04/15/17:20――イザミ・ミヤコの居場所
「――ん? あら、クルリじゃない」
入り口付近でばったりと出逢った少女は、こんばんはと頭を下げたため、二人もそれに倣う。知り合いだろうとは思ったけれど、そう年齢も変わらない相手だった。
「これから食事?」
「そうです先生。今日は母さんが忙しいから好きにしろとのことで……あの、そちらは?」
「ああ、この子たちは私の知り合いの子供。――まあいいわ、一緒しましょう」
「あ、はい。……よろしく、クルリ・ミリクエット」
お互いに名前だけを紹介して中に入ると、真っ先に奥から「おう!」と声が上がった。どう考えてもイザミを呼んでいる。
「まだやってたんだ……あたし、ちょっと行ってくる。おっちゃん、なんか果汁たっぷりの飲み物ちょうだい!」
「はいよ」
注文はあっさりとってくれる。まだ二回目なのだけど。
「で、どしたの?」
「どうしたのじゃねえよ嬢ちゃん、勝ち銭が残ったままだ。持ってけよ」
「えー? 好きにしてよかったのに、りちぎってやつだね」
「メンツは二人違うが、どうだ嬢ちゃん。参加しねえか? あんな終わり方じゃ納得できねえ」
「あはははは」
そういう考え方をしている以上、ギャンブルではいいカモだと思うが口にはしない。それもまた手の内を晒すことになるから。
「じゃあやろっか。ルールは?」
「おう――そうだな。ポーカーなら、どんなルールがいい?」
そうだなあと椅子に座りながら昼の勝ち金、銀貨六枚と銅貨二十三枚を手元に寄せてから首を傾げる。いくつかルールは知っているが、どうだろうか。
「あたし胴元じゃないからなあ」
「んじゃフリー4はどうだ。チェンジは一度」
「いいね」
手元に四枚、裏向きのカードが配られたのちに三枚のオープンカードが中央に置かれた。チェンジはここから一度行い、手元とオープンを合わせた七枚の中で組み合わせて役を作るのがルールだ。これの場合はチェンジ枚数やオープンカードの内容、また自分の手元にあるカードが予測の基本となる。
最初の勝負であっさりと勝ったイザミは、勝ち金の銀貨二枚を手にして一度テーブルを離れた。
「おっちゃん、あっちのテーブルにいるの知り合いなんだけど、わかる?」
「おう、弟さんだったかがいる席だな。ほらリンゴジュースだ」
「ありがと。あのテーブルの代金、とりあえずこれね」
「……嬢ちゃん、こんなに食うのかあの席は」
「へ? あ、相場だと結構あるかあ」
カジノでは酒類が基本だが、他人におごる場合はチップも含めてバーテンに渡すのが礼儀だと教えられていたため、思わず出してしまったが、手を引っ込めるのもどうかと思ったため、そのまま渡した。
「うん、いやまあ何を注文するかもわかんないから。後でお酒でも出して」
「ったくしょうがねえな。今回だけだぞ?」
「いやあたしたちは飲まないけどね。計算面倒になったら全額貰っていいから」
「気前もいい。女にしとくのはもったいねえなあ」
「あはは、ありがとおっちゃん」
お待たせと言って戻ったイザミはやはり笑っている。ゲームは続行のようだったので、リンドウは好きにさせることにした。
「僕は珈琲があれば。お二人はどうしますか?」
「えっと……」
「なにこの流れ。慣れてるわねあの子」
「いつものことです。遠慮しなくていいですよ、クルリさんも」
「あ、うん。……すごいなあ、人見知りしないんだ。私はそんなにすぐ信用できないケド」
「それは違いますよ」
適当に注文をしてから、リンドウは首を横に振って否定した。
「姉さんは僕と違って人を信用しません。だからああやって人の中に入れるんです。僕なんかは――信用しちゃうから、あんまり得意じゃないんだけど」
「そうなの? 逆だと思うんだケド」
「うーん、僕も説明しろって言われると難しいな。僕は人を見て対応するけれど、姉さんはどんな人にでも対応できちゃうっていうか……難しいね。そうだ、クルリさん。研究所でマーリィさんと逢いましたよ。うちの母が知り合いだって」
「あ、そうなんだ。それだったのかな、忙しいって言ってたケド」
「うちの母さんはしばらくすれば顔を見せると思う。――でも、先生って言ってたね。サギシロさんって、もしかしてあの先生なの? 母さんがたまに口にしてたことある」
「――そうね。たぶんその先生よ。私は
「教える、ですか? サギシロ……先生が? ちょっと想像つかないな」
「あらそう?」
「座学を教える人じゃないし、技術を指摘する人とも思えないから……なんて言えばいいんだろ。姉さんなら上手く答えられると思うんだけどな」
「ふふ、そうね。実際には私が襲撃する形をとって、クルリたちが撃退しようとする。そんな模擬戦闘を組み立ててやるのよ」
「――あ、そうか。やらせてみて問題点や改良点を自覚させるってやつだ。それならわかります」
「わかっちゃうんだ……」
「え? うん、だって生きるってそういうことだと思うから。……あれ? 成長だったかなあ」
「リンドウも参加してみる? 明日あるのよ」
「僕は部外者ですよサギシロ先生。それに、経験は積みたいですが共闘は難しいと思います。姉さんもたぶん……」
「気持ちは?」
「それは参加してみたいです」
「そう。どうクルリ、手配できる?」
「単独で相対する感じなら、だいじょうぶ。一応本気で、殺しとかは論外だケドね?」
「わかった。……明日までゆっくりするよ。本当は研究したいけどさ」
「魔術の研究?」
「うん。僕は知りたいことがあると、すぐに没頭したくなるから……あ、そういえばクルリさんはこの街の生まれだよね? ちょっと聞きたいことがあって」
「どうしたの?」
「あ、僕たちは今日来たばかりで、知識がぜんぜんなくて」
さすがに別大陸から来た、とは言えない。そもそもこの時代において大陸間移動の技術など皆無だというのが定説だからだ。
「街の造りは、あのよくわからない鐘楼は隅の方だし除くけど、噴水を中心にして枝分かれしてる感じだよね。北東と西に出入り口と街道があるんだけど、街の囲いは対妖魔用にしてはただの石造りだったし、ほかに何かあるの?」
「ええっと……区切りのためだと思うケド」
「そっか。石造り関係で一つ。この店なんかは木造だけど家屋に関しては石造りが大半を占めてるよね。これは風雨を凌ぐためじゃないかと思うんだけど、室内の湿度とかはどうなの?」
「え……と、そんなにじめじめしてないケド、どうだろ」
「ふうん……市場にはまだ行ってないけどさ、やっぱり細かいルールとかある? 一定の規則があって従ってるなら、そのルールは誰が決めてるのか。それとも暗黙の了解ってやつなのかな?」
「いやそこまではちょっと……」
くすりと、料理が運ばれるタイミングでサギシロが小さく笑った。
「好奇心が旺盛ね」
「あ……ごめんクルリさん。質問を重ねちゃった」
「ううん、私こそごめん。うまく答えられなくて」
「明日からは時間があると思うので、あちこち回ってみるよ。そうだ、魔術研究所は外部に公開しているのかな」
「それはわかる。一応してるケド、個人の研究には立ち入れない。三階の大書庫には入れるよ。持ち出しはできないケドね」
「複写は?」
「あ、それはできるよ――って、先生が所長なんだから答えてください」
「んー? 所長らしいこと何もしてないわよ私は。今はマーリィが仕切ってくれてるしね。それより料理、冷めるわよ」
「あ、はい。いただきます」
「僕たちのことはお構いなく。母が来てから一緒にするつもりだから……ちょっと姉さんの様子でも見てくる」
食事の場に食べない人間が一人いるだけで手が進まないこともあるだろうと、どこかの本の受け売りだが、とりあえず珈琲を片手に立ち上がってイザミの方へ行く。
「姉さん、ほどほどにしなよ」
「だあいじょうぶだって。ちゃんと勝たせてあげてるから」
その言葉を聞いてどっと店内に笑いが巻き起こる。当事者の三人は頭を抱えているし、胴元役は苦笑していた。
「おう、嬢ちゃんの弟か。どうだお前さん、風を変える意味で入っちゃみねえか?」
「すみません、僕は遠慮しておきます。――正式なカジノ以外で破産させるな、と強く言われているので」
明確なルールがない場では、トラブルになりやすいからだ。もちろん、正式なカジノでも暴れる馬鹿はいるが。
「おいおい、あるのかよ」
「カジノではよくあることだよ? 胴元から流れてくる金だって、どっかのプレイヤーの手元にあったものだしさ――と、そろそろ残ってたのが綺麗になくなったし終わりにしよっかな」
「おい待て、待ってくれ――いや待ってください。それはつまりなんだ、その、わざと負けの流れを作ってたのか? そんな気はしてたが均等に配っただろ」
「だって悪いじゃん。遊びなんだしね、あんま角を立てないよーにしてるってわけ」
「俺たちにとっちゃ小銭だぜ? 気にせず受け取れよ」
「でもこの様子だと兄ちゃんたち破産するよ?」
「ば、ばか野郎、これは遊びだ。真剣勝負なら――」
勝てる、という続きを聞かずにうんうんと頷いていると、再び笑いがはじけた。
「でも、やっぱりこういう場所だとしょうがないよ」
両手を広げて終わりを示してから、イザミはジュースを飲み干して言う。
「そっちのサマはだいたいわかったけど――」
「わかってて遊ばれてたのかよ俺ら……」
「いやイカサマ返ししてたじゃねえか。何を細工したかぜんぜんわからんけどな」
「変な動きとかしてねえしなあ」
「あーそっか、わかんなかったかあ。わかる、わかるよその気持ち。あたしも相手のイカサマ見抜けない方が多かったから」
どんな人生歩んでるんだと言われ、いやあと笑ったら照れるな褒めてねえと返された。
「でもそんな難しくないよ? ディーラーと組んでた方が簡単だけどさ」
「う……」
「あ、いや責めてないからね。逆手にとってたし。えっと……あ、リンドウはわかる?」
「そうだね……何をしてたのかはわからないけど、たぶん。皆さん、カードに触れないでください。ディーラーさんは枚数を数えてもらえますか? 僕が今調べた限り六枚ほど少なくなっています」
「――なにぃ!?」
「待った。姉さんは両手を上げたままだ」
「えー?」
背後に回って上げた両手を固定しておく。元より隠すつもりはなかったため、それ以上の動きはない。
「マジだ、足りねえ」
「どこにあるんだよ」
「姉さんも、大人の方をあまりからかわないようにしないと……」
「面白かったんだもん、しかたないじゃん」
カードをすべてオープンにして何が足りないのかを探している彼らを見て笑い、イザミは席を立つ前にぱんと両手を一度叩いた。
「はいこれで終わりっと。ありがとね兄さんたち、また遊ぼうよ」
「おう……ん? はあ? ――欠けカードがねえぞ?」
もう一度数えれば見事、全部揃って終わりだ。両手を叩いた動作だけですべてを戻したのだが、その動きも追えなかっただろう。イカサマに慣れている人ならば、簡単すぎる仕掛けなのだが。
テーブルに戻ったリンドウは、呆れたようにため息を落として頬杖をついた。
「姉さん、いくらなんでもあれはないよ」
「えー、ないかな?」
「あんな子供だましを大人にやってどうするんだ」
「――どうやってカードを隠してたの? 話しか聞こえてなかったケド」
「私も興味あるわ。どうからかってたのよ」
「んふー、ひみつで」
「はあ……ここのテーブルは一枚板じゃなくて、木板を重ねてる。その隙間にカードを挟んでおいたんだよ……手元、裏側に」
「ふ――ックックック、それは本当に子供だましね。あはははは!」
「うわ」
先生が大笑いするの初めて見た、とクルリは驚いている。そうこうしている内にミヤコが顔を見せ、イザミが軽く手を上げる。
けれどその表情が一瞬、寂しそうに歪んだ。なんだろうと首を傾げる前に袴装束の端がリンドウの手によって引かれ、だからこそ気付かないふりをした。
「よし、とりあえず問答は後にして」
「しなくていいのにー」
「こんばんは先生、久しぶり。それと、そちらはリィちゃんの娘でクルリかな? この二人の親でミヤコ・楠木っていうの。あたしはともかく、二人をよろしくね」
「あ、はい。クルリです」
「さてと……」
椅子を引き寄せてからジト目を向けられた。
「で、何をしてたの」
「問題は起こしてないよー」
「うんそれは僕が保障するよ。問題は起こしてない」
「リンドウの保障なんて当てにならない。あんたたちの隠し事はかなり巧妙だから……どうせあそこで頭を抱えてる男衆はイザミでしょうに」
「あ、うんあれはあたし。だいじょぶ、儲けてないから」
「……ここの食事代は?」
「あーそれはほら、昼の勝ち金だから、ほら」
「ほらじゃないでしょまったく……リンドウも止めなさいよ」
「僕は参加するのを止められた方だから」
「――ってあんたたち、その調子で先生にも迷惑かけたんでしょ」
「うん。迷子だったのを保護してくれた」
しばらく沈黙した後、二人が視線を逸らすとミヤコはため息を落とした。
「……先生の実家?」
「ミヤコ、もう先生はやめなさい。まあそうね、ちょうど私が在宅中に来たから良かったわ。――でも私にも原因はある」
「あああ……ありがと先生。うん、やっぱまだ先生かな。というか先生が引っ張ってくれて助かったよ。縁が合わなかったことを考えるとぞっとする」
そうと頷いたサギシロは、心なしか嬉しそうに見えた。どういうことなのか、もちろん二人にはわからない。
「詳しい話は明日にしましょう――と、そうだ。明日の午前中に襲撃予定があるから、この二人を参加させるわ」
「ん……そう。襲撃かあ、懐かしいな。ん? もしかしてクルリが襲撃指揮を執ってる?」
「はいそうですケド……なんでわかったんです?」
「さあ、何故でしょう」
「え、いやそう言われても」
困るんですケドと唇を尖らせるクルリの横、注文をしていたイザミが情報は足りないけどさと口を開く。
「クルリってあたしたちより年上でしょ? 元服が十五だから、年齢的な問題じゃないかなあ」
「確かに年長組なら世話をしてるってのも頷けるけど、でも母さんが来て時間もそう経ってないんだから、性格とか読み取ったわけじゃないと思う」
「あ、もしかして先生が参加することに決めたって言ったじゃん? そこから決定権……だっけか、それを察したとか」
「でもそれなら、襲撃する先生にもそれなりの決定権があると思うよ。僕としてはマーリィさんの情報があるからだと考えたんだけど……」
「親子の関係?」
「そうじゃなく、いやそうなんだけど、――魔術は血統だから。何かしらの実力をクルリさんが持ってるって情報があれば、役どころを見つけるくらいできるんじゃ? ほら母さんも問う形で断定しなかったし」
「えー、それは単に嫌味にならないようにしただけだよ」
「ああその可能性は考えてなかった。さすが姉さん」
そこまできて我慢できないとばかりにサギシロが笑った。
「あはははは、いい育て方したわねえ」
「笑いごとじゃないって……好きにさせてるから、放任なんだけど。でも――襲撃なら、終わった後に二人を相手にしてやってくれないかな」
「どうして?」
「昔と同じで、いろいろ試行錯誤して配置とか決めてるんでしょ? この子たちを入れて邪魔をしたくないから」
「私は構わないわよ。そっちは?」
「へ? あーうん、そんなこと考えてもなかったから」
「言われてみればその通りだね。ごめんクルリさん」
「私に謝られても困るケド……うん、じゃあそういうことにしよう。明日の朝、時間は先生が決めるけど私たちは早めに集合してるから。それじゃ私はここで……あの、お代なんだケドさ」
「いいよ、お近づきのしるしにはならないけど、あっちのお兄さんのおごりみたいなものだし気にしないで。明日はよろしくね?」
「うん――ごちそう様でした。またね二人とも」
「はい、また明日」
姿が見えなくなってから、いい子だなあとイザミが言う。年上に失礼だよとリンドウが付け足すのもいつも通りだ。
「大丈夫だとは思ってたけど、あんたたちはどこでもいつも通りね」
「その方がいいじゃん。でもかーちゃん、まだまだ時間が足りないよ。市場も回ってないし、民家も訪ねてないし、研究所の本はリンドウが読みたいし、あたし今日の鍛錬どうしよ」
「――リンドウは魔術研究所だけれど、イザミは何かやりたいことや目的はないのかしら」
「え? うーん、あたしはどっちかってと躰動かしてる方がいいし。それに明日になればわかることもあるから」
「ふうん……同世代の子たちの実力が知りたい?」
直截された言葉に、それもあるけどとイザミは小さく笑う。けれど瞳は真剣そのもので。
「――あたしは先生の実力も知りたい。今んとこあたしの夢は、刀の使い手って言われたら楠木のイザミだって言われることだから」
「それが刀を持つ理由?」
「今のところは。でもまだまだ、これからいろんなこと経験しなきゃね。かーちゃんにもまだ勝てないし」
「そんな簡単にはいかないよ。あたしもまだ隠居したわけじゃなし」
「そうじゃなきゃ意味ないじゃん」
「――そういえば、今日はどこに泊まるの?」
「宿を取ったよ。最初から、そのつもりだったから」
ここにはもう居場所がないことは、わかっていたから。
――同様に、ここには居ない彼女の居場所も、ここにはないのだ。
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