レイン、集中

 最近まで、世界の果てには広大な荒野が広がっていた。誰一人として人間の侵入を許さないかのように、生き物の気配は一切無く、ただ雲に包まれた空や肌寒い風が延々と包み込むだけの空間が、どこまでも続いていた。今でも、多くの人間たちはずっとその光景を信じ続けていた。

 だが、今の『世界の果て』は、かつての面影を一切残さないまでに姿を変えていた。


「うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」…


 大地は一面大量の家や並木に覆われ、空も灰色がかった暗い雲から、青い空と白い雲の美しい光景へと変貌していた。だが、普通の『町』とは全く異なり、立ち並ぶ何千何万、いや何億にもなるだろう家々はどれも寸分違わぬレンガ造り、並木の形も全く同じ、そして『町』を覆い尽くす住民もまた全て同じ姿形であった。

 純白のビキニ衣装に身を包み、背中に自慢の剣を背負ったかつての女勇者、レイン・シュドーが、無尽蔵に増え続ける自分たちと共にこの荒れ果てた荒野を魔術を使って改造し、住みよい場所に変えてしまったからである。


「レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」…


 屋根や庭先、空、道端――あらゆる場所から笑顔で現れ続けるレインたちは、この巨大な『町』を自分たちの標準にする事を決めていた。自分以外の多くの人間や動物、植物たちがすむ外の世界を、今後はこの『町』同様の広大な場所へと変えてしまおう、と考えていたのだ。何もかも全く同じ自分だけの世界こそが、永遠に平和が続く真の理想、汚れのない世界だと信じていたのである。

 とは言え、世界を埋め尽くすためにはまだ障壁も数多い。人間たちの中にはかつての彼女の仲間であり、排除すべき存在である『勇者』が今も生き残っており、今後どのような反撃をしてくるか分からない。かつて大事に思っていた仲間だったからこそ、レインはその恐ろしさを分かっていたのだ。

 そのため、彼女は油断をしないように毎日ある事を日課にしていた。


「あ、そろそろかな?」「そうねレイン」


 空に浮かぶ太陽の動きを見て、レインたちがその準備を始めたとき、突然空が無数の白と肌色で塗り潰された。雲ではない、この巨大な町にいるレインとは別のレイン・シュドーが、一斉に姿を現したのだ。


「ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」ただいまー♪」…


 彼女たちこそ、レインを日々生み出し続ける無数の『レイン・プラント』で覆い尽くされた「山」から、この荒野――彼女たちの真の故郷である場所――へと戻ってきた、数百万人のレイン・シュドーなのである。


「おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」おかえり♪」…


 地上で待つレインたちと互いに抱きしめ合ったり髪を撫でたり、思い思いのスタイルでレインたちは自分たちとの再会を喜び、『レイン・プラント』に実った果実から生まれた新たな自分の誕生を祝福した。しかしそれもたけなわ、すぐに彼女たちは一斉に空へと舞い上がり、この巨大な町――いや、町を模倣したような場所の中央に顔を向けた。そこには、大量の建物に囲まれる中で非常に目立つ巨大な穴があった。


「……よし、じゃあ行こうか、レイン♪」

「うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」うん!」…


 いってらっしゃい、と見送る大量の自分たちを背に、レイン・シュドーは一斉にその穴へと向かっていった。まるで大量の渡り鳥の群れが巣が待つ場所へ群がるかのように、穴の周りは数百万人のレインの大群で埋め尽くされ、そしてその内部へと導かれるように彼女たちは姿を消した。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「……よし!」「着いたわね、レイン」「うんうん」「今日も張り切って」「いきますか!」


 互いに気合を入れあうレインたちの目の前に広がっていたのは、果てしなく続く巨大な白い大地と、『偽り』の青空を輝かせる天井だった。


 もしこの巨大な大地をずっと進んでいけば、そこにはレインの背丈の何倍もある巨大な壁と、この大地を囲むように広がる無数の客席が見えるだろう。彼女たちにとって、ここは非常に重要かつ思い出深い場所だった。魔王からの指示の元で、レイン・シュドーは毎日この『闘技場』で戦い、汗を流し、はやる気持ちを抑えながら着実に自身の戦いの腕を磨き上げてきたのである。

 そしてそれは、地上に住む人間の世界を本格的に呑みこみ始めてからも同じであった。例え勇者を倒し、地上の人間たちを全て『レイン・シュドー』に変えたとしても、彼女たちを率いる『魔王』を倒さない限り、彼女の真の目標を果たす事はできない。しかし、どれだけ世界を埋め尽くしても、今の彼女の力では魔王の持つ無尽蔵の力には敵わないのだ。戦わずとも、その実力差を何度も思い知らされ続けてきたレインたちは、引き続きこの闘技場での鍛錬を続けているのである。


「……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」……」…


 普段なら叫び声や掛け声をあげながら周りの自分と一戦を交わせている彼女だが、今日の鍛錬は異なるものであった。地平線すら見えるほどに巨大化した闘技場を覆い尽くすレイン・シュドーは、皆剣を構えたまま目を瞑り、じっと立ち続けていた。勿論居眠りをしているわけではなく、全員とも別の「自分」が動く瞬間――隙を見せる瞬間をじっと待っていたのである。そこはまるで、純白のビキニ衣装の美女がずらりと並ぶ博覧会のようであった。


 外見も声も、胸の大きさもビキニの純白さも同じレイン・シュドーは思考判断もまた同じ、隙が生まれてしまうタイミング、そしてそれをカバーする集中力も全く同じである。だが、現段階ではそれは自らの魔術を用いて記憶を統合する事によって起こり得ることであり、この場所に集まったレイン・シュドーの中には、全く別の場所で生まれ全く別の経験をしてきたために記憶は同じでも思考判断に差が生まれてしまう彼女が混ざっているのである。

 普段なら彼女にとって少々気になるところだが、このような鍛錬のときは別。自分と僅かでも異なる『別の自分』を相手にすると言う絶好の相手を手に入れたからである。


 集中力を切らさないよう、レインは目を瞑りながら必死に周りの自分たちへ神経を尖らせ続けた。

 じっとじっと待ち続け、一粒の汗が全てのレインの額から流れ落ち、音を響かせながら闘技場の地面に当たった、次の瞬間。


「はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」はぁっ!!」…


 地下に広がる闘技場の中に、数百万人のレイン・シュドーの声と、数百万もの金属音が響き渡った。どのレインも、純白のビキニ衣装やそこから大胆に露出する健康的な肌に一切傷を負う事無く、全員とも傍にいる自分自身の剣を自らの剣で防ぐ事に成功したのである。最強の剣と最強の剣が拮抗しあったのだ。

 そのままじっと向かい合った後、レインたちは一斉に安堵の顔を見せた。かなり長い時間集中力を切らさずにいたため、肉体以上に精神面での疲労が大きかったのだ。


「ふう……」「お疲れ様、レイン」「本当にお疲れ様ね……」「なかなか堪えるよね……」


 しかし、集中力を高めるにはかなり効果があるかもしれない、とレインは口々に言った。魔王から受けた指示により、今の彼女は重点的に精神面を鍛え続けていたのである。額や体からは緊張が解かれたかのように汗が流れ、純白のビキニ衣装の一部を透かしていたが、彼女たちにとってその汗は実りのあるものだったようだ。


 とは言え、この一度だけで終わってしまっては効果が無い。それに、相手が自分――レイン・シュドーだけと言う訳にもいかない。少し休んだ後、次の鍛錬では自らの手で『魔物』を創造し、それを相手に集中力を鍛えてみよう、とレインたちは決めていた。自分自身の攻撃に合わせて攻撃を喰らわせる、かつて勇者だった頃の彼女でも一時は苦戦を強いられた敵であるが、魔王の協力者となった今となってはこれらの魔物も単なる鍛錬用の『生きた道具』そのものであった。勿論そのまま道具にするわけではなく、鍛錬が終わった後はその魔物を無駄にさせないつもりである。


 そして、レインたちは再び一斉に動き出した。手を目の前にかざした瞬間、闘技場の地面に敷き詰めてあった砂がレインの背丈まで至るほどの巨大な柱に変貌した。


「「「「……よし!!」」」」


 やがてその柱は細かく形を変えてゆき、やがて人間のような、それも巨乳の美女の姿に変貌した。そしてレインたちが一斉にその砂の美人像に触れた瞬間、美人像の細部が仕上がり、目の前にいる純白のビキニ衣装の元女勇者、レイン・シュドーと瓜二つの姿になったのである。


「「「「……ふふ♪」」」」


 目の前にいるのは自分ではない『魔物』だが、やはりレインにとっては自分に似せた存在の方が好みなのかもしれない。それに、鍛錬終了後はこの砂のレイン・シュドーを『魔物』から『本物』へと変えるつもりである。


 今のレインにとって、何よりも最優先なのは自分自身であった。自分自身を強くし、自分自身を増やし、そして自分自身で世界を埋め尽くす、と言う……。

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