男勇者と報告

 魔王を黒幕とする『魔物』の侵略が始まるまで、この世界には人間同士の小競り合いが絶えなかった。

 それぞれの地域に住む人々は、自分たちの手で「村」や「町」と呼ぶ集まりを作り、様々な暮らしを築き上げてきたからである。

 交易や旅行など、比較的緩い繋がりが上手く保たれていた地域もあるにはあった。だが、それらが盛んになっていくにつれ、それまで意識する事の無かった相手の「村」や「町」の悪い面、劣っている面、さらには貶したくてたまらなくなる面などが浮き彫りになり始めてしまった。ある所では村人が互いに助け合って土地を管理し、またある所では商業で成功を収めた者が『貴族』と言う形で村や町の実権を握り、またある所ではいくつかの村や町の貴族たちが集まって会議を開き、そのまとめ役に『議長』を設ける例も現れ始めた。


 だが、人々はそれらの個性を尊重せず、欠点ばかり見る動きを高まってしまったのである。


 その結果、各地で様々な争いが勃発し始めた。喧嘩や殴り合い、石のぶつけ合いから始まり、時には町や村が総出で戦いの準備をする事態もおき始めた。挙句の果てに、外部からの攻撃を防ぐと言う名目で巨大な城壁を作る所まで現れてしまったのである。


 このままでは世界は大変な事になる。多くの人々が抱いたその危機は、予想外の形で現れた。人々が住むあらゆる場所を、無差別的に『魔物』が襲い始めたのだ。

 やがて、世界は一様に恐怖のどん底に突き落とされた。レイン・シュドー率いる5人の『勇者』が立ち上がる、その日まで――。


~~~~~~~~~~


「何、それは本当か!?」

「マジかよ!」

「信じられん……」


 ――その時と全く同じ、いやそれ以上の恐怖が、人々の中に共通して伝わった。彼らのどよめきを、中央に立つ2人の人物はただ黙って見つめるしかなかった。


 ここは、『城』と呼ばれる建物の中にある会議場。世界各地の「村」や「町」、その集合体である「国」の中でも最大規模を誇る城壁都市に建てられた、世界一大きな建物の一室である。緊急の報告がある、と言う通達を受けてこの場にあつまった世界各地の貴族や村、町の代表たちの耳に飛び込んできたのは、信じがたい情報だった。勇者たちによって滅ぼされたはずの『魔物』が復活したという内容が、よりにもよってその勇者本人の口からもたらされたのである。


「ええ、私たちの部下から報告がありました」

「『魔物』の襲撃があり、多数の死者が出た、と」 


 不安と恐怖、そして怒りに満ちた無数の視線に晒されながら、冷静な顔で報告を続けるのは、世界を救った英雄であるはずの2人の勇者であった。背中に大きな剣を背負った金髪の男性――『技の勇者』トーリス・キルメンと、長い茶色の髪に魔術師のローブを着込んだ女性――『魔術の勇者』キリカ・シューダリアである。


 トーリスとキリカ、『力の勇者』フレム、『浄化の勇者』ライラ、そして勇者のリーダー格である『剣の勇者』レイン・シュドー。この5人によって結成された『勇者』と呼ばれる集まりによって、世界中の人々に大きな希望と勇気が与えられた。何も対処法が無く、ただ恐怖に怯えるしかなかった村や町、そして国の住民たちは、勇者が魔物を次々と蹴散らし、倒していくその姿を見て、自分たちにも出来る事がある、と考えるようになったのである。

 その集大成が、この巨大な城であった。全く違う個性を持ちながらも互いに協力し合う勇者たちと同じように、自分たちもいがみ合うのを止め、平和に話し合って揉め事を解決する事が出来る共同体をつくろうではないか、と言う動きが現れ始めたのである。そして、レインやライラなど大きな犠牲を払いながらも世界に平和を取り戻させた勇者の功績を称え、彼らの意志を受け継ぐべく、世界中の町や村の中で最も大きな規模を持つこの城壁都市に、世界の中心となりうる巨大な建物を建てたのである。

 


 世界平和の象徴が無事に完成し、何もかもが上手く行くと思われた矢先に入った魔物復活の一方は、まさに寝耳に水だった。


「ま、魔物はお前らが倒したんじゃなかったのか!」

「わしらを危険に晒す気か!」

「恥を知りなさい、恥を!」


 世界各地の代表は、次々と2人の勇者に罵声を浴びせた。せっかく平和が戻ったというのに、またあの地獄のような日々を味わう事になるのか、これから自分たちは一体どうすれば良いのか、不安の心が怒りとなり、次々に勇者に矛先を向けたのである。しかし、彼らが罵詈雑言を並べてもなお2人の勇者は冷静な表情を変えなかった。



「部下の生き残りの報告によると――」

「――現れた魔物は、かつて私たちが倒したものと同一だという事です」



 すなわち、かつて倒し損ねた魔物の残党が動き出したと言う訳だ、と『魔術の勇者』であるキリカは説明した。魔王の元で無尽蔵に生まれ続けた以上、中には魔王の制御を外れて勝手に動き回るものもいるはずだ、と。そして、改めて二人は、そのような『取りこぼし』を創り出してしまった無礼を、国々の代表たちに謝罪した。

 彼らの説明に一応納得してくれた者もいたが、逆にそれが火に油を注ぐ結果になってしまった者もいた。禿げた頭を持つ中年の貴族が、顔を真っ赤にしながら、ふざけるな、いい加減にしろ、とさらに罵声を2人に浴びせたのである。だが、それも無理は無かった。彼の大の親友が治めていた世界の果てに一番近い『村』が、ずっと前から謎の闇に呑みこまれ、連絡どころか行き来すら不可能になっていたからである。しかも親友も含めて、その村の住民全ての安否までもが分からなくなっていたのだ。


「あれもどうせ魔物の仕業なんだろ!俺にはわかってるぞ!

 お前らのせいだ!お前らが……お前らが……うわあああああああああ!」


 ついに男は、顔を真っ赤にしながら大粒の涙を流し始めてしまった。大事な友を失った彼を、勇者も含めて誰も責める事はできなかった。そして、彼がようやく落ち着きを取り戻し始めた時、巨大な会議場の一角で、静かに椅子から立ち上がる女性がいた。全員が一斉にその方向を向いたのは、彼女こそがこの巨大な城の持ち主、城塞都市を治める者、そして世界各地の代表を纏めるリーダーである『女性議長』だからである。

 ここで勇者を責めたくなる気持ちは自分も同じ、だがここで彼らを責めても何も解決しない。報告があった以上、即急に即急に魔物対策を取る必要がある、と告げた後、彼女は勇者たちのほうをじっと見据え、厳しい表情で言った。


「分かっているだろうが、お前たち2人はここにいる皆の英雄だ。

 この都市をはじめ、各地の町や村の兵士たちの頂点に、お前たちは立っている。知っているな?」


「はっ……」

「承知の上です……」


 彼らをどう使っても良い。一刻も早く、魔物を全て討伐するように。これは依頼ではなく、世界中の人々からの願い、そして命令である。


 議長を含んだ各地の国の代表からの厳しく冷たい視線を受けながら、2人の勇者は静かに頭を下げた。


 そして、静かに2人の勇者がこの場を去ろうとした時であった。世界各地の代表の1人――勘の鋭さで利益を上げ、とある町を大きく発展させた商人――が、ある事に気づいた。魔王との戦いの結果、2人の勇者が敢え無く犠牲になってしまったため、現在残る勇者は3人いる。今回その場に呼んだのはトーリス、キリカ、そしてフレムと言う生き残りの全員のはずである。

 フレムは何故この場に来なかったのか。商人は彼らに尋ねた。


「フレム……はい、彼は今、我々とは別行動を取っています」

「いち早く『魔物』の動きに気づき、私たちに報告をしてくれたのは彼ですので」



 2人の言葉を聞き、世界各地の代表から安堵の声が漏れ始めた。勇者はただ単にここに報告に来るだけではなかった、事前に対策を取り始めていたのだ、と。彼らが動き始めたのなら安心、剥げ頭の貴族の親友の仇は、きっと彼らが取ってくれるだろう。


 そして、会議場に集まった面々は、恐るべき『魔物』の対応を再び勇者たちに託すことにした。彼らが世界に平和をもたらしてくれると言う、堕落とセットになった他人任せの希望を心に抱きながら……。

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