第65話
完全に見失った——
荘子は素早く追いかけたが、もう郡上燻の姿はどこにもなかった。
その時、マキナ達のことが頭に浮かんだ。
もしかして、マキナ達が地下にいるのは、郡上燻が関係しているのだろうか?
連絡をとりたい。
しかし、このタイミングでマキナ達に連絡を取るのも状況的に考えておかしなものだ。
荘子は、自分のスマホが監視されている可能性を考え、むやみにマキナ達と連絡を取らないようにしていた。
この蟻の巣のように無数に広がり入り組んだ地下街で、1人の人間を何の手がかりもなしに探すのは至難の技だ。太平洋の真ん中で、存在するかどうかも分からない海の底の財宝を探すようなものだ。
しかし、ここは海の底ではない。文明の利器が詰まりに詰まった技術の塊の中にいる。
荘子は思った。
監視カメラの顔認証機能を使った人物検索システムを使おう。それを使えば、まだ間に合うかもしれない。
しかし不思議なのは、郡上燻のような指名手配犯は、人物検索システムに登録してあり、検索に引っかかるとすぐに警察に連絡が入る仕組みになっている。
あんなウィッグを被っただけの変装では顔認証機能は騙せない。やはり、わたしの見間違えなのだろうか。
いや、そんな事はありえない。
わたしは一度会った人間の顔は忘れない。あんなに印象に残ってる顔を見間違える訳はない。荘子は父に電話をかけた。
「お父さん、さっき電話した事件の被疑者を探す為に、地下街の管理システムにアクセスしたいんだけど」
『地下街の……分かった。数分待ってくれ』
荘子は側にあったベンチに座り、鞄からタブレットPCを取り出した。
3分後、父からメールで暗号化されたアクセスコードが送られてきた。
剛にはとても強い人脈と人望があり、こういった仕事も速かった。ありがとう、お父さん。荘子は素早くコードを解析し、地下街の管理システムにアクセスした。そして錦U37階の監視カメラに記録された映像を再生した。
5人の黒服の男達が、固まって喫茶コンパルの前を通過する。すると、暫くしてカーディガンを羽織った郡上燻が5人の跡を追うようにコンパルから出てくる。
別のカメラの映像に切り替える。
郡上燻が、黒服のすぐ後ろに立った。すると、5人は次々と倒れていった。郡上燻は何事もなかったように通路を通り抜け、映像から姿を消す。
一見、郡上燻は何もしていないように見えるが、荘子には見えていた。
郡上燻はあの瞬間に、恐ろしく速い攻撃を繰り出している。やはり、只者ではない。
このまま野放しにする訳にはいかない。
荘子は監視カメラに映る郡上燻の顔を人物検索システムにかけた。検索中を示す緑色のリングが点滅する。
早く、早く、早く……そして、検索システムは郡上燻がいるフロアを示した。
「くーちゃんならここにいるけど?」
生命の危機に陥った時、自身の生命を守る為に反射的に身体が動くことがあるが、この瞬間はまさにそうだった。
荘子はタブレットを投げつけ、反対側の壁に飛んだ。
目の前に、タブレットを片手で掴む郡上燻が立っていた。
黒おかっぱの髪に包まれた透き通るような白い顔に、大きな瞳が不思議な輝きをもって荘子を見つめている。
胸元に紺色のリボンがついたセーラー服に、ベージュのカーディガンを羽織っている。少しサイズが大きいのか、袖に手が隠れている。
膝上丈の短くしたスカートから、黒いタイツに包まれた華奢な脚が伸びている。
「キミ、JK刑事の白川荘子ちゃんでしょ? さすがだよねぇ」
そう言って、タブレットを荘子の方に投げた。
荘子は片手で受け取った。
「あなたは、郡上燻」
「そうそう、初めましてぇ……ってわけでもないよね?」
荘子は凍りついた。
まるで廃墟となった旅館の奥でリアル幽霊を目撃してしまった時のように、身体の芯が凍りつき、寒気がこみ上げてきて、身体は動きを失った。
それとは反対に、心臓は激しく鼓動する。
高校の合否を確認する時にさえ揺るがなかった心拍数が、激しく乱れている。
ダメだ、こいつは、ここで殺る——
マキナ達は、地下2階のコメダの隅の席に座り、3人でなづきのゲーム機を眺めていた。液晶画面には、地下街の監視カメラの映像が流れている。
「やっぱ検索に引っかからねぇな」
「そりゃ3年も隠れてたんでしょ? そんな簡単に見つかるわけないにゃ」
「やはり破棄された廃墟区間に潜んでいるか」
マキナは目を擦って、長靴の形をしたグラスに注がれているクリームソーダを飲んだ。
「しっかし、なんで八宝菜はきさらぎの人間を殺したんだろうな」
「わっかんにゃい。そんなヒトじゃなかったと思うけどにゃ。ただのシャイな小さいおっさんだにゃ」
「何か、理由があるのかも知れぬ。他に2人、下界の人間を殺しているが、繋がりを調べてみると何か出てくるかもな」
「まぁ、それが分かったところで、きさらぎの掟を破ったんだから殺される事には変わりないんだけれども」
「優しい故に厳しいところだにゃ、きさらぎ街は」
そう言って、志庵はココアを飲んだ。上に盛られたバニラアイスが、溶けて容器からこぼれ落ちそうになっている。
「おい、お前ら、サボってんじゃないだろうな」
マキナ達の席に、スーツに下駄という異様な出で立ちの男性が近づいてきた。年齢は50代前半くらいで、角刈りのカタログがあったらお手本として掲載されるようなきっちりした角刈りヘアーをしている。
「あ、おやっさん」
「お前ら本気で宿題(殺し)やんねぇと、奴と同罪だぞ」
「はいはーい」
マキナ達は、残ってるジュースを一気に喉に流し込んだ。
「あいててて、頭がいてぇ!」
マキナは必死に後頭部を叩いている。
「そんなもん頼むからいけないんだろ! 代金は俺が払っといてやるから、早くいけよ!」
「お、サンキューおやっさん」
「ゴチにゃ」
「かたじけない」
マキナ達は追われるようにコメダを出た。その時、マキナのスマホにメッセージが入った。
「あ、縷々からだべ」
八宝菜を見つけた。と書いてあり、位置情報が記されている。
「まさか、縷々のやつマキナに惚れてるにゃ!?」
「も〜まったく、いくらマキナが美人だからって困るべ。マキナはあんなしょんべん臭いガキは眼中にないべ。ぎゃはは」
「これをネタに奴を揺すってやろう。1ヶ月間ラーメンを奢らせるというのはどうだ」
「それいいにゃ! ついでに餃子も頼んでやるにゃ」
「お前ら、いい加減に——」
「はっ!?」
後ろを振り向くと、拳をポキポキと鳴らすおやっさんが立っていた。
「すぐいきまーす!」
マキナ達は、全力ダッシュで走って行った。
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