魔物軍師の火種
魔王を見限り、自らの正体を隠しながら人間たちに味方をしてくれる『ゴンノー』と名乗る魔物。だが、勇者たちの支持の元で軍師と言う肩書きを得ながらも、ゴンノーの成果は芳しく無く、勇者に指示をして向かわせた町や村の全てがその翌日から数日後には魔王の手に堕ちるという日々を繰り返していた。当然人間たちからの信頼は地に堕ちかけており、今や形だけ軍師として存在するに等しい有様であった。
だがそれでもゴンノーにはある秘策があった。魔王を倒すため、そして魔王と手を組んだというかつての女勇者レイン・シュドーを一網打尽にするための大掛かりな準備を、長い時間をかけながら続けていたのである。人智未踏、誰も訪れる事がない『世界の果て』の遥か地下深くの空間で。
そして、まさにいつでも作戦を実行できそうな段階にまで達した光景を、ゴンノーは2人の勇者に紹介したのである。
その様子を見せ付けられた2人――トーリス・キルメンとキリカ・シューダリアは、目の前に映った凄まじい光景が何を意味するのか理解するまでしばらく時間を費やさなければならなかった。彼らにとって、世界の果ての地下に広がっていた異様な空間は、それほどまでに衝撃的なものであったのだ。
そして、ようやく言葉を発する事ができたのは、冷静沈着なキリカであった。
「……ゴンノー、貴様、何故『軍師』と名乗った……?」
だが、彼女の言葉には、今までに無いほどの怒りが込められていた。
「貴様が行おうとしているのは、明らかに『軍師』がやる事ではない……これは……」
『え……ま、まぁ否定はしませんよ……』
その表情からも明らかに普段の冷静さが消えていたキリカに慌てながら、ゴンノーは早口で真実を暴露し始めた。
そもそも『軍師』を名乗ったのは、丁度下調べをしている際に世界で一番大きな『町』を守る自警団に軍師にあたる地位が空白となっており、そこに入り込めば人間たちも何の違和感も無く自分を迎え入れるだろう、と考えた魔物の策だったのである。しかも魔王による侵略が始まる前、信頼や実績が最高潮だった頃の勇者たちのお墨付きとなれば、普通の人間なら見捨てるような真似はしないと踏んだのだ。それまでの形だけでしか軍師として存在してこなかった態度は、ある意味非常に正しいものだった、と言う訳である。
だが、そのような衝撃の告白も、キリカたちにとってはさしたる問題ではなかった。彼女が怒りを露にしたのは、それとは全く別の場所にあったのだ。
何故このようなものを創り上げたのだと声を荒げながら魔物の襟元を掴み上げ、老婆に扮した顔を今にも殴りそうな体勢に入ったのは、ゴンノーの言葉を受けた直後であった。
『で、ですから世界に平和をもたらすため……』
「ふざけるな!こんなふざけた代物で、世界が平和になると思うのか!!」
『し、しかし失礼ですが貴方は……イタイイタイ、待って待って!!首引っ張らないで下さい!』
「あぁ、お前は失礼だゴンノー!!強さなど関係ない、このような『存在』を作った事自体が愚かだ!!」
キリカたちの周囲は、無数の半透明な楕円形の物体によって埋め尽くされていた。そしてその内部には、彼女が恐れ、忌み嫌う何かが大量に眠り続け、液体の中で静かに浮かんでいたのである。キリカにとっては、まさに悪夢のような、かつての自分の罪を思い起こさせるような光景であった。いくら切り札であっても、このような存在に魔王やレインが倒されるという光景は、彼女にとって絶対に想像したくないものだったのだ。
そして、怯える魔物軍師に対し、とうとう手を上げようとした瞬間、高く振り上げた彼女の右手はより強い力によってその動きを止められてしまった。すぐさま後ろを振り向いたキリカは、驚きの表情を隠せなかった。
こういった常識や経験が通用しない状況でいつも混乱し、大声で苛立ちや恐れを露にしていたはずのトーリス・キルメンが――。
「……落ち着きな、キリカ」
――動揺を見せるどころか、ここ最近全く見せることが無かった穏やかで自信に溢れた笑顔を見せていたのである。
唖然としたキリカが怒りを忘れて後ろへと退いた後、トーリスはゴンノーが立ち上がるのを優しく支え、そして周りに広がる異様な光景を褒め称えた。ここまで壮大な準備を行っていたのなら、今まで役に立てなかったのも仕方なかっただろう、と自分の非を詫びながら。
「素晴らしい、素晴らしいよ!これなら魔王なんてすぐに倒せる!そして僕たちも……!」
『ええ、トーリス殿たちも再び勇者として、活躍する日が戻ってきますよ。ですが、すぐに動かすのは難しいですねぇ』
「何故だい?」
『魔王たちの現状などの情報が不足しているのです。いくら強さがあっても、それを操る頭脳や経験がないと……』
つまりは、ゴンノーによる最後の仕上げとやらが完了するまで、この最強の戦力を実戦に投入する事は出来ない、と言う事である。
しかし、昨日まであれほど焦り、ゴンノーに対して暴言を吐きまくっていたトーリスは、掌を返したかのようにその準備を快く受け入れた。そして、魔王やレインを倒し、人々からの信頼を取り戻すことが出来るのならば、いくら時間がかかっても構わない、と言う態度を示した。それほどまでに彼は、長くかかった『準備』の成果を喜んでいたのだ。
そして、そのままトーリスとゴンノーが嬉しそうに会話を続けようとした時であった。
「……帰せ!今すぐ、私たちを帰せ!!」
広い空間の中に、焦燥したキリカの怒りの叫び声が響いた。残りの2人だけではなく、液体の中で眠っていたはずの無数の物体もそれに驚いたかのように動き始めた。それほどまでに、彼女はこの光景から逃がれたかったのである。
早く帰せ、帰してくれ、と喚く彼女を何とか宥めながらも、名残惜しそうな表情を見せながらトーリスはゴンノーに対してその願いを聞き入れるようにお願いした。ゴンノーにとっても、まだ準備が整っていない段階という事もあり、長居をするつもりはなかったのでそこまで気にしていないようであった。
そして、魔物軍師によって再び3人は白黒様々な模様が蠢く球体に囲まれ、遥か上にある荒野へ向けて昇り始めた。
後に残ったのは、出撃の時を待つ最強の戦力であった。
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今までの場合、現実を受け入れられずに喚くばかりだったのは、トーリス・キルメンであった。自分たちの地位や名誉が日を追うごとに魔王によって汚され、かつて見放したレイン・シュドーが復讐に訪れる事を考えると、とても冷静な状況を保つ事は出来なかったのだ。そして、彼を抑え、時に冷たく見放すのは、キリカ・シューダリアの役であった。普段から冷静沈着な彼女でもこの状況には苛立ちや焦りを感じていたが、それでも必死にその感情を抑え、出来る事を必死に行おうとしていたのである。
だが、魔物軍師ゴンノーに見せ付けられた『最強の戦力』によって、その関係は逆転してしまった。
「何故だ!何故だトーリス!あの状況を受け入れるなど馬鹿げている!!」
ゴンノーによって見せられた戦力をキリカは受け入れることが出来なかった一方、トーリスは感激の心で穏やかに受け入れていたのである。
彼の本心が理解できない彼女は、怒りを露にしながら彼を怒鳴り続けていた。それはまさに、彼女が心の中で嘲り続けていた昨日までのトーリスそのものであった。
「落ち着きなよキリカ。考えてみな、あの『戦力』を僕たちは好き勝手に出来るんだよ?」
「……だが、所詮は魔物の産物だ。いつかは裏切るだろうな」
「まあね。でも、逆にいつまでも裏切らないとも言える。そう考えるのは、僕ばかりじゃないと思うよ」
「……くっ!」
冷静さを欠いたキリカの発言は、どれだけ的を射抜くような言葉でもトーリスの胸に突き刺さる事は無かった。ずっと彼を嘲っていた彼女だが、そこから様々な事を反面教師として学ぶという発想は一切無く、その報いをたっぷりと受ける羽目になっていたのだ。しかし、それでもなお彼女ははあのような地獄の光景を理解し、受け入れることは出来なかった。今のままではあの戦力は多くの人たちに勇気や希望を与えてしまい、世界中に広がってしまうと恐れを抱いていたのである。
ただ、残念な事にトーリスはキリカではなく、多くの一般人と同じ考えであった。
「……ふん!」
説得に失敗した彼女に出来る事は、ふてくされながら乱暴に扉を閉め、部屋を後にすると言う勇者とは思えない行動だけだった。
「あ、キリカ様……」
「気分が悪い。寝る。今日は部屋から出ない。覚えておけ」
「……は、はい……」
冷静さとは無縁の言葉遣いに、外にいて事情を知らない兵士たちはただ驚くしかなかった。
そして長い廊下を歩く中、彼女の中に1つの決意が生まれ始めた。これ以上トーリスやゴンノー、そして愚かな一般市民と一緒にいては、自分たちは絶対に狂ってしまう。そうなる前に、『勇者』の名を捨てる必要がある、と。
そして、彼女は静かに嘲りの笑いを見せた。ずっと蔑んでいた女勇者レイン・シュドーと同じような運命を辿る事になるであろう、自分自身に対して……。
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