女勇者、連携

  女剣士『レイン・シュドー』。


 褐色の肌に長い黒髪を束ね、大きな胸やむっちりした太ももや腹は、ビキニとも呼ばれる純白の大胆な衣装から存分に露出している。破廉恥にも見えるこの衣装は、彼女の持つ剣の腕の表れであった。どんな人間にも、どんな魔物にも負けない彼女の剣術は、自らの体に傷一つも負う事が無かったのである。その姿は、『勇者』として皆に勇気を与えるにふさわしかったであろう。

 しかし、逆にいうと彼女の才能は、今までずっと『剣術』のみに絞られてきた。様々な種類が存在した魔物や、そのおこぼれを狙って動く悪い心を持つ人間たちを蹴散らすときには、どうしても剣だけでは対応できない時もあった。そんな時、頼りになるのは彼女と共に旅を続けてきた仲間たちであった。彼らの持つ体術や魔術のノウハウが、レイン・シュドーを支えてきたのである。勿論彼女の方も、自分の持つノウハウを存分に生かして仲間を助け、幾多もの戦いを乗り越えてきた。


 だが、やがて彼女の元から『仲間』は一人残らず消え去った。


 今の自分は、たった一人であらゆるものを賄わなければならない状況にある、とレインは感じていた。かつては完全なる敵対関係であり、今は自らを囚われの身とし、奇妙な協力関係を築いている『魔王』を倒し、世界に平和をもたらすという望みを達成させるには、あらゆる手段を学ばなくれはならない。それが、レインが魔術を身につけようと思ったきっかけであった。『魔王』が持つ、神羅万象を操りかねないほどの凄まじい力を、少しでも習得するために彼女は動き出したのである。



 そんな彼女が、魔王から伝授された魔術の第一歩、漆黒のオーラを放つ事に成功させてから、また少しの歳月が流れた。


 毎日少しづつ、だが着実にレインは自らの実力を伸ばし続けていた。今ここで慌てて何もかもを得ようとしても失敗するのみである、目標を達成するためには、念入りに準備を行わなければいけない、と言う事を彼女はしっかりと認識していた。特に、今彼女が抱えている目標はあまりにも大きいものだから尚更である。


「おはよう、レイン♪」「うふふ、おはよう♪」


 質素な寝室で、今日も2人のレインが同時に目覚めた。互いに顔を見せ合い、自分に向けて笑顔であいさつを交わすのも、日常の光景になっていた。

 この場所は窓も無く、一切の飾りも備え付けてない、まさに魔王が用意したかつての勇者に対する牢獄であった。だが、今の彼女にとってはまさに天国のような場所だった。この部屋にある就寝用のベッドを、純白のビキニ衣装の自分とビキニ衣装のもう1人の自分が共用している。双方とも全く同じ大きな胸やむっちりとした肌を寄り添い合い、その感触を味わいながら心地よい夢を見て、そして気持ち良い目覚めを迎える。まさに至福の一時であった。


 そして、その心地良い時間を味わうのは、ここにいる2人だけでは無かった。木でできた扉を開き、2人のレインが寝室を出ると、そこにはより彼女たちを笑顔にする光景が広がっていた。



「おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」おはよう♪」……


 地下に広がる巨大な空間の中には、彼女が開けた扉と全く同一の扉が、右にも左にも、上の階にも下の階にも大量に広がり続けていた。そしてそのほぼすべての扉から、健康的な肌を寄り添い合い、一斉に全く同じ笑顔や挨拶を交わすレインが現れたのである。勿論、全員とも外見も声も全く同じ。褐色の肌に長い黒髪を束ね、大きな胸やむっちりした太ももや腹、そして純白のビキニ風の衣装と言う女性の大群が、一帯を包み込んでいたのだ。


 『魔王』の力によって、レイン・シュドーはたった1人の存在から、今や500人にも及ぶ大群へと姿を変えていた。


「おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」おはよう、魔王」……


「……ふん」


 辺り一面を取り囲む彼女からの挨拶に、威厳を保つかのような不愛想な返事をする魔王だが、レインにはその瞳の中に『憎しみ』や『卑下』とは正反対の感情が溢れているように思えた。


~~~~~~~~~~


 魔王を倒し、世界に真の平和をもたらすためには、それなりに準備を整える必要がある。いくら時間がかかったとしても、それなりの用意が出来ていれば巻き返すことができる。

 しかも、彼女と『魔王』の場合は、より時間をかけた方が有利になる条件が揃い続けていた。時が経てばたつほど、外の世界の汚れた人間たちは『魔物』に襲われていた頃を忘れていく。そして、勇者の実力、さらにはその存在でさえも。


 だからこそ、レインは魔王の元で、じっくりと自らの剣術、そして『魔術』の鍛錬を続けていた。地上の住民が平和を貪り、自分たちや魔物の事をさらに忘れさせ続けることが出来るように。



 今、5人一組のレインが訓練用の闘技場で戦っている相手は、魔王が砂の塊に仮初の命を宿した5体の『魔物』であった。

 固い皮膚二本の足で歩きながら人間の方を向き、挑発するかのように唇を震わせた後に、掌から放つ闇のオーラでその体に傷を負わせる……砂の色をしたこの存在は、レインも何度となく戦い、彼女の自慢の剣を使えば今や簡単に倒せる相手だった。だが、今のレインが用いるのは『魔術』、彼女にとってまだまだ未知の領域が多く、発展途上の技術だ。


「よし、あいつは任せて!」

「了解!」

「危ない!」

「おっと!」

「はあっ!!」


 互いに魔物の気を自分の方向に向け、別の自分の攻撃が当たりやすいようにする。逆に相手が攻撃してきた時には、自らの放つ『闇色』のオーラの塊で相殺するか、マニア合わない時には他の自分からの攻撃で退けてもらう。

 お揃いの髪型に肌の色、震える胸を包み込む純白のビキニ姿、そして頭の中に思い描く戦略……1人にして5人、まさに一心同体と言う言葉がそのまま現れるかのような連携で、レインは魔物を追い詰めて行った。


 そして、余裕の表情を見せ続けていた5体の魔物に、焦りの顔が現れたその時。


「「「「「はあぁぁぁっ!!」」」」」


 一か所に集まらせた魔物に、五つの方向からのレインの魔術の同時攻撃が決まった。参ったと言う表情を見せ、そのまま元の闘技場の砂に戻って行った。


「「「「「やったー!」」」」」


「さすがね!」「こっちこそ♪」「ナイスアシストよ、レイン♪」「助かったわ♪」「無事勝てたねー♪」


 動く的に攻撃を命中させるだけでも精一杯だったレインだが、素早い砂の魔物に対しても連携プレイを駆使して追い詰めるまでに成長していた。

 レインの体には剣術のみならず、潜在的な魔力も備わっていたようである。とは言え、まだまだ『魔王』には遥かに及ばないレベルだが。もしかしたらその圧倒的な実力差こそが、魔王がレインに対して協力的な表れなのかもしれない。


「おーい!」おーい!」おーい!」おーい!」おーい!」おーい!」おーい!」おーい!」おーい!」おーい!」おーい!」おーい!」


 彼女たちと同じように、砂の魔物との模擬戦を制したレインたちが、嬉しそうな顔で大きな胸を震わせながらやってきた。全員とも汗で濡れた衣装から、新たな朱色のビキニ服に着替えていた。

 魔術の特訓を行っているレインは、着替えて少し休んだ後、大広間へ行くようにと言う『魔王』からの連絡を伝えた後、195人のレインは周りの自分たちをほめたたえるように、5人の汗だくのレインをその輪に加えていった。


~~~~~~~~~~


 魔王からの連絡は、魔術の特訓を新たな段階に進める事であった。


「貴様らがいくら成長しようとも、まだまだ漆黒のオーラの力を完全に得るには程遠い」

「心配無いわよ、魔王」「『平和』な世界を作るには、時間がいくらかかってもよい」「そう言ったでしょ?」


「……ふん」


 相変わらず、魔王の顔は銀色の仮面に包まれ、声色からもその意志を読み取ることは難しかった。

 ただ、200人のレインには、その声が一瞬だけ「照れ」のようにも聞こえた。


 魔術と言うのは単に敵を攻撃するための物では無い、と魔王は告げた。むしろ、『魔王』の持つ力本筋は、自らの力によって自然の法則を書き換えてしまうと言う事だと言うのだ。確かに、彼女が見た中でも、ライラの放つ光のオーラも、他の仲間が使う魔術も、全ては自分の持つ力を活かして放つ攻撃や防御の技だった。一方で魔王は、何も無いはずの場所に、このような超巨大な空間を創り出す力を有している。先程まで戦っていた魔物も、体の元はあれどその「魂」は完全に魔王が創り出したものだ。

 

 とは言え、その能力を磨くためには、「戦い」と言う場での実力の底上げも欠かせない。


 そこで、集まった200人のレインのうち100人はそのまま闘技場へ戻り、もう100人のレインに対して少しづつ基礎を教えて行く事にした。


「貴様らがどこまで伸びるかは分からんが……」


 実力次第では、このような事も可能だ。

 

 そう言った途端、突然魔王の隣に一瞬だけ黒いオーラの塊が現れたかと思うと、それはあっという間にもう一人の『魔王』の姿へと変わってしまった。無表情の仮面、黒づくめの服、何をとっても全く同じだ。200人のレインは、その様子に息を呑んだ。何度も何度も魔王の凄まじさを目の当たりにしているが、この力を手に入れる事が可能かもしれないと言う希望を見いだしてしまうと、その価値はさらに上がってしまう物かもしれない。


「「行くぞ」」


「了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」……


 黒づくめの仮面を被った得体の知れない存在に連れられて、健康的な肌を存分に見せつけるビキニ姿の女性は二手に分かれ、目的の場所まで進んでいった……。

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