空歴417年
04/11/11:30――ミヤコ・繋がりが消えた日
居場所を持った旅人は、果たして旅人なのだろうか。
旅をしなくなった人間は、旅人とは呼ばないのが普通なのだろうけれど、きっとミヤコ・楠木にとって旅は手段でしかなかったのだから、未だに目的を抱いている以上、それは旅人と同じであったのだろう。
「人生、なにがあるのか本当にわからないもんだねえ……」
自宅の庭にある木陰、足を投げ出して座ったミヤコの膝に頭を乗せる娘のイザミは鍛錬後の疲れで眠っており、通り抜ける風に揺られる髪が顔にかからないよう、ミヤコの手が軽く押さえている。
かつては己を鍛えることばかり考えていたのに、今では自分の背中を追いかける娘の成長が実に楽しく思えている。そんな変化を素直に受け入れ、それが当たり前になりつつあるのだから、おかしなものだ。
けれど、確実に違うことはある。
ミヤコにとってリウの隣に並ぶことが目的だったように、イザミにはイザミの目的がそこにあるわけで、そして今のミヤコもまた、成長が終わったとも、諦めたとも、決して口にはしないし、前を向いて進んでいる。
その確信は、なんの信憑性もない。けれどやはり、もうリウには出逢えないのだと――そう思えてしまうのだ。
忘れたことはないし、思い出せる。娘にもよく話をした。そして、その度に思うのだ。
リウの態度、仕草、それらを総合して今のミヤコが感じる限り、再会がないことを前提にしていたのだと。
ミヤコもまた、そのつもりだった。かつて離別を告げた時に、次があるとは思えなかったのも事実だ。それでも、今ほどの確信を得ていたわけでもなかった。
――だから。
それを確認するためにも、一度あの場所へ、四番目の大陸のノザメエリアへ行こうと思っている。今すぐではないけれど、あるいは子供たちを連れて。
確信を、現実にするために。
などと思っていると家の扉が開き、息子のリンドウ・リエールが姿を見せた。真っ直ぐにこちらに近づいてきたので、手招きしてイザミとは逆側に座るよう示す。
「母さん」
「どうしたのリンドウ、そっちは終わり?」
「あ、うん。まだ続けるけど、もうお昼だよ。父さんが呼んでこいって」
「そう? じゃ、もう少し大丈夫そうね」
「母さんがそれでいいなら、うん……いいけど、姉さんが寝てるのも珍しい。いつもの鍛錬後だと、落ち込んでるか大の字で動けないのか、どっちかだったし」
「今日はちょっとハードだったもの。午後からはリンドウも一緒?」
「うん、お願いします」
武術家の技術は娘が、魔術師の知識は息子がそれぞれ学んでいる。ミヤコは未だに己が未熟だと思っているため、彼らのレベルについては何とも言えないが、順調に成長していることに間違いはない。
「母さんは、どうしたの?」
「うん?」
「なんだか物思いに耽ってる感じだったから」
「ちょっと友達のことを思いだしてただけよ」
「それって、リウさんのこと?」
「そう」
「魔術師としては、今の父さんでも届かないって聞いてるから、僕は一度逢ってみたいんだけど……」
「そうねえ――できれば、あたしも逢いたいけど、どうかな。ただ、リウの師匠だった人、あたしの先生だった人には、逢えるよ。まだノザメエリアにいるはずだから」
「母さんの故郷だね」
「故郷というより、ハジマリの街かな――」
おやと、その空気に対して反応しながらも、それを見せなかったミヤコだが――子供ができてからはかなり培われた技術だ――しかし、こちらを見ていたリンドウの視線が横へ動き、寝ていたイザミもミヤコの手を跳ねのけるようがばっと勢いよく起き上がった。
「ぬわっ、あたし寝てた! ご飯逃してないよね!?」
真っ先に言うことがそれか、とも思ったが慣れたものだ。すぐにリンドウも立ち上がり、軽く目を伏せる。
「まだ大丈夫よ。それよりなに、どうしたの」
「え? ――えーっと、なんだろ。あ! そうだ、溺れそうになって死ぬかもっ、とか思ったから飛び起きたんだ! ……夢じゃなかったね、これ」
「夢がどうかは知らないけど、術式の気配はなかった。姉さんが気付いたなら、そういうことなのかな……」
「ねえかーちゃん、これって」
「うん。――ほら」
指を向けたその先に、無精髭の男が立っていて、こちらを視認してからよおと片手を挙げた。
レーグネンだ。
「悪い、ちょっと待たせたなミヤコ」
「あーうん」
ゆっくりと立ち上がり、その佇まいに気付いたイザミが刀に手をかけようとしていたので、ぽんぽんと頭を軽く叩き、そして。
ミヤコは、全速力で踏み込んだ。
「え――」
姿が消える、そして出現したミヤコは右手で刀を抜いており、レーグネンはそれを片手で受け止めていた。厳密にはその峰を、掴んでいたのだ。
「へえ、やるじゃねェか。まだ繋ぎは甘いけど、本質は間違っちゃいねェ――ま、一刀を避けて、二刀目でこれじゃ、俺に通用はしねェなァ」
「……ちっ」
「おいなんだその舌打ちは。つーか、ここはいつから孤児院になったんだ?」
「あのね師匠」
ミヤコは刀を戻し、吐息を一つして蹴飛ばそうとするが、やはり避けられた。
「あれから十年以上経ってんの。あの二人はあたしとジェイの子供。まったく、こっちに顔を見せないから……」
最近というと語弊はあるが、ともかくいつもは、別の大陸などで手合せをずっとしていた。
「へえ? あーそうだッけか……おうい、そっちの、こっち来いよ。これでも一応ミヤコの師匠だし、挨拶くれえすッから」
「あ……はあい! あたしイザミ! イザミ・楠木! うおっ、近寄るとやっぱすっげー水気だなあ」
「僕はリンドウ・リエールです。初めまして」
「おゥ、俺ァレーグネンだ。しばらくはこっちに居るから、よろしくな。ちなみに他言はすんなよ? 俺みてェなのが居るとなると、面倒になっちまうからな」
「はあい!」
「わかりました」
「ん――お? へえ……そうか、おいミヤコ、お前」
「ああ……うん」
驚きは、それほどなかった。
動揺もなかった。
「っていうか、なんで師匠がわかるわけ?」
「そりゃお前、……長生きしてるから?」
「疑問形だし。なんの話?」
「姉さん、あまり突っ込まない方が……それともうちょっと落ち着こうよ」
「だいじょぶだって!」
騒ぎに気付いてジェイが顔を見せる。それぞれに視線を向ける際に、違和感を気取られたのがわかったが、あえてわかるように見せたのかもしれないと考えられるくらいには、長い時間を過ごしてきた。
「なんだレーグか……飯、作ってねえ」
「おゥ、とりあえず裏の川を使わせてくれ。水浴びしてから話そうぜ」
「ん……イザミ、大丈夫だとは思うが案内してやってくれ。リンドウは料理、並べておけ」
「はーい」
「うん、わかった」
それぞれが散らばってから、ミヤコは家へと足を向け――ジェイが、問う。
「どうした」
「うん……繋がりが切れたみたい」
それは、ずっと持っていた。
一見すればただの鉄板に見える、リウが作った通信機。ただの一度とすら連絡はなかったけれど――懐から取り出したそれは。
厳密に何がどうとはわからないけれど。
何かが、消えてしまったような、ただの物体に成り下がってしまったような、冷たさがあった。
「――そうか。そうなっちまったか」
今はただ、妙な喪失感が胸の中を支配している。泣きそうなほど寂しいわけでもなければ、落ち込むほど辛いわけでもないけれど。
なんだか、ちぐはぐで、上手く表情が作れる自信がない。
「いつだ?」
「ほんの、ついさっき」
「子供に情けねえ面が見せらんねえってのも、大変だよなあ」
「……ねえジェイ」
「行けよ。どうであれ――まあ、確認ついででもいい、行ってこいよ。今すぐってわけじゃねえんだろ?」
「ありがと。その時にあの子たち、連れて行けるかなあ」
「んー? お前、一人で面倒見れるのか?」
「あはは、そっちのが大変かもね」
大丈夫、まだ笑っていられている。
それは――でも、きっと、かつてとは違って。
もっと大切なことが、今ここにある。
たぶんこの一抹の寂しさは、そんな優先順位が変化していたことに対する、自分に対してのものだろう。
「ん……ご飯、しよ?」
「おう」
ただ、怖さもあった。
それを確認するのは、怖い。
繋がりが切れたことが、リウラクタ・エミリオンとの縁がなくなったようなこれが、実際にどういう意味かはわかるけれど、現実として突きつけられた時に。
ミヤコは、自分がどう反応するか、まだわからなかった。
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