02/20/00:20――戌井皐月・それでも前を見て

 それほど、強い目的など持っていなかった。

 おそらく三人の中で、戌井は自分が一番似合わないことをしている自覚があっただろう。

 四人で一つのパーティを組むことは、よくあった。訓練は一緒だったし、ごろ寝で泊まったこともある。お互いに知らないこともあるけれど、それなりに心を許して隣にいることを認められる相手だ。

 だからこそ、わかってしまう。

 田宮には最初から理由があった。芽衣も最初の訓練に誘う際、仮に戌井たちが頷かなくとも、田宮一人だけの訓練を行うと言っていたくらいだ。その生き方になにを感じたのか、振り下ろされまいと、振り向きもしない田宮の背中を追う浅間も、訓練の最中で理由を見つけた。

 佐原は、口にこそ出さないものの、四人でいることを好んでいた。確かに戌井もそれは感じていたけれど、拘泥するほどのものでもなく――訓練で一緒になるから、という程度のありふれた理由だ。

 戌井は人付き合いがあまり好きではない。

 女子はグループでいることを好む。定期的にシャッフルされるその中に入っていても、戌井はいつだって、馴染み切れずにいた。もちろん、そう思っているのは戌井だけで、周囲から見れば、それこそ多重人格かのよう、馴染み過ぎてしまうのだが、それは全体を俯瞰した結果、立ち位置を上手く操作しつつも動いているからであって、本人としてはある種の駆け引きと同じだと認識している。

 苦手なわけではない、ただ嫌いなのだろう。だから、あえて言うのならば今、四人のメンバーの中の一人として戌井がいるのは、いまいち立ち位置が掴めないでいるからか。

 けれど、そんなものは、訓練をする理由になどならない。望んで厳しく躰を酷使し、上達した自分を見ても、なにかをしよう、とは思いもせず、ただ流されるだけだった。

 理由を探したこともある。なんだろうと一日中、考えに考えても、やはりなにも思いつかなかった。どうしたものかと悩みもした。

 けれど、戦場を経験して、そんなものは必要なかったのだと、気付かされた。生きることと死ぬことが隣り合わせにある戦場。戌井は銃器を手にして戦ったわけではない。どちらかといえば後方支援、撤退の手伝い程度に過ぎなかったそれを――過呼吸になるほど緊張して、やり遂げた。

 甘かった。

 ぬるかったと言ってもいい。

 もちろん、その時点で、こんな戦場など身近にないと、笑ってしまえればよかった。そうそう遭遇するものではないと、平和ボケした人間のように、肩を竦めれば良かったのに。

 言われたのだ。

 ――そんなにまずかったか?

 同じ作戦をしていた、現役曹長が、本気で不思議そうに、言うのだ。

 ――日本の夜の方が、よっぽど怖ぇって話をよく聞くぜ。

 危険と隣り合わせ、死への恐怖。

 そのどちらでもなく、呑気な自分に戌井は愕然とした。

 戦場はあった。いや、それよりも恐ろしいものがそこにあった。ルールなど曖昧で、区切りなど茫洋としていて、いつ夜になるとも限らない生活の中に、自分がいることを知った戌井は、可能性を見た。

 そうだ、それはまさに――今、現状、死を対価にして仲間と共に生きる、可能性だ。

 早すぎる、と言ったら笑われるだろうか。たった数ヶ月、死にもの狂いで学んだ技術は、ぎりぎりの領域で戌井を生かしている。

 攻撃的にはいられない。あくまでもサポート。妖魔の位置の入れ替えや、ぶっ倒れた田宮を近くに引き寄せる程度の〝置換リプレイス〟術式。それでも全体把握は怠らず、状況の理解に努める。

 ――やれることがない、などと思うな。

 そう思うのならばまず、できることを探せと芽衣は言った。探すことは、やれることと同じだ。

 今まで、芽衣は教官として何をしてくれたのか、と問われても、漠然と訓練をしてくれている、としか答えられなかっただろう。自分が今、なにを教わっていたのかも無自覚で、目の前の課題をこなすので精一杯。終わったあとでも、学んだことと、ちょっとだけ、できるようになったことが、目の前に落ちている。

 その全てを繋ぎ合わせた結果が、今の一瞬を生きている戌井だ。

 辛いと思う。厳しすぎる。内心を吐露してしまえば、怖くて仕方がない。逃げ場があるなら、とっくに逃げている。この場はそれほど逸脱した場で――意識できないほど忙しいならばともかくも、常に意識しなければ身動きすらできないほど複雑化しているのが、感じ取れる。

 だから、どれだけ周囲の人間が、こちらをフォローしてくれているのかもわかってしまう。その最たるものが、朝霧芽衣だ。

 こちら側は背中にプレハブ棟を置いた防衛戦。前衛組はそれぞれ右から佐原、ロウ・ハークネス、そして橘四の順で一線を引いている。中衛の位置にいるのが田宮で、ESPを基本とした攻撃を行っていた。後衛となるのが狙撃する浅間、戌井、そして転寝うたたね夢見ゆめみだ。

 その様子をずっと、芽衣は気にしている。視線を向けるわけでも、近づいてくるわけでもなく――感覚の見えない手を伸ばすように、こちらを把握しつつ、場を動かしているのだ。それがなければ、この均衡は保たれてはいないと、そんな確信すら抱きつつある。

 夢見はそれに気付いているらしい――いや、この人物も化け物だ。非常に繊細なESPの使い方で、攻撃によって討伐する防衛戦、なんてものをたった一人で演出している。つまりそれは、前衛や後衛のフォローだ。それどころか、最前衛とも呼べる、芽衣のいる妖魔の大群の中にすら、フォローをたまに入れている。

 どれほどの把握量だろう。そして、どれほどの気配りだろう。その二つが揃っていても、到底できるとは思えないほどの思考能力も有している。けれど、こうなりたいと思うのは、ただのないものねだり。なにが違うのかを察知しながら、今この瞬間に変わらなくてはならない。

 戌井は前を向く。

 動かしただけで激痛が走る左腕を、生きている証拠だと、まだ動けるのだと、そんな確認のために、ぶら下げたまま。


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