02/19/04:15――潦兎仔・彼女から見た刹那

 指先がちりりと焦げ付くような感覚にため息が一つ。よくもまあ自分は他人との繋がりで引き寄せられるものだと、そこに好悪を入れずに考えたのならば、厄介なものだと肩も落としたくなる。

 そろそろいいだろうと見切りをつけ、兎仔は単身で再び街に出ていた。今頃彼らが妖魔に襲われていようが、あるいはまだ無事にキャンプができていようが既に関係ないと思っているし、大して興味はないが、ほかの様子はどうだろうと歩いていた矢先でぶつかるとは、やれやれ、どういう因果なのか。

 まるで別れをするために顔を合わせているような錯覚に陥り、それならそれでも構わないかと思う辺りがどうかしてる。

 ――つっても、無視すると後が面倒な相手だろ。

 差し迫ってやるべきことがあるわけでもなし、暇潰しと休憩を兼ねてならいいだろうとそちらに向かえば、焼き払われた土地の中で一人はコンテナに腰をおろし、一人は立ったまま、にやにやと笑ってこちらを見ていた。

 よお、と声を投げれば、おうと答えがある。よくよく見れば火気厳禁のマークがあるコンテナであり、周囲には小さいが火の手があった。馬鹿かこいつはと思いながらも、投げ渡された煙草に火を入れた。

「なにしてんだ、お前ら」

「見ての通りだよ兎仔ちゃん、休憩中だ」

「ベル辺りなら、お前を待ってたなんて、平然と言うだろうぜ。なにしてた」

「あたしはガキのお守から開放されて散策中だ。そっちこそ、休憩がしてーんなら、どっかのホテルにでもしけこめよ」

「そんなホテルはもうないからねえ。そういえば、ベル先輩の晴れ舞台に、兎仔ちゃんも顔見せるのかな?」

「ん? ああ、フェイから仕上げだと言われてっから、一応な」

「一応ね……あの馬鹿、まだンなこと言ってんのかよ。おい兎仔、遠慮せずマジで殺しちまえ、あんなクズ」

「同僚を相手に言うじゃねーか、アブ」

「てめえの弟子の技量も正確に掴めねえようじゃ、先輩面もできねえって言ってんだ。俺らは、常に、現役だろ。追い越されたら潔く座を受け渡すのが流儀だ。それすらわかんねえなら、死ぬしかねえ」

「怒ってんのか?」

「どっちかっつーと、フェイと一緒にされたくねえって感情だ。なあイヅナ」

「俺に振るんすか。否定はしないっスけど。でもまあ、随分と前から言われてね?」

「ああ、鷺城はうるさく言ってたな……」

「サギは魔法師連中、嫌ってたからな。どのみち今のフェイにゃ、法式そのものがねえだろ。コンシスも、マーデも」

「あたしは知らねーから聞くけど、マーデはどうなんだよ。紫陽花だろ」

「ん? 兎仔ちゃん知らなかったっけ? もう随分と前に、マーデ先輩は紫陽花ちゃんに参ったと、正式に言っているよ。けれど性格かな、紫陽花ちゃんは受け取ってなくて。ベル先輩が現役の間は、めんどーだからやらない、とか言ってた」

「へえ……マーデのが潔いじゃねーか」

「そういうところは敏感なんだよ。その癖、でけえところが抜けてやがる」

「そりゃしょうがねえっスよ。ベル先輩とアブ先輩が同じ直線上に並んでる、なんてのは、やっぱ近くにいると見えてこねえもんなんすから」

「馬鹿、お前、しょうがねえで放置してたら五神じゃねえだろ。そういや兎仔、お前はどうなんだ?」

「どうって、なにがだ」

「フェイを継ぐってことに関して前向きなのか?」

「それこそ、しょうがねえだろ。セツやウィルが台頭して、七八のクソッタレはまだガキのまま。朝霧さんは手の届く位置で腕を組んでるとなりゃ、否応なくあたしが出るしかねーよ。じゃなきゃ朝霧さんに尻を蹴っ飛ばされる」

「その朝霧はどうなんだ? お前は買ってるみてえだけど、俺は手を合わせたわけじゃねえし」

「なんだろうな……こういう言い方は悪いかもしんねーけど、あたしからすりゃ、ベルに一番近い人間ってところだ」

「あ、それは俺も同感だな。なんつーかあの子は、同じ道にいるって感じ。ただ程度は違うね。ベル先輩ほど至ってねえ」

「へえ……」

「あたしは現状でもこっち側だ。そうじゃなきゃいけねーって気持ちもある。朝霧さんはその境界線を〝知って〟いて、踏み越えないことを選択したんだ。踏み越えちまえば、退屈を持て余すってな。だから――不味いだろ」

 兎仔が踏み越えていなければ。

「朝霧さんの前にいなくちゃ、あたしは朝霧さんに合わす顔がねえ」

「ああ……レインとは違う意味での境界線な。で、当の本人は今どこで何してんだ」

「芽衣ちゃんなら、学園にいるよ」

「おいおい、そりゃどうなんだ」

「どんだけの敵に囲まれようが、二日や三日の戦闘持続なら問題ねーよ。むしろ、越えたあとの方があたしは気になるな。あの人は、戦場の中でしか成長できねータイプだから」

「……ま、鷺城とまともに殺し合えるってのは知ってたから、予想はしてたが、それ以上だな。三番目の保持者だってのも納得だ」

「俺としては、芽衣ちゃんの方が相手は楽だなあ。騙しやすいとは思わないけど、まだ通じやすいし」

「――この際だ」

 一つ、聞いておこうと、アブは言う。以前から考えていて、きっと誰しもが想像はしただろうそれについて、問うてみる。

「ベルをどうにかできるって話じゃねえぜ? 兎仔、お前はそれなりに近くに居ただろ。セツを殺すにゃどうする? いや、そうじゃねえな。セツと相対する前提で、どう攻略する?」

「また難しいことを聞きやがる」

 軽く蹴飛ばしてイヅナをどかし、その横を通り過ぎて兎仔はコンテナに腰を下ろした。

「つーか、なんだこの九ミリ」

「俺の在庫。いるか?」

「おー、くれ。あって困るもんでもねーし」

「んじゃ、あとで持ってけ。今は椅子だけどな。んで?」

 どうなんだと問われ、兎仔は言う。

「攻略できねえってのが結論だ。たとえば相手がウィルなら、あたしはまず術式封じを考える。相手が朝霧さんなら、体術封じを模索する。もしもアブ、お前が相手なら意志を挫くことを考えるし、イヅナが相手なら騙されても通じる一手を探ればいい」

 もちろんそれは、できる、できないを度外視してのことだ。可能不可能を持ち出せば、それこそ困難だけれど、可能性として僅かにでも実現できるのならば、それはきっとできるに分類されるのだろうけれど。

 それはつまり、相手の性質に合わせた、いわゆる一つの対処法なのである。

「アブが聞いてんのも、そういうことだろ」

「まあ、そうだな」

「一番得意としてるところを封じにかかるってのは、戦法として正しいね。けれど、俺ならまず、小夜ちゃん相手なら、あの転移術式を封じにかかるけど」

「同感だ。何が厄介って、一つの転移にさほど魔力を要しないってことだ。しかも支配領域ドメインが半端ねえだろ、あれ」

「そう考えるのは自然だ。いや、正しいっつーか……正攻法、なんだろうけどな」

 そう言う兎仔の表情は険しい。

「けどお前ら、セツが術式を使わずに戦ってるところ、見たことあるか?」

「ねえな」

「俺もない。だいたい、あの術式がある以上、そもそも封じにかかることが困難だ。初見の時にベル先輩が圧倒っつーか、威圧したのも、結局はそういうことだと思ってたけど」

 術式を完全に封じられることを示したから、小夜も降参して従ったのだと、そう感じたのだが。

 駄目だと、兎仔は言う。

 暗殺を生業としていた幼少期を過ごし、そこを基礎として体術も鍛えた兎仔は、そういう問題ではないことを知っていた。

「セツを相手にした時、第一に、最初に、もっとも――やっちゃいけねえことが、術式封じだ。セツから術式を取り上げた時点で、〝手加減〟が、〝遊び〟が、〝余裕〟が消える」

「――」

 その言葉の信憑性はともかくも、二人にはわかる。

 それらが消失した時に発生する、いわゆる発揮される本領というものが、どれほど恐ろしくも強いものか、知っていた。

「その理由はなに?」

 イヅナはその驚きを表情に出さない。内心を悟られないようにするのが、イヅナの処世術だ。それがどのような場合であっても変わらず、こういう時は話の進行に役立つ。

「理由か。……こう言えば伝わるか? あの女は、術式を一切使わずに、生身で、エルムレス・エリュシオンのあらゆる術式に対して、あるいは制圧することで、対処できる」

「おいおい……」

 それはつまり。

「この世に現存するあらゆる術式に対処可能だって言ってるようなもんじゃねえか」

「たぶん、その根幹は、――知識だ。魔術や言術、ESP、それに類するあらゆる知識を蓄えてる。研究者としてはもう、鷺城のレベルだろ」

「兎仔ちゃんは、小夜ちゃんの体術を見たことがある?」

「ねーよ。あってたまるか。けどな、セツの体術ってのは――アキラに聞いた限りじゃ、あたしらが戦場で生き残るため、それだけのために身に着ける技術の最高峰だと。そこには敵を殺すことも含まれる。……あいつが、まだ、蒼の草原で生きてた頃なら、攻略法もあったんだけどな」

「確か、夜重やえちゃんが片足を喰ってるね」

「そういうことだ。あの頃のセツには〝油断〟があった。ま、そいつも夜重がやったことでなくなっちまったけどな。……あたしのレベルじゃ、術式が厄介だ」

「けど術式を封じちまうと、もっと厄介になるってか。体術を封じてみたらどうよ」

「可能な限り正確に可能性を導き出す能力――直感、本質を捉えてしまう思考、あれがある以上は手が出せねーだろ。じゃあ思考を封じて、意志を挫いて? この時点でもう可能性なんてねーよ」

「その上、アルの血を引いてるとなりゃ、どうにもならねえな」

「お手上げだね、先輩も」

 更に付け加えてやろうかと、兎仔はから笑いを浮かべた。

「あいつ、魔術師なんだよな」

「そりゃそうだろ」

「あたしはただの一度も、――セツが空間転移(ステップ)以外の術式を使ってるところ、見たことがねーよ」

 イヅナは、現実として両手を上げて肩を落とした。

「降参。俺もそれなりに付き合いあるけど、見たことないな。魔術師である以上、どんな小さな術式でも、アブ先輩に拘りがあったとしても、使えないことにはならない」

「ああ……ベルと同じだ。それで充分ならば、余計なことをするつもりはねえ、か。そりゃ……」

 いいんじゃねえかと、アブは言う。

「ベルの高望みだと思って、花火が上がるのも結局は自己満足だなんて思ってたが――こりゃマジに、ベルの望みを叶えてやれそうだ。あいつの最期なんだからと、ちょい心配してた俺が馬鹿みてえだな。んじゃ、ウィルはどうなんだ? ベルの妹」

「あいつはただ一人、唯一、セツと対等に渡り合える」

 断言してから、ややあって、あらゆる状況下でと、兎仔は付け加えた。

「術式封じって状況がありえたとすりゃ、鷺城じゃ届かねーだろうしな。ま、そもそも、んな状況に鷺城が陥るなんて思えねーけど、だからあいつもそこに含めるべきなんだろ」

「諒解だ、クソッタレ。そいつらには手ぇ出すなってことだろ」

「おい、連中が口を揃えて、てめーとはやり合いたくねえと言ってるんだぞ?」

「はははは」

「んなもん知るかよ。けどま……そこまで至っちまうと、相当な努力だ。参る話だぜ」

「アブやイヅナは参考にしとけよ――今から育てるんだろ」

「そういう兎仔ちゃんはどうなのかな?」

「フェイに育てられた覚えはねーよ」

「そりゃ、そうだろ。だいたいお前は生まれつき……ん? そういや、セツとどっちがちっこいんだ?」

「俺が見た感じ、小夜ちゃんの方が微妙に小さい気もするけど」

「知るか。一緒に並んで背比べってか? んなことしねーし」

「ま、似たり寄ったりだな。んじゃマジで弾丸やっから逃げるぜ俺」

「ちょっ、アブ先輩だけ逃がさないっスよ! 俺も俺も!」

 跳躍に加えた横移動をしつつ、術式を行使して逃げを打った二人が消えてから、そう時間を置くこともなく。

 彼女は、先ほど兎仔がきた角から、その金色の髪を持つ彼女は姿を見せた。


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