✖✖✖の日記

藤城まい香

第1話 不幸な少女

顔も見知らぬ貴方へ。

私の名前はヴァイオレット。もう、今年で90歳になるの。最近は体中の色んなところが痛んで、歩くのも一苦労なのよ。年はとりたくないわね。

・・・あらあら、違うわ。こんな事を書きたいんじゃないのよ。私が書きたいのは私がまだ15歳の時、右も左も分からない無知な少女だった時に出会った人たちの事。そこで私が見た奇跡の数々を、他の誰かにも知ってほしいと思ったのよ。それで筆をとる事を決心したの。年のせいかしら、手がこうして書いている間も震えてしまうのよね。汚い文字でごめんなさいね、もっと若かった時から書けばよかったわ。

でも、こうして筆をとったのには訳があるの。あのね、もう私長くないの。自分でも分かるわ、日毎に体がどんどん弱っていくのが感じられるの。せめて私が死ぬ前にあの人たちのことを誰かに知ってほしい・・・、そして人間でも、魔女でも、オートマタでも、ドラゴンでも、妖精でも。愛や友情に種族は関係ないのよ、って教えてあげたいの。アルベール。貴方、今は一体何処で何をしているのかしらね?私はこんなしわくちゃのお婆ちゃんになっちゃったけれど、相変わらず貴方は私が出会ったあの少年の姿のままなんでしょうね。死ぬ前に、もう1度だけ貴方に会いたかったけれどそれももう叶いそうにないわ。・・・本当に、残念。伝えたいことが沢山有ったのよ。

・・・ごめんなさい、話が逸れたわね。アルベール、っていう人のことはまだ秘密よ。彼のことが知りたかったら、このままページをめくって頂戴。きっと、この文を全て読み終える頃には貴方は彼の全てを理解していると思うわ。・・・さて・・・、そろそろ私も時間の旅に出かけましょう。そうね・・・、あの日もこんな雪が吹き荒れていたわ・・・。




「・・・吹雪が強くなってきた・・・。」窓の外をみやると、横殴りの雪が吹き荒れていて空を真っ白に染め上げていた。・・・嫌だな、この様子じゃまた作物が駄目になってしまう。ぐう・・・、と情けない音がお腹から聞こえてきた。お腹は常に空腹で、今みたいに編み物とか、他の作業に集中していないと食べ物のことばかり考えてしまう。この荒れた天気ではおじいちゃんも明日漁にいくことは難しいだろう。魚をとる事が出来なければ、お金も手に入らない。貯蔵庫にある食料も底をつき始めている。・・・一体どうすれば・・・。「・・・もうこんな時間・・・。」気が付くと、夜の12時を回っていた。思っていた以上に編み物に夢中になっていたみたい。「寝ないと。」完成間近のマフラーを籠にそっと入れる。こんなものでも売り物になるから、こうしてほぼ毎日夜は編み物をして過ごしている。・・・本当に、ささやかなお金にしかならないけれどもやらないよりかは良いから。

自室へ戻り、早々に薄い布団にくるまるとようやくほっとしたような気分になった。明日の朝も早い。寝坊しないようにしないと・・・。布団に入ってから僅か数分でウトウトと瞼が徐々に落ちていく。・・・明日は、朝起きたら朝ごはんを作って・・、天気がまだ悪かったら編み物をして・・・、少しでも天気が回復したら薪を取りに行かなくちゃ・・・、あぁ、そういえば薬草も尽きかけていたわね・・・・・・・・、

・・・・・・。・・・・・・・。・・・・・・・・・・。


雪に覆われた小さな村、キエフ村。海が近くて、その海で漁れる魚介類で私のおじいちゃんは生計を立てている。住人は100人程度で、殆どがおじいちゃんおばあちゃんなの。若い人は皆都会に行ってしまって、私は同じ年の頃の子を見たことがないのよね。寒い気候のせいで農作物も頑丈なものしか育たないし、海も荒れることが多いからいつも魚がとれるわけじゃないの。地図にすら載らないような、誰も知らない本当に小さな小さな村。そんな村で私は母方のおじいちゃんと2人きりで暮らしている。お父さんとお母さんはまだ私が小さい時に流行病で死んでしまった。小さな青色の屋根をした私とおじいちゃんの家と、灰色の広大な海、真っ白な雪に覆われた大地・・・それが私の世界の全てだった。外を知ろうとすら、思わなかった。単純に、私はここで細々と今までのように暮らし、いずれここで死ぬ。そうあるのだと心の何処かで思っていたわ。・・・あの日まではね。


時刻:夜中の3時

「・・・?」・・・誰かの声が聞こえたような気がして、ふと目を覚ました。「何かしら・・・。」何時の間にか、雪が吹雪く音も聞こえなくなっていて。「・・・止んだ・・・のかな。」そっとカーテンを引いて外を窓越しに覗き込む。「・・・!?え、何・・・!?」外を見やった途端、私は絶句してしまった。何と、向かい側の家が真っ赤な炎に覆われているではないか!「嫌だ、火事・・・!?・・・?」よく目をこらして見ると、家の周りに何人かの人影が見えた。(誰・・・?見慣れない服を着ているわ・・・、村の人じゃない・・・?)もっと目を凝らして見てみようと体を前のめりにした瞬間。「・・・っ!」バチ、とその人影の内の1人と目が合ってしまった。どうしようもない恐怖感に襲われて、慌ててカーテンを閉める。・・・気づかれた・・・!「お、おじいちゃん・・・!」おじいちゃんの部屋に向かおうとすると、丁度おじいちゃんが血相を変えて私の部屋の扉をバン!と乱暴に開けて中に入り込んできた。「ヴァイオレット!今すぐ逃げろ!」「に、逃げる・・・!?」一体、外では何が起こっているの・・・!?「まずい、帝国の奴らがとうとうこの村に来てしまった!村ごと焼き尽くすつもりだ、早く逃げるぞ、こっちへ来い!」「て、帝国・・・!?逃げるって、一体何処に・・・!?」考える暇もなく、おじいちゃんに手を引かれて外へと連れ出される。「!?・・こ、これは・・・?」外に出た途端、むわっと何かが焼かれているような匂いがつんと鼻にささり、ゆらゆらと揺らめく赤色の炎がそこかしこで燃え上がっているのが目にはいってきた。それに、誰かの叫び声や金切り声のようなものも聞こえてくる。・・・さっき私が微かに聞き取ったのはこの声だったんだ・・・!おじいちゃんは脇目も振らず、家から少し離れたところにある家畜小屋のほうへと走っていく。「おじいちゃん、これからどうするの!?」「トナカイ共をたたき起こして、今すぐソリを出させる!あいにく、地の利はこっちにある。出来るだけ遠くに逃げるぞ!」小屋に入ると、騒ぎを聞きつけていたのだろうか。いつもならグッスリ寝ているはずのトナカイ達も何処か興奮した様子でウロウロと歩き回っていた。「悪いな、これから大仕事だ。・・・無事に逃げのびたら褒美をたんとやろう。頑張ってくれよ・・・!」おじいちゃんはいつものスローペースが嘘のように手早くトナカイ達をソリに繋げると、バシン!と鞭でその体を叩いた。慌てて私もソリに乗り込む。「!!おい、アイツ等逃げる気だ!」「追え、追えー!」遠くから複数の男性の声が聞こえてくる。・・・見つかったんだ!「・・・くそっ、見つかったか・・・!もっと、もっと早く走れっ!ヴァイオレット、振り落とされないようにしっかり捕まっていろ!」「う、うん・・・!」どんどん、村が遠ざかっていく。果たして、村の人たちは無事なんだろうか。・・・もしかしたら、死んでしまったりとか・・・。(・・・あの叫び声、悲鳴・・・。きっと村の人たちのものだ。)向かい側の老夫婦は、どうなったんだろう。両親を亡くした私を何かと気にかけてくれていた優しい人たち・・・。(無事でいて・・・。お願い・・・。)「・・・止まれ、止まれー!!」「・・・っ、もう追いついたか・・・、早い・・・!」背後から、怒声が聞こえてきた。「止まらんか!・・・ならば・・・!」ダンッ!!という音が空を切り裂いた。・・・今の音は・・・!?「銃か・・・、厄介だ・・・。」トナカイたちは俊敏な動きで背後から襲い来る銃弾を避け続けるけど、何時までもつだろうか。「ヴァイオレット、姿勢を低くしていろ!決して顔を上げるな!」「分かった・・・!」出来るだけ縮まりこみ、ギュッと目をつぶる。怖い・・・!いつ、あの恐ろしい銃弾が私を、おじいちゃんを、トナカイ達を射抜いてしまうのか・・・、考えただけで体が震えてしまう。(怖い、怖い・・・!)そうしている間にも銃弾の音は激しくなってきている。ーパンッ!パンッ!パンッ!!

「・・・っ!!」「!!」前方からくぐもった声が聞こえてハッと顔を上げると、「・・・お、おじいちゃん・・・?」ジワリ。・・・目の前に見えるおじいちゃんの着ている真っ白なシャツが、一部分だけ、真っ赤な色に染まっていた。「くそ、う、ううううっ・・・。」おじいちゃんの体が段々、右に傾いていく。「!おじいちゃん、危ないっ!!」即座に支えようと手を伸ばした瞬間、「・・・っ!?」激痛が伸ばしたほうの右腕に走り、動かすことができなくなってしまった。「・・・す、まないな。ヴァイオレット・・・、助けて、やれな・・・、」「あ」おじいちゃんの体がソリの外へと放り出されて、どさりと音を立てて雪に覆われた地面へ倒れこんだ。「あ、あ・・・。」真っ白な雪を徐々に血が真っ赤に染め上げていく・・・。「おじい、ちゃん・・・。」おじいちゃんは、地面に横たわったままピクリとも動かない。ふと自分の右腕を見やるとそこからも真っ赤な血が滴り落ちていた。焼けるように、痛い。そこで初めてさっき自分は右腕を銃で撃たれたのだと分かった。「全く手間をかけさせやがって・・・。大人しく投降すればよかったものを。」「大分村から離れてしまったな。急いで戻るぞ。・・・2人は?」「男のほうは銃殺した。娘のほうは腕を撃ったが、まだ生きている。トナカイ共も銃殺した。」「そうか。・・・ふむ。この村は老人ばかりかと思っていたが、若い娘もいるとはなぁ。それなりの顔をしているし、これは奴隷として売れるかもしれないぞ。本国に戻ったら隣国の奴隷市場に売り飛ばそう。」「そうだな。昨日のも合わせるとそれなりの数になる。いい資金稼ぎになったな。」「腕は奴隷船の中で治療するよう看守に言っておこう。へたな傷のせいで値段を下げられると困るからな。」「あぁ。・・・おい、娘!今から貴様を船に連れて行く。ついてこい!」「痛・・・!」乱暴に左腕を捻り上げられ、痛みが走る。撃たれた右腕からは未だに血が流れ落ち、息をする度に激痛が襲う。気がついたら、おじいちゃんは地面に倒れていて、トナカイ達も体中を撃たれたのか血まみれで動かなくなっていて。薄気味悪い笑みを浮かべた銃を担いでいる兵士と思われる数人の男たちに囲まれていた。抵抗する力もなく、半ば引きずられるように無理やり男たちが乗っていた馬の後ろに乗せられる。(・・・おじいちゃん・・・。)為すすべもなく、おじいちゃんの姿がどんどん遠ざかっていく。今すぐ傍に駆け寄りたいのに。(ごめんなさい、おじいちゃん・・・、わたしが、弱いから・・・・・・・。おじいちゃん・・・。)・・・視界が、ぼやけて周りの景色がよく見えない。・・・意識が、薄らいでゆく・・・。・・・・・・。・・・・・・・・。・・・・・・。


そこからの記憶は、すっぽりと抜け落ちている。

再び意識を取り戻した時、私は薄暗い場所に倒れていた。(・・・ここは?)何だか地面が揺れているような気がする。「・・・っ・・・。」時間が経つに連れ、暗闇に目が慣れてきたのか徐々に周りの風景が見えてきた。「!!」そこには、沢山の人たちが手枷と足枷に繋がれたままがくりと項垂れて座り込んでいた。皆、死んでいるようにピクリとも動かない。まさか、と思い自分の手足を確認してみるとそこには鈍色に輝く頑丈な枷がはまっていた。「痛い・・・。」右腕が、ズキリと痛む。右腕に目線を移すと、無造作に包帯が巻かれているのが目に入ってきた。・・・多少痛みも引いているが、一体あの男たちに拐われてからどれくらいの時間が経ったのだろう。(ゆらゆらと床が揺れるこの感覚・・・、そして何処からともなくかおる海の匂い。ここはきっと船の中ね。)そういえば、奴隷船に連れて行くとか何とか・・・、あの男たちが話していたような気がする。そうなると、ここは奴隷船の中で、私の周りにいる人たちは皆捕まって奴隷として売られる人たち・・・。(私・・・、これから奴隷として売られてしまうのね・・・。)脳内によみがえる、おじいちゃんがグッタリと血塗れで倒れている姿。「・・・。」・・・今は、何も考えたくない。私なんかに出来ることなんて、何も無い。再び、目をそっと閉じる。・・・そうよ、私に出来ることなんて・・・・。・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・。・・・・・・・。

                                   (続く)







(登場人物)

ヴァイオレット 女 15歳 155cm 髪:薄紫色 瞳:紫色

この物語の主人公、語り手。彼女が晩年に綴った日記を読み、一体彼女の身に何が起こったのかを追想体験していきましょう。大人しく引っ込み思案な性格で極端に自己評価が低く人見知り気味。料理と裁縫が得意で、運動が苦手。


おじいちゃん

ヴァイオレットの母方の祖父。寡黙で殆ど喋らずぶっきらぼうなところが目立つが、ヴァイオレットのことを孫として大切に思っている。彼女と同じ紫色の瞳を持ち、漁師なので漁が得意。


アルベール

この物語のキーパーソン。


(キーワード)

キエフ村 

北にある雪に覆われた小さな村。海が近いため、殆どの村人たちは漁で生計を立てている。辺鄙なところにあるため、地図にも載っておらず存在をあまり知られていない。老人が多く、若者は殆どいない。移動手段としてどの家もトナカイを飼っており、ソリを操って移動している。人口は100人ほどで、家同士の関係は深くお互いに助け合いながら日々暮らしている。非常に寒い地域のため農作物は殆ど育たず、それが村全体の貧しさへ繋がっている。


帝国

今現在世界で最もその勢力を各地へと広げているヴァルフレア帝国のことを指す。戦争好きな国で迫害と略奪を繰り返し、その巨大な戦力で植民地を着実に増やしていっている非常に危険な国。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る