離れているのだが、それ以上に異様だったのは町の中にある建物がどれも全くレンガ造りの建物に創り変えられている事であった。どこまで進んでも、どこまで空を飛んでも、視界に入るのは大量に溢れ続けるレインによって屋根まで覆われた建物ばかり。しかもその異質で不気味な光景は、空間を歪ませながら町の面積を広げると言う鍛錬も兼ねたレイン・シュドーの魔術により、日々無限に広がり続けているのである。


 この場所だけではなく、既に何百もの町や村が同じような状況になっていた。次々に町や村を征服する中でレインの数も本人ですら意識しないと分からないほどにまで増え続けており、『世界』そのものの広さも魔王やレインが征服活動を始める前に比べて何十、何百倍もの大きさに膨れ上がっていた。最早、この世界は人間たちのものからレイン・シュドーと魔王、たった2人だけの所有物となりかけていたのである。


 そんな中、空中に浮かんでいた「1人」のレイン・シュドーが、さらにこの場所の面積を広げ、もっと自らの領域を増やそうと体全体から漆黒のオーラを放ち始めた。魔王直伝のこの魔術を使えば、空間を思い通りに作りかえることなど朝飯前に等しいのである。だがどれだけ広げようとも、彼女の心には満足や十分と言う思いは湧かなかった。勇者として人々のために戦い続けていた頃から変わらない、絶対に諦めないという心が、歪んだ形で転換されてしまった結果かもしれない。


「うーん……どれくらい広げようかしら?」


 しばらく悩んだ後、笑顔を見せた彼女は町の一角に自らのオーラを一気に放った。霧のように道や建物を包み込んだ漆黒のオーラは、まるでその一帯の周辺を無理やり押し広げるかのように範囲を広げ、そして元の数十倍もの大きさに膨れ上がったところで蒸発するように消えていった。

 そして漆黒の霧が晴れた後に見えてきたのは、近くに『レイン・ツリー』を生やしたレンガ造りの家が数十軒も数を増やし、新たに面積が広がった町を覆う光景であった。いや、そればかりではない――。


「おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」おーい♪」……


 ――建物と一緒に、レイン・シュドーも新たに創造されたのである。町の空間が日々歪み続けるのと同様に、レインが増え続けるのもまた彼女にとっては日常の一端に過ぎないのだ。

 

 何千人もの自分自身が建物のあらゆる場所を埋め尽くしていくのを満足そうに見ていたレインがそこに混ざろうとゆっくり降りた直後だった。元からいた彼女たちとは別の新たなレイン・シュドーが突然町の中に現れたのである。

 純白のビキニ衣装に包まれた健康的な肉体を艶かしく動かすその様子は、他のレインたちと何一つ変わらない、この世界で最も美しく一番平和に近いものだった。しかし何も連絡を入れずに突然現れた事についてレインたちは、新しく現れた自分に対して優しく注意した。いきなり現れると驚いてしまうので、事前に心の中に連絡を入れて欲しかった、と。


「ごめんごめん、本拠地から遊びに行きたいなーって思って♪」

「もう、レインったら♪」「『油断大敵』よー」「ねー♪」


 すぐに仲直りしたレインは、純白のビキニ衣装の自分自身が今回もたくさん増える事が出来た喜びに浸りながら、美しい声の渦を作りそこに自ら巻き込まれていった。たくさんの笑い声を一斉に出したり全く同じ言葉が延々と重なり合ったりする響きを耳に入れることも、レインにとっては日常であり、そして最高の贅沢の1つとなっていた。


 ただ、今回の話題は町が大きくなった喜び以上に、先程レインたちが述べた『油断大敵』という言葉に関連するものだった。彼女たちに様々な指示を与える魔王から、今までに増して各地の警戒を怠らないように、と言う忠告が毎日のように行われるようになったのである。普段から自分が増えるという喜びに溺れかけるレインに釘を刺すように厳しい言葉を投げつける魔王であったが、それを踏まえても最近の様子は明らかに違う、とレインたちは口々に述べたのである。

 とは言え、相変わらず魔王は何も詳細なことを言わず、ただ自分のいう事を聞け、と彼女に押し付けるだけと言う状態は変わっていなかった。かつて『勇者』として数多くの戦いに勝利を収めてきたレインが自分の感情だけに流されて魔王の指示を聞かないという事は決してしなかったが、それでもやはり魔王の指示に隠された意図は一体なんだろうか、と言うのはどうしても気になっていたのだ。


「人間たちの逆襲……?」「うーん、でも今の人間たちに出来るかな……」

「確か魔王は人間『以外』にもって言ってたわよね」「そうよね……」


 まるで独り言のようにたくさんの同じ声を紡ぎ続ける中、1人のレインがある考えに至ろうとしていた。もしかしたら、勇者だけしか戦力がいなかった人間側に、何か人間とは全く異なる大きな力を持つ存在が味方をしようとしているのではないか、と。そしてそれが、魔王にとっては非常に鬱陶しい何か厄介な力を秘めている可能性がある、だから自分たちにそれを排除させようとしているのかもしれない――『勇者』として必死に戦い続ける間に培った勘は、今もなお全く鈍っていなかった。


 そして、それを他のレインたちに告げ、どう思うかと疑問を投げかけた、その直後だった。

 


「……!!」


 もしレインの勘が少しでも鈍っていたりほんの僅かでも油断の心が宿っていたならば、凄まじい勢いで放たれた漆黒のオーラの球体を避けることはできなかっただろう。そして最悪の場合、目の前にあった建物の残骸のように粉々に砕かれていたかもしれない。

 だが、無事に命拾いをしたレインはあまりに唐突な事態に驚きの表情を隠せなかった。この町を含め、征服に成功し自らの領域に取り込んだ空間に入ることが出来るのは、自分自身と魔王、そして仮初の命を持った魔物しかいないはずである。それなら何故、彼女の背後に立っていたレイン・シュドーは、世界で最も美しく一番愛するべき存在であるはずの自分に向けて、攻撃用の魔術を唐突にぶっ放したのだろうか。


「……レイン……一体……!」


 無数の自分の声でざわめき始める中、攻撃を避けたレインはその理由を問いただそうとした。

 だが、相手から返ってきたのは――。



「正体を現しなさい、!!」 



 ――もう1人の自分からの、怒りの言葉だった……。

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