死神の鎌Ⅴ
記憶ではもう少しまともだったような気がしていたが、二人が入った公園はベンチと砂場と鉄棒だけの
「なんか寂しいわね」
「今時公園で遊ぶこともないからな」
竜也自身も幼い頃から家の中で本を読んだりゲームをしたりして育った身だ。父親と一度か二度、キャッチボールをしたこともあったように思うが、竜也以上に運動が苦手な父ではまともに続かなかった覚えがある。
「ま、仕方ないさ。形あるものはいつか壊れるって言うしな」
「知ったような口利いて」
「うまいな」
「食べたことあるんじゃないの?」
「いや。話には聞いていたけど、食べるのは初めてだ」
肉屋が卸してすぐ作っているのだから不味い道理もないが、これほど味が違うものだろうか? 隣に座って熱々のクリームに息を吹きかけているタナシアを盗み見る。近くに座っていることに慣れてきたはずなのに今日は少しだけ輝いて見えた。
「それにしても本当に何もないのね」
息を吹きかけて冷ますのを諦めたらしく、タナシアは両手でしっかりとコロッケを持ったまま空を見上げた。人間の世界では朝になれば日が昇り、青い空が広く伸びている。
「だからそう言っただろ。どこか別のところいってみるか?」
「ううん、ここでいいわ。それより飲み物買ってきてよ。紅茶がいい」
「はいはい」
このわがまま放題も見慣れたものだ。今はフィニーがいない以上お世話役は竜也が務めることになる。それすらも嫌な気がしないのは何故だろうか。自販機から二本紅茶の缶を取り出してベンチに戻る。離れたときと変わらず、座っていたタナシアがぽかんと口を開けて上を見つめていた。
「なんかそうしてるとバカっぽいぞ」
「うるさい。ねぇ、私あそこに行ってみたい」
見上げていた空をタナシアが指差す。
その先には高くない山。その頂上付近に遠めに見ても大きすぎる館がたたずんでいる。この辺りに来たことがある人間なら誰でも知っている。樋山誠一郎、シェイドの父親が構えた屋敷だ。
人があまりにも多く訪ねてくるのを嫌った主人が山を買い取ってその頂上に屋敷を構えたらしい。館に続く道は急で徒歩はもちろん生半可な車ですら音を上げるほど急だと言う。
「キツイらしいぞ。俺は行ったことはないが」
「さっきかららしいばっかりね。実際に行ったことないなら行ってみればいいじゃない」
「観光地じゃないんだぞ。追い返されるだけだって」
「じゃあそれはそれで。さぁ、食べて飲んで行くわよ」
焦って口にコロッケを詰めると熱さでむせこんだのか、音を立てながらタナシアがうずくまる。
「時間はあるんだからゆっくり食べろよ」
「アンタさっきまでと言ってること変わってるわよ」
確かにその通りだと思う。今はタナシアと自分の試験時間のはずで、その合格への糸口が見つかっていない状態なのに。
「それじゃゆっくり食べてゆっくりあの辺りまで上ってみて、それから下りる頃にはお店も開いてるんでしょ?」
「あぁ、そうだな」
諦めたように竜也は溜息をついて冷めてきたメンチカツに噛り付く。なんとかなるだろう、なんて言葉が頭に浮かんだのはいつ振りだったろうか?
壁かと思うような急坂を上り、案の定警備員と思われる人間に門前払いにされ、また転がり落ちるような坂道を下ってくると、時計は十一時を回っていた。
「だから言っただろ。追い返されるだけだって」
「そうね。でも案外面白かったじゃない。人間の体じゃ絶対に歩いて上れないわよ、あんなところ」
「確かにそれはそうだが」
疲れ知らずでも一時間以上かかる坂道を上ろうなど、この先二度と考えることはないと竜也は誓う。
平日といえどもこの時間になれば、大通りにも人の姿が増えてくる。高校生の中では背の低い方の竜也と外見がせいぜい中学生のタナシアでは集団の中で妙に浮いているように思われた。
「そんなビビッてないで堂々としてればいいのよ」
「そうは言うけどな」
竜也の体はおそらく今も病院で寝ているが、盛大なサボりと言われれば返す言葉もない。このまま歩いていると補導でもされそうな気がしてならない。
「さ、いつも行ってるところ案内してよ」
「そうだな。本屋でも行ってみるか」
帰り道に立ち寄る商店街の小さな本屋。天井まで伸びる本棚に上から下まで本が詰め込まれた客が三人も入れば一杯になってしまうような狭い本屋だ。それでも暇な時間は店先にパイプ椅子を並べて立ち読みならぬ座り読みをして、ついでにお茶まで出てくるような暇な主人がやっている道楽の店だ。
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