ドラゴン嫁はかまってほしい スペシャル短編

ファンタジア文庫

《亜人学園》の、ごくごく一般的でとてもブルマな体育風景


 人間と魔物の間に生まれた混血、《亜人》が通う《聖デミグリーン学園》の、広大なグラウンドの片隅にて――今この瞬間、唯一の人間たる結城勇海に、一人の《亜人》女子が襲い掛かってきていた――!


「イサミっ、イサミっ。体育の時間だぞっ。一緒に運動しようなっ♡」

「う……うわっ!? ちょ、エイミ、急に抱き着くと危ないってば!?」

 ……襲い掛かるというのはちょっとした語弊で、ただ単に甘えているだけだった。

 

黄金色の長い髪を躍らせ、恵まれた肢体を惜しみなく押し付けてくる彼女は、エイミ=ドラコ=エクリシア。地上最強の生物と名高き《金竜》の血を引く《竜人ドラゴンメイド》の少女だ。

 その象徴のように、金色の角と尻尾を持つのだが……その尻尾の根本、つまり彼女の下半身を覆う衣服に、勇海は言及せずにはいられなかった。


「て、ていうかエイミ……何でブルマなんだ? いや、デリカシーに欠ける質問で申し訳ないけども」

「え、これ? えーと、学園の指定らしいけど……《亜人》は受け継いだ魔物の特徴が身体に出るから、出来るだけ動きやすい運動着が推奨されるらしいぞ」

「そ、そうなのか。……いやまあ、ちょっと気になっただけで、別に深い意味はないんだけどさ。ホント、何でもない――」

「しかし、本当に妙な運動着だなー……下着とほぼ変わらないじゃないか。あっ、でも動きやすいのは確かだな。イサミっ、ほらほらっ、見て見てっ、それそれーっ♪」

「あ、こらこら、足をそんな高く上げると、色々と見え……んんっ、はしたないぞ! こ、こっちに向けたお尻をフリフリするのはやめなさいっ! それは、とてもっ……トテモトテモ、際どいのダカラネ!」


 エイミのはちきれんばかりのわがままボディを前に、〝深い意味はない〟という発言も瞬く間に怪しくなる勇海だった。

 が、基本的には純真な心を持つエイミは、勇海の妙な態度を訝しむ事もなく、その場で駆け足しながら言った。


「よーしっ……じゃあイサミ、私と駆けっこで勝負だっ。ここからスタートして、グラウンドを一周して戻ってこよう。もしイサミが勝ったら……ご褒美に、私に〝かまう〟権利をあげるっ♡」

「……へっ!? い、いやいや、急にそんなコト言われても――」

「その代わり、私が勝ったら――ご褒美に、イサミに〝かまってもらう〟からなっ! ふふっ、やる気が出てきたぞっ。それじゃ、よーいっ……どーんっ!」

「それどっちに転んでも結果は同じじゃない!? え、エイミ……エイミさーんっ!?」


 大声で呼ぶものの、何せこのエイミ、出会って一秒で勇海に求婚してきた爆走娘である。猪突猛進を体現するかのように、彼女はお尻と尻尾を勇海に向けて、夢中で走り去っていた。

 広原を思わせる広々としたトラックの外周を、風のように駆けるエイミ――《竜人》の圧倒的な身体能力を前に、完全に取り残されて呆然とする勇海だが、その時。


「――勇海ちゃんっ。調子はどうですっ?」

「あ……み、ミリィ?」


 翠緑色の髪と、細長い耳を持つ《エルフ》の少女、ミリィ=エルフレア――この学園の生徒会長にして、勇海の幼馴染である彼女が、暖かな陽射しのような微笑みを浮かべながら、声をかけてきた。


「エイミさんは、相変わらず真っ直ぐですねえ……とはいえ、本気で競争なんてしたら体を壊しかねませんから、程ほどになさってくださいね、勇海ちゃん」

「え、あ……言われてみれば、周りが《亜人》の子だらけなのに、ただの人間と変わらない俺が混ざって大丈夫かな? 何か邪魔になりそうなんだけどさ……」


 別に勇海は、運動が苦手な訳ではない。むしろ得意なほうだが――とはいえ、それはあくまで〝人間基準〟の話。女子とはいえ、魔物の力を持つ《亜人》との差は、果たして如何ほどのものか。

 若干の不安を覚える勇海に、ミリィは人差し指を立てながら答えてくる。


「あら、だからこそですよ。確かに勇海ちゃんは《亜人》ではありませんが、これからクラスメイトとして共に過ごしていく仲間。人間と《亜人》の身体能力の違いを互いに把握するには、実際に体感するのが一番ですっ」

「! そ、そっか……確かにな」

「それに――身体能力と言っても、ピンキリです。《竜人》であるエイミさんは確かに頭一つ抜きん出ていますが、中には普通の人間さんより体力のない方もいますし。そういう子達の事も考えて、決して無茶はさせないのが我が学園のモットーですからっ」

「なるほど……そう、だよな。……うん、ミリィの言葉を聞いてたら、何か安心したよ。ありがとな、ミリィ」

「! い、いいんですよう、そんなぁ……え、えへへ……♪」

「いや、ホントに助かるよ。……うん、助かる、けど……その、何ていうか」

「? どうかしましたか? 何か聞きたい事があれば、何でもお答えしますよーっ♪」


 うきうきとした様子で片手を突き上げるミリィに、対する勇海は少しばかり言い辛そうに、けれど何とか質問を絞り出した。


「そ、その……ミリィも、ブルマ履いてるんだな。運動着がブルマ指定なのは、エイミから聞いたけど……あ、いや、あんまり見慣れないから、つい気になって……」

「へ? あ、そうですねー。基本的に《亜人》は女子しか生まれないので、私達は気になりませんけど……ちょっと露出度、高いですもんね。勇海ちゃんは男の子ですし、気になるのも仕方ないで……はっ!?」

「? ミリィ、どうかしたか?」

「…………」


 急に固まってしまったミリィに、勇海が呼びかけると、彼女は――なぜか、すうっ、と真っ白な片足を上げてポーズを取り。


「う……うっふんっ。悩殺、ですっ♡」

「……………」

「………う、うっふんっ♡」

「……………」

「………ぁ、ぁぅ」


 勇海は無反応だった――が、決してミリィに魅力がない訳ではなく、むしろ逆である。

 エイミに負けず劣らずのスタイルを持つミリィのセクシーポーズに、心の中で歯を食いしばり、過剰反応しないよう耐えていたのだ。

 幼馴染に変な態度を取って心配させないように、という勇海なりの配慮だが――それはどうも、裏目に出てしまったようで。


「ふ、ふ……ふゎ~~~んっ! 恥ずかしすぎです、顔から火が出ちゃいますっ! 空振りなんて……空振りなんてぇ~~~っ!」

「……はっ!? ミリィ、どうした!? ていうか空振りどころかクリティカルヒットで……お、おーい、どこ行くんだ、ミリィーっ!?」


 ミリィは真っ赤になった顔を両手で押さえ、何処かへと走り去ってしまう。

 一体どうしちゃったんだ、と幼馴染を心配して見送る勇海だが、すぐさま別方向から声が掛かってきた。


「――いさみ、ナニしてる? ……暇か?」

「え? あっ……る、ルゥ?」


 彼女は、狼牙ろうがルゥ――もふもふとした毛に両手足の先を覆われ、ふわふわと柔らかな毛並みの尻尾を持つ、《人狼ルー・ガルー》という種族の少女だ。

 ちなみに彼女も、なぜかブルマを着用していた。

 狼耳をぴこぴこと動かしつつ見上げてくるルゥに、勇海は改めて語りかける。


「ルゥ、どうしたんだ? 何か用か?」

「む。どうした、とはこちらの台詞。今は運動の時間なのに、何もせずボーっとしてる、いさみが変。だからルゥ、声かけた」

「あ……そ、それもそうか。……気を遣ってくれて、ありがとな、ルゥ」

「むむん。……ふ、気にするな、いさみ。ルゥは孤高だから、当然のコトだし……せっかくだから、そんないさみと一緒に、運動しにきてやったのだー。るるる……」


〝孤高だから〟の意味は全く不明だが、それは割といつもの事。ルゥはもふもふの毛皮に覆われた両手で挟んでいたバレーボールを、勇海に差し出してきた。


「? えっと、ルゥ……バレーしよう、ってコトか? はは、ついていけるかな――」

「ちがう。これを、向こうのほうに……投げるのだ、いさみ」

「えっ。……えっ、投げろって……えっ」

「それをルゥが取りに行く。さあ、遠慮するな……さあっ」


 ずい、と押し付けられたボールを勇海が受け取ると、ルゥはいかにもクールな眼差しであらぬ方向を見つめ――そわそわと、逸る気持ちを隠せないように身動ぎする。

 そんなルゥを見た、勇海の心境はというと。


(ルゥは、犬……? いや狼、いや人狼で……でも、犬っぽ……いやいや、狼で――)


 言いたい事は、色々とあった。だが、ルゥが全身で表現してくるような期待に、勇海は何も言えなくなり――ボールを、投げた。ぽーんと、思い切り、力強く。

 すると、ルゥは――


「! るるるるっ……るーーーっ♪」


 何やら嬉しそうな声を上げ、疾風のように駆け、あっさりとボールに追いついてしまう。そのままもふもふの両手に挟んだボールを、あっという間に勇海の眼前に持ってきて、


「るっ、るっ♪ 楽しいなっ、楽しいなっ、いさみっ」

「!? お、おお……おぅふ」


 ぶわさ、ぶわさ、とちぎれんばかりに尻尾を振るルゥの純真な愛らしさに、ついノックアウトされそうになる勇海。

 対するルゥはボールを挟んだまま、大きく息を吐いた。


「ふーっ……ルゥ、なかなかに満足。もっとやりたいけど、他の遊びも捨てがたい……ので、ボール、片付けてくる。戻ってきたら、また遊ぶぞ、いさみっ」

「あ、ああ。俺で良ければ、もちろん……って、一緒に片付けに行こうか?」

「ふ、問題ない。これくらい、一人で充分――何せルゥは、孤高なのだからなっ」

「孤高の意味は相変わらず分からんけども……って、もう走り出して!? る、ルゥ!?」

「いさみ、待ってろよーっ。すぐ帰ってくるからな、ゼッタイだぞーっ。るるるーっ」


 言葉だけを置き去りに、ルゥは尻尾を振ったまま駆けていく。


「う、うーん、待ってろって言われてもなぁ……って、ん?」


 ルゥを見送った勇海の目が、不意にグラウンド端に設置されたベンチに座る、真紅の髪を持つ少女の姿を捉えた。


「あれは……おーい、アン! こんなトコで、どうしたんだ? 運動しないのか?」

「……ん? あら、勇海じゃない」

 

 アイドル顔負けの美少女、アン=デッドレイズ=ミリアード――一見すると人間にしか見えない彼女も、もちろん《亜人》である。しかし、一体何の《亜人》かというと。


「運動しないのか、って……アタシが《ゾンビ》の亜人で、ちょっとしたコトで腕とか取れちゃうの、知ってるでしょ? 変に動くと面倒だし、体育の時間はこうやってジッとしてるコトが多いのよ、アタシは」

「! そ、そっか……何かごめんな」


 そう、アンは《ゾンビ》の亜人である。だからこそ彼女自身が言ったように、思いがけず腕が取れてしまうような事態も、往々にして起こるのだ。

 自身の発言が無神経だったと恥じる勇海だが、アンは全く気にしていない様子で言う。


「謝んなくていいわよ。アタシが常時回復魔法のかかってる……《超回復型ゾンビ》だって、アンタも知ってるでしょ? 腕が取れてもすぐ治るし、大したコトじゃないわ」

「……いや、少し考えれば分かるコトなのに、無神経だった。それでアンを傷つけるようなコトしたくないし、しちゃいけないと思う。……やっぱり反省するよ」

「い、イイってば! それにアタシ、このおかげで日焼けとかも一瞬で治るし、悪いコトばっかじゃないし? ……それに、こうして……アンタと話せるのも……ごにょごにょ」

「え……アン? 最後のほう、よく聞き取れなかったんだけど……」

「! き、聞かなくてイイのよ、ばかっ!」

「そ、そっか? 気になるけど……分かったよ。……うん、そうだな、じゃあさ」


 顔を赤くしてそっぽを向くアンに、これ以上の追及は野暮と考えた勇海は――それよりも、と思いついた提案を口にする。


「アン、よかったら俺と――準備運動、してくれないか?」

「へ? な……何で、アタシと?」

「ほら、確かにアンは、激しい運動は難しいかもしれないけど……柔軟とか軽い運動なら出来るだろ? せっかくの体育の時間だし、座ってるだけじゃ退屈しないか?」

「! え、あ……な、何よ、気でも遣ってるワケ? べ、別にアタシは、そんな――」

「あ、えーと……イヤだったら、もちろん無理にとは言わないけど――」

「い、イヤなんて言ってないでしょーが! ちょ、ちょっと待ってなさいよねっ」


 言いながら立ち上がったアンに、勇海は軽く失笑する。やっぱり退屈だったのかな、などと考えていると、地面に座り込んだ彼女の急かすような声が飛んでくる。


「ちょ、ちょっとー、言いだしっぺがボーっとしないのっ。ほら、早く来なさいよっ」

「あっと……悪い悪い! よーし、それじゃ背中、押すから――」

「へ? ナニ言ってんのよ……アタシの前に座って、引っ張りなさいよ。アンタも一緒に柔軟したほうが、効率的でしょっ」

「え、あ……そ、そっか? よ、っと。……ん? あれ、この体勢って……――!?」


 言われるまま、彼女の前に座った勇海、目の前の光景に絶句。こちらに向けた足を開脚した状態で、その細い足の付け根には――元気に食いこんだブルマの姿が――!


 あまりにも目のやり場に困る光景に、勇海が慌てて声をかけようとするも。


「あ――アン!? ちょ、ちょっとヤバいって、やっぱり別の――」

「ああ、アタシの腕が取れないかって心配してるの? 大丈夫よ、魔力を集中させてれば。よーし……さあ、引っ張りなさいっ」

「いやそうじゃなく! 集中してるせいで気付いてないのか!? あ、ああ……もう!」


 困り果てる勇海だが、アンは集中しているのか、もう聞いていない。ならば変に指摘して恥ずかしがらせるより、勇海も厳格に事に臨もうと決心した。


「よ、よし……じゃあ引っ張るぞ!(そうだ、アンは真剣なんだ……俺も真面目に応えないと! そう、変に意識せずっ――!)」

「んっ。……あッ、きつ、いっ……や、んっ。い、勇海、だめぇっ……ふ、あんっ!?」

(――って出来るかァァァ! 何だこの艶めかしい声! 無自覚か!? 無自覚なのか!?)

「は、あっ……アタシ、体固いのよねー……ゾンビだからかしら。……あっ、次はアタシが引っ張るわよ。ふふーん、反撃してやるんだからっ。えいっ、えいっ♪」

(ぁぁ、めっちゃ力弱い……けど、引き寄せられると……ち、近づく……ブルマに近づいていくぅ!? しかも柔軟してるせいか、さ、更に食い込んでっ……ぐ、ぐぬぬっ!)


 この無自覚な色気に、勇海、限界――勢い良く立ち上がり、準備運動を中断した。


「こ――ここまでにしよう、アン! も、もう充分だからさ!?」

「ふ――ふえっ!? もう限界なの? もぉっ、だらしないわねー。男の子とはいえ、アタシより体固いなんて、相当よー? ふふっ」


 アンの言う〝だらしない〟とは別の意味で憔悴している勇海だが、彼女は体を動かして満足したのか、いつもより上機嫌だ。

(ま、まあ……アンが良ければ、いいか。……うん、そうだよな。……ん?)

 軽く和みかけていた勇海だが――不意に背後から、息も絶え絶えな声が聞こえてきた。


「ぜぇ、ぜぇっ……い、勇海、さん~……」

「あれ、この声……って……ら、来夢!?」


 水色に潤う髪を持つ彼女は、来栖来夢くるすらいむ――《スライム》の亜人だ。そんな来夢が、どうした事か、ふらふらと近寄ってきて、


「ふ、あ―――んにゅっ」

「あ……危なっ、っとお!?」


 倒れそうになるも、すんでのところで彼女を抱きとめ、勇海は慌てて語りかける。


「ど――どうしたんだ、来夢!? ふらっふらだぞ、何かあったのか!?」

「じゅ、授業に遅れないよう、急いで来たんですけど……が、学園も、グラウンドも、広すぎて……つ、疲れちゃってぇ……」

「辿り着くだけで疲労困憊!? だ、大丈夫なのか、来夢ーっ!?」

「だ、大丈夫ですぅ……お水はちゃんと、多めに持ってきてますのでぇ……ごくごく」

「そ、そっか……なら良かった……ほっ」


 来夢は《スライム》の亜人ゆえに、普通の人間より多く水分を必要とする。首からかけていた水筒を傾け、こくん、こくん、と水分補給する来夢を見て、アンが口を開いた。


「ほら、こういうコトもあるし、回復魔法が得意なアタシが待機するコトも必要なのよ。保健委員みたいなもんね。中にはヒートアップしすぎて怪我する子もいるし……来夢みたいに、体力がない子もいるから」

「な、なるほど、そういえばミリィも、そんなコト言ってたな……合点がいったよ」

「でしょ。……まあ来夢は水も充分だし、大事ないでしょーけど……念のため、座って休んだほうがイイんじゃない? ほら勇海、そのままベンチに連れていきなさいよ」

「そ、そうだな、それじゃ……ん? …………は、はうあっ!?」

「? 何よ、変な声だして……勇海?」


 尋ねてくるアンに、勇海は答える余裕もない。

 何せ、抱きとめていた来夢は――最初は慌てていて、気付かなかったのだが。


 ――運動着が、スッケスケなのだ――!


 来夢は《スライム》の亜人ゆえに、体は普通の人間とは比べ物にならないほど、水分に富んでいる。常に体外へと水を放出しているほどなのだから、布地が透けるのも必然。

 その体質ゆえに、着衣の下には常にスクール水着を着込んでいるが――それで安心してしまっているのか、それとも透けているのに気づいていないのか、今の来夢はあまりにも無防備だ。


(だ、ダメだ、密着してると危険だ……R指定的な意味で! す、少し離れないと……)

「あ……きゃんっ。ご、ごめんなさい、勇海さん、足元がおぼつかなくってぇ……」

(くそうダメだ裏目に出る! 俺の行動の全てが裏目に出る! 焦ったせいで、さっきより密着して……う、うおおおお……!)

「あ、あの、勇海さん? ……ご、ごめんなさい、迷惑ですよね……う、うう~……」

「!? い、いや、違う違う、そんなコト思ってないって!? 何ていうか、その……」


 勇海の異変を察してか、涙目になる来夢を見て――こうなったら正直に言ってしまおう、と勇海は腹をくくる。


「そうじゃなく――目のやり場に困ってさ!? ほら、その……来夢の運動着、汗で透けちゃってるから――」

「――はい? 汗? 汗とは何のことでしょう? わたし、汗なんてかいてませんよ?」

「あっ。………あっ」


 勇海、失言――そう、来夢は水分を体外へ放出する性質を持っているが、それを汗と呼ばれる事を嫌うのだ。いつもは大人しい彼女が、豹変してしまうほどに。

 そう、来夢は女の子として、汗っかきと思われる事など許せないのだと――!


「わたしは汗っかきじゃなく――汁っかきなんですからぁ――!」

「いつも思うんだけど、そっちのほうが恥ずかしくない!? 汗より汁のが格式高いの!?」

「ほらっ、汗臭くないですからっ……嗅いでみてくださいっ! もっと顔を近づけてっ……もっと、くんくんってぇ!」

「ちょ、落ち着いて……むむ胸に顔、抱き寄せたらヤバイって!? ごめんわかった、わかったから!? Rが……Rの脅威が押し寄せてくるゥ!?」


 確かに、汗臭さなどない。むしろ花の蜜のように甘やかな香りが漂ってくるが、今はそれを堪能している余裕もなく――


「ちょっ、来夢――離れなさいっての! もうっ、落ち着きなさいよ……って、あら?」

「……わ、わたし、なんて大胆な……ぁ、ぁゎゎ……ぷるぷるぅ……」

「……ま、まあ、注意するまでもなく、反省してるみたいだし……いっか、うん」


 アンが協力してくれて、何とか引き離しに成功した。

 沸騰しそうな勢いの来夢をベンチに座らせ、一息ついたアンが、勇海に向き直る。


「勇海、アンタもおつかれ。来夢も、もう大丈夫でしょ。……ていうか自習とはいえ、アンタは運動しなくてイイの? アタシが言うのも何だけどさ」

「え? ああ……あれ? ……運動といえば、何か忘れてるような……」

『……い、イサミ……?』

「ん? ………えっ」


 背後から響いてきた声に釣られて振り返ると、そこには薄っすらと黄金色の輝きを放つ、美少女ドラゴン――エイミがいた。

 そういえば、と勇海が思い出したのは、彼女に(一方的に)挑まれた駆けっこ勝負。

 次から次へと、色々な事が起こり過ぎて、すっかり忘れていたが――


「い、イサミ……そんな、まさか……っ、まさかっ……!?」


 結果的に放ったらかしてしまった事を、当然エイミは怒っているだろう。彼女の肩はわなわなと震え、ぐっと拳を握りしめ、憤りのままに勇海へと飛び掛かってきて――!


「――私の目にさえ留まらぬ速さで、先にゴールしてたのかっ!? すごいぞ、イサミっ……それでこそ私の許嫁だぁーっ!」

「えっ。……ええっ!? ご、誤解だぞ!?  俺はただ、ここから動いてなかっただけで……いや、放ったらかしちゃって、本当に悪かったけど……でも、俺は何も――」

「ふふっ、謙遜するな、イサミ……完膚なきまでに敗北を喫したのは悔しいが、今はそれ以上に胸が高鳴ってるんだ……さあっ、約束通り……私を〝かまって〟くれーっ♪」

「いやだから、それはどう転んでも同じ結果だったろ!? そもそも勝負自体……んっ?」


 その時、勇海の耳に聞こえたのは、地響きのような――いや、何かが駆けてくる音。その音に振り返った勇海が真っ先に目にしたのは、天を衝くような一本の長い角。


「わ――わあっ!? 勇海殿!? そっ、そこをどいてくれぇーっ!?」

「え。どけ、って……ゆ、ユニ!?」


 遠くの方から全力疾走してくる彼女は、《ユニコーン》の亜人、一角ひとつのユニ――ブルマからすらりと伸びるおみ足の健脚ぶりは結構だが、今はそれが仇となっている。

 振り返った体勢の勇海は身動きが取れず、ユニに声を投げかける、が。


「ゆ、ユニ――何とか、避けるか止まるかしてくれ! 頼む!」

「! わ、分かった、任せて――あ、すまぬ、やっぱダメだ……くっ、殺せぇーっ!?」

「ちょ、諦め早すぎ――う、うわあッ!?」


〝くっ、殺せ〟という不思議な口癖と共に、激突してくるユニ――したたかに吹っ飛ばされた勇海に、エイミが手を伸ばすも――!


「なっ……い、イサミ――ぃ?」

「え――おわっ、っぷ?」


 勇海は吹っ飛ばされた先で、ぽよんっ、と柔らかな感触に助けられた。クッションだろうか、それにしては凄まじい弾力だ、とぼんやり考えていると。


「あらあら~……勇海くんってば、大胆ね~。うふふ~♪」

「え。……か、カナ子さんっ!?」


 2メートルはありそうな高身長を誇る彼女は、《オーガ》の亜人、鬼怒川きぬがわカナ子。

 しかし大きいのは、身長だけではない。いわゆる女性的な部分……そう、例えばブルマで強調されている臀部だとか――勇海が今まさに顔を埋めている、胸とか、胸部とか、バストとか。


「すっすす――すいません、カナ子さん!? す、すぐどきますからっ……」

「え~っ、そんなのイヤ~。せっかく来てくれたんだもの~……抱きしめさせてほしいわ~、えーいっ♪」

「え、ちょ……力、強すぎ――あだだっ!?」

「あっ……こうやって抱き合うのも、体育の一環かしら~? うふふ~」

「そんな淫靡な授業ありませんって!? どっちかというとプロレスで――いてててっ!?」


 ぎゅぎゅっ、と力を籠めて離さないカナ子に、勇海が身悶えていると――今しがた自分を吹き飛ばしたユニが、申し訳なさそうな顔で救いの手を――!


「くっ、すまぬ勇海殿。私、走っていると何だか楽しくなって、周りが見えなくなってしまうのだっ……かくなる上は、この罪を贖うためにっ……くっ、抱かせろぉっ!」

「毎度のコトだけど、無理して『くっ』から始めなくて良くない!? いや、ていうか……助けて欲しいんですけどーっ!?」


《鬼》と《ユニコーン》の亜人タッグによる、重量級(胸のこと)サンドイッチの開幕だ。地獄の息苦しさと天国の柔らかさに包まれ、もはや抵抗らしい抵抗もできない勇海に、アンが危機感のこもった声を上げる。


「ちょっ……ナニしてんのよ、二人とも!? 勇海、このままだと怪我じゃすまないわよ!? いい加減に離しなさい――」

「っ……う、ううっ……う~~~っ……!」

「え……はっ!? エイミ、ちょ――きゃっ!?」


 瞬間、薄っすらと金色に輝くエイミの体から、金色の炎が立ち昇る。それを見たユニとカナ子の拘束が一瞬緩んだ事で、勇海は何とかサンドイッチから抜け出せた、が。


「ふ――ふんぬっ! はあ、はあ……え、エイミ……どうしたんだ?」

「うう~っ……決まってるっ。イサミを、イサミを奪われたからぁっ……」

「! ま、まさか俺を助けようと……? 大丈夫だ、エイミ! 俺は全然平気で――」

「――イサミ争奪大会の挑戦状と受け取った! 望む所だっ……全員蹴散らして、イサミを取り返してやるーっ!」

「うーん初耳! そんな大会、開催された覚えはないぞー!? 今日のエイミ、いつも以上に暴走気味じゃない!? 体育の時間だからテンション上がっちゃってるのか!?」


 そういう子、いるよね――などと和やかな話をしている場合ではない。

 エイミは、地上最強の生物金竜の亜人である。その最強たる所以、金色に燃ゆる《金炎》を体の各所から噴き出しつつ、彼女は威圧感たっぷりに口を開いた。


「さあ、今こそ見せてやろう、この私の実力――《金竜》炎吐き選手権・亜人系女子部門・全十六回十六連覇の実力を――!」

「すご……いや凄さが良く分からないんですけど! そんな大会あるの!?」

「私が生まれてから《金竜王》のおじい様が設立したけど、参加可能なのは私しかいないから、毎年不戦勝だったんだっ! ちなみに今年は参加すらしてなかったぞ!」

「やっぱ全然すごくなかった! すごくなかった……けど、これは……ッ――!」


 大会は全くのハリボテらしいが、エイミの実力自体は本物――触れるもの全てを焼滅させる《金炎》の脅威を前にして、勇海は自身の周囲を見渡す。


(俺の後ろには、ユニとカナ子さん……近くにはアンと来夢もいる。皆に危険を及ぼさず、エイミを止めるには――アレしかない!)

 真っ直ぐ前方を見据え、勇海は強く、心を決めた。

(《救世主》の――じゃなく! 俺の力を――《吸精主》の力を、使う!)


 そう、それこそが勇海に秘められた力――彼女達の素肌のどこかに〝口づけて吸う〟事で、《亜人》の持つ魔力の源、即ち精力を吸収できるのだ。

 少しばかり《救世主》のイメージとはかけ離れた、微妙に卑猥な《吸精》能力ではあるが――それでも皆を救えるのなら、エイミに誰も傷つけさせずに止められるのなら、勇海に迷いはなかった。


「悪い、エイミ――吸われるのなんてイヤだろうけど、俺はエイミを――止めるぞ!」

「喰ら――えっ? ……吸う、の? ………あ、ああーっと、どうにも調子が悪いのか、私の《金炎》が出ないー。この機を逃さず詰め寄られでもしたら、私には抵抗できないぞー。どうしよおー、困ったぞぉー」

「! これは……チャンス!? うおお、当たって砕けろだーっ!」


 なぜか《金炎》が弱まり、くねくねとしているだけのエイミに、勇海が急いで突撃する――が、それが裏目に出てしまった。今日は本当に、色々な事が裏目に出る日である。


「うおお………あたっ」

「わ、わあー、ちゅうー……ふえっ?」


 エイミからは、かなり離れた所で――勇海は蹴躓き、タックルするような形になる。

 この学園に転入した初日にも、似たような事があった。その時も、〝とんでもない所にチュー〟してしまったものだが――今回は、またその時とは別の意味で、とんでもない所に口付けてしまう。


「むぐっ。……ん、ん……んんんんっ!?」

「ふ、え……い、イサミ……そこはッ――!?」


 勇海の視界に広がる光景は、ぴちっ、と艶めかしいラインの浮き出るブルマ。

 そう、勇海が今、口付けているのは――エイミの肉付きのいい、内ももなのだ――!

 すぐ離れようとするも、混乱気味のエイミは内股で力を入れてしまっているらしく、微動だにできない。窒息の危険さえある中、ついに勇海は吸う事を余儀なくされ。


「ん、んぐ、ちゅ――チューーーッ!」

「あ、ふあっ――ふ、あぁぁぁんっ!?」


 嬌声が一つ、高らかに上がり――くてん、とエイミの体から力が抜ける。それが《吸精》の力のせいか、それとも予期せぬ場所を吸ったせいなのか、定かではないが。

 しかし脱力するエイミを抱きとめながら――勇海の心中を襲う感情は。


「……お、俺は……嫁入り前の女子に、何てコトをぉぉぉ!? いや許嫁だけどもー!」


 とてもデリケートな部分に口付けてしまった罪悪感を叫ぶ勇海に、そこであらぬ方向から声がかけられる。


「い、勇海ちゃん……幼馴染の目を盗んで、なんという……なんという事をっ」

「え……み、ミリィ!?」


 そう、それは勇海の幼馴染であるエルフの少女、ミリィ=エルフレア――生徒会長としての責任感からだろうか、厳しい目を向けてくる彼女に、勇海は弁解しようとするが。


「ち、違うっ……これは俺の不注意で……いや、それは本当に悪かったけども! でも、悪気があったワケじゃ――」

「――勇海ちゃんっ!」

「っ! み……ミリィ……!」


 勇海の言葉を中断し、全員を代表して、ミリィが放った一言は――!


「――エイミさんだけじゃなく、許嫁全員、平等に〝かまって〟くださーーーいっ!」

「そーよ! えっちなのは許さないんだから……って、えええ!?」


 続こうとしたアンだが、ミリィの発言は、どうも彼女の思惑からは大きく離れているようだった。

 とはいえそれは勇海も同じで、思わず呆然とするも――もふもふな毛皮を持つ《人狼》の少女、狼牙ルゥも帰ってきていたらしく、勇海に語りかけてきた。


「見たぞ、いさみ……なかなかのどすけべさんめ。仕方ない、遊ぶと約束したからな……ルゥの太ももを、存分に吸うがよいっ」


 更には、一部始終を眺めていた《スライム》少女の来夢も加わり。


「い、勇海さん、やっぱり大胆ですぅ……わ、わたしも、負けてられませんっ……すすっ、スク水でよければっ――どうぞっ!」


 一体何をどうぞしているのか。全く以てカオスな状況に、スタイル抜群の《鬼》娘カナ子と、くっころ《ユニコーン》ユニも。


「あらあら~、まさか私達がブルマを履いてきたの……このための布石なのかしら~」

「なっ!? み、自らの意志で履いたとばかり思っていたのに、そんな恐ろしい深謀遠慮がっ…………くっ、殺せ!」


 どうにも濡れ衣を被せられている気がする、が――何やら興奮気味な彼女達に、勇海は取り囲まれ、揉みくちゃにされる。そう、ブルマと太股に、ね。

(エイミの太股を吸っちゃった罪悪感に打ちひしがれていたら、なぜか皆に太股を押し付けられている……ナニを言ってるのか分からないと思うが、俺にもナニが何だか分からない……一体、どうなってるんだ……)


 困惑する勇海を尻目に、許嫁達は迫り続けてくる――普通ではありえない、《亜人ちゃんの学園》でだけ起こる、珍妙な出来事。

 そう、これこそが、《亜人学園》の――ごくごく一般的な、日常風景なのだ――


「――いや、これが普通ではないけどね!? 俺が人の太股を吸うのが日常茶飯事みたいに言わないでくれる!?」

「い、イサミぃ……こういう時は……『もうブルマなんてコリゴリだよ~』だ、ぞ………がくっ」

「チャン、チャン♪ ……ってやかましいわ! 最後の気力を振り絞って言うコトじゃないだろエイミ!? ああもう、保健室……保健室に運ぶからな!?」


 この後、めちゃくちゃ看病した。

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