02/19/02:15――潦兎仔・大所帯の一人

 大所帯になっちまったと、屋根が吹き飛んでおり、残骸と化した家の内部に小さく火を焚いた状況でにわたずみ兎仔とこは少し離れた位置で吐息を足元に落とした。雨はまだいいが、少なくとも風が吹けば寒い。となれば暖を取るのは自然であり、そのための場所を作るのも当然だろう。

 藤堂とうどうなつ美香みかの男女に、二村にむらひとし久々津くぐつ鞠絵まりえ心ノ宮しんのみやこころの男一人女二人、そして途中で合流した一ノ瀬いちのせ聖園みその。合計六人だ。

 ――面倒臭えなあ。

 よく鷺城鷺花には面倒を見てもらった兎仔だが、実際にこうしてみるとその手間がよくわかる。やれと言われたこともできないのなら、失敗してでもやらせるしかないのだと、その手間がどうしようもなく面倒だ。

 火を熾させ、適当に食料を確保させて移動しながら三十分。兎仔一人なら五分もあれば適当に済ませられる内容も、合流して人数が多くなったのにも関わらず、六人では効率が悪い。

 現在では火を囲うように鞠絵が糸を周囲に流し、こころが術式で感知範囲を作り、仁はがらくたを集めて何かを造り、それを見ながら夏が会話によって状況を把握しようとし、聖園はその状況に対して知識を提供する。美香は加工が必要な食糧を火を利用して作っている――そんな状況だ。

 自分たちで状況を打開する、その気持ちが失われていないのは良いことだ。良いことだが、あまりにも状況把握が甘すぎる。もちろん、それだけの情報が入っていないのだから危機感を得られないのは事実だろうけれど、それでも最悪を考えて行動すべきだろうに。

 その最悪も、発想の問題になるか。

「兎仔さん……」

「あ? どうした聖園。あたしのことは、あんま気にすんな」

「いえ――その」

 一ノ瀬聖園と兎仔はあまり縁がない。顔を合わせたのもせいぜい一度で、そもそもこちら側の人間ではないのだから当然であるし、何より聖園は人見知りの気があるため、強気に出る子ではない。

 もちろん、だからといって態度を変えてやるほど兎仔は甘くはないのだが。

「なんだ?」

「兎仔さんは、良いのですか?」

 状況がそうさせるのか、しばらくして聖園は顔を上げるとはっきり言う。声色が変わったわけではない。ただ、伝えようという意思が込められただけだ。

「ああ……そういや、あの五木いつきの血筋だったな。お前なら気付くか。……まあそうだな、あたしのやってることってのは、暇潰しみてーなもん。安心しとけよ、時宜を得たらすぐにでも消えるさ」

「逆に言えば今は、まだ時間があるのですね?」

「おー、まあそんな感じだ」

「おい聖園さん、何を言ってるんだ。その……わからんぞ」

「鞠絵さん、この方は本来、渦中に身を投じてもおかしくはない方です。現状で私たちの面倒を見ることのほうが、言い方は悪いですが――間違っていると、そう言えるくらいに」

「――だったら、どうなんだ?」

 ほかの連中がくだらない疑問を挟むより前に、同じ口調で兎仔が問う。

「まだ、何も断定はできません。情報が足りないこともそうですが、可能性を列挙するまでにとどめています。……私は、あまりにも妖魔に対して非力ですから」

「その可能性ってのは予想だろ。そいつは――」

 ふいに、二秒ほど言葉だけでなく躰も停止させた兎仔は煙草を吐き捨て、足で潰してから背中を向けた。

「全員、今から一言も口を開くな。死にたくなければな」

 既に、兎仔の視界にはその二名が入っていた。

「反応するな、答えるな、動くな。あー面倒だ、死にたくねーなら、今から足元だけ見てろ。死にたいなら好きにしろ。ただし一人が動けば全員死ぬ。あたしを除いてな」

 こころの結界に感知されず、鞠絵の糸を回避して。

 やや小柄とも思える男性と、並べば少しだけ高いのだろうかと思わせる女性の二人組は、通り抜けようとする前に兎仔の視線を受け、ぴたりと足を止めた。

「や、こんなところでキャンプか」

 自然体のまま、兎仔は言葉を返す。

「見ての通りだ。そっちこそ、喧嘩を吹っかけるな。面倒は御免だ」

「ふうん?」

「ちょっと、何してんのあんた。あーごめん、ちょっと道を聞きたいんだけどさ」

「いやいや、なかなかの度胸だ。だったらいくつか問いたいこともある」

「見ての通り女だ、度胸を褒められてもうれしくはねーよ。兎ととびが並んで歩いてる光景が珍しくても、ただそれだけだ。簡単に応えると思うな」

「げ……ねえちょっと、ツバサ」

「へえ、へえ、面白い。で、なんだいミミ」

「この子、詳しく知ってると思う。最低限、場所だけでも知りたい」

「で、僕に交渉しろと。やれやれだ。面倒だが仕方ない、君の名前を教えてくれるか?」

「馬鹿言ってんじゃねーよ」

「それもそうか。――妖魔に名を教える馬鹿はいない」

 しかも、最低でも第二位以上の妖魔だ。人の器を模造できて、会話も可能。正直に内心を吐露すれば、後ろを気にした時点で兎仔の敗北は決する。

「ああ、君が対処を教えたのかな? さっきから後ろのは無反応だし、視線も合わせようとしない。ふうん……まあ、腹は減ってないし喰うつもりはないけれど」

「さっきまでその気だったじゃん」

「うるさいミミ、黙っててくれ。――さて、ではこうしよう。君は今、僕たちに襲われると困る」

「あたしその気ないのに……」

「……」

「あ、ごめん。なんでもない、うん。犬じゃないし耳の毛とかむしらないで!」

「コントなら余所でやれ」

「ああすまない、ミミはまったく……」

「え? ちょっ、やめ――」

 男が軽く蹴り飛ばすような真似をすると、道路をふさぐほどの大きな白いウサギが出現した。いや出現ではない、人の器が解除されただけだ。

「うあああああ……!」

「で?」

「取引だ」

「無視とか辛いっ、辛いよっ……!」

 二人は無視を決め込んだ。

「僕は君たちを喰わないし、襲わない。君は可能な限り僕の問いに答える。どうだろう?」

「気まぐれ野郎に約なんかできるかよ」

 言いながら兎仔は新しい煙草に火を点けた。そして、視線だけで続きを促す――つまり、問え、だ。

「この周囲の風が強くなっていてね、誰が生贄になった?」

「風は、神鳳かみとりだ」

「ならば天は?」

「そっちの名前は知らねーよ」

「そうか。じゃあ、風が強くなった時にとても――とても嫌な気配が傍にあったのを感じた。アレはなんだ?」

「鷺城鷺花。……手は出すなよ。嫌なんてもんじゃねーからな」

「忠告、感謝するよ。君の言葉には実感がある」

「今は、と前置すりゃ余計にか?」

「ははは、見透かされてるね。おっと、デカイ兎がうるさいからとっとと済ませよう。ココは残るか?」

「――あるいは」

「だろうね。じゃあ最後だ、五木の領域はどこにある?」

「案内がきた」

 兎仔が視線を道路の先に投げると、兎が泣き止んだ。驚いたような気配と共に、すぐ人の器へと戻る。

「――おゥ、兎仔じゃねェか」

「アキラか、なにやってんだアンタは……」

「てめェ、こんな状況になったら早速呼び捨てかよゥ。ははッ、まァ構いやしねェが」

「君は――」

「あんたは」

「おゥ、雨天彬。今は誇ってそれを名乗れる。安心しろ、引退はしちゃァいねェが、動くつもりはねェよ。俺もちィと五木の領域に用事があってなァ、面白そうだ付き合うぜ」

「おいアキラ、その年齢になって現役復帰か? 冗談じゃねーな」

「前線に出陣るつもりはねェ、老いてるのは十分に承知だ。兎仔の邪魔はしねェよゥ」

「……またツラ見せろよ。あたしだって、あんたにゃ借りがある」

「おゥ、そこらは安心しとけ。そう簡単にくたばるかよ。けど――そん時にはてめェ」

 彬は笑う。

「〝冥神リバース〟を名乗れ」

「だったら見てろ、その時を」

「おゥ。――っと、おら、行こうぜ兎と鳶。あっちにゃ、結構集まってるみてェだしなァ」

 じゃァまたなと、次のための挨拶を残し、二匹の高位妖魔を引き連れて彬は去った。それを見送った兎仔は鼻で一つ笑い、振り向く。

「終わったぞ、もういい」

「――平然としやがる。よくアレと会話ができるな。俺だったら御免だ」

「私だって嫌だぞ」

「ん? ああそうか、二村はその辺り、いろいろ繋がりがあったっけな。あれくらい、久々津なら対応できただろ」

「いやいやいや」

「まあ、どうでもいい話だ」

「――兎仔さん、どうしてあのお二方は、戦線に入らないのでしょうか」

「は?」

「それは、――先ほどの雨天彬さんが前線から退いたのと、似たような理由ですか」

「わかってんじゃねーか。一ノ瀬は確認しねーと落ち着かない性質か?」

「確認できる相手がいる時に、するだけです」

「賢いな。だからって、あたしが何でも知ってると思われちゃ困る」

「兎仔さんはフェイ――冥神を継ぐのですね」

「そのレベルは知ってるってのも、間違いじゃねーけどな」

「だからこそ、ですか。五神を継ぐ者だからこそ、前線に加われないのですか――」

「取り決めがあるわけじゃねーよ。ただ、そうしてるってだけだぞ。実際にあたしより上の人間が前線に立ってる」

 あの人でなければ。

 朝霧芽衣でなければ、きっとVV-iP学園をめぐる防衛線は決壊するだろうと、そう思えてしまうくらいには、やはり兎仔は評価している。

「つっても、やっぱり暇ってわけでもねーよ。ただ、あたしに守るもんはねーし、守れるものもない。だからこうしてるってだけ。仕事がありゃ動くからな」

「今はまだ、ですね」

「そういうことだ」

 ここに来るまでにも妖魔の襲撃はあったが、基本的に兎仔は手出しをしなかった。それはここにいる全員が承知している。もっとも兎仔に攻撃を仕掛けてきた妖魔は別だが。

「どのみち、あたしは誰かを守れやしねーよ」

 だから。

「守るつもりもない」

「……守られるつもりないと、返せればよいのですが」

「そこまで求めちゃいねーし、あたしらみてーに一人でいる必要もねえだろ。まあ、あたしらの場合は、お互いに補うってことができねえだけだが」

「できない――のですか」

「十のことを十できるのが当たり前なんだぞ、どうしろと。それでいてほかの連中は十のことを十三できる。並び立つことはできても補えるかよ。こっちから願い下げだ」

「一人で――生きられると」

「違うな、そうじゃねえよ。ただ、あたしらは――まあ、全員とは言わないし余所の連中に聞いてるわけじゃねーけどな、ただたぶん、誰も」

 そんなことは思ってない。

 一人で生きられると、孤独で生きられると口に出して言う人はいないだろう。それができたとしても、問われて頷く者はたぶんいない。

 そして、口を揃えてこう言うはずだ。

「ただ、一人で死ねるだけだ」

「――」

「お前らも、後ろ向きかと思うかもしれねえけど、そういうこと考えた方がいいぞ? この状況だ、隣にいるヤツが死んで、泣き叫べばそこでてめえも終いだ。先を考えるのもいいけどな」

「生き残ることだけを考えろと」

「いや、聞き流してもいいことだ。お前らがなにしたって、どうしたって、ほとんど関係ねーよ。ただ忘れるなよ? お前らの世代、あたしらの世代が先陣を切ってる」

「――たとえば」

 良い問いだと、煙草を点けた動作で一瞥を投げる。聖園はずっとこちらを見ていて、視線を逸らさない。まるで弁論を挑んでいるかのようだ。

「たとえば朝霧芽衣」

「朝霧が?」

「そうだ藤堂。渦中で火中、前線の真っただ中。いや最前線と言っても過言じゃねーくらいに、あの人はどうにかこうにか、場所を背にして戦ってる。休憩の暇なんて、夜明けを待ってもありゃしねーだろ」

「どこで――」

「さあな。もっとも、同じ場所に田宮たみや正和まさかずもいる」

「なに!?」

「田宮くん……が……」

「朝霧芽衣の足手まといにならないよう必死で、死にもの狂いだ」

 藤堂たちにとっては学友だ。おそらく、想像もできないだろう。

 まさか、自ら火中に飛び込んだなんて。

「いや田宮はマシな方か。一緒にいるのは佐原、戌井、浅間の三名だぞ。よくやる」

 くつくつと笑うが、兎仔以外は緊張に固まっている。いや、それでも聖園は平静を保とうと必死になっているか。

「たとえば佐々咲さささき七八ななや

「――は? 七八が」

「気付けよ心ノ宮、てめえの心は穴が空いてんのか。……ま、否応なく知らされるか。ああ、久我山も前線にいたな。ははは、本当にま、よくやるもんだぞ」

「おい潦、それ笑いごとなのか?」

「なに言ってんだ二村、あたしにとっちゃ笑いごとだぞ。まあどこかで一人でも失敗すりゃ、――全員まとめて妖魔のエサだ」

「おい……」

「笑いごとだ二村。わかるか? いや、わかるな――と言うべきなんだろうな。ったく、あたしはこういうキャラじゃねーんだが……」

 それでも、次がないのならば、言っておこう。

「間違ってもあたしのようにはなるなよ。あるいは佐々咲七八のようには、なるな。壊れてんのは、あたしらくらいで充分だ」

 本当にまったく。

 壊れてもまだ生きている連中が、そうたくさんいてもらっては困るのだ。


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