02/19/04:35――刹那小夜・背丈の問題だ

 実際、刹那せつな小夜さよは兎仔のことを気に入ってる。何がどうではない、背が低いからだ。自分と比較してどうではない、見た目が低いから気に入っている。それ以上はない。

「おい、クソッタレどもどこいった?」

「知らね。さっきまでは、あたしが掴まってたんだけどな。どこいったって、どー考えても逃げてたぞ、あれは。チビなどボケだの言ってた」

「聞こえてねーから、もっとでけえ声で言えって伝えとけ」

「あたしが伝言する義理はねーぞ。つーか、ここは特異点かなにかか? アブの元セーフハウスだろ。そっち、仕事は終わったのか?」

「おー」

 ふらふらと歩いてきた小夜がぴたりと正面で止まり、兎仔も立ち上がって埃を軽く払うと、自分の〝格納倉庫アーカイブ〟に弾丸だけをすべて移動させてから、空の木箱を蹴り飛ばして破壊した。

「お前のソレ、弾丸専用だっけか?」

「んー」

「おー」

 何故か、二人が揃うとこんな適当な返事で会話が成立することが多い。大抵は小夜から誘われることが多いのだが、ふらりと二人で酒場に行き、ほとんど無言の状態で三時間ほど飲んだあと、んじゃまたなと別れることすらあるのだ。

 気にいられている――というよりは、ただ、小夜が落ち着くのだろう。

 背が低いからだ。

「つーか、あたしの場合、成長するぞ?」

「オレの場合、再生するぜ?」

「どんな返しだ、それ」

「いやマジで」

「知ってる」

「だろーな」

「どこ行く」

「おー」

「ん」

 わかっているのかいないのか、そんなやり取りをして歩きだす。ちなみに、ほかの誰かがここに混ざると、結構口を開くのだが、二人だとそうもいかない。それがこのような状況でも、似たようなものだ。

 兎仔は感覚を増大させ、周囲の気配を探りながら歩く。熟練者には気付かれるレベルだが、しないよりはマシだ。

「おー」

「いや、お前な、あたしがやってるからって、周囲の察知を今やめたろ」

「面倒だ」

「あのな……」

「コレ、お前の平時の感知範囲だろ?」

「そりゃお前……」

 兎仔は言う。

「現状、平時だろ」

「おー」

「つーか、あたしを探してたのか?」

「んや、全域をカバーすんのが面倒で、イヅナを確保しようかとしてた。逃げられたけど、トコ見たらやる気なくした」

「あたしは食欲減退色かなにかか」

「和むぜ?」

「じゃ、暖色系か」

「アロマじゃね?」

「お前の煙草と一緒にすんな」

「そりゃそうだ」

「だろ。……ベルとやるって話、聞いてんのか?」

「おー、適当にな」

「面倒だぞ? ほかの連中も集まるって」

「マジかよ。集まって、またオレらはお預けってか」

「ちょいと我慢しとけ。けど、実際にどうなんだ? 刹那一人でベルの相手、できるのか」

「しんどいなー……って、オレがこういうこと言うの、ほかの連中に聞かせるなよ?」

「言うかよ、んなこと。あたしにだって言うなっての」

「いいじゃねーか、べつに。だから紫陽花の手は借りることになるんだろ。ベルも文句言わねーだろうしな。……お?」

「おい」

「いいじゃねーか、手伝えよトコ」

「これだ……あのな、いいか? あたしはお前らの手伝いなんかできねえぞ。せいぜい、混ざるくらいが関の山だ」

「それでいいじゃねーか。死にそうになったら逃げりゃいいし」

「あたしが混ざるとお前、フォローするだろ」

「まーな」

「いいのかよそれで……」

「確かにオレはベルとの戦闘をずっと心待ちにしてたけど、それとこれとは別だぜ? お前にとって良い機会なら、手ぇくらい貸す」

「お前に甘やかされたくはねーぞ」

「ばーか、認めてんだよ」

「面倒な話だ」

「そーでもねーだろ」

 そこで、また言葉が途切れる。もはや道路という観念が崩壊しつつある現状では、瓦礫の山を歩くばかりだ。家屋も壊れているだけならまだしも、炎上しているものもある。だから時には迂回しつつ、だ。

 妖魔の気配はある。あるが、襲ってはこない。そもそも小夜の存在が異質であるがゆえに、近寄ることが滅ぼされることに直結することを、本能的に悟っているに違いあるまい。つまり、兎仔が周囲を警戒する必要など、ほとんどないのだけれど。

「油断すんなー」

「しねーし……たぶん」

「なに付け加えてんだ」

「あたしの良心」

「はは、おもしれーな」

「うるせ」

 そうして、二人は目的地に到着してから、揃って足を止めて。

「おいてめー」

「勝手に居場所を変えてんじゃねーぞ」

 残った芝生の上でごろごろしながら周辺情報を拾っていた蒼凰そうおう連理れんりに向けて、そう言った。だが、当の本人は顔も上げず、反応もしない。

「ハロー?」

「耳遠いか?」

 だから視線も合わさずに拳銃をどこからともなく引き抜いた二人は、ごく自然な流れで連理の耳元に向けて三発ほど撃ち込んだ。

「――うわおっ!」

「おい反応がねーぞ」

「ああこりゃまずい、老化だぜ」

 十二発撃ち込んでやったら、さすがの連理も転んで回避した上で立ち上がった。ちなみに、回避させていたのであって、本気なら全弾命中である。連理なら法式で防御するだろうが。

「おい」

「はいはいはいなんですかね!」

「なんだコイツ、生理か? なに怒ってんだ」

「あんたたちがぶっ放したんでしょうが! ほら証拠品として薬莢が――」

 勢いよく指を向けた地面から、一斉に薬莢が消えた。

「ねーだろ」

「ねーぞ。被害妄想か……刹那、荷物どこやってんだ?」

「おー、サギに預けた」

「あれの格納倉庫アーカイブを間借りか。やるなあ。どうやって押し付けたんだ? それあたしにもできるか?」

「こっそり間借りしてこっそり荷物押し付けて、こっそりバレた時の言い訳を考えてる最中だ」

「刹那……お前それ、もうバレてるぞ」

「だから言い訳を考えてるんだ――おいレン、なんかねーか?」

「知らないし」

「んだよつれねーな。一緒に言い訳考えようぜ? なあトコ」

「言い訳考えてる時点で負けだよなー。いっそ開き直るのもいいぞ。全部連理が悪いんですってのはどーよ」

「ちょっ――」

「無理だな。コイツがんな技術を身に着けてるわけがねーだろ」

「ああ……」

 慈しみの視線を投げてみた。

「な、なによう」

「自覚がねーのが面倒だぞ。おい刹那、どうすんだ」

「ことが済んだら楽園に捨てるから気にするな」

「それなら安心だ。――んで連理、状況は?」

「……」

「あー? んだその不細工なツラは」

「反抗的なツラの練習じゃねーのか? おーレン、てめー、法式使って攻撃しようとか考えてるだろ。やめとけやめとけ」

「今のお前にゃ、蓮華さんって後ろ盾もねーんだぞ?」

「ブルーがいねーなら、義理もねーとなりゃ、お前、あれだ」

「殺しはしねーけど、抵抗できるからな?」

「も……ヤだ、こいつら。こいつらヤだぁ」

「サギがいねーだけ楽だろ。当の本人は学園でガキのお守だ」

「朝霧さんがいるのに、ご苦労なこった。で? おい連理、野雨以外の状況はどうだ」

「悪いに決まってんでしょ」

「そうじゃねーよ、察しの悪い女だぜ。エルムの配置に不備はねーかって聞いてんだよ。なあトコ」

「んー」

「え? なんであんたたち、そんなに息が合ってんの?」

「は?」

「オレとコイツが? なに言ってんだてめー、レン、大丈夫かマジで。どこをどう見りゃそうなる」

「いやなんかこう……」

 実に真面目な表情で問われても、返答に困る。まさしくそう見えるのだが、どうやら当人たちには実感がないらしい。

「夜明けまで――二時間くれーか」

「空が白くなる時間まで、もうちょいだ」

「そうすればちょっとは楽になるかな?」

「ボケてんのか、お前は」

「誰が楽になるのか、主語を選べって話だろ。ま、学園は地獄だろーな。ほかんとこはどうか知らねーけど」

「そろそろ野雨中の妖魔、八割がたあっち向かってるんじゃない?」

「へえ……」

「そういう情報をとっとと出せってんだよ、てめーは」

「となりゃ、どっちにせよ、地獄は変わらないな」

「……そうなの?」

「殺せば殺しただけ集まってくる。集まれば集まっただけ、闇の濃度は上がる。そうなりゃお前、八割どころじゃなくなるぞ」

「え、それ、大丈夫なの」

「知るか」

「まーサギにしたって、ただの観測役だしな。あそこが潰れちまったら、んじゃしょうがねーと、生き残る算段をこれから考えるってだけだ。まそうなりゃ? オレとしちゃすぐにでもベルとの殺し合いを始めるけどな」

「そうなれば生き残る連中なんて、ほとんどいやしねーし、あとのことなんか考えなくたっていいからな」

「……あそこ、マジで最前線なんだ」

「そうだって言ってるだろーが」

「今まで何だと思ってたんだ、お前は。連理の頭じゃそこまで想定できねーか」

「おいトコ、どう見る。ガキがいたろ」

「んー……」

 期待できなさそーな反応だなと笑いながら、小夜は腰を下ろす。隣の連理は非常に嫌な顔をしたが、周囲に展開した窓に意識を集中した。

「連理の見解はアテになんねーしなあ」

「……」

 何かを言い返そうと肩がぴくりと反応するが、おちつけー、おちつけーと小声で言ってそれ以上の行動はない。つまらん女だという、二人の視線にも気づいていないようだ。

「夜明けは越せるだろ。けど、その辺りがリミットだ」

「初陣か?」

「厳密にゃ違うだろーけど、似たようなもんだ。鷺城の手出しがどこまで可能かまで把握してねーから、……それでも、手を回せるのが朝霧さんだけだ」

「回せるだろうけど、アイギスは手なんか回さねーな」

「ただま、ガキに紛れた大人が一人だ。そいつの〝制約〟が切れるのなら、生存率は一気に上がる。あとは、五木が間に合うかどうかだ」

「おいレン」

「……あによう」

「忍の到着時間は逆算してるか?」

「してない」

「ばーか。明確な数値はともかくも、今日中ってこたねーだろ。陽が出たってな」

「それまでは暇ってことか。あたしの仕事はねーしなあ」

「オレだってねーよ。ベルと――レインとレィルが二人がかりで遊んでっから」

「どうすんべ」

「どうしたもんかなあ……野雨での仕事は、とりあえず、学園が奪還できてから。それまでは適当にふらつくのも良し――なんだが」

「適当な縁が合うってのも、面倒だろ」

「まーな」

「鈴ノ宮にツラ出してくるか?」

「……それも、もうちょい後だな」

 その言葉の意味を汲み取った兎仔もまた腰をおろし、退屈なもんだと呟きを漏らした。


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