力の勇者の傲慢
長い戦いを終え、人々から祝福された者たちは、その後様々な道を辿る。
ある者は、そのまま幸せに、しかし応援してくれた人々への感謝を忘れない平和な日々を送る。
ある者は、人々の感謝を心の中に受け取りながらも、更なる高みへ向けての努力を続ける。
またある者は、祝福されながらもその気持ちだけを受け取り、人々の前から姿を消し、孤独にいき続ける。
様々な生き方があるが、全てに共通するのはいくら自分が英雄だと言われても、目の前にいる人々もまた自分と同じような存在だと認識し、彼らにしっかり敬意を払うと言う勇者の心を持つ事である。だが、中には、自分が感謝されるのは当然だと錯覚し、それを直さないままでいると、『勇者』とは程遠い存在に成り下がると言う場合もある。
例えばこの男――かつて自らの筋肉を武器に魔物を倒し、人々から感謝され続けた勇者『フレム・ダンガク』のように。
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「はぁ?村が『魔物』に乗っ取られた?」
近くにある工業の町から少し離れたところにある巨大な豪邸に、一通の手紙が届いた。そこには、手紙を読んでいた存在やその仲間たちがかつて倒したはずの『魔物』と思われる存在が、最果ての地にある村を乗っ取り、外部からの進入ができなくなった、と記されていたのである。
じっくりと、その男は手紙の中身を読んでいた。気をつけたほうがよい、もしかしたら「例の過去」が暴かれる可能性もある。かつての仲間からの伝言と言う事もあり、彼は真剣になって読み直していた。
その様子を、1人のメイドが心配そうに見つめていた。
勇者である彼からのメイド募集に応え、かつて自分の村を救ってくれた存在に憧れてこの豪邸で働くようになった彼女。しかし、勇者ゆえの余裕なのか、いつも『ご主人様』は午前中はぐっすりと寝て、午後になって起きては筋トレをしたりだらだらとした時間を過ごしてばかりであった。確かに、彼の豪腕に殴られた魔物は一撃でノックダウンし、元の姿である藁の塊に戻ったのを、彼女は怯えながらもしっかりとこの目で見た。彼には計りきれないほどの恩がある。
だが、それでもここ最近は鍛錬すらせず、怠けてばかりの状態となっている事に対しては、いくらかつての勇者でも心配が止まなかったのである。
すると、突然――。
「……は、ははははは!!」
「ど、どうしたのですか?何かあったのですか!?」
――いきなり笑い出した男にメイドは驚き、不安そうに声をかけた。
「いやぁ悪い悪い、ちょっと手紙の事でな。なぁに、いつも怖がってばかりの友人からの手紙さ」
「で、でも、その中身って、私たちには内緒ですよね……」
この手紙は少し前に速達としてこの豪邸に届いたものであった。胸が大きめの女性の配達員によって届けられた手紙には、この巨大な佇まいの主――この世界に平和をもたらした礼として、様々な町や村を束ねる王たちによって建設された豪邸に住む、かつての勇者――のみ閲覧を許されるものだったのだ。その内容をこんな所でばらしても大丈夫なのか、とメイドが不安になるのも当然だろう。
だが、かつての勇者は余裕そうな笑みを見せた。すぐに収まる事だろう、俺の『友人』ならどうにかしてくれる、と。その言葉の中に、自分からいちいち手を出すのは面倒くさい、何もかも相手に任せればぐうたら出来るだろう、と言う邪な考えが宿っていた事に気づかなかったメイドは、安心した表情を見せてしまった。何せ彼は、自分たちの救世主だからだ。
「ま、心配するな。いつもの通りにすれば、どうにかなるさ」
「そうですよね……了解しました、ダンガク様!」
そして、応接間を出た彼は、昼寝の続きをするべく自分の寝室へと戻っていった。
おやつは既に用意してあります、と告げて礼をしたメイドの胸元が、大きく揺れ動いた。目の前にいる男を喜ばせるかのように。
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この豪邸に住むかつての勇者――力の勇者『フレム・ダンガク』――は、この世の全てを自分の掌に収めたかのような生活を続けていた。毎日夜遅くまで起きてはお昼過ぎまで眠り、思う存分美味しい料理を腹いっぱい食べ、そして好き勝手に遊び暮らす――そのような日々を過ごしていたのだ。世界を救った自分が毎日そんな生活をして、贅沢三昧し続けるのは当たり前の事であり、当然の権利だ。自らの成功に奢り高ぶっていた彼は、自分の中にあった筋肉が贅肉に変わり始めている事にすら気づいていないほどに衰えていたのである。
だが、それでも彼の欲望は尽きる事なく現れ続けていた。しかも、非常に下劣、そして破廉恥な形となって。
「えー!?それほんと!?」
「大丈夫なの、それって!?」
豪邸にある広い部屋に、何百人もの女性が集まっていた。全員ともお揃いの服を着込み、ここの屋敷の主の世話をし続けているメイドたちである。だがその衣装は、普通のメイドが着る衣装とは少し違うものであった。白いエプロンと白いカチューシャ、そして黒系の服――ここまでは普通であったが、問題はその服そのものであった。袖はメイドたちの健康的な腕を存分に見せつけるように短く、胸元が見えるように首周りは大きく切り取られ、スカートに至ってはほんの少し屈んだだけでその中身が見えるほど短かったのだ。
これらの衣装は全て、フレムが希望したものであった。彼の飽くなき『欲望』が、形を成して現れたのだ。
「まぁ、でもご主人様の言う事だから、きっと大丈夫だよ?」
「そうかな……」
「ダンガク様だもん、平気だよ」
「……そうだよね、『勇者』だもんね」
先程のメイドに対し、フレム・ダンガクはあの手紙の内容を伝えてもよいと許可を出した。隠し事をするよりは、他の面子に連絡した方がすっきりするだろう、という判断だ、と彼は言ったのだが、伝えられたメイドはそんな彼に対して不安な心を抱き続けていた。。
それは、彼なら大丈夫だと励ました他のメイドたちも同様であった。エプロンと共に大きな胸を揺らし、スカートからむっちりとした太股を覗かせながら、メイドたちは次第に最近のご主人様の怠けぶりを語り始めた。そして――。
「最近、ダンガク様は筋トレをさぼってるらしいじゃない?」
「大丈夫なのかな……もし大変な事が起きたら……」
「と言うか、だいたいこんな衣装、いつまで着るんだろ……」
――自分のスタイルを見せびらかす事ができる良い格好だ、と言うメイドもいたが、やはり未だに気が乗らないメイドもいた。そして何故かそういうメイドに限って、フレム・ダンガクは食べ物など色々なものを持ってこさせるという仕事を託す事が多かった。彼を嫌うという感情はないが、このような格好を自分たちに着用させるというスケベな所は何とかならないものか、と言う考えのメイドも少なからず存在したのである。
とは言え、彼女たちがこの仕事が嫌い、と言うわけではなかった。全員とも、彼があの勇者の一員であり、この世界を救った救世主であるという事は、魔物から助けられたという過去から嫌でも認識していた。だからこそ、いくら破廉恥な姿にされても、と言う仕事を続けていられるのかもしれない――。
「ま、でもダンガク様は優しいからねー」
「うんうん、お金もたっぷりくれるし、色々と世話もしてくれるから」
「そうだよねー♪」
――彼女たちが、より露出度の高い衣装を身につける、と言う夜を毎日過ごし続けていても。
現在メイドたちがいる部屋は、夕食時にフレム・ダンガクと過ごす衣装に着替えるための更衣室である。桃色や水色、黄色などのセクシーだが比較的おとなしい下着から、様々な宝石や貴重な羽をふんだんに使った豪華なビキニ衣装へと着替えるため、彼女たちはここに集まったのだ。どれも非常に煌びやかで、同じ輝きを持つものはどれ一つとして無かった。派手な装飾が散りばめられている大胆な衣装をつけた彼女たちを、まさに夜を華々しく彩る星のようだ、といつも『勇者』は褒め称えていた。
「いいなー、こんど私にそれ着させてー」
「えー、ずるい!私よ私!」
「何よ、今度はあたしに決まってるじゃないのよ!」
「まぁまぁ……」
たまにその煌びやかな衣装を巡って争いも起きてしまうが、それでも彼女たちはこのビキニを着て、勇者の世話をする事に満足していた。憧れの存在と一緒になれることもあるが、ビキニを彩る宝石や羽と同じだけの報酬を手に入れることが出来るからだ。正直なところ、その報酬目当てにこの勇者に仕えるメイドになる女性も多かった。
そして、全員派手で豪華なビキニに着替えたとき、メイドの1人がある疑問を投げかけた。
基本的に、黒でも青でも縞模様でも、裸エプロンにカチューシャと言う原則さえ守れば、フレム・ダンガクは下着を自由に着てよいという命令を出している。だが、たった1つ、純白の下着だけは絶対に身に着けてはいけない、と告げていた。もしそのような下着を身に着けていたものがいれば、すぐさま首にし、これまでの報酬も全て没収するとまで言われていたのである。
一体、どういうことなのだろうか。その疑問に、隣にいた別のメイドが応えた。きっと、失った仲間の事を考えているのだろう、と。
「そうか……『あの人』も、今の私たちのように……」
「白いビキニ衣装1枚だけしか着てないのに、体にも服にも全く傷が無かったんだよね、『あの人』」
「それだけ強かったんだ……」
「信頼されていたのね……」
そして、何百人ものメイドたちが、改めてフレム・ダンガクの「優しさ」に感服した、その時だった。
「……あれ、なんかいい匂いしない?」
「え、誰か新しい香水使った?……でもいい匂いだなー」
「ほんとだ……なんか凄い気持ちよくなってきちゃった」
「あぁ……なんだかお花の香りみたいだ……」
突然、更衣室を不思議な香りが包み始めたのだ。
誰かの新しい香水か、もしくは誰かの花だろう、と全員一切怪しい気持ちは起きなかった。あっという間に、数百人の派手なビキニ衣装のメイドたちは匂いを堪能していたのである。やがて、彼女たちはその心地よさに包み込まれるように、1人、また1人と壁にもたれかかったり、近くの椅子に座り込んだりした。気合を入れなければいけないが、それ以上にこの匂いにもっと包まれていたい、全てを託したい、そのような欲望が体の中から溢れてきていたのである。
やがて、着替え部屋が白い霧に包まれていく事を知らないまま、豪邸で働く全てのメイドは心地よい香りに包まれながら、更衣室の中で眠りに就いた。
そして数分後、『香り』と共に白い霧が消え去った時――。
「……うふふ♪」」」」」」」」」」」」」」」
――メイドであった者たちは、全員とも全く違う姿に変わっていた。
フレム・ダンガクが固く禁じていた、純白のビキニ衣装のみを身にまとった、同じ姿形の女性に……。
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