09/24/13:30――レイディナ・決別――?

 わからないからといって、足を踏み出すことを恐れていてはなにも変わらず、停滞をよしとすべきならば、その先に加速があることを前提とするべきであり、つまるところ背を向けて逃げ出す行為こそ、そのものが前進であることも実際なのだが、それを許容できるかどうかは己のプライドとの兼ね合いであるだろうし、とにかく冷静だろうが慎重だろうが、じっと蹲っているだけでは解決するものなど存在しない――あたし、レイディナ・ブリザディアはそう思っている。

 研究室の机に座ったまま瞳を閉じて考えたのは、今も部屋に閉じこもったままのミャアのことだ。最低限の食事くらいはするものの、外出はしようとせず、その気持ちもミャアの生活からわからなくもないのだが、個人的には納得できず、陰鬱とした空気に文句の一つも言ってやっても良いのだが、どうも私は本質的に冷たい人間らしく、ミャアを立ち直らせるよりは近づかないでおこうと思い、こうして研究室を中心にして生活をしている。

 口を開けば、たぶんきっと私は否定してしまう。それが強いものでなくとも、今のミャアには届かないだろう。だから近づかない。それもまた、正しい選択なのではないだろうか。

 ――アカは、どんな感覚だったのか。

 そこに殺意があったとしても、殺してしまった過失と、殺した事実、あるいは殺さざるをえない――そのどれもが違うものだ。まあエルは死んでいないけれど、ともかくアカは間違いなく前向きに、言い訳も理由もなく、ただエルを壊したように見えた。

 命令だから――ではなく。

 どうしてこんなことに――と悔いるのでもなく。

 己の行動に対する結果を見て、あるいは満足そうにも思えた。いや、満足はしていなかったか。己で引き起こした結果を、受け入れたとでも言うべきだ。

 アカには目的がある。だから、そのために必要なことだから躊躇がない――そう考えるのは、楽観的だろうか。そんな疑問を抱いてしまうような簡単な結論ならば、そもそも出さないでおくべきかもしれないけれど。

 三日目となった今日、この区切られた期限を果たしてアカが順守するかどうかは定かではないものの、あたしはスラックスに薄手のジャケットを羽織った身動きのしやすい服装でいる。このエンジシニに来てから、初めての恰好だ。

 エンジシニには武器が一切ない。警備部や管理課が所有しているのも、せいぜいが警棒レベルであり、棒切れならばそのあたりにも落ちているのだから、それで代用も可能だ。つまり、あたしが今、服の下に隠して装備しているナイフ、金属を加工して独自に作ったややいびつなナイフだが、これも発見されれば没収どころではなく、厳罰ものになるだろうけれど、こんな状況なのだ、装備しておいて損はないだろう。

 ――罰だ。

 責任に付随する罪、対する罰に関してはあたしの業だ。

 罪は償うものである。けれど、必ず罪には罰が落ちるものだ。法がなくとも、それは必ず存在するが、しかし、――罰によって罪は決して償えない。

 ならば、どうすればいいのか、そんな誰にもわからないことを、あたしは、ただただ胸の奥底に秘めたまま、考え続けている。

 自分をまず許せ――そんなことを言われたこともある。だが、根本的な解決策とはならないし、他人が赦してもそれは一過性のものだろう。だから罪を負うなと、そう言われたって、もう背負っている罪は消せないし、なによりも罪とは誰かから押し付けられることだとてあるのだ。己の行動だけに注意していても、回避できない。

 あたしは、けれど罪を負ったことに後悔はしていない。あたし自身が犯した罪ではないが、それでも背負うべきだと認めたのは己で、それを後悔しているのならば否定に繋がり、きっとあたしはこんな研究もしていなかっただろう。

 アカは、どういうつもりで転移などしたのか――それもまた、あたしが抱えている疑問だ。アカに関しては最たる難問だといってもいい、そこが一番わからない。

 訊いても、きっと答えは返ってこない。そして、これからの行動でそれが証明されるのならば、あたしはそれを見てみたいとも思ってしまうのだ。

 だから。

 ノックもなしに入ってきたアカが、やあここにいたねと言っても、驚きはしなかった。いつも通りの口調、変わらない言葉、ただし表情だけがごっそりと抜け落ちて、泥沼のような瞳を向けてくる。そのちぐはぐさこそ、アカの本質のような気もした。

「なんだ、僕が来るのを知ってたみたいな反応だね」

「さあて、どうだかねえ」

 だから、あたしも笑わずに対応した。

「外に、警備部の連中がいただろう?」

「そんなのがいたかな」

「いたじゃろ」

「いないのと同じだよ」

 アカを認識できなかったのならば、確かにその通りだ。危害を加えていないようで安堵するのと同時に、そもそもアカをどうして発見できなかったのかが疑問になる。だが、その思考を封じるように。

「さてと、リイディはどうするんだ?」

「あたしの気持ちを聞いてどうするんかねえ」

「個人意見は尊重することにしているよ。正直、僕はどうでもいい」

 どちらでも良かったわけだと続けたアカの言葉に、あたしは躰が急激に冷えるのを感じた。

 どうでもいい。

 あたし個人の意見など、尊重はするけれど、どうであろうとも変わらないと、アカは言っているのだ。敵対だろうがなんであろうが、好きにしろと。アカに影響があるのならば、ただ対処するだけだと。

「さっき正晴に逢ったらね、リイディと古宮くらいは助けたいと、そう言っていたんだ。だからまあ、僕も正晴には世話になってる。そのぶんだけ、天秤を傾けてみたのさ」

「話をする気があるってことかい?」

「説明しろと、正晴には言われたね。まったく面倒だよ。僕に言わせればそんなもの、したってしなくたって結果は同じさ。でもま、どうせ装備を取りに戻るんだ、ついでに説明くらいしようかな」

「……じゃ、行こうかあ」

「判断が早くて助かるよ」

 早かったわけではない。その判断は、アカがくるよりも前からしていただけのことで、今考えたことではないだけだ。

 行こうかと一歩を踏み出した私に対し、アカは近づいてくる。どうしたのかと思えば隣を横切り、窓を開いた。

「――ん?」

「面倒を起こしたくないのなら、移動経路に気を遣うべきだと思わないかな。ただし時間には余裕を持ちたいものだ」

「ふえっ」

 ひょいと、軽く。

 細身の外見には似合わず、私を荷物のように肩に乗せる。驚きはしたものの、逡巡したあたしは抵抗を止めた。鍛え抜かれた躰を硬く感じる。一度しゃがむように動いたのは、私の重さを確認するためだろう。これはまた、いろいろと見抜かれたな。

 ――ああ、そういえば眼鏡がない。あの残骸はどうしたのだろう。ユキが処分……いや、保管しているのか。

 掛け声もなく窓から飛び降りる。かなりの高さだというのに、あたしを支えていない、指ぬきグローブをつけた手で雨どいなどを触れて速度を計算しつつ、渡り廊下の屋根に両足で着地。足首、膝、腰の順番で衝撃を殺してから遅くも早くもない移動が開始した。

「映画みたいだねえ」

「現実だよ」

 凄まじいバランス感覚だ。真っ直ぐ歩いているようで重心を変えながら、空間を立体として把握しつつも、上下の移動を繰り返す。アクロバティックとは思わないが、熟練の二文字を彷彿とさせられる身動きだ。あたしは軍部でこんな行動を教えられなかった。パラセーリングも一部だけだったし、上等兵止まりだから、必修でもなかったが。

「尾行確認はしないんだねえ」

「必要ないよ」

「警備部に面が割れてるのにかい?」

「温室育ちに僕の尻尾は掴めないさ。それに、連中が認識してる僕は、眼鏡をしていて笑顔で、女装の印象が強い。だから実際に、内部を移動したって、そうそう気付かれないのさ。リイディが一緒だと、そうでもないけれどね」

 これを見越しての一手が、あの賭場での印象付けだったわけか。

「いつも、こうやって移動してたんかい」

 地図がなくとも、立体図が頭に浮かぶほどに。

「スフィアで移動するのが嫌いでね」

 答えになってない――が、追求する時間はなく、すぐにアカの自室へ到着した。侵入は窓から、あたしは先に内部へと放り投げられる。

 床に着地して躰を起こそうとしてぎょっとする。部屋の半分ほどに、がらくたの山があったからだ。一見して、どれが何なのかがわからない――いや、調べたって難しいだろう。それは、裁断こそしていないものの、最小単位で全て分解してあるのだから。

 用済みになったものから、分解する。

 なんて――思考なのだろう。そこまで、痕跡を作りたくないのか。

「――うわっ」

 驚いているあたしを通り越して扉を開くと、ミャアの驚きが聞こえて、あたしは。

「あれ、そっちのほうが早かったんだ。僕もそれなりに急いだつもりなんだけれどね」

 あたしは、このタイミングで。

「このまま、いくつか質問してもいいかねえ」

「いいよ」

 手早くねと言うアカの態度は変わらない。

 あたしは、敵意を向けない。手にしたナイフは衣類にも触れていないけれど、踏み込めば刺さる。それなのにアカは、状況がわかっているのか、身動きせずに即答した。

 わかる。

 背筋を伝う汗が教えてくれる。

 ここが、ぎりぎりの境界線なのだと。

 アカが警戒しつつも、けれど反撃にまでは至らない分水嶺。

 ちょっとの敵意、ちょっとの移動、あるいはアカの気分がほんの少しだけ、小指の先ほどに横へ触れただけで壊れるような、絶妙な均衡がここにある。

 怖い――。

 ごくりと唾液を飲み込む音が、いやに大きく聞こえる気がする。

「それで?」

「――お前は〝記章〟を見つけて、どうするつもりなんだ」

「ふうん? 正晴からそんな言葉を聞くとは思わなかったな。となると、こゆきが言ったのか……余計な情報を与えれば、結果的に被害者が増えるのに、下手な真似をよくするものだ。でも、その問いに対しては、まだ答えたくはないな」

「じゃ、あたしから訊くぜ。まず、エルを壊したのはどうして?」

「やられたら、やり返す。ただそれだけのことを冷静に判断しただけだよ。強制転移に際する空間歪曲を観測可能なプログラムを、あの眼鏡のメモリに仕込んでいてね、結果的に壊れてしまったけれど、解除するのには成功したんだ。あれが攻撃的な意図ではないと説明できるなら、してもらいたいものだね。当然の仕打ちじゃないか」

「やり過ぎだって言ってるんだけどねえ」

「殺してないだろう? 僕としては充分に手を抜いたんだけどね。古宮もそう怖がることはないさ、――すぐに慣れる。いや、慣れはしないかな。けれどね、ああいうことが身近にあると感じられないココが、そもそも、おかしいんだよ」

「どうだろうねえ……ま、いいや。ユキとの関係は?」

「ああ……そういや訊いてなかったな、俺も。妙に紅音――湯浅あかのことを知ってたのは、関係があるからだろ」

「僕のことを知っているのは確かだね。けれど、こゆきのことを僕に訊くのは筋違いだろう」

「そうでもないよねえ? それとも誤魔化すかい?」

「確証のないことを、さも事実のように吹聴する行為を、誤魔化すというのならば、あるいはね」

「答えてくれないんかい」

「じゃあ、たぶん、と前置しよう。――こゆきは僕の妹だよ」

 とはいえ信じられないだろうと言うが、笑いは起きない。空気は張りつめたまま、破裂を今か今かと待ちわびているようにすら思う。

「やれやれ、嘘ではないんだけれどね、まあ仕方ないか。嘘を織り交ぜて真実を隠すのが、今までの僕だったからね、自業自得というやつだ。――以前、両親に訊かれたことがある。妹か弟ならばどんな名前にしたいか、とね。二月の上旬、ちょうど雪が降っていた。それを見た僕は小雪と答えた、それだけの話だ。ついでに言えば伏見は母方の姓でね、ここにきて生まれたのかどうかまでは知らないよ。血の繋がりがあるかどうかもね」

「なるほどねえ。じゃ、――記章をどうするかはともかくも、理由をそろそろ教えてくれないかい?」

「まあ壊すんだけどね」

 やめろ、と言おうとして、あたしは結局言えずに黙るしかなく、悔しさが胸の中に広がる。あたしがここで境界線を踏み越えれば、きっと殺されるだろう。遠慮も躊躇もなく、あたしが優勢な一方的な尋問に見えて、いつだって主導権を握っているのはアカなのだから、そんな未来は想像に容易い。

「古宮は第二世代だからピンとこないかもしれないけれど、そもそも何故、転移装置が開発されたか――その原点は、事故だ。時間歪曲が発生したのは、夏祭りの花火大会の事故。湯浅機関はタイムマシンを作成しろと指示されて研究を開始した。けれど、できあがったのは、ただの転移装置だ。ここへ来るためのね」

 いや、ここへしか――来れなかったのだ。

「これはスフィアと同じだ。出口があって、入り口がある。この二つは切っても切り離せないものだ。――僕は転移が成功してここにきた時に、一日を過ごして、決めたよ。出口を壊そう、と」

「何故……なんだよ、どうしてだ?」

「そうだね、どうしてか……僕に言わせれば、どうして壊さないんだと逆に問いたい気分でもあるけれど、まあいいか。そもそもこの転移においては、おかしな現象がある。時間軸に干渉しているような、不可解な部分だ。これについての詳細は省くけれど、まあともかく、これらは〝記章〟の影響だと判断している」

「そいつは悪影響かい?」

「影響に悪いも良いもないよ。ただね、ああ、理由か、――くだらない、と吐き捨てたくもなるが、これ以上、逃げ場を作りたくないだけだよ。維持させたくはない」

「逃げ場……?」

「あなたたちは、ここを楽園か何かと思っているんだろう? 僕から言わせれば、ここは現実逃避の最たるものだ、牢獄に等しい。以前にリイディには言ったけれどね、過去に戻りたいのならば、己の記憶に埋没でもしてればいいのさ。ベクトルは違えど、あなたたちは同じことをしている。過去を忘れたふりをして、新しい人生を始めたつもりになっているんだろう? そんなものは、現実逃避以外のなにものでもない。そこには成長もなく、停滞もないのならばそれは、――捨てた過去を繰り返すだけだ」

 痛い言葉だ。

 大なり小なり、過去を問うのをタブーにしているように、あたしたちは過去から逃げている。それが赦せないのか、アカは。

 平坦な言葉の裏には、怒りに似た強い力を感じる。

「最初に出口があった、だから入り口が発生してしまった。ならば出口がなくなれば、もう入り口は意味がなくなる。だから記章を壊そうとしているんだよ」

「待ってくれ。……待てよ、わからねえ」

「理解してくれとは、最初から思っていないよ」

「そうじゃねえ。だから、その、記章ってのが出口なら、そいつを見つけたのか? つーか、本当にそんなものが、あるのか?」

「あるさ」

 そう、間違いなく存在はしている。見つからなくても、どのような形をしているかも定かではないけれど、あたしもそれは断言できる。ここが――。

「ここがエンジシニである以上はね」

「……?」

「いつ、アカは気付いた?」

「最初に施設の名前を聴いた時に。そうじゃなければ、〝記章〟なんて単語にも至らないよ。正晴、エンジシニを逆読みにするのさ」

「逆……ニシジンエ?」

「そうじゃない、アルファベット表記だ。記章――つまり、それはね、insigneなんだよ」

 インサイン。所属などを示すバッヂの意味合いだが、これは特異点を指している。ここがエンジシニであると、示しているのだ。

「アカ、訊くぜ。――それがなんであっても、壊すつもりかい?」

「答えよう」

 アカは二歩ほど前へ進み、三人が見える位置で振り返る。問いの最中にあたしの両手は下がっていて、ナイフは床を向いていた。

 アカが笑う。――嗤う。

 表情だけの笑み、決して瞳だけは空洞のような歪さで。

「それがエンジシニと呼ばれるこの施設全体を示すものであったとしても、――僕は壊す。これは子供の遊びじゃない、真向から管理課に敵対して目的を達成しよう。あるいは、ここの住人全員がそうなっても。だから」

 だから。

「止めるのならば今のうちにしておいた方がいい。そして、逃げるのも今だ。背を向けて逃げ出し、死にもの狂いで生きるといい。それが本来の人という姿だと僕は思うね。こんな偽りの中では、ぬるま湯の中では、管理された世界では、――満足など永遠に得られないのだから」

 ただし、どちらも本気でやるべきだねと言ったアカは、あたしの隣を通り過ぎ、ベッドの下からトランクを引っ張り出して準備を始めた。まずは靴をブーツに変える。

「僕は答えたよ、レイディナ・ブリザディア・近衛。そちらの答えも知りたいものだ」

 そして、ああ、やはり気付いていたのか。

「な――リイディ、お前、ブリザディアの」

「……ま、そうだねえ。ハルや、そりゃだからどうしたって話だぜ? 知り過ぎてるあたしを疑うのを、忘れてるようじゃあいけねえや」

「リイディに限らず、正晴と古宮も答えを出すべきだね。エルのようになりたくなければ、よく考えた方がいいよ。僕は向かう敵に容赦をするほど、優しくはないからね。いくら同じ時間を過ごしても、どれほど親しい相手でも、敵になった瞬間に殺せるような人種だから、それも判断材料にするといい」

「――お前は、壊れてる」

「知ってる。そして、付け加えるのならば狂っている。もう聞き飽きたさ、そんな言葉はね。だから正晴、その恐怖はきっと正しい」

 あたしが所持しているよりも大きめのブーツナイフ。ジャケットを羽織る前にスローイングナイフを三本ほど仕込んでいる。この短期間で……いや、目的が既に決まっているのならば、準備が早いのも当然か。

「恐怖に対して愉悦を感じるのならば踏み込むといい。けれどもし、身が竦むのならば逃げるといい。それともう一つは、恐怖の対象と同じになることだ。そうすれば、怖くなくなるからね。だから対応としては、古宮も正しいんだよ。僕に対して怯えること、忌避すること、恐怖すること、拒絶すること、否定すること、どれもこれもまったくもって王道で正論で道理だ。誰もが両手を叩いて褒めてくれるさ」

 僕は褒めないけれどと付け加えたアカはレッドを取り出し、あたしはナイフを服の内側にしまう。

「まあ、僕から要求したいことは、そうだね、邪魔をしないでくれると助かるよ。――よしと、そろそろ時間だ」

「俺は」

「逃げるかな?」

「――……俺は、付き合って、られねえ。だいたい、そんな簡単に、こんな大規模な施設を、たった一人で壊せるかよ……」

 確かに、それは現実的な問題だ。規模が大きくなればなるほど、個人の力は小さくなる。けれど、そんなこと、言われるまでもなくわかっているはずのアカが、問題を口にしないのならば、それはきっと。

「逃げるかと訊いたのに、逃げると答えられないのならば、引き留める理由もなくなったよ。けれど、そうだなあ、世話になったのも事実だし、二つだけ忠告をしておこう。どうせ古宮も一緒に行動するだろう? いいかな、――できるだけレッドを早く捨てることだ。そして、スフィアを使うな」

 あたしは――。

「リイディ、レッドを寄越しなよ」

「――訊くまでもないって顔だねえ」

「返答がどうであれ、釘を刺しておくのが僕の流儀でね」

 いいのだろうか。

 この選択肢は、これで良いのだろうか……あたしは、差し出されたアカの手を見ながら考える。

 いつだって世界は選択肢でできているようなもので、未来の結果がわからないのは当然だけれど、そもそも選択肢があるのだと認められる状況のほうが珍しい。

 そんな現状、あたしは。

 あたし、は――。

「……駄目だなあ」

 ――どうしたって、湯浅あかという人物から遠ざかろうだなんて、できるはずもなかった。


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