女勇者、食事

 世界を我が物にしようとする野望を持つ魔王が潜む場所は、荒野の下に広がっている巨大な地下空間であった。しかし、その内部には魔王の持つ無限の力により、地上と同じ「1日」が目に見えて分かる仕組みが整えられていた。魔王が創造した偽物の太陽が朝になると地平線から昇り、昼間には頭上に進み、そして夕方には地平線の彼方へ沈んでいくのだ。

 そしてこれが、レイン・シュドーの1日の鍛錬が終わる合図になっていた。


「うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」……


 自らの得意分野である剣の腕を磨く一方で、新たに魔術を教え込んでもらっている最中のレイン・シュドー。一度訓練を終えれば、その体は大量の汗で満たされてしまう。ほど良く色づいた健康的な肌は勿論、着込んでいるビキニもずぶ濡れといった状況だ。そんな体を癒すため、レインは訓練終了の直後に一斉に大浴場へ向かい、体を覆う汗を一気に洗い流すのだ。


「うふふ、お疲れ様♪」「そっちこそ♪」「今日も頑張ったよね♪」「うんうん♪」


 湯気に囲まれながら、色っぽい声をしたレインの声が今日も大浴場に響いていた。


 黒尽くめの衣装の謎の存在が創造した大浴場は、純白のビキニ風の衣装を脱ぎ捨てたレイン・シュドーの数が増えるごとに、その大きさを増していった。600人に増えた彼女が一斉に入浴しても余裕があるほどの広さだ。

 どこを見渡しても、黒い長髪と褐色の肌を持つ巨乳の女性。皆むっちりと、そして健康的な肌を一面に露わにしている。彼女にとって、それはまさに理想的な光景、究極の平和が具現化したようなものだった。



「うふふ♪」「ああん、レインったら♪」「こっちもお返しよ♪」「ああん!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」「あはは!」……



何十何百と集いながら、全く同じ姿、同じ顔、同じ声をした女性レイン・シュドーは自分自身の体を存分に味わい続けていた。


 そんな幸せな時間を過ごす中、『剣』の鍛錬をした彼女のうち数名が、今日の夕食を楽しみにしているという発言をした。何せ長い時間をかけてたっぷりと自らの件の腕を磨き上げた彼女のお腹は、今にもエネルゴーが切れそうだったからである。だが、その言葉を聞いた途端、魔術、特に魔王から創造の魔術を伝授してもらっていた100人のレインが、気まずそうな顔をした。


「あれ、どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」どうしたの?」

「い、いやその……」えへへ……」えへへ……」えへへ……」えへへ……」えへへ……」えへへ……」えへへ……」えへへ……」えへへ……」えへへ……」えへへ……」えへへ……」えへへ……」えへへ……」えへへ……」えへへ……」えへへ……」えへへ……」


 基本的に魔王によってレインの記憶が統一されるのは、風呂からあがって普段着である純白のビキニ風衣装を着用し、夕食を食べ終えた後である。今の段階では、まだ600人のレインにはそれぞれ個別の記憶があり、それぞれ異なる考えを持つと言う状態なのだ。そのため、何故魔術を習得しようとしている自分たちが苦笑いをしているのか、剣術担当のレインには分からなかったのである。



 そして、その理由は、夕食時の石のテーブルの上の様子で把握することとなった。


「こ、これは……」

「随分大きいパンだね……」

「こんなに大きなソーセージなんて……」

「私も初めて見た……」


 魔王が見込んでいた通り、確かにレインの魔術の習得度は高いものがあった。今回初めて取り組んだ、無の状態から新たなものを『創造』する場合でも、本物同様の美味しい味のする食べ物を一発で創り出す事が出来た。ただ、問題はその大きさである。

 先程も述べたが、現在レインの数は600人もいる。しかし、テーブルを埋め尽くす食べ物の大きさは、600人だけでは到底食べきれないほどの超巨大なサイズだったのである。これが今回の魔術の特訓の結果だ、と唖然とするレインたちに向けて魔王は皮肉たっぷりに告げた。


「ごめんね……」ごめんね……」ごめんね……」ごめんね……」ごめんね……」ごめんね……」ごめんね……」ごめんね……」ごめんね……」ごめんね……」ごめんね……」ごめんね……」ごめんね……」ごめんね……」ごめんね……」ごめんね……」


 その一方、謝る100人のレインに、残り500人のレインは大丈夫だと優しく返した。皆で一緒に食べ尽せば、これくらいの量は全部食べきれると励ましたのである。だが、魔王は皮肉そうな口調を崩さず、所詮は無理だろうと述べた。当然レインたちはそんな事はないと反発し、必死になって食べようとした。


 しかし、今回もまた勝負は魔王の勝利に終わってしまった。


「う……」も、もう限界……」私も食べきれない……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」私も……」……


 結局、6分の1程度しか消費できないまま、彼女の夕食は終了してしまった。純白のビキニ服から露出している褐色のお腹は、たくさんの食べ物で膨れてしまっていたのである。


「ね、ねえ魔王……」「この食べ物、どうするの?」


「決まっているだろう、『処分』するしかない。

 それとも、勿体ないとでも言うのか?明日になったら腐っているだろうに」


「う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」う……」


 食べ物を粗末にする事を許せないレイン・シュドーにとって、屈辱的な宣告であった。



 これからこういう思いをしたくなければ、より魔力を鍛える事だ。

 魔王のアドバイスを、レインたちは黙って聞き、全員とも心の中に改めて自らの『魔力』をより高める決意を固めた。自分の失敗は、『自分』に跳ね返ってくる。これからも、そして今後の世界もきっとそうなるだろう。だからこそ、自分を鍛え続けなければならない、と。



~~~~~~~~~~


 訓練の疲れや満腹感でぐっすりと600人のレインが寝付いた深夜。


 食堂のテーブルの上には、『彼女』たちの食べ残した分の食事が、大量に積まれていた。しかし、魔王の言葉――明日になれば、どれも腐って食べられる状態ではない、と言う警告――とは裏腹に、夕食時の形をそのまま保ち続けていた。スープですら、何時間も経つのに温かそうな湯気を出していたのである。

 そんな食堂に、一つの人影が現れた。やがてそれは数を増し、一人、また一人と増え続けて行った。そして気付けば、食堂の中は「3000人」もの群衆で埋め尽くされてしまっていた。目的は一つ、この大量のご飯に群がるためである。


 美味しい、こういう料理も良い、量がいっぱいあるのはたまらない。口々にそう言いながら、人影は次々に山積みの食べ物を消費していった。そして食べ物に群がる人の数は時間を追うごとにさらに増え、それらがすべて消え去る時には、数万人以上が食堂の中にぎっしり詰まっている程になっていた。


 そして、一斉にごちそうさま、の挨拶をした直後、その人影は一斉に姿を消した。

 後に残ったのは、食事はおろか、食器やフォーク、ナイフすら消え、元の静寂さを取り戻した食堂であった……。

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