01/12/11:50――ミヤコ・リエールの魔術師
ちょうど昼食も近かったので、飯を作ろうとしたのだが、料理はできるかと問えばミヤコは首を横に振った。きたばかりで働かせるつもりはなかったので、とりあえずはと簡単に作ってしまう。作り置きのパンと野菜をサンドし、卵を焼いただけだ。
ジェイは気遣うつもりがない。もてなすような客ならとっとと追い返しているし、文句があるなら自分でやれ、だ。けれどミヤコはきちんと、いただきますと言ってから食べ始め、美味しいという感想はあるものの、特に文句をつけようとしなかった。
「――そういや、孤児だって?」
「え? うん」
「その上、旅に出てたんなら料理の一つくらい作れるんじゃねえのか」
「うーん、たとえばこれ、料理じゃん。孤児院にいた頃は誰かの作る料理だったし、十歳を過ぎてからは自分で働いてたから、できあいのものを食べてたし、旅に出てからは基本的に、食べられるものを食べてただけだから、料理っていうより加工だけ」
「ああ……確かに、そりゃ料理じゃねえか。いつから旅に出てんだ?」
「十四で出て、四年かな?」
「同い年か……こりゃ好奇心だが、旅の鉄則ってのはなんだ?」
「鉄則? うーん、いろいろあるけど、大前提は危うきに近寄らずってところかな。特に街や村はね、それなりに緊張する」
「そうなのか?」
「うん。独自のルールで作られた場所が多いから。最初、それで失敗して懲りたし。まず周囲をぐるっと回って、出入り口が一ヵ所しかない村や街には、絶対に近寄らない」
「ん……ああ、そもそも出入りを固定することで、内部は硬く閉鎖的ってことが想像できるからか」
「あからさまによそ者を除外する動きがあればいいんだけどね? 捕獲や洗脳って類もあるから、本当に危なくて」
「なるほどなあ。じゃあこれも訊いておくが、そもそも、どうして旅なんかしてるんだ?」
「目的ってこと? 表向きは、どこかにいる親探しってとこ」
本気じゃないんだけどねーと言いながら、ぺろっと食べてしまったミヤコは紅茶に手を伸ばす。
「だいたいそれで納得されるし、納得しなくても追及はされない。ほら、あたしって子供に見られやす――誰がガキだ誰が!」
「俺は何も言ってねえよ」
「あ、そう。まあ冗談ね。あたしの目的は、まあ単純に、リウの隣に立ちたいってだけで――それは未だに、達せられてないんだけどね」
「隣に立つ? なんだそりゃ。文字通り、ただ並んで歩くってことじゃねえんだろ」
「当たってるけどねー。……付き添いって言葉を使ってたけど、結局あたしは、リウの旅について行ってるだけで、一緒に旅をしてたわけじゃないの。なんていうのかなあ、足手まといだけど許容されてる感じ? 保護者の立ち位置? 悪く言えば役立たず。簡単に言えば――リウにとって、あたしの同伴は、そもそも必要がなかったと、そういうこと」
「それが、気に入らねえのか」
「相手にされないってことを嫌ってるんじゃないのよ? ただ、同じものが見えないってのが気に入らなかった。孤児院にいた頃から、リウだけは必ず、あたしたちの前を歩いてて、あたしはずっとその背中を見てた。追い越そうと思うのは、不思議なことじゃないでしょ?」
わからなくもねえなと、空いた皿を片付けたジェイは、小麦を固めて砂糖をまぶした菓子を取り出しながら、自分にとってはかつての師匠がそうだったと、思う。
「つまり――師匠を追い越したいって感じか」
「まあね。同い年だから余計に、だけど」
「そういう経験はないから、なんとも言わない」
「ん。ところで、一日の生活サイクルどんな感じ?」
「そうだな、基本的には午前中は畑の手入れなんかの雑務、午後からは研究だ」
「生活費は?」
「んー? まあ、たまに仕事もするが、ちょろっと賭場で」
「うっわ……」
「呆れた顔すんな。負けてねえよ」
「いいけど。じゃああたしも、午前中はそっち手伝うから、午後から鍛錬する。といっても期待しないでね? 新しいことは覚えるのに、時間が必要だから」
「ミヤコがそれでいいなら、とりあえず文句はない。なにかあるなら適時――と、ああ、最初だからお前の鍛錬とやら、見学しててもいいか?」
「いいよー。見られるのには慣れてるし。楽しませるつもりはないけどね」
「俺にとって武術家ってのは、間近で見たことのない人種だからな。レーグだって、俺の前じゃ見せなかった……いや、誰にも見えなかっただろうな。見せたのは結果だ」
「師匠、ここでなにしたのさ」
「近くにウェパード王国がある。今は大きな貿易拠点として、主に鉱石と農産物の収穫を行っている中立国だ。けど四年前――どっかで聞いたなこれ」
「年数なら、あたしが旅立ちした時と同じくらいだね」
「それまでは完璧な軍事国家だ。しかも独裁制。国民は干上がって最悪、正式なウェパード王国継承者は二人居て、一人は軍人として死線に送られてどうにか生き延び、もう一人は足の腱を切断されて完全に人質状態。俺はそこから二年くらい前に師匠を亡くして、周りが見えなくなるほど没頭してた」
「あー、よくあるよくある」
「あるのかよ……」
「三番目なんかでも、地下資源の利権を争って、結構そういう国あったし」
「……まあいい。そこにふらりと、目覚めたばっかのレーグがきたわけだ」
「目覚めた? あ、師匠どっかで封印されてたとか?」
「本人曰く、ウェパード様のところで寝てた、らしい。右も左もわからねえ、武術家としては最盛期の二割ってところだったらしいが、まあ都合よくウェパードの名を持つ女が拾ってな。紆余曲折はあったものの、前政権をレーグが潰したんだ。理由は聞くな、俺もあんまし知らんし、二度はねえだろうからな」
「じゃ、現政権はその女の人が?」
「いや――そいつは、レーグを探す旅に出た。まあそれも、単なる理由だろうけど……現国王はワイズ・ウェパード。脚が動かない片割れだな。ちなみに俺の妹のノンノ・リエールってのが嫁いでる。俺もその時に手を貸したし、たまには騎士団の育成支援に呼ばれることもある」
「軍そのものは残ってるんだ」
「騎士団って言えよ……まあ似たようなもんだが、さすがにトラブルそのものを解決する部署は必要だし、中立を謳っていても、馬鹿が攻め込んでくることもある。主だった任務は妖魔の討伐と、鉱山採掘なんかの護衛だな」
「ああ……それで師匠は逃げ回ってるっていうか、隠れてるんだ。感謝されても筋違いだって感じで」
「そういうことだ。レーグらしいっちゃらしいんだが、同じ裏方だった俺んとこにはツラを見せるんだよな……」
「あはは、それ、ジェイがそういうとこ、わかってるからだと思うけどね。さてと、表使っていいんだよね?」
「知っての通り、人避けや目隠しはしてある。よっぽど派手なことをしなけりゃいいし、したとしても結界が壊れるだけだ。壊れたらやめろよ」
「んー……どんくらいで壊れるか、わかんないんだけど」
「魔術に関する知識はあるんじゃねえのかよ」
「いやいや、あるにはあるけど、あたし、リウの術式壊したことないから。――違うか、壊せたことないってのが正解かな」
「その手の話、あとでじっくり聞かせてくれ」
「説明できる範囲でね」
ふらりと表に出たミヤコの足取りは軽く、ジェイは玄関を出てすぐの場所に長椅子を術式で造り、そこに寝そべった。簡単な〝
実力者というのは、歩き方や存在そのものに、威圧に似た迫力を感じるものだ。騎士団の中でも結構やる――というか、昔馴染みが数人いるけれど、ジェイに言わせればそいつらの方が、感じる。ただレーグネンが連れてきた相手ということで、さて、どうなのかとも思っていたが。
適当な位置でぴたりと停止すると、深い呼吸が一度。瞳を閉じたミヤコは、そのままぴたりと身動きをやめた。
全身から力を抜いているわけではないだろう。散歩していて、ふいに立ち止まったような自然体だ。感覚の鋭敏化でもしているのか。どうにもその態度だけでは、なにかを溜めている気配は感じられない。
どこまでできるのか、ジェイには興味がある。それは、結局のところ、ミヤコがどこまでを目指しているかがわかるからだ。そして、相手を知ることにもなる――と。
十五分ほどそのままだったミヤコは、肩の力を抜くようにして躰を動かす。
「あ、いい椅子」
「もう終わりってわけじゃねえんだろ?」
「これから準備運動なんだけど」
「じゃあ今まで何してたんだ……?」
「え? ここの空気に〝馴染む〟ための時間かな。環境が変わると対応も変わるから。特にここは水気が強いから、あたしの水気が異物として除外しちゃうと、意味ないっしょ?」
「ああ、そうか。大陸間移動をしてたんだっけな……」
「そゆこと。さて――あ、ねえジェイ、ちょっと頼んでいい?」
「なんだ」
「準備運動するんだけど、標的になってくんない?」
「……おい」
「いやいや、実際に攻撃するわけじゃなくって。なんていうのかなあ、相手を想定して不動のまま戦う鍛錬があってさ、なにもないところより、誰かいるってことを認識した方が効率上がるから、そこに寝てるだけでいいし。完全に馴染ませるには時間もかかるから、呪術式を使うつもりもないからさ」
「実際にはどうやるんだ?」
「この位置のまま、ジェイを見て、構えるだけ。よくリウに相手してもらってたんだけどね」
「ふうん……ま、じゃあやってみてくれ」
「あいおー」
そもそもジェイには、武術家の知り合いなどいない。
だから――ソレが、どのような鍛錬であるかの考察を、していなかった。
「う――お――!」
跳ね起きる。寝ている場合ではない。むしろ反射的に展開した防御系術式のパターンが四つほどあるのは、一体どういうことだ。
確かにミヤコは動いていない。こちらを向いたまま、躰を捻るのではなく、右足を大きく前へ踏み出し、今まさに飛びかからんとする姿勢のまま、左手は鞘を握り、その指は鍔を上から押し込むように、抜かないという意思表示のよう押さえており、右手はそっと柄に触れる。
視線は鋭いとも、威圧的とも違う、ただジェイを〝捉えて〟いる。ただそれだけの、姿勢の変化に、しかし。
ジェイは、己の首元に迫る刀身を間違いなく感じたのだ。
対峙するように、近づくのではなく一定距離を保ったまま広い位置に移動すると、いつの間にかミヤコはこちらを向いていた。
いや、現実的に考えれば、ずっとこちらを追っていたのだろう。しかし姿勢の変化がないためか、やはり、いつの間にかと表現するにふさわしい状況だった。
怖くはない。そもそも威圧を感じないのだ、いわば敵意を感じない状態であるし、無意識に展開してしまった防御術式も四つの内、二つだけ残してある。それは保険でもあるが、とっさに展開した――無意識下での行動には、直感が絡むため、できればその感覚を消したくはなかった。
こうして対峙してみても、先ほどのような刀身の感覚はない。だが、錯覚だと思って切り捨てるほどの、明確な理解もなかった。防御しようとしたのは事実、であるのならば何かしらの理屈がそこにはあるはずだ。
――実戦の想定?
敵である誰かを想定するのならば、そこに動きが発生するはずだ。よく騎士団でもやっていることだが、たとえば基本的な素振りであっても、相手がそこに居る、という前提で行うのが効果的で、その発展系としては、攻撃と防御をしつつも、かつての相手と戦闘をする――まあ、脳内戦闘の一種だが、さすがに立ち止まったまま、じっとしているだけで済むものではない。
だがミヤコは、済ましている。
だからこそなにをしているのかが、よくわからない。
「――」
くすりと、小さな笑い声が聞こえた。組んでいた腕をほどいて見れば、こちらを捉えて離さないミヤコが、口元を僅かに歪めている。
「んだよ」
「戦闘に心得は?」
「それなりにある。言っただろう、騎士団の育成なんかも手掛けてるってな。ま、俺の場合は基本が魔術による圧倒だが」
「知ってる。魔術に頼り過ぎで、体術が疎か……基礎ができてないから、術式に振り回される。それと、想定が甘い」
「言うじゃねえか」
「わかんない?」
「……外れてねえのは事実だ」
「じゃ、わかってないね……あは」
話しながらも、ミヤコは気を抜いていない。状態も、状況も、なにもかもが変わらない――あるいは、その、呼吸すらも。
「なんなんだ」
「リウとは違うなって感じてるだけ。ジェイ、戦闘する時はスイッチ?」
「……? どういう意味だ?」
「ん。戦闘状態になれるって意味」
「そりゃできねえことはないが――ただの標的でいいんだろ」
「わからないみたいだから。――なってみれば、わかるかも。それだけ」
「それだけ、ね」
「――あ、逃げないように気をつけて」
どういうことだと眉根を寄せたが、ため息を一つ落として考えるのを保留した。
戦闘状態になるとは、ジェイにとって魔力を溢れさせることだ。つまり、あらゆる状況下に対して、自分が持ちうる術式で対応可能にする――ということでもある。
防御然り、攻撃然り。
考えてみれば先ほどの無意識下での術式行使も、その一端ではあるのだろう。
戦闘状態になるまでに時間はかけない。だから、現実を直視したのにも時間はかからなかった。
「――」
応答よりも、呆然を選んだ。
――おい、おい、なんだこりゃあ。
ミヤコは動いていない。そして、相変わらず鍔も押さえていて、抜いてはいない――のに。
どうして、こんなにも。
自分の周囲には斬戟の軌跡があるのだろう。
こちらの防御術式をすり抜けるものもあれば、当たる寸前で消えるものもあり、何がどうなっているのかはわからないが、確実に言えることが一つある。
それは、その斬戟がジェイに当たっている、ということだ。
当たったからといって、それがどういうわけか、痛みを伴わず、すり抜けるだけで、何もない。だからこそ不可解でもあるが、しかし。
「意識の問題」
言葉は届く、斬戟の軌跡も届く。思わず展開した防御術式に当たると、それは消えた――否、当たったから消された、というべきか。
「試すことは、試されることでもある。普通はわからないよ? でも、ジェイはわかった。それだけの経験がある」
「つまり――こいつは、ミヤコの、攻撃の意図か……!」
それは、戦術を組み立てるのと同じだ。
どうやって攻撃を当てるか、虚実を入り交えて効果的な一撃を与えようとする手段を模索する――そのための一手を、戦闘では実際に行うのだが、相手の行動や技術から、どう対応すべきかを思考することが最初であり、それは当たり前のことだ。
けれど、それを読みとるのは難しい。
筋肉の動き、視線の捉え方、そうしたものから想像するしかなく、あるいはそれが現実になってから対応する。それが、戦闘というものだ。
簡単に言ってしまえば、この斬戟の軌跡は、こんな攻撃をしたらどうだろう――と、そんな意図を持ったものを想像して、では実際にどう動けば攻撃になるのかと、ミヤコが視線や筋肉の動きで、停止したまま再現しているに過ぎない。
同時に。
「俺の対応を引出してるな……?」
「あたし自身を試すことも、結局は相手を試すことにもなるってこと」
二十分もそうしていただろうか、ミヤコは肩を竦めるような動きで姿勢を崩した。
「やっぱ呪術はしばらく封印だなあ。馴染むまで時間がかかりそう。そっちを先にやっとくべきかな……ねえジェイ?」
「なんだ」
「ここらでさ、対人訓練とかできる場所ない? さっき言ってた騎士団とか」
「ん? そりゃまあ……できなくもねえな」
「じゃあお願いしてもいい? ここじゃ、派手なことすると――結界があっさり吹っ飛びそうだし」
「……おい、そんな無茶をやらかすなよ」
「いやいや、冗談――でもないけど、あたし、殺しは基本的に避けてるから。後味が悪いからね、ほんと」
「経験は?」
「あるよ、二回くらい。ちなみにどっちも、事故じゃなく――殺すつもりで殺した」
「なるほどね。実際のとこ、どうなんだ? お前のレベルは」
「え? ……あたしは未熟だよ? 比べる相手はリウだし、まだ追いついてないから。誰かより強いと思ったこともないし、完成には程遠くて、いつも試したいことだらけ」
「そのリウってのは、ミヤコに対応できるのか」
「できる。っていうか、あたしはまだリウの全力って見たことないし、単純な勝ち負けでも、一度すら勝ててないし。いや勝ちたいわけじゃないんだけど」
ただ、並びたいだけだと、ミヤコは言う。
「……ミヤコ、いいか」
「ん、なに?」
「注文だ。俺は動かないから一撃くれ。寸止めで」
「ふつうの居合いでいい?」
「基本的な一撃でいい」
「んー、じゃあ、寸止めじゃなくて、一歩手前でやる。いいよね?」
「ああ、そのほうが都合が良いなら、それでいいぜ」
「わかった。じゃあ竹割り……えーっと、縦の居合いをするね。ちょっと試したいこともあるし」
いくよと、右手を大きく振る。それが準備をしてね、という合図だと気付いたのはあとになってからだ。
同じ構え――そう、同じだ。右足を前に出す、走り出す直前のような姿勢。けれど鍔を今度は押し上げる左手、右手はだらんと下げられたまま、一度俯くようにしてミヤコの表情は隠れ。
「――っ!」
こちらを見る視線に、威圧を、感じた。
思わず奥歯を噛みしめ、漏れそうになった驚きの声を噛み殺し、腰を落とすことで威圧を受け止めつつも、防御系術式を展開しようとする己の動きを己で殺す。
まず――聞こえたのは、いや、認識できたのは、音だ。
金属の音。
それが鍔鳴りだと気付いた時、ようやく、目の前からミヤコの姿が消えていることを知り――そして、銀光が。
遅く。
目の前で、空気を揺らすようにして、軌跡を消した。
――小さい。
それは空気の亀裂とも呼べるものだったが、細く、細く、指先で土に線を描くよりも若干細い。それも、すぐに消えた。
固まったような躰を強引に動かせば、ちょうど、背中合わせになっていたミヤコが振り返るところで。
その表情は、なんというか。
唇を尖らせていた。
「んあー駄目だあ」
この女は、駄目だと言う。
気に入らないと。
目で追うことも、防御すら難しいと思えるほどの一撃を見せておいて、まだ足りないと。
その上、言うにことかいて、こいつは。
「速度が出ないなあ」
言いやがった。
「どうだった?」
「どうって、俺に訊くなよ」
「あ、そっか」
「ミヤコはどう感じてんだ」
「ん? や、少なくとも今の一撃じゃジェイには届かないなあと」
買被りだろ――そんな軽口が反射的に出てこない。そこまで見抜かれたこと、その観察眼には少しだけ怖さを感じる。
「わかるのかよ」
「正面向いて、対峙すれば、刀を握らなくたってわかることはあるよ。ジェイはあたしと師匠、違うと思わない?」
「……どうだろうな」
「まあでも、手の内までわかるもんじゃないからね。それより、今ので良かった?」
「だいたいな。とりあえず、明日にでも王国に行こう。手配はしておくから気にするな」
「お願いね」
誰かが居ることは良い刺激にもなるが、面倒が増える要因にもなる。さて、自分はどこまで許容できるんだろうか、などと思いつつも、椅子はそのままに屋内に入ったジェイは、吐息を一つ落として自室に向かう。
ミヤコの部屋も必要だ、とも思う。最低限、寝床くらいはあとで術式を使って揃えておこう。掃除は知らん。
自室に戻って木椅子に腰かけ、重なっている洋紙の中から適当に空白のあるものを選別する――が、いかんせん在庫がない。床に落ちた本の間に栞として挟まっていた無地のものを探り出すのに時間を要し、一度整理もしないとなあ、などと何度目かになる思いを抱きつつ、筆を走らせる。
時候の挨拶などしない。端的に、面倒が舞い込んだことと、それに伴って騎士団の育成支援として訓練を行いたい旨、明日の昼には連れ立って顔を出すことを明記し、筆を置く。それから自室の窓を開き、外の風を入れた。
「おーい、レグホンいるかー?」
呼び、くるのは鶏ではない。ジェイの顔ほどの大きさの体躯を持つ大鷹だ。
昔から鳥とは相性が良く、彼とは術式で契約を結んだ間柄だ。つまり、森に自生している大鷹に交渉を持ちかけ、対価を支払うことで使い魔としての働きをしてもらう相手である。本来の使い魔ならば、術式で創り上げるのが一般的であるため、給料を支払って手伝ってもらっている相手、が一番近い。
といっても、大抵は食料などの現物支給に限りなく近いのだが。
「起きてたか。これ、ワイズに届けてくれ。直接な。……ん? 金を寄越せ? 面倒は起こすなよ、お前は……銅貨――なに? 金貨にしろ? 馬鹿野郎、そんな余裕あるかよ。銀貨一枚な。あれなら保管して溜めろよ――はは、カラスじゃねえのは確かに。ま、頼んだぜ。文句を言うようなら、返事はいらねえと言っておいてくれ」
「……コケッコ」
「いや、お前……嫌味のようなその返事、やめろよ」
契約の際に、意志疎通だけでなく、人との会話も可能にしてあるが、レグホンは余計な言葉を発さない。必要事項のみ――特にジェイが相手では、言葉にせずとも意志疎通が図れるため、こういう返事しかしないのだ。ちなみに、レグホンとは鶏の一種で、現存するものだが、名付けられたことにはそれなりに不満があるらしい。
曰く、安直だ、的外れだと、そういうことだ。
「ん? ああ、庭にいたあいつ? 名前はミヤコな。しばらくは同居……に、なるんだろうなあ。まだわかんね。あいつが嫌になって飛び出すか、俺がそうするか、それとも我慢できるか――そういう話だ。あとできちんと挨拶させるから、とりあえず仕事頼む」
こちらを睨むようにしてから飛び立った大鷹を見送り、窓は開けたまま再び椅子に座る。
さあ、昨日の続きをやってしまおう。研究に没頭している間は、たぶん、来訪者こと同居人のことを、後回しにできるだろうから。
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