男勇者と盗賊団

 レインたちの本拠地である世界の果ての荒野や、盗賊段の男たちの根城だった深い森から遠く離れた場所に、この世界で最も大きな『国』がある。大きな城壁を隔てても見える巨大な議事堂を中心に広がる広大な町並みは、各地の『国』――『村』や『町』とも言われるたくさんの場所を束ねる、世界の中心だ。


 その郊外にある大きな石造りの屋敷に、緊急の一報が届いた。



「……襲撃?」



 一体どういう事なんだ、と首をかしげる金髪の美男子は、『魔物』を打ち倒し見事に帰還を果たしたと言う『技の勇者』ことトーリス・キルメンであった。この大きな屋敷は、彼の功績を称えて各地の『国』が協力して造った、平和の象徴でもある。だが、その平和が破られてしまった事を、ボロボロの服とズタズタの体のままで、1人の屈強な男は必死に訴えた。外見とは裏腹に、その声は途轍もない疲れと恐怖に満ち溢れていた。



「や……奴だ……奴は生きてたんだよ!」


 かつてトーリスたちの依頼で、この男たち――『盗賊団』の面々は、5人いた勇者のうち2人の命を奪ったはずであった。だが、実際彼らが手を掛けたのは『浄化の勇者』ライラ・ハリーナのみであり、勇者のかつてのリーダー格であり、彼らが最も憎んでいた『剣の勇者』レイン・シュドーは、幾ら探しても行方が分からず、最終的に捜索を打ち切り、霧の山の中で命を落としたか、山の向こうで待ち構えていた魔王と相討ちになったかどちらかであろう、と報告をした――本当は捜索が面倒になり、上手く勇者たちを誤魔化したのだが。


 しかし、きっと死んだであろう、と言う彼らの淡い期待は、数日前に打ち砕かれた。

 

 レイン・シュドーは生きていたのだ。それも何百何千と大量に増殖して。



「……本当に、『あの』レイン・シュドーか?」


「あ、当たり前だ!あんな真っ白のビキニなんて、絶対にレインしか着ないぞ!」


  魔物の横暴を打ち砕く『剣の勇者』レイン・シュドーの存在を最も印象付けていたのは、眩いほどの純白で彩られたビキニ衣装であった。柔らかく大きな胸と魅惑の腰周りのみを包み、全身の健康的な肌の色を露にするその格好は間違いなく防御には向かず、実践では一切役に立たないとまでされているものであった。だが、彼女にはそれだけの衣装で十分だった。『剣の勇者』と言う二つ名が示すとおり、外敵を退ける武器も身を守る防具も背中に背負った剣1つで十分、どんな『魔物』相手でも一切体に傷を負わず、ビキニ衣装も全く破れることなく、各地で勝利を収めてきたのである。

 だからこそ、あの時盗賊団の住んでいた豪邸を襲った存在を見て、男たちは震え上がった。何度も彼らを苦しめてきた大胆かつ破廉恥な衣装が、彼らの脳裏にしっかり刻み込まれていたからである。だがそれ以上に彼らを震え上がらせたのは、突然現れた何百、何千ものレインが、盗賊団の下品な男たちが今まで見たことも無い奇妙な技を使いこなしていたからかもしれない。『魔術』のような、そうでないような――。



「……間違いねえ!あんなにうじゃうじゃ増えたのも、あの変な魔術っぽいやつのせいだ!」


「魔術……か」



 ――あんなに全身が震え上がったのは初めてだ、しかも生き残りは自分ひとりだけ。何とか手を打って、あの『レイン』のような何かをやっつけて欲しい。かつては敵対し、現在は微妙な協力関係を築いている盗賊団の者の男は、必死に勇者へ懇願した。あのような怖い思いは懲り懲り、と言う心と共に。



 だが、『技の勇者』から返って来た言葉は、あまりにも冷酷で、信じがたいものだった。



「……お、おい……どういう意味だよ……」

「どうもこうもないよ、君はもう『クビ』。この平和な世界には要らないんだ」


「……なんだよそれ……!」


 ふざけるな、と怒りの声を発しながら、盗賊団の最後の生き残りはトーリスに飛びかかろうとした。だがその直後、彼の体は猛烈な痛みに包まれ、そのまま苦しむ声を上げながら床に倒れこんだ。金髪をたなびかせながら黒い笑みを見せるトーリスの右手には、いつの間にか短剣が握られていた。


「……あの時僕たちが言ったこと、もう一度言うよ?『レイン・シュドー』と『ライラ・ハリーナ』、2人をこの世界から消し去って欲しい」

「そうだ……た、確かにお前たちは……そう言った……」


「だけど、君の報告が正しければレインは生きていた。つまり君たち盗賊団は約束を破ったわけだ」


 その言葉に、痛みをこらえながら男は必死に反論した。あのレインは本物ではなくきっと『魔物』の仕業だろう、と。きっとレインは魔王を倒しておらず、敗れたレインの姿や能力を魔王は魔物に映して偽者を作り、自分たちを襲って来たのだ、そう訴えたのだ。確かにその理論なら、彼が説明する『何百、何千ものレイン・シュドー』と言う非現実的な光景が説明できるだろう。

 だが、この時彼はとんでもない事を口走っていた事に何一つ気がつかなかった。笑みを無くしたトーリス・キルメンは、静かな口調で言った。


「……もし君がレインを消していなかったなら、あそこにいたのは本物のレインだろう。でも、もし殺していたとしたら?」



 彼女を殺したのは、『魔王』であるのは間違いない。レインは魔王に敗れたのだ、と。



「君たち盗賊団には失望したよ。僕は『盗賊団』にレインを始末して欲しいといったのに……」

「そ、そんな事言われても……!」


「会ってなくても分かるだろう?『魔王』の力がどれほど凄まじいか、僕たち勇者にどれほど恨みがあるか……」




 自分たちを襲ったのは、魔物どころか『魔王』そのものかもしれない。その言葉と共に、屈強な男の体は一気に青ざめ、恐怖に震え始め、しまいには涙を流し泣き始めてしまった。トーリスはそんな彼を見下ろしながら、この屋敷で自分の補佐を勤める部下に命令し、泣きじゃくる盗賊団の男を地下の牢獄に閉じ込め、治療も食事も一切与えず、永久に外に出さないように告げた。

 『レイン・シュドー』、もしくは『魔王』。トーリス・キルメンにとって最も恐れていた存在が生きていた、と言う事実を抹消するかのように。



「……そんな、そんな……そんな馬鹿な!!馬鹿だ!!いーや馬鹿だ!!!」



 誰もいなくなった部屋で、トーリス・キルメンは心の中に溜めに溜めた恐怖を露にした。顔を青くしながら喚くその光景からは、先程までの様子とは全く違っていた。

 これが彼の本性だった。トーリスは昔から自分の本心を他人に隠し通す――悪く言えば『嘘をつく』のが得意だったのだ。だからこそ、レイン・シュドーに反抗し、彼女やライラを見放す時も本当の心――彼女についていくと面倒、厄介、鬱陶しいという自分勝手な反抗心――を一切隠し、レインが全て悪いと言う自責の念を植えつける事に成功したのである。そして思惑は成功し、自責の念に囚われたであろうレインやライラは行方を晦ました。鬱陶しい存在がいないまま、トーリスと仲間の勇者2人は名誉と報酬を手にする事ができたのである。


 だが、もしレインが生きていたとしたら?もしレインが、自分の『嘘』に気づいていたとしたら、どうなるだろうか?



「落ち着け……落ち着くんだ『技の勇者』……僕は勇者だ……勇者なんだ……」



 トーリスは必死に自分の中の恐怖心を押さえ込んだ。冷静に考えなければ、間違いなく自分は復讐に燃えるレイン・シュドーに殺されるであろう――いや、もしレインでなくとも、『勇者』に対して復讐に燃えている『魔王』によって殺されるだろう。彼らや魔物にとって最大の武器である浄化の魔術を操る存在、ライラ・ハリーナは、もうこの世には存在しないのだ。

 とにかく早めに手を打たないと、自分たち勇者の立場が危うくなる。自分たちが世界を騙していた事が公になったら、命を失うだけでは済まないだろう、そう彼は考えた――この世界の人々に危機が迫っていると言う事は、一切考えないまま。



 そして、ようやく『勇者』の顔に戻ったトーリスは、部屋に部下を呼び、こう告げた。他の2人の勇者宛に重要な機密書類を渡す必要がある、自分が書き終わり次第、急いでそれを届けて欲しい、と。

 勿論、部下の前では先程の震えや涙、青ざめは一切見せなかった。彼は世界を救った『技の勇者』、トーリス・キルメンなのだ。



 だが、彼は全く気づいていなかった。いや、気づく事すら出来なかっただろう――。



~~~~~~~~~~



 ――石造りの屋敷から遠く離れた暗い森の中で、トーリス・キルメンの醜態が5000人のレイン・シュドーによって逐一監視されていた事に。



「あはははは!」「もう最高!!」「いい気味だよね!」「あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」……


 純白のビキニ姿の女剣士――かつて『剣の勇者』と呼ばれていた者が5000人で見つめていたのは、魔王が空中に浮かび上がらせた『水面』の様子だった。黒いオーラの力で生み出した巨大な画面には、遠く離れた秘密の場所でも何でも映し出す事が出来るのである。

 自分自身が生きている、と言う恐怖に震えるかつての仲間を見て、レインは大笑いしていた。この世界を汚し続ける『悪』が絶望すると言う光景がとても嬉しい、と言う歪んだ正義の誇りも大きかったが、一番の要因は自分たちが行った『侵略』、そして『征服』の成功が、予想以上に大きな影響をもたらした事かもしれない。



 あの男が牢獄に閉じ込められ、そのまま命を落とせば、この世界から盗賊団は一人残らず姿を消す。この巨大な屋敷を埋め尽くしていた屈強で下品な男たちは、一人残らず純白のビキニ衣装の女剣士『レイン・シュドー』に変えられてしまっているからだ。そのセクシーで大胆な体は勿論、記憶も考え方も、剣術や魔術の腕前も、あらゆるものが全て同一に揃えられ、彼女が目指す真の世界平和の第一歩を刻む存在になっていたのである。


 作戦を無事成功させ、憎きトーリス・キルメンの醜態もたっぷり眺める事ができたレインの心はとても晴れやかだった。



「気が済んだか?」


 そんな5000人のレインに向けて、『魔王』が声をかけた。もうじき人間たちがこの場所に捜索にやってくる、面倒ごとにならないように一旦引き上げる事にしたのだ。了解、と明るい返事をしたレイン・シュドーの大群に魔王は油断をするな、と釘を刺した。今後人間たちがどのような動きをするかは未知数、様々な状況に対応できるようにもっと鍛錬を重ねるように、と。勿論レインはそのような基礎を怠るような存在ではなく、再び明るい大合唱を魔王に返した。


 そして、世界の果てにある荒野に戻ろうとした時であった。9人のレインが、ずっと手に持っていた『黒い球』を魔王に見せ、こう言った。


「「「「「「「「「魔王……この『球』、何に使うの?」」」」」」」」」


 彼女たち9名は、事前に魔王から特別な命令が出されていた。黒いオーラの力を用い、この森の中に生えている樹木を何でも良いから1本づつ選び、『黒い球』の中に封印するように、と。とりあえずレインは言われたとおりに樹木を1本選んではその全体を黒いオーラで包み、黒い球状に変えてその中に木を封じた。だが、一体これが何のために役立つのか、魔王は一切説明をしていなかったのである。

 しかし、今回の質問も無駄に終わってしまった。



「……後で教えてやる、早く来い」


 5000人のレインをぞろぞろと引き連れながら、魔王はそのまま地下空間へと戻ってしまったからである――。



~~~~~~~~~~



 ――この時、レインは一切気づいていなかった。

 彼女たちが地下空間に帰る様子を、遥か彼方で静かに監視する人影があったことを。いや、その顔は明らかに人ではなかった。

 

 その異形の顔を一言で表すなら、『トカゲの頭蓋骨』かもしれない……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る