09/24/14:00――湯浅あか・カウントダウン

 座ったまま片手を差し出すと、しばらく視線を落としていたリイディは、負けたと言わんばかりの苦笑と共に、ポケットからレッドを出した。僕はケーブル――これも自作だ――で自分のものと繋ぎ、プログラムをいくつか走らせて書き換えを行う。

 レッドは二つ所持できない。

 レッドは現在地を管理課に常時送信している。

 レッドはあらゆる制御の要である。

 この三つを無効化しておけば、あとはどうとでもなる。ついでにざっと内部を調べてみると、管理課への直通回線を持っていた。ハッキング用の裏口ではなく、あちら側に認めさせた上の秘匿回線。何かの代価に許可させたのか――ああ、いや、こんな詮索はもう必要ないか。

「はいよ。じゃあ――行くかな」

「どこへ行くのか訊いていいかい」

「どこって……そうだなあ、じゃあ管理課にしよう、うん」

「決まってないんかい……」

「うん? そうだね、まあ……いろいろとあるのさ」

「楽しそうだねえ」

「そう見えるなら、訂正はしないさ。じゃあね正晴、古宮。あとは好きにするといい、僕も好きにするよ。ま、今までありがとう。僕の口からは二度と言えないかもしれないから、伝えておくよ」

「――待て、お前」

「待たないよ」

 僕は。

「死ぬつもり……なのか?」

「まさか。けれど、どうであれ殺されるだろうね」

 そうだ。

 どうであれ、僕は無様に殺される。痛みという痛みを教えられ、殺戮と呼ばれるほど無残に、誰もが目を背けるほど残酷に、狂気の中に沈む。

 それだけのことをやってきたし、今もやっている。

「――だからどうした」

 そんなもの、五年も前から知っている。

「そうでなければ、誰かを殺すなんてことはできないよ」

「……想像してたより、随分と根深いねえ」

「うん? 当たり前のことだよ。ただ皆は忘れているだけさ。――ここに来る前は、動物を殺して生きていたんだからね。リイディだってそうだろう?」

「あたしは忘れたことなんかないさね」

 それは良好だと思いながら廊下を歩きつつ、レッドの操作を続ける。ここから先は手数の勝負になるけれど……どうしたものかな。猶予をどれだけ与えるか、か。

「すぐに準備を始めたんかい?」

「ここへ来てから? まあそうだね、僕は受け身なんだよ。その癖に一度攻撃へ転じると限度を知らない――なんて、よく言われたものだ」

 僕の準備は防衛のためではなく、攻撃のためのものだ。もしも受け身ではなく攻め気に身を委ねれば、すぐにでも始末をつけられる。攻撃材料を山ほど抱えているのだが、しかし、起爆するまでは受動的――な場合が、ほとんどだ。

「そんな僕を、こゆきは知っていたのかもしれないね。受け身であればこそ、動かしたくはないと。リイディはどうか知らないけれど」

「記録係がいると迷惑かい?」

「いや、お好きに。ただし、あまり僕には近づかないほうがいい。観察者としての立ち位置は尊重するけれど、手ごろなのが傍にいると、うっかり囮や人質に使いたくなる」

 ま、そもそもリイディにそのような価値はないか。

 ――価値。

 意味と同様に価値もまた、理由とは違ってひどく独善的なものだ。あるいは、固有のものと言ってもいい。僕にとってすべてがどうでもいいように、誰かにとってその中の何かが、大切な場合もある。

 僕?

 少なくとも僕にとって価値があるのは目的そのもので、一過性のものでしかないけれど、まあ所持していたことになるのだろう。

「アカは、平等だねえ」

「――え? それは、今まで言われたことのない評価だな。興味があるね、聞かせてくれる?」

「気付いてねえのかい、こりゃまた根が深いねえやっぱり。――どうでもいい、そういうことだ。心底から何もかもがどうでもいいなら、価値も評価も意味も、比較すらおこがましいほどに平らで均衡していて、突出がないのならばそれは、平等よ。狂ってなくちゃあ、こんなふうにはなれねえよ」

「……ま、そうかもね」

 それにしても、警備部の腕章をつけている人間とすれ違うけれど、僕には気付かないようだ。捜索命令が出されていないのかな。リイディのレッドが無反応になったことは管理課に伝わっただろうし、少し考えれば僕が関わっていることに気付いても良さそうなものだけれど……まあ、いいか。

「平等ね……でもそれは、僕に限った話じゃないさ」

「そうかい?」

「そうだよ。好き嫌いがあっても、食べ物は食べ物じゃないか。そこに変わりはないよ」

「好き嫌いがそもそも、ないじゃんかよお」

「それもそうか。しかし、温室育ちってのは節穴が過ぎるな。なあリイディ、僕はそれほど低脅威目標に見えるかな?」

「いや……ユキが戻ってないからじゃろ」

「へえ、そうか。うん、いてもいなくても、やることは変わらないか。じゃあ当面は、こゆきが本当に僕の妹かどうか確かめるところから、家探しでもしようか」

「しようかって……あんたねえ」

 散歩ほど遅くもなく、それなりのペースで人を避けながらの移動に、リイディはついてくる。それをちらりと一瞥して、僕は前を見た。距離は……まだ、あるか。

「リイディもそれなりに鍛えてるね」

「――アカと一緒で海兵隊さあ」

「へえ? そうは見えなかったな。実際にさっき背負った時までは、柔らかい感触しか知らなかったしね。でも、よくそんなことしたなあ……ブリザディアの一人娘を、エイクはよく許可したもんだ」

 もちろん、自分のことは棚上げだ。

「アカに興味を持ったから、同じ道を歩いてみたいと思ったんよ。親父が降参だって言ってたからねい」

「あはは、そりゃ厄介な好奇心だ。となると情報の出所は養父のクソッタレか。まさか情報を買ったんじゃないだろうね」

「まさか、教えてくれたんよ」

「まったく……情報の有用性について教えたのと同じ口で、よくしゃべる。死人には人権がないと思ってるなら大間違いだ」

「……口が悪いねえ」

「――僕にとって、信用はしないけれど信頼している人物は三人しかいない。養父はその一人だ」

「それは……認めてるってことかい?」

「そうだよ。あとはたった一人の友人と、その友人の知人だ。僕がクソッタレと毒づくのも、大抵はその三人だろうし、口が悪くなるのもその裏返しさ」

「……」

「まあでも、だったら僕が守る必要はないね」

「あたしは上等兵で止めたのさあ」

「なんだ、根性あるじゃないか」

「アカはどうなんだい?」

「聞いてるんだろう? 二等軍曹だよ。今となってはどうでもいいし、僕は勲章が欲しくて軍部に入ったわけじゃない」

「じゃ、理由はあったんだねえ?」

「健康上の理由で、適度な運動は躰に良いからね。それに――現状で武力を持っているか否かは、成功率に大きくかかわるだろう?」

「……まさか」

 ――ん? 誰かが僕を発見したな。そして、誰かに報告へ急ぐ……という去り方だ。追いかける……いや、追いついてどうするって話か。対多戦闘は苦手だが、頭を潰せば各個撃破にも持ち込めるし、今はまだやめておこう。

「まさか、このために……? 確定もしていない未来のために?」

「手は打っておくに越したことはないよ。失敗したところで、たかが自分の人生を棄てるだけの話じゃないか」

 まあ、これは言い過ぎだけれど。なにしろ僕は軍部に入ったことに見返りなど求めていなかったし、もしも現状があればと考えていたのは事実だけれど、なくても後悔をしたり無駄だと思うことはなかっただろう。

「――けれどね、リイディは僕を止めないんだ」

「あたしだってまだ命は惜しいさあ」

「……そうか」

 信頼していたさ、僕は、間違いなく、頼っていたし、信じていた。

 だって――あの三人は、間違いなく、僕を止めてくれたから。止められるだけの力を持っていたから。

 それをリイディに求めるのは、付き合いも短いのだし筋違いなのは承知している。だからって無抵抗に止められるつもりはないのだから、欲張りな、いわゆる無茶な要求だろう。けれど確かに、僕は胸のうちで、誰かに止めて欲しいとも思っている。

「――」

 声が届いて、僕は足を止めた。管理課はもう目と鼻の先。続くように慌ただしい足音が響く。姿を見せたのはディ――と、その隣に男が一人付き添っていた。

「雨天さん!」

 呼吸がやや乱れているディとは違い、男は疲れている様子は見えない。それなりに鍛えているだろうし、柔道経験者か? いやに重心が整っている……風貌は東洋系となると、元警官が近いかもしれないな。それとも同郷? 名前は忘れたけれど、二人目ってことか。

「ようやく見つけました……」

「二人だけ? 制圧するには人数が足りないと思うんだけどね。ああ、ちなみに、リイディは無関係だよ。同行は許可しているけれど」

「ディ、こいつが危険因子か?」

「それは……」

「ディ、こいつがエルを壊しやがったと、本気で言うんだな?」

「その通りだけれど、なにか問題でもあったかな」

「あるだろう」

 男が近づくと、視線がやや高い。というか、僕が小さいのか……上へは伸びなかったんだよなあ。

 視線は鋭く、強い。だがそこには、生きることに貪欲で、ぎらぎらと光る意志をたたえながらも、暗く濁ったような気配はない。軍人であれば多くの者がそうなるのだけれど、こいつはただ強いだけだ。場慣れはしているが、戦場慣れとは違う。

「悪質な冗談か何かだ」

 あ――まずいな、これは。どうしたものか。

 脅威の度合いが分析できた時点で、どうでもいいと思ってしまう。二日前に書置きを発見してから、どうも、癖になっているのか、こうした状況に陥りやすいなあ。脱臼じゃあるまいし、癖になるようなものじゃないと思うんだけど。

 襟首を掴まれた時点で、背後に顔を向ける。

「手は出さないんだね?」

「悪いけど、あたしはアカがどうなったって知らんさあ。アカだって同じじゃろ」

「うん、まあそうかもね。けれど一つ頼みがあってね――」

「おい」

 殴られた。さすがに躰が勝手に反応して打点をずらしたので、致命傷にはならなかったけれど、危ない。脳を揺らされていたらそこで終いだ。

「スイッチを入れろと、言ってくれないかな」

「てめえ――こっちを向け」

 二度目、そして。

「えっとお……スイッチを入れろ?」

 オーケイ、諒解した。

 それは彼女が、友人が、僕のなんでも放棄する性格を、せめて限定的にでも押しとどめるために、お前いいから戦場であたしが隣にいる時には止めろよと、蹴られながら言われた結果として、僕の中に創り上げたスイッチ。

 作戦行動を遂行するためだけの引き金。眼前の目標を達成するために、諦めることを封じるための撃鉄が落ちる。

 けれど、何故かそれを入れると、――僕は笑ってしまうのだ。

「ははは」

 まったく、捕虜拘束のセオリーも知らないのか、こいつは。投降に応じたら、武器をまだ持ってる奴から殺せってのは、常識だぜ。

「いい加減……――!?」

 飛び退く男に追撃はせず、僕はやはり振り返ってリイディを見る。

「助かったよ。こればっかりは他人の声、たぶん女性のものじゃないといけないからね。二発で済んで良かった、――戦場の勘を取り戻すのには必要だったけれどね」

 口にある血を吐き出して振り向けば男は、その太ももにナイフを生やしながら奥歯を噛みしめたようだ。ま、ナイフとはいえ、金属を削った自作のものだ。そういった作業はよく彼女とやったので、そう労力は要しなかった。

 さてと。

 不意打ちができるならばやれ。殺せるなら殺せ、できないなら移動力を奪え――だ。

 僕が踏み込むと、男は腕を前へ伸ばして反撃を試みる。それをしゃがむことで回避しながら、左手で肘の内側にナイフを突き立て、空いた右手は太ももに刺さったナイフを引き抜き、顔を上げれば視線が合う。

 僕は笑い、――男は痛みに身を竦めている。

 なんだ、この程度で。それほど素早く動いているわけでもなし、ただ目的を達成するために効率的な動きを順守しているだけで――そら、右のナイフが片眼に突き刺さる。

「おっと、さすがに脳まで達するには踏み込みが足りないか」

 一度離れる素振りを見せながら、思い切り膝の上へブーツの底を叩きこむ。骨が折れたのを確認するよりも前に、倒れようとする男の重心制御をしつつ、目に刺さったナイフを手に取り、そのまま、背後へと倒して。

 僕は体重をかけるようにしてナイフを押し込む。

「――」

 びくり、と全身を一度震わせた男から僕はナイフを二本引き抜き、懐のショルダーハーネスに戻す。それからスイッチを切り、吐息を落とす。

「どこにでも、こういう馬鹿はいるもんだねえ」

「――なんだ、平気そうだね、リイディ」

「平気ってなにが? アカの異常性については、悩んでるところ」

「ふうん。二度目のはずのディは、怯えているようだけれどね」

「雨天さん……なにを」

「なにって、殺しただけじゃないか。忠告はしたはずだけれどね」

 本音を言えばたぶん、十人も集められれば、僕は対応しきれないはずだ。けれど、ここの連中はあまりにも屍体を見慣れていない。こうして被害者を出せば、手出しは難しくなるだろう。

「もう……私に止めることは、できませんか」

「できるよ。簡単なことだ。――僕の目的をそっちが先に達成するか、僕を止めればいい。それだけのことだ。ああ、でもサーヴィスはしておこう、忠告だ。警備部、管理課の全員はスフィアを使わないほうがいい」

「……」

 返答がなかったので、僕は視線を逸らして管理区への一歩を踏み出して進む。面倒なのが集まる前に、そろそろ開始のための手を打っておくか。

「ディ、ユキは?」

「まだ、お戻りになってません……」

「そうかい。あたしは一応、アカには協力もしないけど敵対もしない方針さあ。行動の記録を取るつもりでの同行」

「リイディさんはそれで良いのですか」

「良くはないねえ」

 でも悪くもないさと、どこか諦めるような声を聴きながら、僕はレッドを取り出して操作する。既に作っておいたプログラムコードを実行してから三秒、派手な爆発音が僕の向かう先、管理区の一部から聞こえた。その音以外の声が一切しなくなってから一分ほど、慌ただしくなった気配を感じながら、そういえばガスマスク装着訓練もやったなあ、などと爆発から昔を思いだし、煙の多い管理区へ踏み込む。

「ちょ、ちょっと何をしたのさあ」

 慌ててついてきたリイディが、背後ではなく横に並ぶ。その判断がどのような基準なのか定かではないけれど、まあ気にしなくてもいいか。

「たぶん予想通りだよ」

「うわ、こいつ平然な顔して管理区のメインサーバ壊したよ……爆破だよ……信じらんねえよ……でも」

「うん、そうだね」

 僕が頷いた直後、遠くから爆発音が響いた。たぶん、と前置するまでもなく学区の、とある研究室での爆発だ。

「……」

「でも、なんだって?」

「えーっと……そのう」

 管理区のメインサーバは地下ではなく、一つの部屋に固めている。そこも僕としては考えられないのだが、それはさておき、メインが壊されたのならばサブを使うのが当たり前のことだ。つまり、リイディの研究室にあった大型サーバにアクセスして使おうと仕込んであったのだろうけれど、一般回線からならともかくも、管理権限でアクセスした時点で、あちらも壊れるようにしておいたのだ。

「ごめんなさい」

「謝られてもね。当然の思考帰結だと思うんだけれど」

「――爆発物かい?」

「そんなものが作れる材料があるとでも……ん? もしかして、ライトニングボムを知らないのかい?」

 否定はしていない。それに、爆発物はこれからだ。

「知らないけど」

「ん、ああ、そうか、軍用コードだったっけあれ。情報部の少尉以上なら知っているはずだけれど、聞いてないのかな。そもそもさ、据置端末なんてのは必ず電気配線がされているからね、特定処理を促してオーバーフローを狙えば、ショートから爆発って筋書は簡単にできるわけ」

 レッドだと、内臓電源だから火傷させる程度がせいぜいだろう。

「ウイルスプログラム……」

「そういうこと。本来は、端末と一緒に操作している相手を潰す、一石二鳥のウイルスとして使うんだけれどね。問題もあるけれど」

「――でもさあ、どうしてそこまで電子戦の技術を持ってんだい?」

「実際には、それほどの技術を持ってはいないよ。僕の研究はまったく別物だってことは、リイディだって知ってるだろう。肉弾戦闘は軍式だけれど、そこそこじゃないか。ただこればかりは別なのさ」

 僕はレッドを片手で示し、そのままポケットに滑らせる。

「Recall Echo have Distant System――通称をレッドシステム。所持者だけの囲いを作成することを前提としたものでね、孤児院や老人介護、あるいは孤独な老人などの居場所を管理しつつ、提供されるネットによって第三者とのコミュニケーションを可能とする。一つのグループに対しての一括管理が可能で、グローバルな接続をする必要がない辺りが、また軍部に受けがよくてね。ほかにも病院なんかじゃ実際に使われていたんだよ」

「へ? ……えーっと」

「名称がそうであるように、僕が開発している。だから、ここにいる誰よりも扱いには長けているのさ。基盤を知り尽くしてるしね。どんなセキュリティを組まれても、それはあくまでもソフトウェアで、ツールだ。オペレーティングシステムまで把握している僕にとっては、ないのと同じだよ。何しろ意図的な欠陥を隠してある」

 けれど、誇ってもいいのかもしれないよ。エイク――僕の後釜であるところの彼が、これを配備したのだから。ま、僕を忘れない振りをするために必要だったのかもしれないなんて、疑った見方もできるけれどね。

「あたしのシステムを突破したのも……」

「え? あれは関係ないよ。そりゃレッドは使ったけれど」

「うおい、それほど技術を持ってないって言っただろ!」

「僕の養父はそのあたりも化け物でね、比較基準を間違えたかな。僕はせいぜい、そうだなあ、情報部の連中と同じくらいのはずだよ。僕のレッドはカスタマイズしてあるから、それも理由の一つかもしれないけれどね」

「――なあ、まさか、数日前に警備部の人間が殺害された件」

「被害状況は、本人が特定困難なほどの、簡単に言ってしまえば肉塊に近かった。それもそうだろう、スフィアでの転移が失敗した結果だ、空間歪曲そのものに人の躰が耐え切れず引きちぎられたようなものだからね。――でも、あれは事故だよ。否定はしないけれど、意図してやったものじゃない。原因は僕だけれど」

 ライトニングボムを仕込むのに、一瞬だけサーバが停止したため、スフィアが正常稼働しなかったのだ。あの時間ならば人が使うことはまずないだろうと思っての行為だったし、所要時間は六秒ほど。警備部の見回りを意識しなかったわけではないが、運が悪かった。

 一方的に被害を出しておいて、どうだって? 罪悪感を抱けば許されるのか? 赦されるはずがない――どうでもいいじゃないか、そんなこと。

「同じことを繰り返す馬鹿じゃないことを、僕は祈ってるよ」

「じゃあ……今は」

「取り出して見ても、そっちは変わってないよ。いや、どのレッドでも同じことかな。さっきは管理課の端末を爆破させて、全館統一システムそのものはクラッシュしたわけだけれど、そこでレッドは本来のシステムに戻るわけだ。つまり、各端末を並列して繋げることで独自のネットワークを確立させてしまう。一目には変化はないから操作しても気づくのは難しいよ、何しろ基本は同じ動きしかしないからね。もちろん、僕が仕込んだ因子が活性化したからなんだけど」

「じゃあ……え? エンジシニの全員が、全員のレッドが並列して一つのサーバになってる……!?」

「一万もあれば大型サーバには引けを取らないさ。空き容量を間借りするかたちでスフィアシステムも、まあなんとか稼働しているだろうし、全体管理も滞りないとは言えない程度に動いているさ。――ただし、警備部と管理課はべつでね」

「彼らはスフィアを使えない……」

「使えるよ? ただ、その結果がどうなるかは、まあそのうちにわかるだろう。警告も出すつもりだけれどね」

「警告……? ――うわあ」

 こゆきの執務室前までくると、爆発のせいで扉が外れて煙が流出していた――と、ん? 隣室か? じゃあ抜ければいいだけのことか。さすがに頑丈な造りであるだけ、壁が壊れている様子はないな。袖口を口元に当てて呼吸を停止し、一気に抜けた先に女性が倒れている。

「アール! 生きてるかい?」

 連絡係かなにかかな――横目で見ながら通り過ぎて執務室に入り、そろそろいいだろうと思って、レッドを操作する。

 少しだけ考えた結果、二十分の猶予を与えることにした。譲歩と言ってもいい、真に受けて逃げ出してくれれば、それだけの警戒心が残っていたのならば、生き残ることもできるだろう。

 僕には目的がある。

 罪がある。

 このエンジシニは、湯浅機関が原因で作りだされたようなものだ。その責任を取るために、僕はここを破壊しようと思っている。もちろん、彼らは好き好んで住んでいるのだから大きなお世話なのだろうけれど、だったら僕が勝手に好きで壊しても構わないはずだ。お互いの意見が違うのならば、対立するだけのことで。

 実際、ここに訪れたのは――たぶん、幸運な領域だろう。

 どうでもいいと、そうやって決めた結果として転移した僕が、この現状に直面しなければ、なんてもしもを想像することはもう遅いけれど、少なくとも、こんな場所でなければ、僕は放置していたはずだ。それだけは胸を張って言おう。

 赦せるか?

 管理され、安全を押し付けられ、それに甘んじているだけの――逃げているだけの弱い人間が、それにすら気づかず、ただ安穏と生活している状況を。

 許せるか。

 赦せるわけがない。

 僕は、自分が間違っているからこそ、ほかの人間にまで間違って欲しくはないと、そう思うのだ。

 だから戦うことに決めた。僕一人と、全員で戦おうと。

 楽園なんてものは存在しない。

 規律の中にこそ自由が生まれるとはいえ、規律と管理は別物だ。僕に言わせれば、管理がそこに介入した時点で、自由と呼ばれる本質どころか、当人が持ちえる自覚すら奪ってしまう。賑やかであるように見えて、ただ人がいるだけで、意欲的にすらなれない商売人が義務のように店を開き、それを義務だと感じない。ただ学業を教授するだけで生活が可能な空間なんてのは、保護者が存在する成人未満までだ。

 考えれば考えるほど、感じれば感じるほど、そのいびつさには吐き気すら催す。その原因が僕にあると自覚できたのならば、僕は僕自身すら壊してしまいたいと思う。

 だからきっと、この物語の結末は、わかっている。

 それまでに僕は、できることをやろう。

 何を探るのでもなく、適当に探しているふりをしながらも、デスクの中から写真立てを発見した僕は、それを見て苦笑する。幼いころの僕と両親が写っている写真だ。たぶん、両親のどちらかが所持していたものだろう。ここには、こゆきが写っていない。

 いつの頃なのかは思い出せない。こんな写真を撮っていたことすら、僕は覚えていない――それは幼いからではなく、きっと僕が映像記録に関して、あまり興味を示さなかったせいもあるだろう。

 たぶん。

 写真の僕と今の僕は、――同じ目をしている。

「――アカ!」

 遅く、リイディが入室したので写真を伏せて置き、顔を上げると、妙に焦った様子が見てとれた僕は、僅かに笑みを表現しながら首を傾げた。

「どうかしたかな?」

「コイツは――どういうこった」

 突きつけられたレッドには、爆発までの予告が示されている。残り時間は十三分程度、場所は生産区だ。

「どうって、何を言っているのかよくわからないな。見ての通りじゃないか。それ以上の説明が必要だとは思わないね」

「冗談ならやり過ぎだって言ってんだ」

「口調が海兵隊寄りになってるよリイディ」

 テーブルを迂回してリイディの隣を過ぎた僕は、大きく伸びをする。さて、遊びもここまでかな。

「信じるか否かは、個人に委ねるさ。警備部、管理課を含め、全員のレッドに同じ表示がされてる」

「――ここに、爆発物を作成可能な材料は存在しねえ」

「しないね。間違いないよ」

「持ち込みもできない」

「その通り」

「だったら――」

「けれど、爆発しないと断定する要素にはならない。可能性っていうのはね、あらゆる予測を上回るものだ。けれど、予測の中にたった一つでも、その可能性ってやつが浮かんだのならば、きっとそれは現実になりうるんだよ。そして、現実になった瞬間にどうするか考えていたら遅いんだ」

 いつだって、後悔は見越した可能性が現実になってから訪れる。

「人にできる手段なんてのも、少ないしね。――さて、どっちを選ぶにしたって、面倒なのは確かだ。どうでもいいと放棄する前に、行動しようか。リイディはどうするんだ?」

 言って、僕は。

 一テンポの呼吸時間を浪費して、疾走を開始した。


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