02/04/12:20――リウラクタ・呪いに似た一言

 彼と顔を合わせたのは、いや出逢ったのは、リウが魔女の棲家に到着してから数日後のことだった。

 ここ数日でリウのしてきたことは、部屋の内部に術式を敷き詰めて場を創ることと、反省会だけで、そろそろ本格的に術式研究をしていこうと思っていた頃合いだ。ベルにあっさり壊されたこともあって、金属を創るのではなく、もっと別のアプローチをしようと決意し、じゃあどんな方法が面白いだろうかと直感任せの発想を浮かばせて、昼食の席に座ったのだが、そこに。

 彼がきた。

 いや――きたというより、階段の半分を転げ落ちたのだ。

 幼いのは外見からでもわかる。それに、隔離されたこの場所では外界との時間経過がズラされており、それが意図的かどうかはともかくも、遅延と停滞が混ざっていると、ここ数日でリウは判断した。

 それはありがたいことだけれど――外との時間が違っても、自分が過ごす時間に変化はないのだから、遅かろうが早かろうが、それは同じことだ。

 確かに、肉体の成長速度が遅くなっている。この作用そのものは、この場が元から持っていたように思う。ベルも好きに調べろと言っただけで、特に断定はしなかった。

 けれど、リウにとって、肉体成長をしなくても――。

 時間を消費することが、問題なのだ。

 ともかくも階段を落ちてきた少年――とも呼べない、まだ未成熟な彼は、やはりその幼い声で、ああと、大の字になったまま、椅子に座ったリウとベルを見て。

「――やあ、お腹が空いたねえ」

 などと、外見には似合わないはっきりとした言葉で、偽りなく、苦笑に似た笑みすら浮かべて、口を開いた。

「なんだろう、空腹が過ぎると隣にいる人間すら喰いたくなるらしいけれど、この場合だと食料がある場所へ向かう選択肢が残されているからか、そんなふうにはならないね。これ以上の検証は必要ないと判断したのは前回だけれど、集中すると周囲が見えなくなる癖はどうにかしないとね。つまりセツ、俺はとりあえず水が欲しいと、そんなオーダーをしてみるんだけれど、構わないかな」

「あ? てめーでやれ」

「ちぇっ、起きるのも大変なんだけどなあ。それよりも、初めましてだね、リウラクタ・エミリオン。どうやらミヤコ・楠木は傍にいないようだ」

「へえ――」

 面白い子だと、リウは目を丸くする。どうにか立ち上がった彼はしかし、リウの様子を見て両手を広げるように肩を竦めた。

「はは、見抜かれたね。俺もまだまだ知識を蓄えている最中で、使い方に関してはどうもね。ただ続けて言わせてもらうのなら、君はきっと一振りしか拵えられないよ」

「それは予言? それとも――」

「予言でも、意志を縛る言霊でもないよ。そして、こんなことは」

 クッ、と喉の奥で笑う、子供には似合わない嫌な笑い方。

「――俺よりも君がよーっくわかっているはずさ」

「嘘一割、ハッタリ四割、知識五割ってところね。よくその中から可能性を考慮して限りなく正解に近い道筋を見抜ける。そう……ベルのソレは高速思考かと思ってたけど?」

「あー? オレのはただ、結果が見えちまうだけだ」

「似たようなものじゃない」

「そうだね、だからこそ俺もここに居られる。俺は俺を異質であることが自覚できていて、この場所にたどり着いたのは幸運であることに間違いはないけれど、性質が似ていることでの縁は合うと、立証されたようなものだ。ああ忘れてたよリウラクタ、俺の名はセカンド、あるいはヌル。親しみを込めてセクと呼んでくれて構わないよ、セツと被るけどね」

「そ。――で、セツって?」

「あー、オレの元の名だ。通信機に入ってるだろ、刹那小夜。そいつがオレ」

「ああ……継いだ名がベルなのね」

「そういうことさ。よっと……ところでリウラクタ、なんか嫌な感じがしたから聞いておくけれど、しばらくここに滞在するために、部屋の整理でもしているのか? 近寄りがたい空気を感じたのは、気のせいじゃないだろう?」

「そうよ。でも……本当に、魔力も持たないのね」

「ははは、俺はただの一般人だ、そんなものは持ってないね。いや――違うか、一般人だからこそ、俺はここにいられる。なあセツ」

「あ? ほれ、水だ」

「ありがとう」

「お前はぐだぐだと長いこと話すから聞いてねーな。で、どうだ」

「まだ四割ってところかな。そろそろ情報蓄積の方法も模索しないと、オーバーフローしそうで怖いよ。その前にまずは空腹だ、水から慣らさないと飢餓は簡単に治らないからね」

「わかってるなら気をつけなさい、あんたは」

「ははは、仕方ないのさ、没頭してしまったんだからね。君は俺に気にせず食べるといい。ちなみに言っておくけれど、ここ数日は労働の対価として正式にセツから受け取ったものだ、どう使おうが文句を言われる筋合いじゃないね。ああ生き返る……これはあれか、しばらく放っておいた植物に水をやるようなものか」

 そうだ水といえばだと、椅子に座った少年は言う。

「食事中くらいは俺に割く時間もあるんだろう? 教えてくれよリウラクタ、あの終わりの場所にして始まりの地、ノザメエリアのことを」

「へえ……言い得て妙ね」

「やっぱり、リウラクタほどの魔術師ならば、あの場所から出てきた君ならば、きっとわかるだろうと思っていたさ。通じているようで何よりだ。まず、君の印象を聴きたいな」

「いつか、自分で確認なさい」

「やれやれ、セツと同じ断り方だぜ」

「それよりもベル、ちょっと訊いておきたいんだけど」

「あー?」

 きちんとエプロンまでつけて料理をしていたベルは、できあがったものをテーブルに並べる。実に簡単な料理だが、彼女の足元では既にメイが更に乗った焼き魚をフライングで貪っている。

「ほれ食えガキども。で、なんだ」

「一応、部屋の布陣は完成したけど、ほかの部屋も同様に対術式関連の防護措置はなし?」

「ねーな。初期設置時点で、来客なんか想定してねーし、お前が下手を踏まなきゃ問題はねーだろ」

「それ信頼じゃないでしょ」

「当たり前のことを言ってんじゃねーよ馬鹿」

「いただきます――あれ、ベルのはないんだ?」

「ああ、オレは定期的に血を摂取しときゃ問題ねーんだよ。とっとと喰え」

「ふうん……まあ、そのつもりで布陣したから、大丈夫だとは思うけれど、私も没頭すると周囲が見えなくなる場合もあるからね」

「ははは、なんだ俺と似たようなものじゃないか。ま、俺としてはそっちの影響を受けようにも、受けられないからね、話は聞きたいし見てみたくもあるけれど、被害者になるのは勘弁だぜ」

「本格的に居を構えるのは初めてだから、上手く行くといいけど」

「想定してたんだろーが」

「うん、そりゃまあ……あーやっぱ美味しい。私じゃ再現無理そ」

「てめー料理できんのか?」

「いやまったく。大抵は焼いて食べるし、煮込む系は水場が近くにないと面倒じゃない」

「旅人のスキルってことか。ふうん……」

「居を構えないと、モノが創れないのはわかってたから、準備はしてたのよ。でも、そうであったとしてもさ、やっぱり最悪には備えておきたいんだけど」

「――クッ」

「え? なに、面白いこと言った覚えはないわよ」

「いや……懐かしいことを思いだしてな」

「へえ? そりゃ珍しいね、セツ。たまには君の昔話を聞いてみたいもんだ」

「大したことじゃねーよ。ただ初代の五神の連中は、その最悪ってのを持ってたってだけだ。……はは、最悪ねえ」

 ありゃ方便だなと、ベルは香草巻きに火を点ける。

「初代のベルは、……ま、オレでも相手にならなかったっつーとんでもねー野郎だったけどな、あいつは望んでアキレスを得たわけだ。初代の場合は特定の人物が窮地に陥った状況そのものだったわけだが」

「へえ……自分で窮地を作っておくだなんて、初代はよくそんな考えに至ったね。それは、その時のための対応を作っておくことで、死角を失くすためかな?」

「いや」

「そもそも弱点を作っておくって、己の強さとの均衡を保つためってわけでもないでしょうに」

「ああ――ま、普段から抑制しなきゃ立ち回れねーような存在ってのはな、そういう息抜きが必要だったことだ」

「息抜きだって? 弱点がかい?」

「そん時だけは――遠慮も、配慮も、何も考えずに最短時間で全力をぶっ放せるだろうが」

「……とんでもないわね。極端な話、対象人物を確保するだけを達成目標として、該当区域を焦土にしても構わないってことでしょ、それ」

「昔の話だ。オレら二代目からはそういうの、あんましねーからな」

「セツにとっての最悪はないのかい?」

「あ? ……あー、マジになってサギと現行のマーデが敵対したら最悪かもなー。最高に楽しいだろうけど、その後にオレらが生きてるかどうかが怪しいもんだ」

「あはは、それは最悪とは言わない気がするね。羨望だよ――そういう状況を望みながらも、セツはそれが叶わないことを知っている。ま、何より周囲が止めるだろうね」

「今じゃ、場を整えられる連中がいねーからな。かつてはオレもサギも、駒として使われてた側なんだけどな……おい、てめーらに言ってんだ。だらしねーぞ」

「私は創れればそれでいいし」

「俺としてはセツを使えるほど、知識を溜め込んでないからね。ところで、リウラクタはその創った刀を、ミヤコ・楠木に渡すつもりかい?」

「ま、できればね」

「けれどミヤコにはもう、刀があるじゃないか」

「銘はなんだっけ?」

「やれやれ、釣れないなあ。かつては楠木といえば村時雨だったらしいけれど、今となっては確かめようもないしね、引っかかってくれれば情報も得られるとは思ったんだけれど、拙速だったかな。けれどまあ、所持はしているだろう?」

「まあね。けど、今すぐ渡せるわけでもないのよ」

「それもそうか。けれど物品も所持者に引かれるものだ、いつか必ず、村時雨も楠木の手に渡るんじゃないかと、俺は思ってるけれどね。セツ、現存する銘がある得物ってのは、どれくらいあるんだい?」

「各地に散らばってるのは二十くれえなもんじゃねーか?」

「案外少ないんだね――おっと、この場に二本もあるくらいなんだ、それは必然的とでも言うべきであって、少ないというのはまた違うかな。ただし、それを扱える人間や武術家と呼べる人種が少なすぎるとも思うけれどね。それは仕方ないか――なにしろ、継ぐ者がいない」

「継ぐといえば、ベルは何を継ぐものなのかしら」

「五神ってのはそもそも、存在――名だけ継げばいいだけの話だとは聞いているね。ただ現状において推察する限り、名に対する付加価値まで継承しているように思えるけれど、いかんせんベルとマーデの存在を原点とするのならば、ほかの五神は至っていないさ」

「その口ぶりだとマーデに逢ったことがあるように聞こえるわよ」

「ははは、じゃあ気を付けないとね」

「ベルは実際、その辺りはどうなの?」

「あー、面倒を押し付ける相手がいるなら、とっくにやってる」

「そんなもの?」

「足枷じゃねーけどな。欲は出さねーから、オレを半殺しにしてくれりゃ文句は言わねーよ。どうだリウ、いねーか」

「いないわよ……」

「根性がねーんだよな。……ま、そんなもんか」

「セツの希望を叶える相手なんて、いやしないさ。そしてベルを名乗る以上、妥協はされたくないね。だからセツには長生きをして欲しいものだよ」

「ま、オレにとっちゃ今さら百年や二百年、大した労力じゃねーけどな。だらだら生きながらえてるだけだ」

「目的を持って動かれる方が厄介ね。――ご馳走様。部屋に戻ってるから、なにかあるならノックして。あとメイ……は、任せた」

「おー、オレは昔っから動物に懐かれることなかったから、なかなか新鮮でしばらく構ってやるよ」

「そうしてちょうだい」

「ところでセツ、リウラクタがいるなら俺のぶんの仕事は多少楽になるんだろうね?」

「は? 馬鹿言ってんじゃねーよ。てめーの紙巻き仕事が減るはずがねーだろーが」

 なかなか愉快な話をしているなと思いながらも、一人でリウは部屋へ戻り、見た目はなにも変わらない魔力で埋め尽くされた自室の扉を閉め、隔絶を再現しつつ吐息を一つ。

 ――君は。

 受け流した言葉がよぎる。

 ――君はきっと一振りしか拵えられないよ。

 そして、それはリウがよくわかっている。

「わかってはいるけれどね……」

 メイにも、もちろんミヤコにも話していないことを、あっさりと、さも当然のように突きつけられれば動揺もするし、いくら自覚があったとしても、改めて認識させられる。

 おそらく、と前置したのならば、リウが魔術師として存在するための代償が、必ずどこかに発生するだろうという推測から、攻撃できないことだけでは足りないと判断した結果、時間制限があると、セクは判断したのだろう。

 ミヤコと別れたのも、タイミングとしては絶妙だった。何しろ今のリウは、足の指一つだけだが、壊死が始まっている。それが訪れるのはわかっていたし、これからどう進行していくのかもまだわからないが――それでも。

 いつか必ず、そう遠くない未来に、自分の行動は停止する。

 そんなことは旅に出る前からわかっていたのに、時期が近づいた今になって、それを不安に思うこともある。

 一振り。

 今のリウが満足できる一振りを創るのに――どうだろうか。

 十年あれば、可能だろうか。

 終わりが見えると、終わりに向かおうとするのが人のさがだ、

 いくら考えたところで、今を生きるしかないと、そんな簡単な結論が落ちていることを自覚していても、先を考えてしまう。

 終わりの時に。

 悔いを残すか、満ちて足りるか。

 そこまでに積み重ねた時間が長いか、短いによっても違うそれを、なんとも言えない気持ちと共に飲み込んだ。

 忘れることはできないけれど、今は。

「さて、始めましょうか」

 その時にどう思うのかを、楽しみにしておこう。


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