04/15/14:00――ミヤコ・変わったものは

 ――警戒、しすぎかなあ。

 子供たちだけでの行動には心配もあるミヤコだが、大陸間移動こそ初めてだけれど、二番目の大陸内部では旅もそれなりにしたため、基礎くらいは知っている。二人も望んでトラブルを起こした時の代償がどんなものかを経験しているし、それほど大事にはならないだろうと楽観しつつも、まあ、トラブルが起きてもどうにかするのが親の役目だ。

 しかし、実際に一人で歩いてみれば、見知らぬ土地へ足を踏み入れた時のような警戒をしている自分に気付く。通りを歩いていても人目を避けるような動きを自然に行い、脳内ではほぼ無意識に危険度を計算している。それが悪いことではないし、身についた習慣でもあるが、しかし帰郷であることを鑑みれば、一体どうなんだろうか。

 そう考えれば苦笑が浮かぶ。子供が生まれてだいぶ落ち着いたつもりだったが、芯のところはきちんと旅人らしい。

 大きく変化したことはないなあ、なんて思いながら商店街を歩いていると、声をかけられた。本気で隠れているわけではないので、それ自体になんら不思議はないのだが、それなりに警戒していて、目についても――いや、見えたからこそ見逃すような動きを上手く作っていたつもりだったので、内心で少し驚いて振り向けば、いつか見た顔がそこにあった。

「ミヤコ嬢ちゃんだろ?」

「――ゴーグさん」

 オトガイ商店に所属している露天商、品物は魔術品を扱う、やや厳つい顔のゴーグが、地に座ったまま軽く手を挙げていた。

「や、久しぶり。まだ世代交代してなかったんだ」

「あのな……まだ四十代だぞ、俺は。老けて見えるのは承知してるがな。嬢ちゃんは変わったなあ――いや、もう嬢ちゃんじゃねえか、ミヤコ。いつ戻った」

「あはは、戻ったんじゃなくて、きたの。子供も一緒」

「おう、話は聞いてるぜ」

「聞いてるんだ。顧客情報って、そこまで細かく伝わんの?」

「まさか。ただ、代替わりの可能性はな、さすがに情報を流す。つっても、イザミ嬢ちゃんやリンドウの坊主じゃあ、まだまだ客にゃならねえだろ」

「うん、そりゃね。こっち――ノザメエリアは、あんまり変わってないね」

「まあな。人が変わる、世代が変わるってことはあっても、環境はそうそう変わらねえよ」

「サギシロ先生がいても、それは理由にならないと思うけど?」

「……ふん、さすがにわかるか」

「そりゃあたしだって、伊達に旅人を続けてなかったから」

「知ってるよ。一応、俺としちゃ気軽に話したくねえから聞いておくが、リウのことで戻ってきたんだな?」

「――うん」

「諒解だ。だったら、俺の持ってる情報は……そうだな、今は、話さねえよ。それでいいな」

「気遣いありがと。っていうか、あたしとしては呉服屋のストリルスに繋ぎとって、服を新調するくらいしか、客としては使ってないんだけど」

「ははは、ルスも〝またか〟なんて言いながら、楽しそうに仕事をしてるさ。しばらく滞在するなら、折を見て子供二人の顔も見せろよ」

「諒解。んじゃ、また」

「おう」

 お互いに、お茶を飲みながら会話をするような間柄でもない。簡単な挨拶で済ませて、すぐに別れる。繋がりがあったのは、どちらかといえばリウの方だった。

 けれど――なんというか。

 少しだけ、ほっとした。かつてと変わらないものもあるんだと、思えたから。

 だからだ、ミヤコが思い直して孤児院に顔を見せたのは。

 建物自体に改修の跡はなかったが、屋根に乗っている大工を発見した。修繕くらいは必要なんだろうなと思って、左手を柄に乗せて吐息。今もまだ孤児院があることを、果たして喜んでいいのかどうかは微妙なところだ。何故なら、今もまだ使われていて――孤児がいる、ということだから。

「――うわっ」

「ん?」

 大工がこちらに気付き、驚いたように飛び跳ねたかと思えば、転がり落ちた――といっても、転がったのは屋根の上で、着地はちゃんとしていたのだけれど。

「ミヤコ姉さんか!?」

「――へ?」

「俺だ、ハクだ! ミヤコ姉さんだよな?」

「そうだけど……あ、思い出した。ハクかあ」

 面影を見つけるほど、記憶があるわけではないけれど、まだ孤児院で生活していた頃、年長のまとめ役だったのは覚えていた。その頃は仕事として、大工の手伝いをしつつ小遣いを貰っていたのだけれど、腰のエプロンにカナエ大工と記されているところからして、本業にしたのだろう。

「久しぶりだね」

「本当にな! 姉さんたちがいなくなって……どんくらい? いやあ、ともかくなんか、嬉しいな。何も聞かされてなかったし、当時は大変だったけど、うん、また逢えて嬉しいぜ」

「あたしもよ。なんだか、ようやく帰郷したんだなって実感がある。っていうか、よく気付いたねえ……」

「そりゃ、姉さんみたいな服装は珍しいからな。そっかあ、生きてたんだなあ、姉さん」

「なんとかね。みんなも元気にやってる?」

「――どうだろ。たまに逢うのは何人かいるけど、残ってるのは俺くらいなもんだから」

「クロは?」

「クロ兄さんは……わからない。あ、いや、ここにはもういないってことなんだけど」

「……ん、それは一安心。あのままじゃ、一人二人は殺してそうだったけど、そういうこともなかったみたいね」

「そりゃそうだけど――はっきり言うんだな、姉さんは」

「へ? いや心配の裏返しなんだけどね? まだいるようなら、昔馴染みってことで、あたしがカタをつけようかなー、くらいは思ってたけど」

「また物騒な……あ、そりゃ昔からか」

「これでも、子供ができて落ち着いたんだよ?」

「見えねえ……嘘だ、ミヤコ姉さんが落ち着いたなんて、笑い話でしかねえし。――実際、俺ら孤児ってのは、てめえのことがあるから、誰かと一緒になるっての、あんまりないんだよな」

 親に捨てられたから、親を恨む。そのまま大人になり、恨みは薄れても、親になることに、どこか躊躇いがあるのだ。同じにはなりたくない、そう考えるのは当たり前だけれど、そうなれるかと常に己へと問いかけてしまう。それが義務になったら最悪だ――なんてことは、孤児たちにとっては、日常会話みたいなものだ。

「そういうハクはどうなの」

「俺? 娘が一人いるよ。そういう事情もあって、こっちに残ったんだけど。なんだかなあ、自覚があるんだから、そうはならねえって思うんだけど」

「それに、一人の問題じゃないものね」

「そうそう――っと、悪い姉さん。屋根の修理、続けるから」

「ん、元気そうで良かった。ありがとね、ハク」

「こっちこそ」

 次の約束はせずに、楽しい話だけで終わらせるのも、孤児ならではだろう。まあなんというか、妙に自立していて、相手の立場やなんかを、自然に察してしまうものだ。

 それからミヤコは、あちこちを歩いた。それこそ、ノザメエリアを一周するくらいに。その中にはもちろん、かつて学んだ学校も含まれている。

 そして、最後のつもりで、海にきた。

 ミヤコはまだ未熟であることを痛感している。けれど海に臨むといつだって、その実感を得ることができた。

 恐怖、である。

 海は怖い。楽しさを含んだ、身を奮い立たせる、戦場の恐怖ではなく、この場は限りなく死に面した場所だ。背筋を立て、海から五歩の距離で立ち止まれば、口の中に鉄のような血の味が浮かぶ。旅をしている最中で死にかけたことが脳裏に浮かぶと、いつもそんな感覚があって、それは海にくるといつでも感じる。

 ただ――リウが。

 いつだってリウが、こうして臨んでいたから、そうしているだけで。

 ミヤコにとっては、以上でも以下でもない。

 旅の最中、海を臨むリウを、後ろからぼうっと見ていることが多かった。呆れてはいなかったし、そういう時間も好きだったけれど、なんだかリウにとっては聖域のように感じてしまい、隣に並ぶことができなかったのだ。

 ――そんな資格もないと、思っていた頃もある。

 こんなことなら、一度でいいから並んで海を臨んでおけばと、そんな考えが浮かんだ時もあった。けれど、まず間違いなく、並んでも見えるものは違っただろう。感じ方も違うはずだ。

 リウのことはよく、わからなかったから。

 柄の上に乗っていた左手が落ちる。するりと、その手は鞘に向かい、けれど鍔を押し上げるには至らなかった。

「そんな癖、あったっけ?」

 振り返らず、先に声をかけた。すると相手は、今度こそきちんと足音を立てて、近づいてくる。

「いや――癖ではないのう」

 懐かしい声、懐かしい気配。

「さすがに、今のわたしでは敵わんと確認ができたとも」

 そうして、二人は並ぶ。お互いに、海を眺めながら。

「いかんのう。妾の中の基準は、お主や主様だったようでの。かつてはそうでもなかったが――今、こうしてここにいると、どうも不甲斐なさに落胆したくもなる。連中にしてみれば、大きなお世話なんじゃろうが」

「はは、リウと比べちゃね。メイ、最期は――ちゃんと見送った?」

「否じゃ」

「やっぱり。きっとリウは、誰かに見送られることを拒絶したんじゃないかって」

「――確かめに、きたのか?」

「そう。……ほら、これ」

 懐から通信機を取り出して、やや俯くようにして見るミヤコは、苦笑に似た表情で

「教えてくれたのか、それとも切れたのか……どっちにせよ、わかったから。約束もあったしね」

「約束?」

「ああ、うん、二人の子供がいてさ。十歳になったら、大陸間移動をしてやろうって約束をしてたの」

「そうか、それでのう。しかし、ミヤコまで海を臨むか」

「リウの真似。メイこそ」

「はは、そうじゃのう」

 一歩、退くような気配があったので、ようやくミヤコも海から離れるようにして、メイと視線を合わせた。

「――え、なにその格好」

「む、なんじゃ。以前にも何度か、人型を見せたこともあろう」

「二回くらいだし……その服は初めて。え、メイってこんなに美人さんだっけ?」

「む、なんじゃそれは。服装に限っては、主様の趣味ぞ。いろいろと注文があって、確かにこうなったのは別れてからだった気もするが……似合っておらんか?」

「似合ってる。うん、いい。メガネがいい。うわー、うわー」

「その反応はなんじゃ……」

「え、なんか珍しいっていうか、よくそんな恰好できるなあって」

「慣れじゃろ。で――お主、今までどこにおった」

「二番目。旦那もそこにいる」

「そうか。まあ……主様も、心配はしておらなんだ。あまりミヤコのことは話さんかったがのう」

「メイは?」

「数日前に、ここへ戻った。いや、主様に送られたというべきか……魔術知識や、荷物を背負わされてのう。……明日、昼過ぎに時間を作れ。サギシロ殿も一緒に、少し話そう」

「ん、そうね。できれば子供たちにも聞かせてやりたいけど、大丈夫かな?」

「――はは、お主が一端の親になっとるのう。なあに、構わんじゃろ。お主の子供は?」

「今はまだ遊んでる……はず。娘があたしと一緒で刀持ってて、息子は旦那の影響で魔術師。どうする? 今から逢う?」

「いや……妾にも準備やら何やらあるからのう、遠慮しておこう。これは主様の流儀じゃが、ミヤコの子じゃ、軽く試しても構わんのじゃろ?」

「どの程度かによるけどね。まあ何なら、遠目で観察しておいて、接触の流れを作ったら――って」

 そんなことは、言うまでもないかとミヤコは苦笑する。

 だってそういう旅を、かつて一緒にしていたのだから。


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