第5話
荘子は地下鉄に乗り、羅刹区の繁華街である栄の駅で降りた。
国内有数の大都市であり、様々な価値観がマーブル模様のように混ざり合って共存するカオスの街、羅刹区栄。
通り魔殺人事件の被疑者は、ここに潜んでいる。
荘子は通り魔事件の現場となった駅に向かった。
奈護屋の街には、地下には地下鉄、地上には昔からある鉄道、そして上空には高層ビルを縫うようにリニアが走っている。今回の事件は、頭上を走るリニアの駅の構内で起きた。
駅に着くと、まだ取材のカメラや警察官の姿も見られた。
荘子は、階段を上り、駅の構内に入る。
天井が半円形のガラス張りになっている明るい改札口のスペースに入ると、通行人の妨げにならないように壁を背にして、少し離れたところから改札口を眺めた。
荘子の目の前を通り過ぎる人や、改札を出入りする人々が忙しなく行き来する駅の構内。荘子は、父のパソコンから拝借した捜査資料を、頭のなかで再生し、事件当時の状況を頭の中で再現する。
被疑者は、この改札口の前で上着に隠していたナイフを取り出すと、駅の出口に向かいながら、次々と通行人を刺した。被疑者は、力の弱い女性や老人を意識的に狙って刺した。
救いようのない犯罪者だ。
この時、現場に居合わせた警察官が一度は被疑者を取り押さえたが、隙を突いて逃げられた。
被疑者は返り血を浴びている。
他人に無関心な都会だが、さすがに血だらけの服装では目立ち過ぎる。それに、この被疑者はあまり賢いとは思えない。自力でそう遠くへは、逃げられないだろう。
奈護屋の地下には、地下街や地下鉄が、巨大なアリの巣のように縦横無尽に張り巡らされている。その中には、今は使われなくなった、廃墟のような区間も存在する。被疑者は、この廃止された地下区間に潜んでいるものと、警察はそう睨んでいる。地下に、多くの捜査員を投入している。しかし、捜査員はもう2日間も被疑者を見つけられずいる。荘子は思った。地下に被疑者はいない。荘子は地下へ入らずに、そのまま地上を歩いた。
PARCOのビルの間を通り抜け、裏路地に入る。
その時だった、人の波の合間に、見覚えのある3人組が歩いてきた。
金、赤、青の派手な髪。ブランドのロゴが入った大きめの紙バックを肩からさげ、丈の短いチェックのスカートをひらひらとなびかせてこっちに向かってくる。
「あ、優等生ちゃんだべ」
相手から話しかけて来た。
毎朝同じ電車に乗り合わせる、今朝荘子を痴漢から救ってくれた女子高生3人組だった。
「また、お会いしましたね。今朝はありがとうございました」
荘子は丁寧に挨拶する。
「もう、別にいいって! お買い物かにゃ?」
猫耳の子が言う。
「そんなところです。あなた達は」
「マキナたちもお買い物だ」
聞きなれないイントネーションでそう言う金髪の子。
日本人が持っていない妖艶な、しかし幼さの残る美しい顔から繰り出される東北弁に、戸惑いを覚えずにはいられない。青髪の子はなにも喋らずにポータブルゲーム機に夢中になっている。
「でもさ、今日は早く帰らなきゃいけないよ。ニュースでやってたべ、通り魔の犯人が栄に逃げ込んでるって」
通り魔の犯人――わたしはそいつに会いに行こうとしている。
「そうですね、危ないから早く帰ることにします」
荘子は決して表情には出さない。穏やかは表情で言う。
「あなた達も、気を付けてくださいね」
「ありがと! 特にみぃみたいな可愛い娘は狙われやすいから気をつけなきゃにゃあ」
猫耳の子が両手で自分の頬をおさえながら言った。
「何いってんだ? あんたみたいな軽そうな女よりマキナみたいな清楚系美人JKが一番モテるんだぁ」
「誰が軽い女だってぇ? マキナこそ金髪ビッチじゃにゃいか」
「誰がビッチだ! マキナのこの美しいブロンドは地毛だべ!」
マキナという名前っぽい金髪の子と赤髪の子が言い合う中、
「女は、無口な方が良い」
今まで黙っていた青髪の子が入ってきた。しかし、視線はゲームから離さない。
「はぁ? 引きこもってゲームばかりしてる陰キャラのあんたがモテるわけねぇべ」
「うるさい。この金髪クソビッチ」
「はぁー!?」
可愛い顔に似合わない汚い言葉を繰り出しながら漫才のようなやりとりを繰り広げる3人。荘子は、思わず笑ってしまった。
「おもしろいですね」
今まで言い合っていた3人はきょとんとして荘子を見る。
「そうかぁ? いつもこんな感ずだけれども」
「はい、良いトリオだと思いますよ」
「ちょっとぉ、みぃ達お笑いじゃないんだからぁ」
ここで、荘子ははっとした。いけない、お喋りしている場合じゃなかった。
「では、わたしはここで。買い物を済ませて帰らないといけないので」
「そうだな! 気を付けて帰るんだよ」
「ばいにゃあ!」
そう言って、3人組は歩いていった。
本当に不思議な3人だ。話していると、わたしのペースが乱される。こんな事は、学校の誰と話していてもない事だ。
萌や、千聖とも。
荘子は振り返り、後ろを見る。3人は、何やら言い合いながら人の波の中に消えていった。
さて、いこう。
被疑者には、深い関係にある女性が数人いた。恋愛感情とは不思議なもので、こんなゴミのような男でも好きになってしまう女性はいる。
わたしには、到底理解出来ないけど。
荘子は、この被疑者と交際していた女性が被疑者を匿っているのではないかと考えた。しかし、警察もそんな事は承知しており、被疑者と交際関係にあった女性は全てマークしている。
本当に、付き合っていた女性はそれだけだろうか? 他にもいなかったのだろうか。
荘子は、被疑者のSNSを徹底的に調べた。
被疑者は、浮気が発覚しないように、SNSに特定の女性との交友を書き込んだりすることはなかった。そういうことはしっかりしている。痴漢と同じく、荘子が最も嫌悪する種類の男だ。
被疑者の程度の低い書き込みを読むのは苦痛だったが、その言葉、画像、フォロワー、様々なデータを照らし合わせ、複雑に絡み合う糸をかき分け、1人の女性を探し出した。羅刹区栄の高級マンションに住む、25歳、会社経営者の女性だ。
荘子は今、その女性が住んでいるマンションの前に立っている。
あの被疑者が逃げ込むなら、恐らくここ――
都会のビルに挟まれた、大きな白い柱が建てられた宮殿のようなデザインのマンション。この3階に、被疑者と交際していると思われる女性経営者は一人で暮らしている。
荘子は、マンションの前で立ち止まらずにそのまま通り過ぎた。もしかしたら、もうスカムズがここを見張っているかもしれない。どこからどうみても普通の高校生のわたしを警戒するとは思えないが、念のため目立つ行動は避けなければならない。
荘子は、マンションから少し離れた街路樹の影に隠れ、スマホをいじるふりをしてマンションの3階のベランダを観察した。
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