試験の鬼Ⅵ
勉強会を終えて、タナシアを見送った竜也はシェイドの部屋を訪ねた。
竜也の仮住まいになっている裁きの間の中庭からは三本の通路が伸びている。そのうち一つはキスターとイグニスとともに通った外へ続く漆黒の道。一つはタナシアの部屋へと続く道。そして残った一つが助手として控えていることになっているフィニーとシェイドの部屋へと続く道だった。
二部屋並んでいるどちらがどちらの部屋かは聞いていなかったが、その作りを見れば簡単に想像がついた。
「こっちだよな?」
死神の想像力で造られたドールハウスのような柱型の部屋。部屋というよりは真っ黒な天が常に覗くここでは小屋と言ったほうが近いだろうか。向かい合って並んだ二軒の小屋は片方がレンガ造りのゴシック調。もう一つが
竜也は迷うことなく庵の戸を開いて声を上げた。
「シェイド、いるか?」
その呼びかけに廊下の床板が鳴る。どうやら気付いてくれたようだ。
「はーい、いませんよー!」
靴箱の上に色んな置物、もといミニフィギュアが並んだ玄関にフィニーが駆け寄ってくる。もちろんいつものメイド姿はとても似合っているのだが、見る限り
「あれ、竜也さん? こちらは私の部屋なんですけど、向かいにエーちゃんいませんでしたか?」
「いえ、てっきりこっちがシェイドの部屋かと」
あちらの鋭い目をした暴力娘はメイド服より和装の方が似合いそうだ。確かにお菓子を黙々と口に運んでいる姿ならば可愛らしくもあるのだが。
「エーちゃんは向かいのお部屋ですよ。あの、ああいった雰囲気のお部屋が落ち着くんだそうです。私は昔住んでいたところがこんな感じだったので」
あのタナシアをして使いにくいと言わしめた古城をデザインしたくらいだから、自室もそういう趣だと竜也は勝手に思っていたが、どうにも真逆らしい。
「意外ですね」
「そうですか? 私はエーちゃんの方がああいうお部屋が似合うと思うんですけど」
うーん、と首を傾げたフィニーは本当にそう思っているようだ。
この庵のような住まいといい、玄関に並んだフィギュアといい、シェイドに有無を言わさず着せたメイド服といい。
フィニーのセンスもなかなかに特殊なのかもしれない、と竜也は思った。
「それでエーちゃんに何の用事ですか?」
「あぁ、先輩からのアドバイスだとかなんとか」
はっきり言って竜也にはシェイドが伝えようとしていることが何なのかまったく検討がついていない。しかし、フィニーの方は思うところがあったようで竜也のくぐもった言葉に大声で答えた。
「エーちゃんのこと知ってるんですか!?」
「いや、タナシアから少しは聞いたんですが、詳しくはまったく」
張り上げた声に手応えのない回答が返ってきてフィニーはうろたえるようにそうですか、と両手を空に泳がせる。シェイドの秘密がなんなのかはわからないが、とりあえずフィニーが驚くようなことだと知っただけでこの後会いに行くのが嫌になってくる。
「そ、そうですか。まぁ、竜也さんなら教えても大丈夫だとは思いますし」
そうは言っているもののフィニーの口元はあわあわと震えている。何か言ってはいけないことを言ってしまったと、魚が酸素を求めるように口をパクパクと開く。
「あ、とにかく俺行ってみますね」
思考が半分ショートしているフィニーを置いて、開け放したままの扉からフィニーの部屋を出る。まだ小刻みに震えているフィニーの姿が見えなくなるようにしっかりと引き戸を閉じておく。
「これに本当に住んでるのか?」
フィニーに言われたとおり、庵のようなフィニーの部屋の向かい側、場所も正反対の石造りの外壁を見上げる。壁一面だけを見れば豪華そうにも見えなくはないが、あくまで部屋一室分の小屋のようなサイズではファンタジー映画に出てきそうな物置小屋にも見えてきてしまう。
ドアに備え付けられたノック用の金メッキの輪を三度叩く。
「シェイド、いるか?」
「なんだ、騒々しいな」
木製のドアを開けて、
「タナシアからちょっとは話聞いてきたぞ」
「あぁ、それで来たのか。それにしてもそんな仰々しい音を立てなくてもいいぞ」
「これってそういうための輪だろ?」
現代日本文化に浸って生きてきた竜也にとっては馴染みなど全くない代物だが、たぶん使い方としては合っていると思っていたが。部屋の主人に否定されては返す言葉もない。
「まぁ、いい。立ち話も嫌いではないが、私の招いた客だからな。上がれ」
「それじゃ、お邪魔します」
自分の部屋にあてがわれているのは裁きの間の中庭のせいで誰も彼も勝手に入ってきてしまう。それに比べれば自分はずいぶんと文化的な方法でシェイドの部屋を訪ねたと思うのだが。少し不機嫌そうなシェイドの口振りに納得いかないと顔を歪めながら、竜也はその背に従った。
入って一歩目で、竜也は次の足を出すことに躊躇した。素人目に見ても値の張りそうな絨毯が一面に敷かれている。タナシアの部屋は事務所みたいだったし、フィニーの部屋は玄関があったのですんなりと上がりこめたが、このまま進んでいいものかと思わせられる。
「どうした?」
「いや、これ土足でいいのか?」
「ここに土足も何もないだろう。本人の気分次第だ」
ペルシャ絨毯、という高級な単語を思い出した竜也を尻目にシェイドは気にする風もなくブーツのまま部屋の中を進んでいく。仕事用と思われる机の下にあった椅子を引いて座ると同時に向かいほどにあるソファを指差した。
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